第10話「大惨事悪魔余談・白いドラゴン」
「なん……だって……?ポンコツドラゴンのホロビノが、あの不可思議竜の息子の希望を戴く天王竜……だってのか……?」
「キミはホロビノの事をポンコツって思ってるのかい。……まぁ、僕も思っているけど」
「だとするとホロビノはポンコツではなく、ましてや、忠犬でもないって事なのか……?」
「限りなく犬に近いとは思うけど、アイツはドラゴンだねぇ。ぎりぎり」
「くっ!なんてこった……。こんな事態は想定外すぎるッ……」
「僕も同じ気持ちさ。後悔だねぇ。悔恨だねぇ」
「……ちょっと聞きたい。希望を戴く天王竜って、すごいの?」
俺とワルトの悪ノリに乗りきれなかったリリンは、凄くまじめな平均的疑問顔で質問してきた。
そして、その問いに俺は答える事が出来ない。
……俺も知らないからなッ!!
誰だよ、希望を戴く天王竜!!
しれっと不可思議竜まで登場しやがって、そういう色もの枠はタヌキで十分なんだよッ!!
「すまんリリン。なんとなくノリで騒いでいただけで、俺にも良く分からん」
「……教えてワルトナ」
「ふっ。僕も良く分かってないよ!」
「ワルトも分かんねぇのかよッ!?」
「そうなの?名前だけ判明したとか、どうやって調べたの?」
「いやいや、キミらが抱いている感想とはまったくの逆だからね?」
「「どういうこと?」」
「情報が多すぎてまとめ切れていないんだ。希望を戴く天王竜の歴史は数百年の時を遡ってもまだ足りない。数千年前の魔導枢機霊王国時代から生きているとされる、正真正銘の化物さ」
「なん……だと……?」
「ありえない……。だってホロビノは、私達が雛から育てた」
「後から順を追って話をするけどね、まぁ、リリンでも理解できるように一言で説明してやると……ホロビノは、ドラゴン界の英雄ホーライ。あらゆる歴史に名を刻む伝説の竜王だ」
「「えっっっっっっ!?!?」」
なんだよそりゃ!?
英雄ホーライって言えば、伝記本が21冊も出ている、最強の人間と名高い偉人だ。
ホーライの戦闘力の高さは、常軌を逸している。
本で語られてる描写を読む限り、親父ですら勝てるかどうか疑わしいほどだ。
……なにせ、ホーライは海を叩き割ったりする。
「ふむ?軟体生物の皇を探す為に海を割ったが、鯨の皇と貝の皇もおるのう。まとめて始末してくれようぞ」とかやっちゃうくらいに最強だからな。
しかも余裕で勝つし。
うーん。
リリンに向けた説明だったんだろうが、その凄さが伝わった。
おそらくだが、ワルトはこう言いたいんだろう。
『希望を戴く天王竜に関する記述が多すぎて、精査できていない。だが調べる限り、その戦闘力はホーライに匹敵する』と。
……マジで?
「えっと、それは本当なのかワル――」
「ユニク!!凄い!!!!!!!私のホロビノは英雄だったっ!!」
「お、おう」
「それなのに可愛い!私の言う事もちゃんと聞いてくれる!一緒に寝るとフカフカで可愛い!!」
「あ、あぁ」
「時々ポンコツなのも凄く可愛いと思う!!」
「リリンもポンコツって思ってるのかよッ!!」
ホロビノーー!お前、飼い主にもポンコツって思われてるぞ!?
まぁ、リリンが内心でそう思ってるのも十分に納得できる。
実際、呼んでもすぐ来なかったりするし、アホタヌキを使ってミニドラを鍛えようとした時なんか、生贄にしか見えなかった。
それにしても……それなりに偉大な竜だったんだな、ホロビノ。
だけど、ポンコツだったり忠犬だったりするし、ドラゴンの未来が大変に心配だ。
タヌキ辺りに滅ぼされそうな気がする。
「情報が多すぎるって事は、読んだ情報があるって事だよな?教えてくれ、ワルト」
「いいよ。というか、この事実を誰かに話したくてね。僕と価値観を共有してくれる道連れが欲しくてさー」
「道連れだと……」
「といっても、希望を戴く天王竜の情報にも間違っている記述が含まれているかもしれない。ちょっと信じられない情報もあるし、シェキナの時と同じさ」
「そんなに凄い情報が混じってるのか。覚悟して聞くぜ!」
「うん。じゃ説明するよ。まず、高位ドラゴンと呼ばれる存在についてからだ」
「高位ドラゴン……?それはどのくらいのドラゴンの事を言うんだ?具体的に言うと、ピエロ、鎧武者と球根、黒トカゲのどれに当たるんだ?」
「どこにもドラゴンが見当たらないねぇ。っと、冗談はさておき……眷皇種・希望を費やす冥王竜は高位竜で確定。その側近はグレーゾーンって所だね。あ、ピエロは違うよ、たぶん」
「ピエロのあの強さでも、高位じゃないのか……」
「で、ホロビノも当然高位ドラゴンだ。問題はここから……高位ドラゴンと呼ばれる存在は、死んでも死なない」
「は?」
なに?死んでも死なないってどういうことだ?
それは、普通なら死ぬくらいの攻撃を受けても生き残るという事なのか、それとも、異常な再生能力があるということなのか。
そう言えば、冥王竜は瞬時に腕を再生できる。
だからこそ、幼い俺は奴の事を黒トカゲと命名したのだ。
「冥王竜は異常な再生能力を持ってたが、そういうことか?」
「それは付随効果であって本質ではないよ。いいかい、ドラゴンは死んだら転生する。新しい身体を瞬時に生み出し、そこに魂を移すことで不死を実現させたんだ」
「なんだって?……それじゃ、もし仮に俺が冥王竜を倒せても、奴は瞬時に生まれ変わって復活したって事か?」
「そうなるね。ドラゴンが絶対者と呼ばれて恐れられている理由はそこにあるんだ。高位竜はたったの一度殺すのだって容易なことじゃない。奇襲や罠を張ってどうにか殺せるかって所だ。だが、竜は死んだら転生し、ダメージを一切受けていない無傷の体となって復活する」
「全て元どうりで無意味……」
「一応少し弱体化するらしいけどね。だが微々たるものだ。そして愚かな人間は竜の逆襲に触れ掃滅されることになる」
なんだそれは……?
そんなの、絶対に勝てないじゃねぇか……。
グラムを覚醒させた今なら、冥王竜に勝つ手段はあると思っていた。
現在俺が使える最強技『無物質への回帰』なら致命傷を与えられる。
ならば、後は隙を付いて一撃を叩きこめばいいだけだ。
だが、そんな奇跡は何度も起きない。
ただでさえ魔法が使えない状況で取れる選択肢など僅かであり、一度使った手段は対策を講じられ、二度目は刃が届かない。
俺と冥王竜の間には、未だ途方も無い壁が存在するらしい。
そしてホロビノは、冥王竜をも凌駕すると。
……ホロビノ可愛いよ、ホロビノ。
俺達はずっと友達でいような。
「なるほど……それで……。話が繋がったと思う」
「リリン?」
「ユニク、私達がホロビノを拾った時には、近くにすごく大きな竜が死んでいた。滅茶苦茶かっこよくて凄そうな奴!」
「まさか……?」
「うん。その竜こそホロビノの前の姿。そうだよね?ワルトナ?」
「正解!なんだい、クッキーさえ食べてなきゃ、そこそこ頭が回るじゃないか」
リリンはワルトに褒められて、平均的なドヤ顔でふんす!と鼻を鳴らしている。
これはこれで大変に可愛らし……おい!チョコを食べようとするんじゃねぇ!
俺はグラムの拘束を強めつつ、ワルトに話を促した。
「つまり、ホロビノは偉大な竜だって言いたいんだな?」
「そうそう。これが中々に理解不能な情報が混じってるもんで、僕としても判断に困ってるんだよねぇー……ガサガサ」
「理解不能な情報?」
「嘘……とまでは行かなくとも、話を盛られてる感が凄くてねぇ……ガサリ」
「どんなのがあるんだ?」
「20体の皇種と乱闘して全員ぶっ殺したとか……さくっ」
「に、20体だと……」
「噴火した山の上を飛んでいたかと思ったら、光の雨を降り注がせて平地になるまで吹き飛ばしたとか……さくさく」
「や、山を吹き飛ばしたっ!?」
「極めつけは、恐ろしきタヌキ帝王ソドムと7日間に渡る大決戦をし、周囲一帯を光炎の海と結晶で出来た樹海へ変えたらしいよ……ずずっ、ぷは!」
「周囲の被害を考えろッ!クソタヌキィ!」
「そんな訳で、真面目に語るのが馬鹿馬鹿しくなる位なことを平然とやってるんだよねぇ」
「ワルトナがお菓子を食べてる……ずるい!」
20体の皇種と乱闘や火山を吹き飛ばしたとかも大問題だが、一番重要なのはそこじゃない。
タヌキ帝王こと、クソタヌキと7日間の大決戦。
それはつまり、実力が拮抗していたということで……。
ホロビノよ、いままでポンコツドラゴンって呼んでごめん。
今度からは『偉大にして美しき大いなる白天竜様』って呼ぶよ。
俺が決意を新たにしている横で、リリンがどうにかチョコを手に入れようと四苦八苦していた。
あんまり話を聞いていた風じゃ無く、ホロビノとチョコレートで興味が半々といったところだ。
ん?……とうとう詠唱が始まったな。
グラム拘束解除。ほら、リリンさん、おやつの時間ですよー
「もぐもぐもぐ……おいしい!」
「確かに簡単には信じられない情報だが……まったくの嘘ってわけでもないんだろ?」
「そこなんだよ。例えば、皇種って言ったって結構格差があるらしいんだよねぇ。白銀比様や幾億蛇峰なんかは最強クラスだと聞いてるけど、逆に弱い奴ってのがどこまで弱いのか分からないんだ」
「皇種については白銀比様から聞いた事がある」
「ん?そうなのか?」
「チョコレートを食べたから頭が回りだしたんだね?教えておくれ」
「皇種になると、特別な力が使えるようになるらしい。なんでも、配下から力を集める事が出来るようになるって言ってた」
「配下から力を集めるだと?」
「なるほど、種族の力を結集できるわけだ。……ってことはだよ?皇種を倒すというのは、その種族を根絶やしにできる力を持つ事に等しい訳だね」
「うん。皇種はその種族の中では最強の個体。倒されたらその種族はすごくピンチになる!」
「へぇー。つまりホロビノは、20の種族と同時に戦って絶滅に追い込めるってことか?」
「そうなるねぇ」
「ホロビノえらい!とっても凄いと思う!」
「「……や、やべぇええええええッ!!」」
ちょっと想定外にヤバすぎるんだけどッ!!
正真正銘の壊滅竜じゃねえかッ!!
俺にはナユタ村で過ごした後の記憶しかない。
当然、皇種に関する記憶はないわけだが、薄らとその恐怖については感じる物がある。
皇種は絶対強者だ。
ハッキリと思いだせるわけではないが、アイツらの攻撃は理知の外側にあると魂が言っている気がする。
ランク9の魔法に匹敵するか、軽く圧倒する様な攻撃ですら、通常技なのだと俺の直感が騒ぐのだ。
それら化物を同時に20体も相手して、勝ち残るだけの力が全盛期のホロビノにはあったなんてな……。
ん?全盛期の……?
「なぁ、昔のホロビノが凄いってのは十分に分かったんだが、今のホロビノはどうなんだ?」
「それがね、相当に弱体化してるっぽいんだよねぇ。ドラゴンは転生をするけども絶対不滅の存在じゃない。限度があるんだってさ」
「限度?」
「転生には回数制限があるとの記載があった。その転生回数は長く生きていれば次第に増えて行く。が、転生を短時間で繰り返せば著しく弱体化し幼竜になってしまう。んで、最後には転生する力すら無くなり死ぬらしい」
「それは……今のホロビノは弱体化しまくってるってことか?」
「そうなるね。僕らが見つけた時は1mに満たない生まれたてのドラゴンだったんだよ。相当に弱体化してると見て間違いない」
なるほど、話が見えて来たぜ。
ホロビノは何者かと戦闘になり、必死の戦いをした。
何度も死ぬ程の撃戦を制し、最終的にはホロビノは生き残ったが、そこで命運が尽きてしまったのだ。
「なにこの子!可愛い!」
「白いドラゴンとか珍しいねぇ。売ろう」
「えー。珍しいならペットにしましょぉ」
「いや、相当貴重性が高いわ。検体にするべきよ」
「お前ら、食料を探してたんじゃねぇのかよ?……ドラゴンステーキだろ」
「食べるなら、あっちの大きい方。こっちは飼おう!育てて乗り物にする!」
「きゅぐろろろ!?」
「飼わないっての。つーかおい、擦り寄るな!媚を売るな!」
「きゅあら!きゅあら!」
「ペットよぉペット。王宮にはドラゴンが必要なのぉ」
「きゅあ!きゅあら~ん!」
「とりあえず増やすわ。それからみんなで分ければいいじゃない」
「きゅぐろ!?!?」
「何でもいいけどよ、とりあえず、あっちのデカイ方を裁いてくるぜ」
「きゃあ!?きゅあららら!?」
……こんな感じだろ。たぶん。
可愛らしい大悪魔5人組という、この大陸の諸悪の根源に見つかってしまえば、こうなるのは必然だ。
リリン達は珍しいドラゴンを前に大興奮。
売り飛ばそうとしたり、検体にしようとしたり、食おうとしたわけだが、育てて乗り物にしようという食べキャラ大魔王と、ペットにしようという女王系大魔王が結託し、勝利を収めたと聞いている。
こうしてホロビノは心無き魔人達の統括者のペットとなり、壊滅竜なんていう物騒な肩書きを付けて貰って、大層可愛がられましたとさ。
めでたし、めでた……全然めでたくねぇだろッ!
「なぁ、ワルト。色んな意味で危険な気がするんだが?」
「……脅威だねぇ、同意だねぇ」
「だよな。ホロビノにした悪事を教えてくれ、ワルト」
聞いてきた限りだと、散々な目にあってるからな。
ここはリリンではなく、しっかり事態を把握しているワルトから話を聞こう。
「えっと、ホロビノのドラゴンさんをスポイトしちゃった……かな。カミナが」
「数千年も生きて来た中で、最大最悪な屈辱だっただろうな。可哀そうに」
「えっと、寝ているホロビノの横に香辛料を置いて悪戯したね。酔ったメナファスが」
「最初っから食われそうになった以上、冗談じゃ済まねぇだろ。可哀そうに」
「それと、レジェが礼儀作法を教えていたよ。テーブルマナーとか」
「ドラゴンがテーブルにつくとか、どんな状況を想定してんだよッ!?というか、テーブルに並べる気だっただろ!!」
「そういえば、最初にD・S・Dを食べさせたのはリリンだったねぇ。火を吐くドラゴンなら辛くても食べられるはず!とか言い出してさ」
「火を吐くのと辛みに強いかは別問題だろ。つーか、何で止めないんだよ!」
「だって、面白そうだったし……」
面白そうだったからだと……?
確かにドラゴンVS香辛料とか、俺も興味があるけども!
この後も、背筋がぞっとする悪事が出てくる出てくる。
結局、ホロビノは散々な目に遭っている事が確定した。
魔王様な槍を持ったリリンを背中に乗せるとか、危険物が首筋にずっと添えられている状態になる。
考えただけでゾッとするぜ!
「あぁ、今度ホロビノに会った時、どんな態度で接すればいいんだ……」
「僕にも分かんないよ。とりあえず、ゲロ鳥とドラモドキのステーキは用意しておいたけど……」
「ん。別に変えなくていいと思う」
「そう……か?」
「背後から狙われたりとか、充分にありそうなんだけど……」
「例えホロビノがどんな存在でも、ホロビノはホロビノ!私のカッコ良くて可愛い、ちょっとポンコツだけど大事な時には絶対に助けてくれる優秀で凄いペット!いや、家族だと思っている!」
そう言いきったリリンの表情は、いつも以上に満足げな笑顔だ。
心の底からの本心であろうその言葉に、俺もほんの少しだけ安堵を感じた。
だが、これだけは絶対に言っておかなくてはならない。
「リリンの言葉を聞いて安心したぜ。でも、これだけは守ってくれ」
「ん?なにを守ればいいの?」
「いいか、リリン……。ホロビノルーレットは禁止だッ!」




