第1話「いつもの朝」
「ふぁー!腹がいっぱいだ!」
「うん。久しぶりに満腹。きっと今日は、凄く良い一日になると思う!!」
敵の襲撃を受けた翌日、俺達はいつもの時間に起きて、いつもどおりに顔を洗い、いつもと同じように着替えを済ませた。
昨日起こった衝撃的すぎる怒濤の展開は、俺やリリンの感情を大きく揺らす出来事だった。
その中でも飛びきりに大きい問題は、『リリンの妹のセフィナが生きていた』という事だろう。
これはそれこそ、リリンの人生を否定しかねない大問題。
なにせ、リリンは家族と死に分かれて一人になったから、神託を授けられて俺を探す事になった。
だが、今回判明した事実により、それは間違いだったと知らされたのだ。
『リリンサ・リンサベルは、ユニクルフィンと出会う為に、家族の死を偽装されていた』
つまりはこういう事であり、全ては俺と出会わせるために仕組まれた事だったのだ。
そんな、でかすぎる事実が判明した後も、過去のリリン達と俺は出会っている疑惑や、メナファスの裏切り、そして最後には敵のボスらしき人物が登場し、なんとその人物のレベルは100000という文字どおりの意味で桁の違う存在だった。
これはもう、俺達だけで処理しきれる許容量を余裕で超えてしまっている。
だからこそ、今日の朝は可能な限り、いつもどおりに過ごした。
慣れた手順で朝の支度をし、気持ちを整えるために。
……だが、そんな俺達の朝に、決定的な変化があった。
「あー。もう何も食えない。昼も軽めにしよう……」
「軽め?天丼うどんセットとか?」
「まず、セットな時点で軽くねえよ!」
意識していたのにも関わらず、起こってしまった決定的な変化。
それは簡単な事だ。
今日の予定は、ワルトに電話をして事態の報告と相談をする。
その前に、朝食を済ませようという話になった。
ここまでは良い。朝食をとるのは普通な事だからだ。
だが俺は、満身創痍に陥っている。
なぜなら……。
うちの腹ぺこ大魔王さんの封印が解かれてしまったからだッ!!
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「ユニク。今日の朝ごはんはしっかり食べたい。いいよね?」
「そうだな、電話相談で頭を使うし、ガッツリ行くか!」
「分かった。……ユニクと私は恋人同士となった。だから今こそ、掛っていた制限を解き放つ!」
「……は?」
「ユニクルフィン攻略作戦、その91!『ご飯をいっぱい食べ過ぎない!!』は解禁された!!よし、本気で行く!!」
とか言い出し、リリンは足早に電話機に向かってゆく。
しっかりバッファを掛けているし、厨房への攻撃と見て間違いない。
リリンはどうやら、俺に嫌われないように食べる様をセーブしていたらしい。……あれで。
そして両想いになり、気持ち的にも解放された現在、久しぶりに全力を出すという。恐ろしい事に。
で、注文しまくった結果が、これだ。
パン系………。
『コッペパン』『カステラ』『フランスパン』『バームクーヘン』
スープ系……。
『野菜スープ』『コーンポタージュ』『シチュー』
野菜系………。
『牛肉のカルパッチョ』『しゃきしゃきコーンサラダ』『ツナチーズレタス』
肉系…………。
『荒引きウィンナー』『厚切りハム』
デザート系…。
『ロールケーキ』『チーズケーキ』『シュークリーム』
最後に、お茶受けとしてクッキー缶3つと、一口チョコが2箱。あとミカン。
全ての料理がミニサイズに変更されているが、それでもテーブルを埋め尽くすほどの品数に圧倒される俺。
それを見て、目を輝かせるリリン。
この腹ペコ大魔王さんは、朝からこんなに食って、一体何をする気なのだろうか?
……あ。
ついにフィートフィルシアを滅ぼしに行くのかもしれない。
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そんな訳で、なんとか食べきったものの、俺の腹は非常に満腹だ。
流石のリリンも食べ過ぎたらしく、「ふぅ。ちょっと食べすぎた。食後のデザートはミカンにしよう」などと言っている。
……食い過ぎたのなら食うんじゃねぇよ。
「さて、この後はワルトに電話して、作戦会議をするんだよな?」
「そう。実は夜の内に電話をする事を伝えてある。だから確実に出てくれるはず」
「ん?用意が良いな。だとすると、何が起こったのかは大体伝えてあるのか?」
「いや、伝えていない。私一人だと、話に漏れが生じる可能性がある。だからユニクと一緒に報告しようと思った」
うん。それは正解な気がするぜ。
しっかりしてそうな平均的な表情をしているが、リリンは結構、天然ボケを突っ込んでくる。
直近では、カツテナイニセタヌキを釈放するという暴挙を平然と行っていたし、非常に危なっかしい場面があるのだ。
それに、もしリリンが一人で報告した場合、昨日の告白を包み隠さず暴露される可能性がある。
そんな事になった日にはワルトまでもが敵になり、俺とロイは賽ノ河原で再会を果たすことになるだろう。
それだけは絶対に阻止しなければならない。
最低ラインの目標を定めた俺は、リリンが準備を終えるのを待った。
そして、携帯電魔を取り出したリリンは、速攻で操作をしてコール音を響かせる。
しばらくすると荘厳なパイプオルガンの音が切れ、ワルトの声が聞こえてきた。
「ぜぇ……。ぜぇ……。すーはー。……おはよう、リリン」
「……。まだ駆除してたの?」
「いや、そっちは諦めたんだ。魔法が当たらない上に、増えやがったからね……!」
「諦めたんだ。じゃあ、どうして息を切らしてるの?」
電話に出たワルトの声は、聞くからに疲れが滲み出ている。
リリンの話によると、部屋に出た害虫と戦っていたらしい。
ワルトナが一時的に見失ったらしく、気が付いたら増えていたとか?
網戸の隙間から入ってくる小さい蚊か何か?
だが、今は違う理由によって息を切らしているようだ。
というか、ドラゴンフィーバーでドラピエクロ戦までは息を切らさなかったワルトが息を切らすとか、どんな異常事態だよ?
「実は、僕の育てている可愛い部下が任務に失敗したって泣きじゃくっていてねぇ。あまりにもわんわん泣くもんだから放っておけないし、任務失敗の映像を確認する時関すりゃありゃしないよ」
「ん。取り込み中?後でにした方が良い?」
「いや、子守りが上手な奴に預けたから大丈夫さ。今頃、町でパフェでも食べてるんじゃないかい?」
ん?任務に失敗した子が泣き喚いてる?
いやいや、問題はそこじゃなく、泣き喚くくらいの歳の子をワルトは育ててるってことか?
あっちはあっちで、心無き小悪魔を育成中と。
大悪魔さん達は、子分を従えないといけない決まりでもあるのか?
「ん。任務に失敗したんなら、手伝いに行った方が良い?」
「ありがとうリリン。キミが来たら大混乱するのは間違い無しで、僕の胃が破綻するから、絶対に来ないでおくれ」
「むぅ。遠慮しないで欲しい!」
「遠慮じゃないねぇ、懇願だねぇ」
失敗したのなら助けに行こうか?というリリンに対し、本気で嫌がるワルト。
なんとなく、その気持ちは分かる気がする。
話がややこしくなる上に、食費が3倍かかるからな。
「で、そろそろ本題に入ってくれるかい?」
「分かった。……ワルトナ。私達は昨日、敵の中心人物と接触した」
「……そんな事があったのかい。それで、どんな情報を得た?」
「敵は……セフィナだった!!」
「……は?」
「敵はセフィナ!!真っ白い敵は英雄!!メナファスが裏切った!!ユニクがカッコ良かった!!!!!!」
「……古文書よりも解読が難しい。難解だねぇ、未知の言語だねぇ」
「あ!タヌキもいた!!」
「……タヌキは出てくんな。絶滅しろ!」
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「それじゃ、順を追って話を整理していくよ。いいね?」
あれから、興奮しまくっているリリンを落ち着かせ、俺も会話に参加。
リリンが起こった出来事のタイトルを言って、俺が詳細を話していくという方式に切り替えたら、だいぶ効率よく話が出来たと思う。
ワルトは真剣な声で話を聞いており、リリンの妹の生存やメナファスの裏切りを聞いた時くらいしか、驚きの声を上げなかった。
逆に、セフィナの生存の報告の時は、非常にビックリしたような声を上げている。
それこそ、演技じみて聞こえる程に声を上ずらせて、「な、なんだってぇ~~~~」と叫び、「これは想定外過ぎるねぇ。困惑だねぇ、憤慨だねぇ」と怒りを露わしていた。
「キミらの話を聞いて、大まかな情報把握は出来た。そしてここからは、議題を4つに分けて話を進めたいと思う。良いね?」
「分かった。ワルトナが言うのなら間違いないと思っている」
「あぁ、頼む」
「では早速、議題を4つに分けるよ。で、分けた主題は、『セフィナ』『メナファス』『白い敵』そして、『ユニ』だ」
「最初の3つは分かるけど、最後はユニクなの?」
「いや、たぶんだが、俺の話が一番重要なんだよな?」
「そうさ。前3つは敵の考察な訳だけど、ユニの存在が見え隠れしている。物語の鍵はユニが握っているのは間違いないし、『起』『承』『転』『結』の結に当たる重要な部分さ」
「分かった。重要なのは、ユニクの結!」
「おい待てリリン。その言い方だと、俺のケツが重要みたいになっちゃうだろ!」
やめてくれよリリン!
親子揃って変態みたいじゃねぇか!
あ、親父と言えば、アルカディアさんの存在を忘れてはいけない。
今の所、ワルトに伝えたのは敵の襲撃に関する事だけで、アルカディアさんの事は告げていない。
正体が判明する前は相談する気だったが……。うん、今はやめておいた方が良さそうだ。
関係ない話を混ぜると余計に複雑になってしまうし、何よりアルカディアさんの話をするのに親父の名前を出さないのは不可能だ。
だいぶ落ち着いて来ているとはいえ、情緒不安定なリリンに親父の痴態を知られたら、恋人関係は破局すること待った無し。
俺から距離を取る様な事を言っておいてアレだが、好いてくれているなら、その状態を維持しておきたいしな!
「さてと……さっそく話をするとしようかね……。議題は、リリンの妹のセフィナ。だが、物語の本質はそこに無いように思える。これはハードな話し合いになるよ。覚悟は良いかい?」
「もちろんいい。セフィナの事なら一日中でも、ずっと語ってられる!」
「俺も良いぜ。大事な話だし、気合を入れていくぜ!」
「そうかいそうかい。それじゃ……戦略破綻、ワルトナ・バレンシアの第三次悪魔会談、はじまるよ!」




