第7章幕間「リリンサの手記7」
「……セフィナ……。」
真夜中の部屋、すぅすぅと寝息を立てるユニクルフィンの横で、リリンサは机に向かっていた。
目の前で広げられているのは、リリンサの喜怒哀楽を綴ってきた日記帳。
この日記帳には家族と別れ歩んできた人生の全てが記載されている。
だが、その全てが嘘の上に成り立っていたと知った。
そして、泣き喚き、途方に暮れ、慰められて、ユニクルフィンの恋人になった。
そんな大事な日を記録しないわけにはいかないと、リリンサはこっそりベッドから抜け出したのだ。
そこまでは良かった。
だが、そこから先、たったの4文字『セフィナ』と日記帳に書いただけでその筆は止まってしまったのだ。
最愛の妹の生存。……歓喜に満ち溢れた奇跡。
最悪な敵の判明。……愛憎が渦巻き蠢く悪感情。
最高の友人の裏切り。……ひたすら続く困惑と悲しみ。
親愛なるユニクルフィンへの告白。……色ずく恋心と湧き上がる情熱。
溢れ出る様々な感情により、思い出しては涙が滲み、横で寝ているユニクルフィンを起こしてしまわないように静かに涙を拭うのをリリンサは何度も繰り返している。
「ん。やっぱりやめた……。」
やがて、もう今日は無理だと思い、日記帳を閉じてもう一度ベッドに向かった。
見下ろした先にはユニクルフィンの寝顔がある。
そうすれば、こちらはこちらで大問題なのだ。
つい2時間前にした出来事。
片思いだったユニクルフィンと両想いになり、キスをした。
リリンサはその事を思い出し、顔を真っ赤に染めて悶絶している。
いくらリリンサの表情が平均的なものだとしても、感情が無いわけではない。
先程は勢いに任せて暴走してしまったが、思いだしてみれば、抱きつきながら男女の関係を求めるなど大胆すぎる行動だ。
しかも、丁重にお断りされた。
で、結果的にキス。良かったのか悪かったのかは判断に困る微妙な所だが、乙女なリリンサにとってはこの上ない喜びとなっている。
「むぅ……だめ。今夜はもう眠れそうにない。なのに……」
「……くくく!ついにお前を倒す時が来たぜ……クソタヌキィ……」
「ユニクはしっかり眠っている!しかも夢まで見て楽しそう!!むぅ!!むぅ!!負けてしまえ!」
「ははぁん?タヌキのお前が鎧だと……?いいぜ……。着ろよ、その鎧って奴をよぉ……」
リリンサは楽しそうに眠っているユニクルフィンの腹の上に重石として枕を乗せると、さてどうしようかと思考を巡らせる。
そして、こんな夜はいつものアレに限ると、窓を潜り抜けてベランダに出た。
「ん。ワルトナ、出てくれるかな?」
片手サイズの携帯電魔を取り出して、耳に当てる。
電話を掛けている先は勿論ワルトナだ。
リリンサは寂しくなるとワルトナに電話を掛けて気を紛らわす事が多い。
一番の親友であり、最も信頼しているワルトナの声はリリンサの心の支えなのだ。
やがて、壮大なコール音が途切れたかと思うと、待ち望んだ声が聞こえてくる。
……が、今夜はその声は、とても切れ切れだった。
「……ぜぇ!ぜぇ!逃げられた!あん畜生めッ!!」
「ワルトナ……?」
「絶滅しろ!!本気で絶滅しろ!!ぜぇ。ぜぇ。すーはー。……どうしたんだい?リリン」
「えっと、取り込み中?」
「いや、ちょっと部屋に害獣が出てね。ブチ転がしてやろうと探してたんだが、逃げられた」
「ワルトナから逃げ切るなんて信じられない。その害獣は何者?」
「なぁに、大したこと無いさ。ちょっとだけ覇者の風格を纏っているけどね。はは」
その声を聞いたリリンサは首をかしげた。
ワルトナが言っている事の意味が分からなかったが、大したこと無いと言っている以上は問題ないんだなと判断し納得する。
「で、今日は僕に何の用だい?大きな動きでもあったのかな?」
「それは……あった。あり過ぎて、どこから言えば分からない程。だからそれはユニクと一緒にワルトナに相談したい。今日の午前中、時間ある?」
「あるとも。大きく事態が進展したのなら聞かない訳にはいかないしね。むしろ、どんな事が起こったのか楽しみなくらいさ」
今は日付も変わった深夜の時間帯。
リリンサはユニクルフィンが目覚めた後、今後の作戦会議を行うと決めていた。
その時に電話を掛けて、ワルトナの知恵を借りようとしているのである。
「分かった、改めて今日の朝にでも電話する」
「そうかい。じゃ、用件はお終いかな?」
「ううん。ちょっと雑談をしたい。……ワルトナの声を聞いていると、安心するから……」
「……。おや?随分と寂しげな声を出すじゃないか。可愛いねぇ。変わらないねぇ」
「むぅ!私だって昔に比べれば成長している!変わらないなんて事ない!」
「そうかいそうかい。そういう大人ぶる態度も変わらないと思うけどねぇ」
くすくすと声を漏らし笑うワルトナと、むぅ!と頬を膨らませながら微笑むリリンサ。
二人の雑談はいつまでも続いてゆく。
そしてその話題は、おのずと昔話が中心となって行った。
「僕らはさ、昔っから狙われてばっかりだったよねぇ。盗賊を何度ブチ転がしたことか」
「うーん。半分くらいは襲撃しに行った気がする」
「アイツらはいるだけで、周囲を攻撃しているようなもんだからセーフさ」
「初心者を装ってベテランパーティーに潜り込んだ事もあった。結果的にどうなったんだっけ?」
「あぁ、アイツらは有名な冒険者として活躍しているよ。超一流の技能と戦闘力なのに、幼女に敬語で話しかけるヤバい奴として超有名さ」
「あ、ドラピエクロ、無事に着いたかな?」
「それは大丈夫。ゴルディニアスが頑張って仲を取り持ったらしいよ。怪我人は数百人規模で出たけど、死者は一人も居ないってさ」
そのツッコミどころの多い会話をユニクルフィンが聞いていたのなら、事態の収拾も図れただろう。
だが、彼は夢の中で必死に逃げ惑っていてそれどころではない。
結果的にリリンサとワルトナの会談は早朝まで続いた。
朝日が空を色付かせ始め、室内に光が差し込む。
「朝日が昇って来た。きれい……」
「だねぇ。とてもいい朝だ。あー気分が良……あん畜生!あんな所にいやがったッ!!」
「ワルトナ?」
「枕に擬態しているとはねぇ……!不愉快だねぇ。ふっかふかだねぇ!!」
「ふっかふか?おーいワルトナ?」
「じゃ、そういう事だから電話を切るよ」
「えっ!?」
「絶滅しろッ!に―――ぷつん。」
「……。」
急すぎる展開にリリンサは再び首を傾げた。
だが、信頼するワルトナの戦闘力なら害獣程度、簡単にあしらえるだろうと思考を放棄。
リリンサは、だいぶ体も冷えてきたし、布団に潜り込んで暖かさを堪能しようと振り返ると――。
そこではユニクルフィンが、ベッドの上で絶望していた。
「……どうしたの?ユニク」
「昨日、俺はニセタヌキに勝った。だからだろうな、夢の中にクソタヌキが出て来て戦う事になった」
「割りと良く見る夢のパターン。最近は慣れつつあると言っていたはず?」
「今回は勝てそうだったんだ。グラムの力も覚醒出来たしな」
「勝てなかったの?」
「あぁ、負けた。というか、一目見た段階で逃げ出した。あれは無理だ。マジでカツテナイ……」
「そんなに?」
「あぁ……クソタヌキの野郎……巨大ロボットを召喚しやがった……」
「……流石にそれは、夢だと思う!!」
こんばんわ。青い色の鮫です!
というわけで、正真正銘、この話で第7章はお終いとなります!
これはマジです!どのくらいマジなのかというと、第8章のプロローグはこの後一時間くらいしたら公開します!
(2話公開しても一話分の文字数なので、実質のノーダメージ!)




