第7章余談「たぬきにっき・激闘!999タヌキ委員会!!④」
「ヴィギル”~ア”~!!」
「高らかに鳴いて騎馬の真似ごととは、恐れ入ったぜ。余興としちゃあ申し分ないくらいに面白いがな……。タヌキがタヌキに乗るだけで英雄に勝てると思ってんのか?お前ら、俺の事ナメてるだろ」
100騎のタヌキ騎兵の激しい雄叫びと、英雄ユルドルードの静かな覇気が激突する。
それは目に見えないものであったが、それを認知できない者はこの場には居ない。
観客席に君臨するタヌキ帝王はその覇気を見定めて意味ありげに鳴き、その配下のタヌキ将軍は末端の一匹に至るまで、自軍の仲間たちが圧倒的なオーラに飲み込まれてく光景に身を震わせている。
タヌキ将軍800匹による壮絶な決闘は最終局面へと移行したのだ。
その内の一匹であるタヌキ将軍も、闘技石段の外から熱い視線を送り「う”ぎるあ……おじさま、本気っぽい……?めっちゃこわい」と呟いている。
「「「「「「ヴィ!ヴィギルアアアア!」」」」」」
タヌキ獣騎は、走る。
ただ真っ直ぐに、恐怖心を押し殺して、目の前の敵に向かう事を使命とする。ただ、それだけだ。
そうすれば、己に騎乗したタヌキ重歩兵が必ず、必殺の一撃をあの害敵へ与えてくれるだろう。
ただ走ればいいのだ。必死に、真っ直ぐ、仲間を害敵の前に送り届ける。
100匹のタヌキ機動部隊の心は一つとなり、タヌキ旋風となってユルドルードへ向かっていく。
タヌキ重歩兵は、高める。
数百、数千と練習した必殺の一撃の模倣をする為に、心と体を高めているのだ。
今から行う戦闘は、練習となんら変わらない。最高のコンディションで目の前に敵が現れる。
そんなもの、動かない的と同じだ。……岩だ。
だからこそ、100匹の重歩兵タヌキは唸る筋肉を軋ませ、武器を振りかぶる事が出来た。
恐れは無い。アイツなんか、イラついているソドム様に比べたら、全然、怖くないッ!!
妙な連帯感が生まれたタヌキ重歩兵は、氷や木でできた殴打系の魔法武器を手に、ユルドルードを見据えた。
「「「「「ヴィーギルアッ!!」」」」」」
「連携は取れてんのか。もっとも、連携が出来ているからこそ、処理しやすいんだがな」
ユルドルードを取り囲む、5匹のタヌキ騎兵。
当然のように五方向からの攻撃であり、奇しくも、タヌキ帝王のシンボルマークと同じ☆型の陣形だ。
流れる水のごとく精錬された連撃を行う一匹目のタヌキ騎兵の武器は、氷で出来た棍棒。
表面にはスパイクが付いており、まともに直撃すれば、容易く皮膚を抉り取る。
だが、そんなものを喰らう程、この英雄は愚かではない。
「ふん!」
「ヴイギロ”アッ!?」
ユルドルードは構えていた箸で棍棒の表面を突いた。
たったの一撃でバギャアン!っという音を立てて崩壊した棍棒の破片が舞い、獣騎と重歩兵、二匹のタヌキが絡み合いながら天に召されてゆく。
ユルドルードは棍棒を破壊した後、箸で二匹の頭を突いた。
その箸こそ、絶対破壊の力を秘めた、神をも爆笑させる破壊の箸。
長い時間グラムを使い続け、身体を魔力と同調させてきたユルドル―ドは、その破壊の力をその身に宿している。
そして、バッファの魔法を掛ける要領で、箸に『絶対破壊』の能力を付与していたのだ。
「次々行くぜッ!」
とととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととと。
とととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととと。
木箱を箸でつついた様な、軽快な音が響く。
そして、それに伴い、聞くに堪えない絶叫が随伴した。
「ヴィギルア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!」
とととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととと。
とととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととと。
とととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととと。
とととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととと。
とととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととと。
とととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととととと。
「ヴィギルア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”ア”!」
ユルドルードにとって、タヌキを箸でつつく事と、皿に盛られた豆を箸でつつく事は、体感的に差異が無い。
むしろ、「豆の方が小さくて狙いづらい」とすら思っている程である。
だからこそ、ユルドルードにとって、これはただの作業であり、重箱に入った200個の豆を箸でつまんで外に出す行為と同じなのだ。
だが、タヌキ騎兵部隊にとっては、壮絶な――、死。
タヌキ達は、涙ながらに成仏した。
これほどまでに絶対的な力の差があるのかと、己の力不足を嘆きながら。
そうして、800匹のタヌキ将軍は全滅……していない。
「ふう。……ん?」
「ヴィギレア!」
「ヴぃ~gi~!」
「ヴィザロア!!」
「お?3匹も残ってるじゃねえか。ん?……んん??俺はまだ酒が抜けてねえのか?悪喰=イーターが見えるんだが?」
ユルドルードの猛攻を受けて生き残ったのは、タヌキ大将軍たる『ニライカナイ』『ニブルヘイム』『ヴァルハラ』だ。
この3匹は、英雄という『超越者』の強さを知っていた。
そして、それに対応できる手段も持っている。
だからこそ、生き残る事が出来たのだ。
タヌキ大将軍の近くには、直径30cm程の赤黒い球体が寄り添っている。
それをもう一度よく見たユルドルードは、自分の持つ箸に視線を落とした。
「原初守護聖界を掛けておいたのに、先っぽが無ぇ。小さい上に形状がシンプルだが……あれは間違いなく、悪喰=イーターだな。おい!ナユ!!」
「なんじゃの?」
「何で、まだタヌキ帝王になってないコイツらが悪喰=イーターを使えるんだ?」
「条件が逆じゃの。タヌキ帝王が悪喰=イーターの使用権限を持っているのではなく、使用権限を持っていたからタヌキ帝王に成れたのじゃ」
「なんだと?それじゃ、タヌキ帝王じゃなくても悪喰=イーターを使えるってことか?」
「使えるじゃの。力なきタヌキ将軍が悪喰=イーターを使う為の条件は二つ。一つ目は儂の加護を持ってる事。二つ目はタヌキ帝王の庇護下に入る事じゃの!」
生き残ったタヌキ大将軍達は状況把握に追われており、可能な限り時間を稼ぎたかった。
だからこそ、ユルドルードが話しているという絶好のチャンスを見送り、他のタヌキ大将軍と戦略を練り直しているのだ。
そして、満場一致で増援希望の視線を、闘技石段の外にいる同胞に向けた。
そんな熱い視線を向けられているとは知らず、アルカディアは真剣な表情でノートにメモを取っている。
悲壮感にくれるタヌキ大将軍達を放置し、ユルドルードは那由他に質問を投げかけた。
英雄としては、厄災そのものである悪喰=イーターの増殖を放置しておく事は出来ないのだ。
「庇護下?どういうこった?」
「神から与えられし儂の力は、あらゆる知識の具現であり万能。だが、それは儂に最適化された力であり、配下が使うには強すぎるんじゃの」
「ほうほう?それで?」
「じゃから、タヌキ帝王達は儂の悪喰=イーターの能力を取捨選択し、自分用にカスタマイズして使用しておる。万能から己の至高を選んでおるのじゃの!」
「つまり、悪喰=イーターが持つ様々な力から、自分の好きな能力を選んで使ってるって事か……?」
「そうじゃ。そして強大過ぎる力の深淵を覗き、自分用の悪喰=イーターを作るのは並大抵のことではない。だからこそ、一匹のタヌキが扱えるように最適化された悪喰=イーターを持つタヌキ帝王に師事し、その力を借りて練習するのじゃの!」
神から与えられし、『那由他なる知識』。
その力をほぼ全て使用し作り出した悪喰=イーターとは、『那由他に力を与えた時点で神が持っていた知識の全て』と、『喰らう』という事象に関連する能力によって新たに得た知識の集合体だ。
そして、新たに知識を得る為の能力こそが、この悪喰=イーターの根源。
『喰らう』とは、物質を経口摂取し、体内に取り込んで消化し、己がエネルギーとして使用する事だ。
そんな悪喰=イーターの能力は大きく分けて5つに分類する事が出来る。
『あらゆる物質を噛み砕く、歯』
『飲み込んだ物質を分解し昇華する、胃』
『得た物質を形態変化させる、腸』
『得た知識を保存する、脳』
『得た物質で新しい物質を生み出す、細胞』
一言で言ってしまえば、悪喰=イーターとは、『神が与えし消化器官』。
そして、タヌキ帝王達が使う悪喰=イーターは、この能力に強弱を付け、自分用にカスタマイズして作ったものなのだ。
ただ漠然とその能力を見続けてきたユルドル―ドは、「その力さえあれば……」と思う事があった。
那由他が持つ万能の力さえあれば、『あの子』を救えたのではないかと思ってしまうのだ。
そして、そんな思いは呟きとして、口から出て行ってしまった。
「なぁ、ナユ。悪喰=イーターを雑魚タヌキですら使えるんなら、俺が使えたりしねえのか?」
「できるじゃの」
「だよなぁ。できるわけがね……は?」
「出来ると言ったじゃの。儂の加護とは、すなわち、悪喰=イーターへのアクセス権限。出来るかどうかは才能によるがの、人間だからと言ってその資格が無いわけでない」
「なんだとッ!?お前の加護って、食欲増進じゃなかったのかッ!?」
「食を軽んじる奴など儂が気にいるわけがなかろう。じゃから、食い意地が張ってるのは標準装備じゃ!」
「くっ!だったら何で俺に教えてくれなかったんだよッ!!」
「儂の夫になる事を拒否しとるからじゃのー」
「ぐぅッ!!」
「ちなみにの、今生きている人間でも、ちらほら、儂の悪喰=イーターを扱える奴がおるじゃの。今日も一人増えたばかりじゃ!」
「ぐううッッ!?」
「ほらほら儂の夫になる以外にも、他のタヌキ帝王に師事するという手もあるじゃのー。そこの3匹と同じく、ソドムにでも頼んでみたらどうじゃのー?」
「ぐうううッッッ!!……おい、ソドム」
「……。バナナを積み上げて月に届かせろ。月の表面でバナナが食えたら考えてやる」
「ぶっ殺すぞッ!!クソタヌキッ!!」
ユルドルードの脳内に、バナナで出来た塔が聳え立った。
そんな意味不明な塔をウッキウキな足取りでよじ登っていくソドム。
しばらくその様子を眺めたユルドルードは、塔の根元にランク0の魔法で火を放った。
「ちぃ!やっぱナユに頼むしか方法はねえのか!?」
「くくく、怖がらなくてもよいじゃの。天井のシミを数えている間に終わるからの!」
「立場が逆だろッ!?男としての矜持が粉砕されるんだけど!!」
ダメだ。これだけは何としてでも回避ねぇと、人しての感情が死ぬ!
ただでさえ体は人間を辞めてるってのに、そんな事になったらユニクに顔向けできねえしな。
ユルドルードは真っ当な性癖の持ち主だ。
世間からは露出狂扱いされているが、本人的には進んで見せつける様な趣味は無い。
当然、それに準する様な変態趣味も持っておらず、見た目の年齢が10歳に満たない那由他に欲情するはずもない。
なんとか那由他のご機嫌を取ろうと、ユルドルードは視線を改める。
「まずはこの、脅威度中級タヌキ共をさっさと成仏させるか」と箸を持つ手を改め――。
気になっていた空へ視線を向けた。
「んだよ。さっきから空がうるせえぞ!」
「うわー!!実況者たるボクになんて事を言うんだい!?神罰落としちゃうぞ!神罰!!」
「死んだか。ユルドよ。お主は良い男じゃった」
「何でだよッ!!つーかお前らじゃねえ!その上だその上!!気付いてるだろ!?」
「もちろんだよー!この空間、誰が隔離したと思ってるのさ!」
「儂の配下が戦っておるのに、知らぬ訳がないじゃのー」
ユルドルードは苛立ちながらも、激しく火花を散らす空を凝視している。
漏れ出る閃光は決して放置して良いものではない――神殺しの光。
それと対峙している何者かの姿も、神殺しを扱っているものの姿も捕らえきれていないが、いよいよ落っこちてきそうだと警戒しているのだ。
そして、神をも縛る浄滅の光と共に、白き竜が墜落してきた。
「何ッ!?希望を戴く白天竜だとッッ!!」
「きゅ、あら~~~……」
「覗きはアカンでっせ。まったく、リンスウィルの嬢ちゃんも二段構えとかしっかりしてるで」
ユルドルードは密かに神愛聖剣を召喚して備えつつ、その一人と一匹を見た。
全長3mの真っ白い体のドラゴンが闘技石段の上に叩き伏せられており、その上には一人の青年が立っている。
時代が時代なら、ドラゴンを狩る英雄にも見えるその光景に、ユルドルードは目を丸くしている。
そのどちらともに見覚えがあることに、戦慄しているのだ。
「希望を戴く白天竜は……まぁ、敵じゃねえだろ、たぶん。問題はお前だよ、エル」
「おー!久しぶりやな、おっさん!」
「はぁ……。お前……タヌキだったのか?」
「この状況でタヌキじゃなかったらなんやねん。ほな、自白したんだから、そんな敵意を向けんといてくれや」
「つーことは、俺らが旅をしている時にちょいちょい現れては、物資を売ったり、ユニク達と遊んでたりしたのはナユの差し金だったってことか?」
「おっさんとこに行ってたのはワイの自由意志やで。皇たる那由他様が出向くに値する男かどうか、見極めに行ってたんや。なお、報告は上げてたで!」
「……だとすると、お前らは蟲と俺達の戦いを始めから知ってたって事になるよな?おい、ナユ!!お前、知らなかったんじゃねえのかよッ!!」
「……。全知を与えられしこの那由他が知らぬ事など、無いに決まっているじゃの!」
「開き直るんじゃねえぇぇぇぇぇ!」
ユルドルードは高ぶった怒りの波動を解き放ち、周囲にぶちまけた。
それは、ユルドルードの体に染みついたグラムの破壊の力が乗った波動。
ソレを受けた闘技石段の表面は砕け散って舞い、外周へ吹き飛んでいった。
必死になって恐怖と戦っていたタヌキ大将軍の3匹は、爆裂する闘技石段にしがみつきながら「「「もうやだ!帰りたい!!」」」と心を一つにし、鳴き喚いている。
「ふむ?してエルよ。ホープには第九識天使が掛っておるが、リリンサには見られたのかの?」
「いえ、見られておらへんですわ。ヴァジュラで幻覚を送って誤魔化してます」
「流石は儂の側近、気が利くの!さて……こ奴も覚醒者じゃしーー。もちろん、参戦じゃの!」
「……………………。きゅあら?」




