第7章余談「たぬきにっき・激闘!999タヌキ委員会!!⑨」
そびえ立つ巨体。
黒金のボディからは太く逞しい足が伸び、闘技石段にめり込んでいる。
着地の衝撃は凄まじく、石段の強度が耐え切れなかったのだ。
それは、漆黒の魔導巨人。
その巨腕が動き出し、虚空を舞っていた粉塵を振り払った。
左右の腕の形は不均一。
左手は純黒金剛石を先端に取り付けたアームであり、その堅さは自然に存在する物質の中で最高硬度を誇る。
そんな左腕は唸りを上げて回転し、周囲の空気を掻き乱している。
それに対し、右腕は拳にあたる部分が存在しない。
先端は円形になっており、平面だからだ。
しかし、ソレの用途は一目瞭然だろう。
その平たい面には薄らと、複雑な模様が浮かび上がっている。
だとすればそれは、魔法を出現させるための魔法陣で決定的となる。
タヌキ帝王ソドムの愛用機、『帝王機・エゼキエルリミット=ソドム』
遥か古の時代に存在した超兵器は、タヌキ帝王第三席次・ムーの手によって復活を遂げ、この世界に再び立つ。
――今度は、人類の敵として。
「《搭乗せよ、帝王機!》」
声高く宣言する、ソドムの声。
それは、漆黒の魔導巨人を目覚めさせる、最初で最後の認証キー。
ブゥーーンという起動音と共に、帝王機の胸部から光が発した。
ソレに捕らえられたソドムは、導かれるままにテラフォーミングされ、フワリと浮かび上がる。
示された光の道を登ってゆく、タヌキ。
そんな意味不明な光景を、ユルドルードは固唾を飲んで見続けるしかできない。
そして、帝王機の腹部に浮かび上がった魔法陣の前まで来たソドムは、転移陣が起動する甲高い音を残し姿を消した。
ソドムは、別の次元に存在する、帝王機の操作ユニットに乗りこんだのだ。
本来ならば人間用に作られたそれを、タヌキが操縦する。
そんな無理難題も、那由他に次ぐ英知を持つムーの技術力なら造作も無く解決する。
魔法陣が蠢く空間の上から延びるアームに、吊り下げられたソドム。
UFOキャッチャーされたその姿をユルドルードが見たら、絶句する事は間違いない。
そんなソドムの両手用足には操作ユニットが取り付けられ、帝王機の全ての機能がソドムの支配下に置かれた。
――そして。
キュィィィィィンという吸気音が鳴り響き始める。
帝王機の重量は膨大だ。
重量がありすぎる為に移動は困難であり、それを円滑に行う為に、帝王機は起動状態だと僅かに浮遊する。
だからこそ、この帝王機は唸りを上げ、けたたましい音と共に再び天空に返り咲く。
月夜に照らされた、漆黒の魔導巨人。
太く逞しい円柱状の右腕の先にある、魔法陣を映し出す液晶ユニット。
そこに超高密度な魔法陣が映し出された瞬間、周囲の気温が5度上昇し、昼夜が逆転した。
その魔法陣から、炎と光で出来た剣が顕現し、新たな光源となったのだ。
「な、なんだこりゃぁ……。」
人類の希望は呟いた。
その心の中に、言葉に表せない程の、カツテナイ絶望を抱いて。
星の内部から転移させてきたかのような炎と光の剣は、高すぎる熱のあまり、反対側を視認する事が出来ない。
手で触れる事が許されるとは思えないが、触れれば確かな感触を得るであろう、実体のある炎と光なのだ。
現代では再現不可能な超技術。
過去に滅びた『魔導枢機霊王国』の国王機でもあったこの機体は、世界の歴史上でも異端技術の結晶であり、もはや、神の領域に存在する。
そして、炎光の剣を横薙ぎに構え、タヌキ帝王ソドムは声を荒げた。
「いくぞ、英雄ユルドルード!!!」
「来ないでくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッッッ!!!!」
「……いくぞッ!!」
「来るんじゃねえぇぇ!!ナユ!タイム!!タイムだッッ!!」
「ふむ。そのタイム、認めるじゃの!」
怒りと焦りと、体に染みついたグラムの破壊の波動を乗せた、心の底からの絶叫。
それは、英雄としてあるべき行為。
英雄としての矜持が無ければ、こんな魔導巨人を見たら普通はショックのあまり気絶をする。
声を荒げて叫びを上げれたのだから、ユルドルードは強者なのだ。
「ふっざけんなよッッッ!!!クソタヌキィィィィィ!!なんだこれは!?な・ん・だ・こ・れ・は・ッ!!!!」
「これはの、『帝王機・エゼキエルリミット=ソドム』じゃの!」
「名前を聞いてるんじゃねえんだよッ!?何この意味不明な物体!!世界観を考えろよッ!?俺達の世界は剣と魔法の世界なんだよッ!!誰がファンタジーを召喚して良いって言った!?」
「この帝王機を最初に作ったのは人間じゃの。ま、神の悪ノリも多分に含まれておるがのー」
「ふっざけんなよ、神ィィィ!!いくら神でもやって良い事と悪い事があるだろうがッ!!」
「あー。ソレ、当時も言われたねー。ま、でも、いいじゃん!?カッコいいしさ!!」
「くぅ!!ものすごく譲歩して良いとして、だったら人間の秘宝のままにしておけよッ!!何でタヌキに盗られてんだよッ!?」
「だって、欲しかったんじゃもーーん!」
「こんの、世界の害悪タヌキがぁぁぁぁぁッ!!」
叫び散らす、英雄ユルドルード。
これは決して目を背けたくなるような愚かな行為ではない。
英雄であるユルドルードだからこそ、元凶である那由他に文句を言えるのだ。
もしここに英雄の息子や、真っ白い英雄見習いがいた場合、昔のトラウマを思い出して涙目になりながら逃げ出すことだろう。
「第一、卑怯にも程があるだろッ!?こんなもんと真っ当に戦うならいざ知らず、俺の技や武器の情報はお前の悪喰=イーターを通してソドムと共有されてるんだろ?」
「もちろんじゃの!悪喰=イーターの正しい使い方じゃしの!」
「だったら俺にも、アレの情報を寄越せ!!でないと神愛聖剣を抜くぞ!!剣を二本使ってのガチ戦闘だ!」
「まぁ、一理あるかの?少し語ってやるがよい、ムー」
「ほいさー。今そっち行くから待ってて下さーい」
那由他に促されて、ムーは台座型メカを走らせた。
ウィィ―ン!っという機械音が数十回ほど鳴り、ユルドルードの前にムーが現れる。
「で、何が聞きたいのー?」
「アレの弱点だ」
「言う訳ないじゃーん。人間って馬鹿だねー」
くぅぅぅ!!タヌキに馬鹿にされたんだが!?
だが、コイツは恐らく、俺よりも頭が良い。
少なくとも、俺にはその台座の仕組みはさっぱり分からねえし、カッコいいエンブレムのデザインがメロンなのも理解できねぇ。
くそ、俺の脳味噌でこの事態を処理できるのか!?
とりあえず、情報を得る所からだ!
「今のは流石に冗談って奴だ。アレがあまりにもカッコ良すぎるんでビックリしててな。思わず気になる事を真っ直ぐ聞いちまった。許してくれ」
「……おじさん分かるねー!そどむっちの帝王機は初期型だけあってデザインがシンプルだけど、そこに秘められたセンスの良さが光るよね!」
「あぁ、ガキの頃読んだ本の挿絵みてえだ。見てると涙が出るぜ!」
「うんうん。話が分かるね!で、何が聞きたいのー?何でも教えてあげるよー?」
「帝王機……つったか?あれの出自と性能を教えてくれ」
「いいよーん」
軽いやり取りを行う、ムーとユルドルード。
その後方では、話が長くなりそうだと思ったソドムが帝王機を動かし、観客席の上を飛んでいる。
帝王機を見慣れていないタヌキ将軍へのファンサービスをしているのだ。
「帝王機はね、魔導枢機霊王国にて開発された『魔導枢機』っていう人間が皇種と戦う為の鎧を元に、僕が作り上げたものだよ」
「待て待て。アレのどこが鎧?どう見てもロボだろ」
「仕組みは鎧みたいなもんでさ。別空間で、操作鎧を着て動かすしー」
「く!まぁいい。で、アレの性能についてだが……」
「ソドムっちのエゼキエルは魔導枢機の外見に似せてて、性能も汎用性に優れたものだよん」
「似せてる?」
「そう。特に、ソドムっちが乗ってるあのエゼキエルは、魔導枢機霊王国王から譲り受けたものを改造した奴でさ、こだわりがあるんだよね」
「……まて、今、あのエゼキエルって言ったのか?」
「言ったねー」
「つまり、まだあんな意味不……カッコイイロボが存在すんのか?」
「もちろんだよ!帝王機って言うくらいだし、帝王はみんな持ってるよー」
「な、なんだと……あんなのが、9機も……。」
「あ、一応言っておくけど、アヴァロンは持ってないから。那由他様がデザインしたのがあって、それで9機ってこと」
「ナユの奴が持ってるってのは、頭が痛くなるから聞かなかった事にする。で、なんでアヴァロンだけ持ってない?」
「作ってやろうかと思ったけど、「そんなもんに頼るとは底が知れてるなぁ!ぐわははは!!」って笑いやがったから作って無い。どんなに懇願されても、未来永劫作らない」
「アヴァロンの立場が低すぎる……。名実ともに足に敷かれてやがるし」
ユルドルードは周囲を観察しながら思考を進める。
その途中で、アヴァロンがもの欲しそうな目で帝王機を見つめる姿を見つけて、「可哀そうだが、お前はそのまま足ふきマットでいてくれ」と呟いた後、再び思考に潜った。
あぁ、マジでどうするか。
なにせ、アレは神殺しを取り込んで顕現しやがった。
つまり、動力源は『神敗途絶・エクスカリバー』。
タダでさえ厄介な神殺しだというのに、意味不明なオプションを付けてくるとは、マジでタヌキは世界の敵だ。
蟲より厄介な気さえしてくるぜ!!
だが……アレに勝てば、悪喰=イーターが手に入る。
それは捨てがたい。
そしてここは闘技場であり、命の保証は約束されている。
しかもご丁寧に、この闘技場を作ったであろう存在が実況中継をしているというオマケ付き。
ここまで良い条件が揃ってるのに挑戦しなきゃ、英雄じゃねえってもんだぜ!
「大体聞きたい事は分った。……が、最後に一つだけ聞かせてくれ。帝王機を壊すことは可能か?」
「物質として壊せるのかと聞いているのなら、可能だよ。……ただし、そどむっちが乗っているという事を考慮しないならだけど。そどむっちは運転上手いからね」
「それだけ聞ければ十分だ。ありがとよ」
「じゃ、精々、頑張ってー」
再び、ウィィーンという音を出しながら観客席へ帰っていく、ムー。
その途中でアヴァロンが飛びだし、何かを懇願したが、無言で踏まれている。
タヌキ界の最高技術者たるムー。
彼女のメカニック魂を笑った代償は、そう簡単に支払えるものではない。
「さてと……おい!ソドム!!」
「ん?やる気になったのか?人間もどき」
「あぁ、待たせたな。ところで、一つ思いだした事があるんだが聞いてもいいか?」
「んだよ?」
「お前さ、その鎧、ユニクに見せたこと有るだろ?」
ユルドルードは必死に思考を巡らせた結果、とある事実を思い出した。
それは、蟲量大数を探す旅の途中、外で遊んでいたユニクルフィンとワルトナが、泣きながら戻ってきた時の事だ。
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「おい?どうした?」
「親父……、ロボットでた……」
「ぐすっ。えっぐ……こわい……」
「は?」
「タヌキがロボット出してきやがった……。なんだあれ……。なんだあれ……。」
「ぐす。ぐす。こわいよ。たぬきこわぃ……」
「意味が分からん。が、タヌキに化かされるとは、お前もまだまだ修行が足りねえな、ユニク!」
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「あぁ、紅団子と白団子が調子に乗ってたんでな。格の違いを見せつけてやった」
「なんて事しやがるッ!!言っとくがな、ユニクは良いんだよ別に。蟲と戦えば似たような絶望を感じるだろうしな!!……だが、ワルトは可哀そうだろッ!!あんときゃ普通の8歳児だぞ!?」
「8歳児だろうが関係ないな。バナナ侮辱罪は極刑に処す。タヌキ俺ルールの一つだ!」
「あぁ、マジでクソタヌキッ!!歴史が証明する、クソタヌキだ!!」
疑惑が確信に変わり、ユルドルードは心の中で謝罪する。
すまん、ユニク。ワルト。
あんときゃ、そんな訳ねえだろって笑い飛ばしちまったよな。
心の底から謝罪するぜ。
で、お前らの仇は俺が取ってやる。
「ったく本当に……。お前をぶっ殺す理由が尽きないぜ」
「あん?帝王機を召喚した俺に勝てると思ってんのか?」
「勝つさ。俺は英雄だからな」
「くくく、そんなありふれた言葉なんざ山ほど聞いたぜ」
「そうかよ。遺言はそれでいいのか?ソドム」
「遺言を吐くのはテメェだ、ユルドルード。今夜の俺は……優しくねえぞッ!!」
鋼鉄の巨人が動き出した。
それに相対するのは、人類の希望・英雄ユルドルード。
まずは一閃。
絶対破壊の剣と、炎光の聖剣が交差した。




