第17話「考察と新たな謎」
「つまり、セフィナちゃんの生存を確認した以上、あの時に見た被害者はセフィナちゃんではない。そう言いたいんだな?リリンサ」
「そう。セフィナは生きていてすごく元気いっぱいだった。というか、戦って負けそうになった!」
「ドラゴン200匹を追い返すリリンサちゃんを負かせる程になったんですか……?なにそれ、怖い……」
本の山から帰還したエルドさんは、緩めていたネクタイを締め直し、ジャケットのボタンも全て閉じた。
さっきまでの格好でも十分に渋くて格好が良かったが、歴戦の戦士が纏うような覇気までも着こなして、俺とリリンの話を調書にまとめていく。
体験した情報を元にワルトと相談した内容を一通り説明し終え、白紙だった調書には文字がびっしり書き込まれている。
俺達の話を聞くたびに赤くなったり青くなったりしていた二人だが、準指導聖母・悪逆の正体は闘技場の管理者のヤジリさんだと暴露した時には、二人揃って白くなってしまった。
なんでも、指導聖母の正体は巧妙に隠されていて、暗劇部員でも知らないんだそうだ。
ワルトもここに来た時は認識阻害を掛けていて、素顔は一切晒していない。
知ったからと言って罰則があるわけでもないが、逆に罰則が無いからこそ、どんな仕返しをされるか分からないらしい。
それを聞いたリリンは、「困ったら大書院ヒストリアのワルトナを訪ねて。シンシアはワルトナだから助けてくれる!」とシンシアの正体がワルトナバレンシアだと暴露。
安全を考えての事だろうが、危険が倍増した気がするのは気のせいだろうか?
そしてここからはエルドさんの話を聞く番だ。
なお、アーベルさんからもピリピリした空気が漏れ出ている。
張り手をしてだいぶ気が済んだようだが、別の危険が発生した事により再び魔王なオーラを纏い始めている。
暗劇部員のエリートを張り倒したし、これがじじぃの持ってた本に乗っていた鬼嫁って奴なのかもしれない。
俺が色んな意味で背筋を伸ばしていると、エルドさんとアーベルさんは事件当初の背景から語り始めた。
「……そうだな。まずは俺達が現場へ向かった時の話からするとしよう」
「覚えている限り私もお話しますね」
「その時は偶然にも、魔導鑑定士の主要メンバー全員が建屋の中に残っていた。夜勤の奴らは勿論、昼間勤務の奴らも自分の研究をしていたんだ」
「室長は自分の案件の処理に追われていて残っていたんですよね。私は試験に合格したのが嬉しくて、機材を磨いていました」
「そうだったな。それで市街地で爆発事件があったという報告を受けて向かった訳だが……既におかしいという事に気が付いた」
「そういえばおかしいですね。いくら近所だったとはいえ、全員で出向くなんて絶対にあり得ないのに」
……開始30秒で、もう既に胡散臭さが滲みだしてきた。
だが、少し様子を見よう。
「あの時は……そうだ。連絡を受けた時に、現場がリンサベル家だと聞いて全員が行くと言い出したんだったな」
「えぇ、それでも数名は残るはずですよね?別の依頼が来た時に対応ができなくなりますし」
「……。話を続けるぞ。リンサベル家に到着した俺達はまず装備品を広げた。現場は凄惨な光景となっていて、遺体収容用の天幕などを組み立てたはずだ」
「あれ?今と手順が違うんですね。今はテントも簡単に立ち上がりますし、遺体を発見してから組み立てますよね」
「……。そうして本格的に鑑定を始めた訳だ。幸い、遺体は直ぐに見つかっ……それもおかしいだろ」
「んっと……?」
「遺体は真っ黒に焦げて炭化する程の高熱に晒されたんだぞ?実際、家財の殆どは燃え尽きていた……が、家の基礎や柱などの間取りは変わっていなかった」
「そう言えば変ですね。壁だって炭のようになっていたのに、崩れた箇所なんて1か所も無かったような……?」
「それに、だ。火災現場の場合、まず行うべきは現場の封鎖だ。完全に鎮火してから最低でも10時間は放置し冷却を図る。残留物の温度が高い状態で触れると形状が変わってしまう事があるからだ」
「確かに……。って、そんな基礎的な事を疎かにするとか私よりもよっぽど気が動転してたんじゃないですか、馬鹿しつちょ―」
「いや、この手口は……。なんてこった、そんな馬鹿な……」
話を聞く限り、確実に何らかの魔法で操られてるんだが。
どういう事だよ!エリートだって話だっただろ!?
俺の鋭い眼差しもろともせず、エルドさんは再び思考の海に埋没し、自分の世界に閉じこもっている。
横に座っているアーベルさんが、「おーい。戻ってこーい、馬鹿しつちょ―。生活費もっとよこせ―」と叩いているが完全に無視だ。
……あ、額に青筋が走った。
しっかり聞いていたっぽい。
重みのある声で、「外食ばかりするから生活費が足りなくなるんだ。自炊しろ」と怒っている。
「すまん、リリンサ。どうやら俺達が間違っていたらしい。正式に謝罪する。申し訳なかった」
「いい。話を聞く感じ魔法で認識を歪められていたっぽい?でも、そういうのを見破るのが仕事のエルドを騙せるなんて、相当高位な魔法だったの?」
「いや、使われた魔法が高度であればある程、魔法が掛っていない物との差異が広がって、後で気が付きやすくなる。だから、今回のケースは逆だろうな」
「逆?」
「一軒丸ごと認識錯誤の魔法をかけたのではなく、ランクの低い認識錯誤が無数に散りばめられていたんだ」
エルドさんの話では、認識阻害の魔法は虚無魔法に属しているらしく、ランクが高くなるにつれて無茶な認識錯誤が出来るようになるらしい。
例えば、ランク3の認識錯誤だと、『このリンゴの産地は××である』といった調べようも無い情報を、相手に刷り込む程度の事しかできない。
だがランクが上がって行くにつれて、無傷の赤いリンゴを見た人に『このリンゴは齧られている』や『このリンゴは紫色をしている』などといった情報を誤認させ、ランク9ともなると『これは……バナナだ!』とおかしな事を言うようになるのだそうだ。
本人はいたって真面目に言ってるのだが、それを傍から見ている人にとっては、狂人以外の何者でもない。
そういった違和感を調べて、正しい事実を浮かび上がらせるのが魔導鑑定士の仕事なのだそうだが、今回のケースは魔導鑑定士の主要メンバーが全員で出動している訳で。
つまり、魔導鑑定士の人達は、白い敵の策謀で全滅したということになる。
……。本職の人がまったく手も足も出ないって、ちょっと敵、強すぎなんだけど。
「むぅ。認識を歪められていたんなら、エルド達の証言も当てにならなくなってしまう」
「残念だがその通りだ。だが一つだけハッキリ分かる事があるぞ、リリンサ」
「ん、何が分かるの?」
「セフィナちゃん同様、ダウナフィアさんの生存も確定したって事だ」
「そうなの?どうして?」
「この認識錯誤を掛けたのは、間違いなくダウナフィアさんだからだ。こんな曲芸じみた事が出来るのは、あの人しかいねぇ」
そう言って、エルドさんは悔しそうに笑っていた。
その横でアーベルさんも口を押さえて絶句しつつも、瞳では笑っている。
二人にとって、リリンのお母さんは恩師。
その恩師が生きていた事と、恩師に騙された悔しさが一度に押し寄せているんだろう。
……だからな、リリンも少しは口を隠そうな。
ここはクッキー食べ放題の店じゃないぞ。
「リリンのお母さんに騙された……か。だとすると、事態も少し変ってくるな」
「あぁ、少なくともダウナフィアさんは自主的に敵に協力していたという事になる。催眠や洗脳を受けていたら、そこまで精密な仕事は出来ないからな」
「だとすると思いつく可能性は、セフィナを人質に取られて仕方なくって奴か?」
「敵が指導聖母である以上、反抗すれば何をされるか分からない。だが、敵の言う事を素直に聞くなんてダウナフィアさんらしくも無いとも思っている。敵に弱みを握られているのであれば、ワザと手を抜いて俺達に暴露し助けを求めた方が良いはずだ」
「確かにそうだよな?不安定機構で一番偉い大聖母ノウィンが友人の危機を知れば、部下の指導聖母なんて一網打尽にな……ってあれ?」
「気が付いたか、ユニクルフィン」
「……気が付いちまったぜ」
俺とエルドは頷き合い、絶句。
その横で女性陣は事態が飲み込めていないらしく、ポカンとしている。
俺達が辿り着いた真実。
それは、指導聖母だけじゃなく、その上、大聖母ノウィンさんまでもが敵だという可能性だ。
「リリン、落ち着いて聞いてくれ。ヤジリさんが黒幕じゃないのかもしれない」
「……え。どういうこと!?」
「どの程度深く関わっているかは不明だが、大聖母ノウィンもこの件には関わっているって事だよ」
「……そんな、ありえない。だって、ノウィンは落ち込んでいた私を励ましてくれた!救ってくれた!ずっと傍にいてくれたんだよ!」
平均的な表情を崩しかけたリリンは、まくしたてるように俺に詰め寄って、「ノウィンは違うと思う!」と言っている。
だが、大聖母ノウィンがこの件に関わっているのは明らかだ。
まず、一人残されたリリンの後見人に名乗り出たこと。
大聖母ノウィンとダウナフィアさんが友人同士だったというのは、事件の後、大聖母ノウィンが自分でリリンに語った事だ。
それが嘘だったとしても確かめようがない。
次に、ダウナフィアさんは敵に協力したということ。
しっかりと愛情を注いでいた娘のリリンが孤独になってしまうというのに敵に協力したという事は、そうするしか選択肢が無かったって事だ。
つまり、不安定機構に助けを求められない事を知っていた可能性が高く、大聖母ノウィンが何らかの形で接触していると考えた方が自然となる。
俺は出来るだけ丁寧にリリンに説明した。
リリンは小さく、「むぅ……」と呟き、納得のいっていない声を上げていたが、急に顔を上げて俺に向き直る。
そして、慌てながら携帯電魔を取り出した。
「もし、もしもノウィンが敵であるというのなら、ワルトナの身が危ないと思う!」
「……!確かにその通りだ。早く連絡しないと手遅れになんて事に?」
「出て、ワルトナ……」
リリンは素早く電話を操作し、荘厳な呼び出し音が鳴り響く。
いつも以上に重厚に聞こえるのは、俺達が焦っているせいだろう。
頼む!電話に出てくれ、ワルト!!
『パララ~ラ~……ガチャ。もしもし?』
「ワルトナ!?大変な事になった!ノウィンが敵!!」
『……。この電話番号は、現在、使用するつもりがありませ~ん。具体的に言うと、休暇が終わるまで電話に出るつもりがありませ~ん。それでも用件がある人はメッセージでも残しておけばー。あー、かき氷が美味しい』
「あぁ!電話に出ない!!」
……腹立つなぁ。
せっかく俺達が心配して電話を掛けているってのに、完全に休みを満喫してやがる。
これにはエルドさん達も呆気に取られたようで、ポカーンとしている。
それ、エリートがしていい顔じゃないぞ!
「ユニク、ワルトナは休み中で出ない。こうなったら、しばらくは無理かも」
「そう言えば休暇を取るってドラゴンフィーバーの時に言ってたな……」
「うん。部下も任務に失敗したというし、たぶん慰安旅行にでも行ったんだと思う」
……慰安旅行か。
俺達の問題にもともとは無関係とはいえ、色々調べると言っていたのに、ちょっと気を抜き過ぎじゃないか?
まぁ、ワルトは空間魔法が使えるから直ぐに大書院へ戻れるし、館長だから本を持ちだすのも自由自在。
本さえあれば調べ物はどこでもできるし、何の問題も無い事は分かってるんだ。
……決して羨ましい訳じゃない、俺も出来ればリリンと慰安旅行に行きたいなんて、ちょっとしか思って無いからなッ!
「リリンサ、指導聖母・誠愛様には連絡が付かないのか?」
「ダメだと思う。メッセージは入れておいたけど」
「そうか、なら、こっちはこっちで出来るだけの事をしよう」
「出来るだけの事?」
「あの事件の時、遺留品を少しだけ回収出来たんだ。状態は良くなかったが日記帳もあった」
「え?日記帳?」
「お前が描いていた絵日記帳だよ」
「そんなものが残っているの!?エルド、それはどこにある!?」
ここで思わぬ展開となった。
あの事件の時にリリンの家にあった物は全て燃えてしまったと思っていたが、残っていた物があるというのだ。
そしてそれは、リリンの日記帳。
俺とリリンは過去に出会っている……かもしれない。
もし、その時の事が日記帳に記されていれば、疑惑の一つが解消されるわけだ。
思わぬ手掛かりに俺もリリンも目を輝かせた。
だが、エルドさんが俺達に渡してきたのは、「ここには無い」という言葉だった。
「すまんが、日記帳はここには無いぞ」
「え、無いの……?」
「回収した遺留品をずっと保管する訳ではないからな。基本的に当事者の家族へ返却する」
「え?でも、私は貰っていないと思う……」
「あぁ、渡していない。あの時のリリンサはとてもじゃないが、遺留品を管理できるような状態じゃ無かったしな」
「なるほど……。それで日記帳はどこにあるの!?教えて欲しい!!」
「……墓の中だよ。葬儀を行った時に一緒に埋葬したんだ。いつの日にかお前が大きくなった時に返してやる為に、完全保存状態にしてな」
墓の中……だっと……?
そんな、馬鹿な……。
飛びきりド級のお宝が眠ってた……だと……?
まさかの超展開。
もしかしてワルトは、この展開を予想していたとでも言うのか?
頭が良いというか、なんかもう、超能力の域に達しているだろッ!?
いや落ち着け、俺。これはただの偶然のはずだ。
もしワルトがこの展開を読んでいたのだとしたら、既に墓は掘り起こされているはずだ。
心無き魔人を名乗る聖女なら、墓荒らしぐらい平気でやるし。
「それはちょうど良かった。元々私達はお墓を掘り返すつもりだった。宝探し!!」
「何故そんな予定があったのか理解できないが……そうするべきだろうな。あぁそうだ、ついでと言っては何だが埋葬した遺骨を回収してくれ。ダウナフィアさん達じゃないというのなら、しっかり身元を調べないとな」
「ん。分かった。元々そのつもりだったし」
……墓荒らしをする正当な理由が出来ちゃったんだけど。
これは、俺がしっかりしないとヤバい気がする。
暴走したリリンが、「ついでに他の墓も漁っておこう!」とか言い出しかねない!
その後はちょこちょこ雑談を挟みつつ、ダウナフィアさんの話で盛り上がった。
リリンのお母さんは、天才の名を欲しいままに手に入れる程の凄腕の魔導鑑定士だったらしく、10種類のミックスジュースを飲んだだけで何が使われているかを言い当てられる程だったとか?
なにそれ、マジで何もんだよ!?っと思わずツッコミを入れたが、よく考えてみれば答えはハッキリしていた。
リリンは食べキャラだ。
妹のセフィナも食べキャラだ。
……なるほど、食い意地が張ってるのは遺伝なんだな。
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「あーびっくりした。まさかリリンから電話が掛ってくるなんてねぇ」
「……咄嗟の誤魔化し方が上手すぎるだろ。で、なんか敵は大聖母だとか言ってたな。それをリリンが言い出すのも予定の内か?」
「もふふ!」
「まぁね。これでリリンは直接ノウィン様に話を出来なくなった訳だ。頼れるパートナーは僕だけさ!」
「ホント黒いなぁ、この聖母」
「もふふふ?」
「ちなみに僕は本当に余暇を満喫するつもりでいるよ。最近働き過ぎだったしね!」




