第103話「真なる思惑」
「どうだい?セフィナはちゃんと眠ってくれたかい?」
「あぁ、やっとな。泣き喚いてる子供を寝かしつけるのに、これほど手こずったのは初めてだぜ」
「そりゃぁだって、リリンの妹だよ?頑固さは人一倍で、小さな怪獣みたいなもんさ。それにしてもメナフがいてくれて助かったよ。僕は子守りが得意ではないからね」
「まぁ、お前よりかは上手いっつうだけで、オレだって大したことねえよ」
静まりかえった室内に、ワルトナとメナファスの声が響く。
二人は疲れが浮かぶ表情をしていながらも、しっかりと含み笑いをしており楽しげだ。
いくつかの戦闘を経て友人となり、心無き魔人達の統括者として仲間になった二人は、互いに信頼と懐疑を混ぜ込んだ複雑な瞳を交差させた。
今から始まるのは、裏・悪魔会談。
悪役を演じるワルトナと、悪役に加担したメナファスでの一騎打ち。
そして、口火を切ったのはワルトナだった。
「で、何が起こったのか話してくれるかい?いやー実に予定外の連続でねぇ。この僕を以てしても頭を抱えて寝込みそうだよ。はは!」
「おう、もちろんいいぜ。……だが、それは『お互いに』だ。構わねえよな?」
「僕の計画じゃ、キミは何も知らずにリリン側になるはずだったんだけどさ。……ま、しょうがないよね!」
「知らずに……か。だったら、今からは仲間に入れてくれよ。丁度いい気晴らしになるしな」
大げさに肩をすくめて見せたワルトナは、さらに嘘っぽく溜め息を吐き出すと、空間からティーカップを二つ取り出してメナファスに差し出した。
それを二つとも受け取ったメナファスも大げさに肩をすくめた後、空間から茶葉を取り出して二人分の紅茶を入れてゆく。
ティーカップの片方をワルトナに返しつつメナファスは、「砂糖入れるか?」と小瓶も添えた。
そして、キリリとした表情のワルトナは「僕は甘くない性格を目指してるんだけどねぇー」と言いつつも、一つだけ角砂糖を摘まんで入れる。
昔懐かしい、慣れ親しんだ行為。
ワルトナとメナファスは二人きりになると、独特の雰囲気で会話をする事が多かった。
お互いに意識しているわけではない。これが二人の自然体なのだ。
「じゃあ、早速教えておくれよ。まずは、『何でキミがセフィナと一緒にいて、どうしてリリンとユニを襲っていたのか』だ」
「オレはリリン達から、『白い敵に襲撃されている』という話を聞いた。んで、その敵をあぶり出してやろうと一人で酒場に行ったわけだ」
「うんうん。僕の予定どおりだねぇ」
「そしたら酒場は満席でよ、仕方がなく違う店に行こうかと思ったんだが……。二人テーブルで飯を食ってたセフィナに「一緒にどうですか?」って声を掛けられた」
「うわー。何その超展開。奇跡だねぇ、悲劇だねぇ。で、セフィナは後ろに僕が付いていると暴露してしまったと。……アホの子だねぇ。マジでアホだねぇ!」
ワルトナは一瞬にして声を荒げ、ギリリと歯を軋ませた。
懸念事項があったとはいえ、まさかセフィナが約束を破り一人で行動を起こすと思っていなかったからだ。
自分の人生を費やしてきた計画が破綻しかけていた怒りの矛先は、どう考えても原因であろう悪喰へ向いている。
それでも、多少の原因はセフィナにもあるだろうとワルトナは判断し、泣きやんだ後でたっぷりのご機嫌取りをした後、ちょっとだけ叱責をしようと決めた。
だが、続いたメナファスの言葉によって、その気持ちは叩き落とされた。
「言っとくがな、オレが気付くに至った決定的な証拠は、お前の財布をセフィナが持ってたからだぜ?」
「……なんてこったい。アホの子は僕の方だっただと……」
優雅に紅茶を飲みながら、何気ない感じで事実を告げたメナファスは、くくくと声を漏らした。
そして、ぐぬぬ……と声を漏らしたワルトナは、急激に怒りを萎ませると紅茶を飲んで気持ちを落ち着ける。
「でよ、この子はお前の切り札だと思った訳だ。ランク7の部下がいるなんて話は聞いていなかったしな」
「そうだね。僕は私兵をほとんど持っていないしね」
「だが、ただの部下ならそんなに興味を引かずに終わっただろうが、なにぶんリリンの影がチラついてるだろ?で、自己紹介を促してみたらリリンの妹だというじゃねえか」
「ちなみに、どこでリリンの関係者だと思ったんだい?」
「飯」
「だよねぇ。食べキャラだねぇ。血筋だねぇ」
そう言いつつ、ふと、ワルトナは自分の財布の中身が気になった。
そこそこの金額を入れておいたけど、まさか、使いきってるとかないよね?
一応、リリン換算で1週間分の食費だったんだけど。
ワルトナは、流石にそこまで食べキャラじゃないだろ思いつつも、念のためにとメナファスに聞いた。
そして当然、帰ってきた言葉は「オレが出したから心配すんな」だ。
「おや?悪いねぇ。ご馳走して貰ってさ」
「いいさ。ビックリするもん見れたしな」
「びっくり?食べキャラはリリンで見慣れてるだろ?」
「あぁそうだが……実際リリンよりも食ったぞ?」
「は?」
「なにせこっちにはタヌキがいたからな」
「……は?なんでいるんだよッ!!クソタヌキィィィッッッ!」
ワルトナは湧き上がった怒りが頂点に達し、爆発。
怒りの感情を隠しもせず、テーブルの脚を蹴飛ばした。
「なんで!一緒に!飯食ってんだよッ!!クソタヌキッ!!」
「ん?お前らが飼ってたんじゃねぇのか?」
「誰が飼えるか、あんな化けもん!タヌキ帝王だぞ!?タヌキ帝王!!」
「いや、凄さがさっぱり分からねぇし」
「言いたくないけど言ってやるよ!あのクソタヌキセカンドこと、『タヌキ帝王・ゴモラ』は僕よりも強い。レベル10万の僕よりもだッ!」
「うわー。言葉になんねぇ」
怒り狂うワルトナは暴言を吐き散らかしながら苦々しい顔で紅茶を飲み、空間からミルクと砂糖を取り出して、これでもかという程、紅茶にブチ込んだ。
なんで僕のお金でお前に飯を食わせなくっちゃいけないんだよ!クソタヌキセカンド!!
お前は残飯でも食ってろ!
……いや、残飯ですら勿体無い。お前は皿でも食ってろッ!!
しばらく時間を置き、ワルトナの気持ちが落ち着くのを見計らっていたメナファスは、不意に話題を変えた。
そういう話術は、ワガママ三昧な子供を教育するのに必須であり、メナファスが必死に勉強して得た技術だ。
こっちもこっちで子守りだと、ワルトナを見ながらメナファスは微笑んだ。
「そんな訳で、リリンへ会いに行くというセフィナに同行したわけだ。一応、お前への配慮として人の少ない場所へ誘導しといてやったぞ」
「あぁ、それはマジで助かったよ。街中で二人が再会したんじゃ、僕の計画は破綻してただろうからね」
「戦略破綻さんの計画が破綻してどうするんだよ!」
「文句はクソタヌキセカンドに言ってくれるかい?」
「なぁ、クソタヌキセカンドって舌を噛みそうだな。ユニクルフィンはあのタヌキの事をニセタヌキ!って呼んでたし、そっちの方が良くねえか?言いやすいしよ」
「ユニが……うん。そうしよう。アイツは今からニセタヌキだッ!!……で、何でニセタヌキ?ニセって言うか、普通にタヌキだろ?」
「いや、アイツは分裂するぞ。今んとこ、64匹が最高だ」
「何その地獄!?勝つ手が無いんだけどっ!?!?」
ワルトナは、タヌキ帝王ゴモラと真っ向から戦っても勝てないと理解している。
だが、工夫や不意打ちを行えば勝機はあるとも思っているのだ。
超越者へ至る資格を得て生物の限界を超えたワルトナに対し、ゴモラは、見かけ上はレベル99999。
そして、伝説の竜すら堕としたとされる神栄虚空シェキナの力を持ってすれば、数千年の時を生き続けたタヌキ帝王にも対抗できると思っているのだ。
だがそれは、ソドムとゴモラが二匹揃っていなければの話だ。
『ギリギリ自分よりも上位』だと思っている敵が2匹存在する。
ましてや、それが64匹に分裂するとなれば、勝ち目が無いってもんじゃない。
この事実はワルトナの心をバキバキにへし折った。
「嘘だろ……分裂してんじゃないよ……。ニセタヌキィィ……」
「嘘じゃねえし、証拠もあるぞ。セフィナとリリンの方を中心に撮っていたんだが、端っこの方に映ってるしな」
「え?動画を撮っていてくれたのかい!?」
「おうともよ。高く買ってくれるだろ?ワルトナ?」
「ふっ。いくら欲しいんだい?言い値で買ってやるよ」
「じゃ、10億でいいや。リリンとセフィナの感動の再会シーンもちゃんと取れてるぜ」
「うわー!二人の再会、見られなかったのショックだったんだよ!マジで愛してる、メナフ!」
渦巻いていたタヌキムードを吹き飛ばし、ワルトナとメナファスは熱い握手を交わした。
お互いに満面の頬笑みであるそれは、どこからどう見ても悪人が裏取引の時に浮かべる顔だ。
この瞬間、聖女と大悪魔の心は通じ合い、真の意味で同盟が結ばれた。
「こっちの経緯は大体分かっただろ?次はお前の内情を語ってくれよ」
「いいとも。何が聞きたいんだい?」
「全部だ……と言いたいが、一番大事な事から聞くとするか。……何でこんな事になってる?お前とリリンは親友のはずだろ?」
メナファスは浮かべていた笑みを消すと、真剣に核心を突いた。
事と返答次第によってはセフィナを連れて離脱し、リリンサの元へ寝返り返す為に。
メナファスは、完全に『目の前の人物』の事を信用しているわけではない。
敵は暗劇部員であり、人を騙すのが職業だ。
だからこそ、リリンの依頼によって探りを入れていたワルトナを殺害し、成り変わっているという可能性を考慮していた。
そして、それを判断するための材料として、素直な感情を相手に聞いたのである。
何よりもリリンを優先して行動していたワルトナと目の前の人物を、見比べる為に。
「あぁ、それはね……時系列が違うんだよ」
「時系列が違う?」
「そうさ。僕は親友のリリンを裏切ったんじゃなくて、裏切る為に親友になったのさ。そもそも、そうじゃないとリリンが僕と出会う前に死んだセフィナが、ここにいるのはおかしいだろう?」
「確かにそうだな……だがよ?オレが見ていた限りじゃ、お前は相当リリンを甘やかしてただろ?それこそ妹を大事にするみたいにさ」
「妹ねぇ。まぁ、それは否定しない。たしかに僕はリリンの事を大切に思っているし親友だとも思っているさ。だけどねそれは、リリンの中に眠る『あの子』に対する親愛が大部分を占めている」
「……なに?リリンの中に眠るあの子ってなんのことだ?」
ワルトナの態度は嘘を言っているように見えない。
これこそまさに、オレ達が見続けてきたワルトナだ。
だからコイツは間違いなく、ワルトナのはずなんだが……。
オレの知らねえ面も持っていたようだな。
メナファスは首筋を伝って落ちた汗を気にも止めず、ワルトナへ視線を向けた。
『ここから先は一瞬でも気を抜くと飲み込まれる』と、僅かに姿勢を正す。
「まぁ、あの子の事を語る前に、僕の思い出話を聞いておくれよ」
「へぇ。何があっても言わなかったお前の過去を言うってのか?楽しみだぜ」
「そうだねぇ。ま、一言で言えば僕とキミは同じようなもんさ。ただ、僕を拾って人間にしてくれたのは、ユニとあの子だったんだ」
ワルトナは語る。
自分の過去の中で、最も愛に溢れた、最高の思い出を。
メナファスは思い出す。
自分の過去の中で、最も愛に満ちた、最高の老爺の姿を。
「幼い僕は、誰かの道具だった。何をしていたのかはよく覚えていないけど、恐らく、盗賊みたいな集団に在籍していたんだと思う。で、いつの間にか独りぼっちになっていた僕は、……ユニと『あの子』に拾われた』
「ユニとあの子か。どこで出会ったんだ?」
「どこだったか分かんないや。確か山の中だったっけ?ま、大事なのはデカイの蟲の群れに僕は襲われていていた事と、一人きりだったということ」
「デカイ虫ね。そんなもんに追われてたら、普通は死ぬよな」
「そん時は別にいいやと思ったし、誰かに助けて欲しくも無かった。僕はただの道具として育ったんでね。その点はキミと同じなんだよ」
ワルトナの言葉を聞いて、メナファスは自分の境遇と重ね合わせた。
そして、充分に共感を得ると、しっかりと頷いて話を促す。
「助けられた僕は、それこそ何の反応も示さなかった。ありがとうと言うことも無かったし、笑うことも無かった。ただ……ユニやあの子はそんな僕の頭を撫でてくれたんだ。ゆっくり、優しく、いつまでもね」
「慰められたのか?」
「そうみたいだね。僕は自覚してなかったけど泣いていたんだってさ。それから二人は僕の話を聞いて、一緒に旅をしようって誘ってくれたんだ」
「大筋は分かった……。だが昨日のリリン達の話から察するに、ユニクルフィンやその子は英雄ユルドルードと一緒に世界を旅していたんだろ?そん時にたまたまお前と出会ったというのか?」
「そうだよ。それは本当に偶然……いや、英雄として人を助けながら世界を旅していた以上、僕を助けたのも必然だったのかもしれないねぇ」
「なんだそのどっちつかずは?」
「いうならば、僕とあの子とユニは運命の赤い糸で結ばれているという事さ!」
「んん?それじゃ、お前が昔言ってた想い人がいるってのは……ユニクルフィンなのか?」
「そうだよ!いやーリリンにバレない様に旅を誘導する。大変だったねぇ、至難の技だねぇ」
その言葉を聞いて、メナファスは苦笑いをした。
なるほど、お前がリリンの恋を妙に邪魔していたのはそういうことかと、納得した表情だ。
そして、更なる疑問が湧いて、そのまま問いに出した。
「お前はユニクルフィンに出会い一緒に世界を旅した。それは分かる。問題はその後だろ?もったいぶってねえで教えろよ。ワルトナ、あの子っては誰の事だ?」
「それは……分からない」
「は……?分からない?」
「正確には『思い出せない』と言った方が正しい。あんなにも大切に思っていたのに、僕の世界の半分はあの子が占めているというのに、まったく思い出す事が出来ないんだ。はは。聖女なのになんて薄情なんだって、笑ってしまうだろ?」
室内に響く、乾いたワルトナの声。
それはまるで、親からはぐれて途方に暮れる幼児のような、酷く悲しい笑い声だった。
「なんだそれは……?確かユニクルフィンもそんな事を言っていたよな?それに、セフィナがユニクルフィンの事を知っていたのに、リリンだって覚えちゃいない。偶然にしちゃあ出来過ぎてる」
「あぁ、偶然なんかじゃないよ。いいかい。今の僕たちは全て……エピローグなんだ」
「エピローグ?」
「全ては『あの子の死を回避できなかったが故の、後日談』。メナファス、僕やユニは飛びきりに壮大で、無限に近いしい敵と戦う運命にある。ここから先の話を聞いてしまったら、きっともう無関係でいられない。それでも……聞くかい?」
発せられた雰囲気を飲み込む為に、メナファスはゴクリと喉を鳴らした。
そしてそれだけでは足りず、温くなりつつある紅茶で更に喉を潤して、肯定の視線を返す。
それを受けたワルトナは、ゆっくりと、そして、嘘偽りのない真っ直ぐな声で語り出した。
「了解したよ。それではお答えしよう。僕がどうしてこんな事をしているのか。それは……『もう一度、ユニとあの子の二人に、頭を撫でて貰う為』さ」
「……。お前にしちゃあ、随分と可愛いお願いじゃねえか」
「えへへ。……って、おい!僕だって、恋くらいするんだよ!」
「だが、その願いは無理だろ。だってよ、その子はもう死んでいるんだろ?」
「あぁ、そうさ。だが……普通の死ではないんだ」
「なに?」
「あの子の魂と記憶は、リリンの中に内蔵されている」
「は?」
「時系列が滅茶苦茶だね。つまりはこういう事さ」
そして、ワルトナ・バレンシアは語り始めた。
この世界でもっとも壮大で、実にありふれた、神の理を覆そうとする禁断の物語を。
僕と出会った時には、あの子は既に、『死』が運命づけられていた。
どういう理由かは知らないけど、このままでは必ず死ぬというあの子の運命をどうにかする為に、ユニとあの子、そして英雄ユルドルードは世界を旅していたんだ。
その途中で僕を拾った訳だけど、それは話の大筋にまったく関係ない偶然だった。
ユニ達3人の旅の目的は、あの子の体を蝕む『毒』を打ち消す薬を手に入れること。
具体的に言うならば、この世界最強の生物『蟲量大数・ヴィクティム』が近くに置いている『混蟲姫・ヴィクトリア』に、解毒薬を生成して貰う事だった。
そして……ユニやあの子、ユルドおじさんはそれに失敗した。
蟲量大数が混蟲姫に解毒薬を作らせるための条件として提示してきたのは、無限に近しい力を持つ無量大数に『力を示す』こと。
それを奴の眷皇種『王蟲兵』を倒すことだと理解したユルドおじさんは、世界を旅しながら、王蟲兵を倒していた訳だね。
そして、その旅に加わった僕は……最終決戦の地に連れて行って貰えなかった。
「直ぐに戻って来るからちょっと待ってろ。ワルト。」
ユニやあの子が言ったその言葉を信じて、僕は待ち続けたさ。
もしかしてという思いが日増しに強くなって、僕は毎日、祈り続けた。
どうか、二人が無事でありますように。
きっと、二人は無事で、生き残ったのが嬉しくて僕の事を忘れているだけなんだと、祈り続けた。
だが……。
ある日突然、僕の記憶から、あの子の存在が消えてなくなった。
そして、失敗したという事を聞いた。
その時にはもう既に全ての事態が終わっていて、あの子は死に、ユニは記憶の殆どを失った。
解毒薬の入手に失敗した以上、あの子が生き残る道は残されていなかった。
だけど、人類最高の技術と英知を持つ英雄ユルドルードやアプリコットは諦めなかった。
だから最後の望みを掛けて……あの子の存在そのものを魔法に変換し、全てをリリンの中に封印したんだ。
そうして、あの子はこの世界からいなくなった。
いや、存在していたという記憶すら残らない残酷な結末。それがアプリおじさんが開発した魔法の副作用だった。
「これは、一人の女の子を助ける為に、世界最強に挑んだ英雄の話さ」
「んだよそれ……。お前はそんなにも重いもんを背負っていたのか……」
「重いねぇ。うん、想いなんだ。これは僕が抱いた想い。そしてそれはまだ終わっちゃいない」
「あぁ、だろうよ。今の話にはリリンの出番が少なすぎる」
「この世界に残された僕やリリンやユニク、あの子を知る世界中の全ての人が、あの子に関する記憶を失った。それに伴い、失った記憶の補完が行われたわけだけど、あの子の存在が大きすぎた僕やリリンは、一部分が記憶喪失となり、人生の殆どをあの子と共有していたユニは、ほぼ全ての記憶を失ってしまった。……これが、僕が何をしようとしているかの大前提」
ここでワルトナは言葉を区切り、大きく息を吸った。
それはまるで、いや、自分の決意を表明する『神への反逆意思』だ。
「そしてここからが、僕の願い……。
僕はね、メナファス。あの子を取り戻したいんだ。
僕の願い、それは……『あの子を生き返らせて、ユニと一緒に、もう一度、僕の頭を撫でて貰う』事だ」
その願いは神が定めし理を覆す、禁断の行為。
それを成す為に、ワルトナは自分の人生を全て捧げたのだ。
「あの子の魂と記憶はリリンの中に眠っている。そして、あの子が生き返るにはリリンの力が必要不可欠で、だからこそ僕はリリンを育てているのさ」
「そんな事があったのかよ。お前、正体隠し過ぎだろ……」
「まぁね。ユニとあの子を手に入れる為ならば、僕は神だって騙しきってやるさ」
「カッコいい事を言いやがって。なぁ、疑問なんだが、あの子ってのとリリンに何の関わりがあるんだ?」
「それは……言っただろう?あの子に関する記憶は僕も思い出せないって。ただ……あの子はリリンと深く関わりを持っていた。それだけは分かるんだ。リリンの顔を見ていると、ふと、思いだせるんじゃないかって時があるんだよ」
「そうか……。くぅ、泣けるじゃねえか。やり方はずいぶんと乱暴だがな!」
「まぁ、あんまり褒められた方法じゃないと、僕も思ってるよ。はは!」
湿り気を帯びた空気を吹き飛ばすように、ワルトナとメナファスは互いに笑いあった。
これは、今まで一人きりで行動してきたワルトナにとって、初めて理解者を得た瞬間。
心の奥で、「キミには本当に感謝しているよ。メナファス」と呟いたワルトナは、ふいに話題を変えた。
気になっていた事があったと思い出したのだ。
「話しは変わるけどさ。何でキミはそもそも、闘技場なんかに入り浸ってたんだい?保育園はどうした?」
「……あぁ、辞めたよ。オレには向いていなかったんだろうな。保育士なんてよ」
「話してくれるかい?」
「いいぜ。って言いたいところだが、どうせ知ってるんだろ?顔に書いてあるぜ?」
「知っていても、キミの口から聞きたいのさ」
「ち。しゃーねーな。話してやるよ」
悪びれる素振りも無く、ワルトナはメナファスへ話を促した。
それはまるで、懺悔室で罪人の告白を聞く、聖女の振る舞い。
しっかりと視線を向けたままのワルトナに対し、メナファスは目を合わせる事が出来なかった。
揺らいだ視線は机の木目に向かっている。
「オレは失敗したんだ。保育園の園児が誘拐されてよ。その救出に失敗した」
「ん?いやそれは成功したよね?一人で何千人も居る組織を殲滅させてさ」
「あぁ、そうだな。そっちは完璧に潰した。だがよ……それはオレを恨む連中によって仕組まれた布石だった」
「どういう事だい?」
「なんてことはねぇ。『無敵殲滅の戦闘力を知る』ために誘拐は行われ、オレはそれを知らずに戦いを披露しちまった。で、最悪の展開になった」
「……最悪か。言えるかい?メナファス」
「……敵はな。オレを殺せないと判断を下しやがった。だから、狙いをオレ本人じゃなく、オレが務める保育園の園児に向けやがったんだ」
「それは……。率直に聞く、何人、壊された?」
「4人だ。……4人、間に合わなかった。誰も死んじゃいないが……体は酷く傷つけられた。カミナの所に連れ込んで治療してもらったが、それでも、元通りにはならなかった」
メナファスは名乗らぬ老爺に憧れ、人を育てる仕事に就きたいと願った。
それは、心無き魔人達の統括者となり、初めて友人が出来たことによる『心境の覚醒』。
今まで漠然としていた想いが形となり、保育士という結果に繋がったのだ。
だが、それを失敗した今、メナファスは再び、空っぽな心となってしまっていた。
生きる意味を失い、名乗らぬ老爺に出会う前の『戦力』に戻りかけてしまう程に、酷く心が傷ついたのだ。
メナファスは、自分が子供たちの未来を奪ってしまった事を永遠と後悔し続けている。
「本当にキミは、酷い失敗をしてるねぇ」
「あぁ、まったくだ。保育士を名乗る資格はねぇよ……」
「そうそう。キミの間違いは二つある。一つは僕らに助けを求めなかったこと。リリンはともかく、僕かレジェが始めからキミと行動を共にしていれば、こうは成らなかったはずだ」
「ホントにな。意地があったんだよ。オレのせいなんだから、オレが助けなくちゃいけねぇとかいう、何の価値も無い意地がな」
「愚かだねぇ、疎かだねぇ。あぁ、本当の疎かだ。キミの園児たちはこれっぽっちもキミを恨んじゃいないて言うのに」
「そんなはずはねぇ!あんな目にあったんだぞ!!いくらお前でもそんな見え透いた嘘を吐くならば――」
「嘘じゃないよ。ほら、これを見てごらん」
「それは……?手紙?」
「まったく、急いでいると言うのに、町で無敵殲滅を探す謎の子供集団と出くわしてねぇ。面白いから声を掛けてみたらあら不思議、なんと手紙を渡してくれというじゃないか」
「その手紙……まさか……!」
「悪いがね、中身は確認させて貰っている。正真証明、この手紙はキミの愛した子供達がキミに向けた想いを書いたものだ。見ろ」
「……はは、なぁ、見たく……ないぜ」
「見ろよ。これはキミが受けるべき本当の罰だ」
そして、ワルトナはメナファスに手紙を押しつけた。
恐る恐るそれを手にし、ゆっくりと封筒から手紙を取り出したメナファスは……。
何十枚という感謝の言葉を見て、言葉を失った。
「愚かだね、メナフ。キミは確かに失敗した。だけどね、一番の失敗は子供たちから逃げた事さ」
「そ……それは……」
「僕に手紙を渡してきた子、両足が無かったよ。だけど、必死になって言っていたんだ『めなせんせーに渡してください!絶対絶対、渡してください!!』ってさ」
「あ、あぁ……」
「そんな事があったんだ、どうせ保育園はもうないんだろ?でも、キミの子供たちはまだ生きている。取り返しが付く。……また、選択肢を誤るつもりかい?メナフ」
「……。少し見ないうちに、まるで聖女じゃねえか、ワルトナ」
「そうだとも。僕は清廉潔白な恋する聖女さ」
「くく。悪い、ちょっと出てきていいか?」
「戻ってくるならね」
「……朝には戻るさ」
そして、メナファスは窓から飛びだし、闇に紛れた。
風を切る音だけが遠ざかる中、ポツリとワルトナの声が室内に響く。
「まったく、世話が焼けるねぇ」
**********
「はぁー疲れた。もう寝よーと」
風呂上がりの気楽な声で、ワルトナはセフィナが眠る寝室へと足を踏み入れた。
真っ暗な部屋の中で細心の注意を払い、セフィナを起こしてしまわないように、静かにゆっくりと隣のベッドに乗る。
そして、布団の中に足を入れ、違和感を覚えた。
「ん?温かいね。湯たんぽを入れてあるとは、このホテルサービス良いなぁ」
たまたま今日は気温が低かった。
だからこそワルトナはホテルのサービスの一環だと思い、おもむろに布団の中に手を突っ込む。
「湯たんぽはそのまま寝ると、低温やけどの可能性があるからね。そこらへんはメナファスも分かってるだろし、セフィナの方は心配ないだろうけど」
そう思いつつ、この後確認しておくべきだなと思いながら、ワルトナはソレを両手で掴んだ。
そして、ほんのり暖かく柔らかいソレを布団から取り出した。
「ん。良い毛皮を使ってるねぇ。サラッサ、ら……」
「ヴィギルーン!」
「……………………。滅びろッッッッッ!!ニセタヌキィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイッッッッ!!」
カツテナイ恐怖を抱き、声を必死に押し殺した静かな絶叫が、室内に響いた。
こんにちは!青色の鮫です!!
この話で、第7章の本編はお終いとなります!
色々語りたい事がある訳ですが、それは活動報告に書くとして……。
第7章、どうでしたか?
色んな思考錯誤をした結果、最長の章になった訳ですが、楽しんでいただけたでしょうか?
僕としては非常に満足しているものの、ちょっと不安だったりしてるわけです。
ですので、もし面白いと感じていただけたのなら、感想やブックマーク、そして広告バナーの下にある作品評価ポイントなどをしていただけると僕のモチベーションが急上昇したりします!
なので、どうか、よろしくお願いします!!
これから少し幕間(たぬきにっき!アルカディアの帝王試験編)などを挟んだ後、第8章『湯けむり極色・狐編』へ物語は進んでいきます。
セフィナが敵だと知ったリリンサは、全ての謎を解き明かす為に、故郷へ帰郷しーー




