第2話「大惨事悪魔会談・セフィナ①」
「最初の議題はセフィナだ。言わなくても分かると思うけど、これはとても大事な話だよ。可能な限り詳しく語っておくれ」
「分かった!セフィナの事なら任せて欲しい!」
さっそく本題に入るべく、俺とリリンは顔を見合わせた。
電話の先にはワルトがいる。
今ここに、第三次悪魔会談の開催を宣言するぜ!
「うん。それじゃ、どうぞー」
「……セフィナが産まれたのは、私が3歳の時!」
「はい、ちょっと待ってくれるかい?誰が誕生から語れっつったのかな?このお馬鹿!」
嬉々としてセフィナの出生から語り出そうとしたリリンを、ワルトは速攻でブロック。
恐らくだが、反応速度的にこの展開を読んでいたっぽい。
流石は大悪魔さん。リリンの扱いに慣れていらっしゃる。
「ということで、セフィナの思い出話は大幅カットで」
「むぅ……」
「でも一応、どんな子かは聞いておこうかね」
「ん!私のセフィナはとっても可愛いくて、魔法の才能も凄い!!昔は魔法で負けそうになった事もあり、姉の威厳に関わると危機感を持っていたほど!」
「へぇ。キミでも焦る事って有るんだねぇ。そういうのは朝のバイキングが売り切れになりそうな時だけだと思っていたよ」
「昔は良くセフィナとおやつの取り合いっこをした!放っておくと私の分まで食べようとするので、死守するのが大変!」
「……まさかの超展開。キミの大食いのルーツが妹だったとはね……。知らなかったねぇ、始末に負えないねぇ」
なん……だって……?
朝から、ちょっとどうかと思うくらいに食い意地が張ってたのは、妹のセフィナが原因だと?
確かに、その話の裏は取れている。
セフィナは「おねーちゃんは、週に4回くらいしか先におやつを選ばせてくれないの!」とか言っていた。
当然、一週間は7日であり、セフィナが先に選ぶ回数の方が多いという事になる訳だが、本人は満足していなかったようだ。
なるほど、リリンはセフィナに魔法を教え、セフィナはリリンへ弱肉強食のなんたるかを教えていたと。
腹ペコ大悪魔さんの諸悪の根源が敵とか、あっちの財布が心配になってくる。
「なるほど、セフィナのイメージは『幼いリリン』って感じなんだね。ふむふむ」
「セフィナの髪は黒い。あと目付きがふてぶてしい!」
「目付きがふてぶてしいのはキミもだろ。……外見的一致もあるっと」
ここでセフィナの外見の話になったので、俺の意見も伝えておく。
リリンの方が詳しいだろうが、昔のイメージも影響しているだろうし、第三者としての意見があった方が良いからだ。
俺が上げた意見は、『身長はリリンと同程度の150cm程度。口調はたどたどしい敬語。黒い修道服を改造したっぽい魔導服を着ている。あと、クッキーを食べた後の姿がリリンにそっくり』だ。
ご機嫌伺いをする為にクッキーを食わせてみたが、セフィナはリリンとは違い一気に頬張る。
高速で順番に平らげていくリリンと違い、セフィナは色んな種類を無差別に食べるのだ。
だが、結局二人とも、頬を膨らませる。
姉妹揃ってハムスター。
一度、食いついたものは二度と離さないという、鉄の意思を感じるぜ!
「セフィナの外見は分かった。あ、後で写真でも見つけたら送って置いておくれ。で、肝心の再会はどんなのだったんだい?」
「私達はメナファスと会う為に、指定された廃教会に行った。そしてそこにはメナファスはいなくて、12時の鐘が鳴ると同時に仮面を付けた少女が出てきた」
「へぇ。仮面を付けていたのかい?それは認識阻害の仮面かな?」
「そう。だから最初は正体が分からなかった。そして、私とユニクは別れて戦う事になった」
「別れて戦う?リリンはセフィナと戦ったんだろう?ユニはメナファスとかい?」
「ううん。ゴモラっていうタヌキ」
「何でちゃっかり参戦してんだよ。タヌキ!」
あぁ、俺もそう思うぞ。
あのニセタヌキの野郎は完全にセフィナの味方だった。
というか、闘技場で目撃情報のあった少女とタヌキって、どう考えても、セフィナとクソタヌキとニセタヌキだろ。
くっ!カツテナイタヌキが2匹もいる……だとすると、俺の前にちょくちょく現れるアホタヌキも奴らの一味なのか?
もしや、俺達の所に来ているのって、偵察をしに来ていたって事なのか?
……おのれ、アホタヌキめ。
タヌキのくせに人間を出し抜くとは、いい度胸してやがる。
今度会ったらグラムで三枚に下ろした後、お前で出汁を取ってやるぜ!
「そうそう、何故かセフィナはニセタヌキを従えているらしくてな。戦ったが、かなり手強かったぜ!」
「手強いって、負けたんだから格好つけなくていいよ、ユニ……まったく、勝つ手ないねぇ、無敵だねぇ」
「いや、勝ったぞ」
「……は?」
「いやだから、俺はタヌキに勝ったんだって」
「……。目を覚ませ、ユニ。それは夢だ。幻だ」
「夢じゃねぇ!俺はニセタヌキに勝った!!これは紛れも無い事実だッ!!」
「……はぁー?」
まったく信じてくれないワルトへ、一生懸命に事態を説明した。
リリンと別れてニセタヌキと向かい合い、奴が分裂し、カツテナイ絶望を味わったあの瞬間を可能な限りスリリングに語る。
手に汗握るどころか、体中から油汗が滲み出てくる恐怖体験。
一匹で国を落とせるような化物が、斬っても斬っても分裂し、最後には当初の倍の64匹に増えるという戦慄の展開を聞いたワルトは「ふへへ。なーにそれぇー」と声が引きつっている。
そして物語はクライマックス。
グラムの覚醒体ですら一歩及ばない状況を打破したのは、アルカディアさんから授けられし木の枝だった。
だが、ここで正直に話すと「アルカディアって誰だよ!?」となるので、ちょっと脚本を書き換えて伝える。
「グラムの覚醒体ですら倒しきれず窮地に立たされた俺は、たまたま近くにあった木の枝をニセタヌキめがけて蹴飛ばした。すると……ニセタヌキは凄い声を上げて嫌がったんだ!」
「……タヌキが嫌がる木ぃ?」
「それを見た俺は確信したんだ。これでニセタヌキをぶっ飛ばせる!ってな」
「……で、どうなった?」
「木の枝でぶっ叩いてやったら、爆裂して吹っ飛んでいったぜ!」
「……。もうちょい詳しく」
「それはもう、すんごい爆裂だったぞ!リリンのランク9の魔法に負けていないくらいだった!」
「ユニ……。残念なお知らせがあるんだ」
「ニセタヌキは雄叫びをあげて爆れ……残念なお知らせ?」
「……それ、絶対タヌキに化かされてるよ。いや、化かされるどころか、馬鹿にされてるって言った方が正しいだろうね!」
……やっぱりそう思うよなぁ。
だって明らかにおかしいし。
あの時は興奮して気にしなかったが、すぐに何事も無かったかのように無傷で出てきやがったしな。
第一、木の枝でタヌキが爆裂するんなら、世界は平和に導かれているはずだ。
だが、タヌキは害獣として名を轟かせまくっている
だとすれば、導き出される答えは唯一つしかない。
「騙しやがったなッ!ニセタヌキィィィ!!」
「そんなの騙される方が悪いだろ。どう考えても」
「ちくしょう!勝ったと思ったのに!夢だって、途中までは順調だったのにッ!」
「まったく、ユニのタヌキ好きにも困ったもんだね。そんなにタヌキが好きならば一緒のベッドで添い寝でもしなよ」
「添い寝はしてるぜ!タヌキリリンだけどな!!」
「……次会ったら今度は僕が、キミを木の枝で叩いてあげるよ。爆発しな!」
やべ、失敗した!
つい調子に乗ってタヌキトークをしていたら、トンデモナイ事になってしまった。
相手は心無き大悪魔。おそらく、英雄の象徴を狙って来るはずだ。
次会う時には、重点的にバッファを掛けた方が良いかもしれない。
「ほら、タヌキトークはほどほどにして、セフィナの話に戻るよ」
「あ、ちなみに、そのタヌキはゴモラといって私の家に住みついていたタヌキ。セフィナのペット!」
「……つまり、セフィナであるという確証が強まったって言いたいのかい?」
「そう」
「妙な所で掘り下げてくるんじゃないよ、ニセタヌキ。絶滅しろ!」
後でリリンから聞いた話では、あのニセタヌキはゴモラといって、セフィナが可愛がってた野良タヌキらしい。
一応、リリンの家で飼っていた訳ではなく勝手に住みついたそうで、セフィナに懐いていつも一緒に行動していたとか?
リリンはセフィナのペットだというが、俺にはそうは思えない。
アイツはクソタヌキと一緒にいた。つまり、あの腹の立つ害獣と同等の存在のはずだ。タヌキ帝王だし。
だとすると、セフィナがペットとして飼っていたのではなく、セフィナがタヌキに育てられていた可能性すら出てくる。
考えるだけでゾッとするので、この議題は封印しておこう。
「で、リリン。セフィナとの出会いはどんな感じだったんだい?」
「ぶっちゃけて言えば、私はかなり怒っていた。私のセフィナを騙る敵なんて許せないと、本気でぶちのめしてワルトナに突き出すつもりだった!」
「そうならなくて本当に良かったと思うよ。マジで」
「でも、セフィナは直ぐに仮面を外して正体を露わした。それに驚いた私は対応が遅れ、『星の対消滅』を受けてしまった」
「星の対消滅だって?あの魔法は奇襲には向かないだろう?」
「うん。でもやられた。セフィナは呪文の最初の部分を会話に混ぜ込んで誤魔化して準備を進めていたらしい。そして、ほんの一瞬の隙を付いて魔法を完成させてしまった」
「へぇー。やるねぇ!キミの妹は天才か何かかな?」
「セフィナは天才!!それは間違いない事!」
「そうかいそうかい、それは是非会ってみたいもんだ。神童だねぇ、心労だねぇ」
確かにワルトの言うとおり、そんな魔法技術を持つ人物が敵だというのは、非常に不味い。
リリンとセフィナは一勝一敗で引き分けた。
つまり、セフィナの戦闘力はリリン並み。
レベルだって七万を超えていたし、充分に大悪魔クラスなのだ。
しかも、セフィナはリリンの切り札まで攻略してしまっている。
「魔法が封印された私は、星丈―ルナを覚醒させての短期戦でしか勝利の道は無い。そう思ってチャンスを作るべくホロビノを呼び、時間稼ぎを仕掛けた」
「なるほど、だが、上手く行かなかったと。星丈―ルナを覚醒させるほどの魔力が無かったのかい?確か前の日に闘技場で遊んでくると言っていただろう?」
「いや、魔力自体はあったし、実際、カウンターに近い形となってしまったけど覚醒もさせた。……けど、押し負けた」
「……なんだって?覚醒させて負けたって言うのかい?」
その声は、先ほどまでとは打って変わって、緊張を含んでいる。
まるで予想外だとでも言うように、ワルトの声に真剣さが増した。
「もう一度詳しく語っておくれ。星丈―ルナを完全に覚醒させる事は出来たのかい?」
「できた。でも、セフィナは自分の杖、神魔杖罰・メルクリウスを覚醒させて私に対抗してきた」
「な、なんだってッ!?!?」
「セフィナの杖はお父さんが使用していた凄い杖で、魔法や魔法陣を完全無効化する事が出来る。つまり、新たな魔法が使えない状態で、私が持っていた全ての魔法的手段が破壊された。……事実上の完全敗北」
「ちょ、ちょっと待っておくれ、リリン!!その口ぶりだと、メルクリウスの『流れ落ちる水銀』を受けたって事なのかい!?」
「そういうこと。ん、でも良く知っていたね。有名な――」
「そんな事はどうでもいい!!リリン、キミの体に何か変化はないのか!?」
「身体に変化?どういうこと?」
「流れ落ちる水銀を受けて、キミが体に宿していた魔法は全て破壊されてしまった……のかもしれない。だからこそ、体に変化はないかって聞いているんだ。リリン、これは大事な事だ、答えろ!」
ん?何でそんなにワルトは慌てているんだ?
確かにバッファの魔法を壊されたのは問題だが、結果的に無事なんだし、それほど騒ぐ事でもないだろ?
だが、ワルトの声は緊迫感を増すばかりで一向にクールダウンする気配が無い。
何か重要な事があるようだな。
そうしている間に、その時の感覚を思い出していたリリンが口を開いた。
「え、えっと、魔法を受けた瞬間は、色んな喪失感があって変な感じがした」
「…………そんな……。」
「でも、直ぐに元に戻った。その後は特に変化はない。ご飯もおいしく食べられた!」
リリンが言うには、流れ落ちる水銀を受けた瞬間、体の中の大切な何かが無くなってしまったかのような感覚があったという。
だがそれは一時的なもので、戦闘が終わった後で気が付いた時には、既に元に戻っていたらしい。
身体の中にあった大切な何か、か。
なんか妙に気になる気がする……?
ワルトも気にしているし、何かあるのは間違いなさそうだ。
聞いておいた方が良さそうだな。
「で、そんなに気にするって事は何かあるって事だよな、ワルト?教えてくれ」
「……。あぁ……良かった……」
「ワルト?」
「……いや、ごめんごめん。安心したらホッとしちゃってさ」
「ホッとした?何がだ?」
「いやいや、考えてもごらんよ、冥王竜が言っていただろう?僕達には加護がいっぱい掛ってるって」
「そう言えば、そんな事言ってたな」
「で、問題なのが、リリンには白銀比様の加護が付いているってことさ。もしもだよ?白銀比様の加護をセフィナが壊したってなったら、どうなると思う?」
「それは……、キツネの皇種に対して、宣戦布告をしたって事になるのか?」
「正解。どういう行動を白銀比様がするかは分からないけど、気分が良くないのは間違いない事さ」
うっわぁ、非常に超絶大問題なんだけど!
白銀比様と言えば、リリンが親しくしている酒好きのビッチ……もとい、偉大なるキツネの皇種。
神が定めし序列で言えばタヌキの皇種に劣るものの、同じ始原の皇種として同格とされる存在だ。
で、何が問題かというと、眷皇種として、タヌキ帝王に匹敵する戦力を従えているだろうという事だ。
セフィナを巡り、激しく激突し合うタヌキとキツネ。
そして、たまたまその場に居合わせた俺は、とばっちりを喰らい死亡する事となる。
……何だこの未来ッ!?
タヌキとキツネに挟まれて死亡とか、考えられる限りに最悪なバッドエンドなんだけど!!
「ワルト、こんな結末は嫌だ。なんとかしてくれ!」
「僕だって嫌だよ。白銀比様には会った事があるけど、もうね、勝つとかそういう次元にいない。敵意を向けられたら勝負どころか、会話さえままならないんだ」
「そんなにか。タヌキ以外にそんな生物がいるとは誤算だぜ……」
「シリアスな雰囲気なんだからタヌキの名前を出すんじゃないよ。でもまぁ、元に戻ったと言うし問題ないかなー」
「ワルトナ……そういえば一つ、変な事があった」
「「……え?」」
話を切り出して来たリリンは、平均的な普通の表情をしている。
それは世間話をする時の平常時のリリンで、特に慌てている様子も無い。
だが、その声には妙な重みがあった。
そして、沈黙に耐えられなくなったワルトが話を促す。
「何があったんだい?リリン」
「……夢を見た」
「夢?」
「そう。ワルトナとの電話を切った後に見た夢で、確か……私は鏡の前に立っていた」
俺が悪夢にうなされて起きた後、二人で紅茶を飲んで、再びベッドに入った。
リリンはずっと起きていたようで、すぐに睡魔に誘われて眠りについたんだが……。
実は、俺は眠れずにリリンの寝顔を見ていたんだ。
そんな事を言うとちょっと変態的な感じだし、ワルトに殴られるから言わないが、凄く静かな良い時間だったと思う。
そして、その時にリリンは……泣いていた。
小さくて聞き取れなかったが、誰かの名前を寂しそうに呟き、頬に涙を伝わせていたんだ。
セフィナと再会したこともあって特に不思議に思うことも無かったが、夢の中で会っていたのはセフィナじゃない……のか?
「鏡だって?」
「うん。私は鏡に映った”私”に触れて、会話をしたんだと思う」
「自分に触れた……会話の内容を聞かせてくれるかい?リリン」
「ううん。どんな事を話したのか、それは覚えていない。けど……。なぜか、とても安心する夢だった。ずっと探していた物を見つけた時のような、安堵と歓喜に満ちたそんな夢」
そう言ってリリンは小さく鼻をすすった。
それは特に意識しての事じゃなくて、無意識のものだろう。
リリンが夢で再会したのは、誰なのか?
過去のリリンとか、自分の深層意識を表現したものだとか、いくらでも答えを探す事はできる。
だけど絶対に、リリンにとって大切な存在であるのは間違いない。
なぜか、これだけは確信があるんだ。




