第7章余談「たぬきにっき・激闘!999タヌキ委員会!!②」
「良いも何も、むしろ実況したくてウズウズしてるくらいさ!『英雄VSタヌキ』。こんなワクワクする試合、見れなきゃ神が罰を当てるよ!」
当たり前のように登場したヤジリは、まるで自然体な態度で那由他に話しかけた。
それはユルドルードにとって、とてつもない緊急事態。
一気に思考速度を上げる為にバッファを追加で起動し、状況把握に徹した。
……なんだこいつは?
タヌキ……じゃないよな?
ナユ相手にタメ口を叩くとか、そんな恐ろしい事を出来るタヌキがいるわけ……アルカディアはアホだし除外だ。
ともかく、ナユ相手に普通に話すどころか、肩をバンバン叩いているなんておかしすぎる。
ナユが始原の皇種だと知らないのか?いや、それだと、タヌキ帝王がひしめきあっているこの状況で冷静なのはおかしいだろ。
つーか、タヌキ帝王どもの荒ぶる敵意を受けて平然としているとか……。
特に、マッチョタヌキ帝王は怒り狂ってる。
今にも襲いかかろう……あ。飛び出した末にナユに叩き落とされて、しかも踏まれた。
ナユがガードするとか、アイツは何者なんだ……?
謎が謎を呼び、ユルドルードはごくりと唾を飲む。
そして、そんなユルドルードを放っておいて、那由他とヤジリは話し始めた。
「悪喰もさぁ、タヌキ集会やるんなら先に言ってよね!今だって不法侵入でしょ!?」
「すまんの。真っ当に許可を出しても通らんと思ったしの」
「なにッ!?ナユが謝っただとッ!?」
「まぁ、絶対に通らないね。ツンドラがお堅いとかそれ以前に、タヌキ帝王大集合とか人類滅亡の危機だし!」
「じゃの。だが、実際に礼節を欠いたのは間違いない。出て行った方がいいかの?」
「ナ、ナ、ナユが折れただとッッ!?!?」
「いやいや。むしろ面白そうな催し物が見れそうでボクはご機嫌だよ!……で、人類の希望のユルドルードが、ボクらの会話にツッコミを入れてるけど、放置してていいの?」
「良いじゃの。雑に扱っても丈夫なのが利点じゃし」
「よくねえけどッ!?体が丈夫なのは事実だがなッ!!」
無理やり召喚された上にこの仕打ちかと、ユルドルードは怒りに燃える。
だが、発散はしない。
こんな街中で那由他と事を構えれば、5分も掛らずに街が壊滅すると理解しているからだ。
その代わりに、たっぷりと息を吸い込んだ後で舌打ちをしたユルドルードは、あらゆる可能性を考えて、ヤジリに丁寧な言葉で話しかけた。
「態度が悪くてスマンな。で、あんたはどちら様だ?」
「ボクかい?ボクは…………。準指導聖母・悪逆さ。大聖母ノウィンの直轄部隊といえば分かるかな?」
「準指導聖母……?あぁ、ノウィンさんの私兵か。俺が出る程でもない微妙な任務をこなす部隊だったよな?名目上は『人類の守護者』とか、『世界の導き手』って事になってるはずだ」
「そうそう。ちなみに、指導聖母は7人で、7つの部門に分かれて人類をコントロールしている訳だけど、ボクと悪喰は働かないから事実上は5人で回してるねー」
「……。今、なんて言った?」
「気になったのは、『ボクと悪喰は働かない』ってとこかな?」
「そうだよッ!!何で人類の守護者に、神が選んだ害獣が混じってやがるッ!?おかしいだろッ!!」
「理由?タヌキが出没する理由なんて、美味い飯が食えるから以外に有ると思うのかい?」
「だと思ったよッ!!」
「ちなみに、ノウィンはボク達に任務を与える事は無いけれど、指導聖母という体裁を整える為に任務をしなくちゃいけない時がある。そんな時はどうすると思う?」
「誰かに押し付けるのか?」
「正解!ちなみに、基本的にワルトナがやってるよ!」
「頑張れッ!!ワルトォォォォォッ!!」
衝撃の事実が乱射され、強き英雄であるユルドルードでさえも防戦一方だ。
そして、この面倒臭さはナユやじじぃに匹敵すると、ユルドルードは油断を捨てた。
しっかりと英雄の覇気を纏わせ、ヤジリに視線を向ける。
「騒がしくてすまんな。英雄としちゃ、人類の統治組織にタヌキが紛れ込むのを許すわけにはいかないんだ」
「昔っから、タヌキはどこにでも潜り込むからねぇ。世界の歴史に寄り添うもの、その名は……タヌキ!」
「はっはっは!笑えない冗談をありがとな。で、何であんたはこの状況で平然としているんだ?タヌキ帝王と英雄が剣を交えようとしてるんだぞ?ノウィンさんの部下なら止めに入るだろ?」
「いや、むしろ、野次を飛ばして煽るけど?」
「なんでだよッ!?」
「何でってボクは……傍観者だからさ!」
キッパリとヤジリが言いきった事により、ユルドルードの気持ちは――晴れるわけがない。
いや、傍観者ってなんだよ!?
そんな不遜な態度をナユや俺に出来るとか、それなりの実力者なのは間違いないが……。
タヌキが紛れていた以上、他にも珍獣枠がいるかもしれねえ。
流石に、蟲量大数がこんなんとか嫌すぎるし、可能性が一番高いのは不可思議竜だが……。ぶっちゃけて聞いてみるか?
面倒な事は真正面からねじ伏せるのを信条としているユルドルードは、妙な焦りを感じながらもヤジリに問いかける。
その心の奥にくすぶる、謎の危機感の正体を見つける為に。
「率直に聞くが……あんた、不可思議竜か?」
「いいや、違うけど」
「違うのかよ!」
「違うさ。つーか、ボクを見て、どの要素がドラゴンだと思ったんだよ?」
「……逆に聞くが、ナユを見てタヌキだって分かるか?」
「見た目じゃ分かんないだろうね」
「だろ?で、あんたは――」
「いい加減にするのじゃの、ユルド」
その言葉を受けたユルドルードは、体中から油汗が吹き出し、軽度の脱水症状になった。
それほど那由他が放った威圧の言葉は強く、観客席で見ていた比較的レベルの低いタヌキ将軍は気絶したほどだ。
何が那由他の逆鱗に触れたのかが分からないユルドルードは、一気にクールダウンした態度で謝罪の言葉を口にした。
「すまん、少し酒に酔ってた見てぇだ」
「先見の眼を鍛える事じゃの、ユルド。さもなくば蟲どころか、奴の側近にすら勝てぬの」
「まぁまぁ、いいじゃん。ボクとしちゃ面白いから正体隠してるだけで、別に知られても困るわけじゃないし」
「やっぱり正体があんのか……」
「ふむ?じゃがの……」
「んーじゃあこうしよう。ユルド。キミはボクのお気に入りだし、タヌキに勝ったらボクの正体を教えてげるよ。それでどうだい?」
「お気に入り……?だが分かった。それでいいぞ」
「よしよし!それじゃ、早速やるとしましょうかね!」
その言葉と共にヤジリは空高く舞い上がり、ふっと右腕を上げた。
そして、パチリと指を鳴らし神撃を唱える。
「《空間隔離・あの名場面をもう一度!》」
「な、なんだと……!」
「さぁ、これでこの闘技場は世界から隔離された。だからこそ、英雄や帝王が本気で戦っても外界に影響は無い。好きなだけ暴れると良いよ」
「……俺はヤべえもんを踏みぬいちまったってことか?」
「ほらほら、ボクの考察なんかしてないで、本題に行くよ!……レ―ディースタヌーキ、ジャントルタヌキ!ご来場いただきました数万匹のタヌキ将軍の皆さま、こんばんは!本日の司会進行を務めさせて頂くヤジリと申します!」
「お、おう!?何事も無く始めやがったッ!?」
「さてさて、今夜、開かれるのは裏闘技場とも呼ぶべき、闇のゲーム。だからこそ賭かってるのはお金なんかじゃありません。……世界平和です!」
「俺の一存で賭けていいもんじゃねえ!?」
「ですので、万が一タヌキ軍が勝とうものなら、食物連鎖ヒエラルキーが入れ替わる事になります!!タヌキがペットとして人間を飼う。そんな未来が来るかもしれませんね!!」
「させねえよ!?それだけは絶対にさせねえよッ!?」
「ボクとしても非常に興味深いこの一戦。戦いの方式は『バトルロイヤル方式』。闘技石段場に立つユルドルードへ801匹のタヌキが襲いかかるというデスマッチだッ!!」
「デスマッチという点には同意するぜッ!!」
「ユルドルードの勝利条件はタヌキを全滅させること。逆に、タヌキ達はユルドルードを倒すか場外に叩き出せば勝利となります!」
「こうならヤケだッ!!纏めてかかって来い!タヌキ共!!」
「そうなった場合その時点で試験は終わりとなりますが、タヌキ帝王見習いに成れるのは、ユルドルードに一撃を入れて生存したタヌキ将軍のみです!それでいいよね?悪喰!」
「いいじゃの!」
流石は永劫の時を見続けてきた傍観者ということか。
速攻で話を取りまとめたヤジリは、いつの間にか召喚したマイクをユルドルードに向け、催促の頬笑みを浮かべる。
そんな無言の圧力に負けたユルドル―ドは、ヤジリの手からマイクを受け取って意気込みを語った。
それはまさしく、英雄の演説だ。
「よく聞け、タヌキ共。タヌキ将軍を葬るのに武器なんぞ必要ない。この箸とジョッキで十分だ。……お前らなんざ、酒のつまみにしてやるぜッ!!」
「「「「「ヴィッ!!ヴィーギルアアアッッッ!!」」」」」
そして巻き起こる、大ブーイング。
観客席に座る数万匹のタヌキ将軍は一斉に立ち上がり、各々、怒りの雄叫びをあげている。
中には我慢がならなかったタヌキ将軍もおり、足元に落ちていた石や、食べていた果物の皮などを投げつけている程だ。
もっとも、やっとの思いで那由他の足から脱出したアヴァロンの顔面にバナナの皮が直撃した事により、一斉に観客席は静かになった。
そして、アヴァロンは怒りの矛先を向ける相手を探し……控えている岩タヌキ軍団へギロリと目を向けた。
「てめぇら……分かってるだろうな。もし全滅なんてしてみろ……お前らの縄張り、俺様が直々に出向いて滅ぼしてやる!」
「ヴィ!?ヴィギルロ”ァン!?」
皇たる那由他の不興を買い踏みつけられるという失態を犯し、己が失った格を取り戻そうとアヴァロンは怒気を撒き散らす。
そして、その後ろではソドムが「ムリムリ。半端なレベルのお前じゃ出来んだろ。アヴァロン」と野次を飛ばしながらバナナに舌鼓を打っている。
その言葉にさらに怒りが増したアヴァロンは……再び那由他に踏みつけられ、強制的に黙らされた。
「ふむ、始めていいじゃの、悪逆」
「おっけーい!それじゃ、関係ないタヌキ帝王たちは観客席に移動してね!ほいっと!」
ヤジリが、まるで子猫をツマミ上げる程の気軽さで指を鳴らすと、7匹のタヌキ帝王達は転移陣の中へ消えた。
そして、取り残された那由他は足蹴にしていたアヴァロンの尻尾を掴むと、「ほれ、行くのじゃの!」っと引っ張ってゆく。
ずるずると引きづられて行く、タヌキ帝王・アヴァロン。
その引きずられた後には涙の筋が出来あがっていた。
なお、そのみじめな姿を見て、ソドムは爆笑している。
「さて、俺がやる事は簡単だな。タヌキをぶっ殺す。以上だ」
「わぁー。英雄とは思えない口の悪さ。だけどその思い切りの良さが、ボクは大好きなのさ!準備は良いかな?」
「いつでもいいぜ」
「よし、それでは、裏闘技場・タヌキ帝王試験……始めッ!!」
ヤジリの言葉を皮きりに、闘技石段の外周で鎮座していたタヌキ将軍たちが一斉に蠢きだした。
なお、その中に一人、タヌキにしてタヌキじゃない謎のタヌキ将軍が混じっている。
タヌキ将軍アルカディアは現在、人間形態だ。
そして、タヌキの皮を被っている。
それをチラリと横目で確認していたユルドルードは……。
「アルカ。お前はどこに向かっているんだ……」と心の中で呟いた。
「「「「「ヴィギロ”アー!」」」」」
「……《英雄の戦技・――」
そうこうしている内に、素早さに重きを置いた『タヌキ将軍斥候部隊』がユルドルードの眼前に到着。
鋭い爪先を煌めかせ、一切の狂いも無く、人体の急所を狙いに行く。
「「「「「《タヌキ裂岩爪!》」」」」」
「――・流れで狼と戯れる》いくぞ。せいッ!!」
爪を振りかざしたタヌキ将軍は、全部で89匹。
それらは両手での攻撃であり、振るわれた爪の数は890本だ。
そして……その爪の一切全てはユルドルードの肉体を傷つけることなく、爪としての役割を終えた。
それを理解したタヌキ将軍斥候部隊は驚きのあまり、己が腕を見て呆然とする。
ヴィ……!ば、馬鹿な!!
ありえん!!
我らの爪が全て……根元からへし折られているだと……。
そのタヌキ達の爪は、まるで押し潰されたかのように根元から圧壊している。
帝王試験を受けることが決まってから、毎日、岩に擦りつけて研ぎ澄ましてきた自慢の爪。
それらがキラキラと宙を舞っており、その中心に立っているのはユルドルードただ一人だ。
タヌキ将軍斥候部隊は絶句する。
先程見た戦慄の光景。
ユルドルードは構えていた箸で、迫る爪を全て摘まんで折り割ったのだ。
手首のスナップを聞かせ、0.1秒の間に五打撃を加えるという、恐ろしきスピードと反応速度で。
そして、未知の何かを見てしまったと固まるタヌキ将軍たちへ、第二陣たる『タヌキ将軍暗殺部隊』が警告を飛ばした。
「「「「「「ヴィ!!ギギロギルギ――!!」」」」」」
「「「「「ヴィ……アッ……。」」」」」
「はっ!遅ぇんだよ!!」
だがそれは間に合わず、『コーーーーーーン!』という、頭蓋骨を叩いた音が一発だけ響いた。
……いやそれは、あまりにも速かった為に繋がって聞こえただけの、世界の理を置き去りにする連撃。
己が爪に意識を向けていたタヌキ将軍斥候部隊は、ユルドルードの持つ中ジョッキの連撃を認識する事が出来なかったのだ。
幸いにして、中ジョッキでの一撃は、タヌキ将軍を殺すにはオーバーキルすぎる威力。
だからこそ痛みは無く、タヌキ将軍斥候部隊は安らかな笑顔で、天に召されてゆく。
闘技場のシステムにより、夜空にタヌキの魂でできた大輪の花が咲いた。
……タヌキ・大成仏。
それを容易に成し遂げた英雄は、温まって来た体を本格的に動かし始める。
「おら!あと、712匹だ。ガンガン行こうぜッ!!」




