第8章プロローグ「神が眺めし温泉回」
本日2話目の更新です!
ご注意ください!!
真っ白い空間には誰も存在していない。
その主人たる神は不在であり、ただいつものように大きなウィンドウが開かれており、内部に映像が流れているだけだ。
それに映っているのは、英雄ユルドルード。
至る所から湯けむりが立ち上る温泉街を背景に、鼻歌まで歌っている。
そして、その背後に茶色い絶望が這い寄っていた。
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「ふんふふ~ん。ふんふんふ~ん。ちょっと来ない内に随分と街並みが変わったなぁ。昔は何の取り柄も無い普通の村が二つあるだけだったのによー」
チラリと視線を横に向けてみれば、浴衣を着た若い売り子が笑顔で饅頭を売っている。
その表情は近代都市にいる様な擦れた笑顔ではなく、純粋に嬉しい事があった時に浮かべる笑顔。
それを見たユルドルードは再び頷き、「良い温泉街だ」と呟いた。
「まったく、ナユの奴には困ったもんだぜ。せっかく酌をして貰っていい気分だったのに。料理も美味かったし酒も良い奴だったのに勿体ねぇなぁ。……よし、今日は温泉で一人豪遊と行――」
「二人じゃの!」
「……。」
「まったく、ユルドの奴にも困ったもんじゃの。こんな面白そうな地で豪遊するのなら、儂を呼ばないで何とするじゃの。……うむ、今夜は二人で腹を満たすじゃの!色んな意――」
「せめて温泉に入った後に出て来いッ!!晩飯の前には絶対に出てくると思って、先に温泉に入ってのんびりしようと思ってたのにッ!!」
「くくく、神の前で本気と言ったのじゃの。これからは手段を選ばずに行くから、覚悟するが良い!」
「一つだけ言っておくぞ。恋愛は二人でするもんだからな!?お前がやろうとしているのは強姦っていう、普通に犯罪だッ!」
「何を言うておるじゃの?儂は気にせんぞ。お主がロリコンの汚名を着せられようとも一向に構わぬの!」
「襲われた上に、名誉まで殺されるだとッ!?」
こんの、害獣タヌキがぁああああ!!
ユルドルードはブチ切れそうになり、神愛聖剣に手を掛ける。
が、すんでの所でそれを止めた。
こんな街中で神愛聖剣を抜けば、街が壊滅するのは必至。
殺傷能力が高すぎるために那由他もそれなりの迎撃手段を召喚し、神愛聖剣VS神殺しとなるからだ。
ユルドルードはもう一度、周囲へ視線を向けた。
出来て3年も経っていないと噂の温泉街の街並みは、見事と言う他ない程、圧倒的。
階段場に湯棚が積み重なり、川のように悠々と流れている美しき光景。
それが街の中心を通っており、香しい温泉の匂いと相まって、非常に幻想的だ。
町並みも新造とあって統一感があり、木造で作られた屋敷が立ち並ぶ。
街路樹には紅葉の葉。
色付く風景に混ざる笑顔と平和な生活。
心の底からここは天国だと、ユルドル―ドは思った。
ついこの間、酷過ぎるタヌキ地獄にいたせいで町並みが綺麗に見えるのではない。
確かな悪辣計画の上で、とある侵略国家の予算をこれでもかと叩き込み、類稀なるデザインセンスと機能性を考慮して造られたこの町のコンセプトは『おいしいごはんと、気持ちの良い風呂と酒』である。
外見上は天国そのものであり、英雄ユルドルードには、それを壊す事など出来ないのだ。
「ったく。お前の胃袋は満たしてやるが、それ以上は絶対しねえからな」
「恥ずかしいのかのー?まあよい。その気になったらいつでも言うのじゃの!」
「俺が死んだ後にでも、勝手にやってくれ。で、俺は温泉に癒されに来たわけだが、お前はどうする?そこらで買い食いでもしてるか?」
「しばらくは滞在するのであろう?なら温泉に付き合うじゃの」
「……お前は女湯。俺は男湯。そうだよな?」
「こんな幼女に一人で風呂に入れというのかの?ぱぱー」
「鳥肌がッ!!ランク0の魔法か何かかッ!?」
「ということで、儂も男湯に行くじゃの……ふむ?」
両腕を抱いてゾクゾクと震えているユルドルードの横で、那由他は鼻を鳴らした。
すんすんと空気の匂いを嗅ぎ、ニタリと笑う。
「のう、ユルド。この町は面白い街じゃの?」
「ん?何だ知らねえのか?まぁ、最近できたって話だし知らなくても不思議じゃないのか?」
「あの山には『箱入り狐』の住処があったじゃの。じゃからタヌキは近づかんし、この町も未知じゃの」
「へー。お前にも知らない事があるんだな。なんか勝った気分だぜ!」
全知を与えられし那由他に知らない事がある。
それは、ユルドルードにとっての希望。
この害獣を出し抜く方法があるかもしれないという、細すぎる活路なのだ。
だが、そんなユルドルードの気持ちなど知らぬとばかりに、那由他は悪い顔で笑っている。
それにユルドルード気が付いた時にはもう遅く、那由他が口を開いた後だった。
「特にの、この匂いは特別に未知で、飛びきりに興味を引かれる、愉悦と愉快を儂にくれそうじゃの」
「……は?」
そう言った那由他は、ユルドルードから視線を外し、振り返った。
そして、そこに立っていたのは、見た目が那由他と同じ年頃の女の子。
可愛らしい編み籠を脇に抱えた着物姿。
その一番上には『極鈴の湯』と書かれた旅館の衣装を着ている。
そんな幼女というべき女の子は、確かな観察眼を使い、その二人に狙いを定めて声をかけた。
満面の笑みを溢して、無邪気に籠からティッシュを取り出して笑う。
「お客さま、お客さま。今夜の宿はお決まりなのですか?」
「いや、まだ決まっておらんじゃの」
「そうなのです?じゃあ、サチナの宿に泊まると良いです!!」
**********
「たっだいま~!って言っても誰も居ないけどね!」
神はハツラツとした声を出しながら空間を潜り抜け、いつものソファーを目指す。
ここは神の根城。
世界から隔絶されし絶対神域であり、不可侵にして不可逆なる場所だ。
そんな場所への出入りも、神の力を持ってすれば一瞬で済む。
当然、この空間は神が用意したものであり、神の力の結晶とも言えるのだから当たり前だ。
だからこそ、何かを持ちこむことも可能であり、今回、神は珍しいモノを持ちこんでいる。
「お?ユルドの奴、早速温泉に行ったのか。タヌキに散々やられて疲れた顔してたもんなー」
柔らかいソファーにゆったりと座る。
創り出したテーブルに闘技場の屋台で買って来たジャンクフードを適当に乗せて、手元にコーラを召喚すれば準備万端。
これが神の傍観スタイル。
しかし、今日はいつもには無い変化があった。
「さて、早速、試してみましょうかね……。ぎゅむ!」
「ヴィギルオッ!」
神は、丁度いい感じのフットチェアーを探していた。
そして出会ってしまったのだ。
凄く良い踏み心地の、足踏みマットに。
そして、神は那由他の許可を得て、アヴァロンをお持ち帰りした。
神の根城に立ち入ることが許される栄誉など、それこそ、神の情報端末を束で消費する絶対不可侵なる禁忌。
だがそれを神が望んだのなら、たちまち神の導きへと進化するのだ。
「じゃ、一週間よろしく、アヴァロン。あ、腹が減ったら言ってね。適当に用意するからさー」
「ヴィギルオッ!」
アヴァロンは、どうしてこうなったと涙を流した。
真っ白い空間に腹を付け座る。
体勢的には辛いものは無く、神の御み足を乗せていた所で屈強な肉体を持つアヴァロンにはまったく負担になるものではない。
ただ、なんか凄く悲しい気がする。
絶対神に足踏みされるという事は栄誉なのか?と、アヴァロンは解放されるまでの一週間、考え続けた。
さて、再び、告知です。
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