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第22話「リリンの追憶2」

「こんにちわ。不安定機構から護衛任務を受領して参りました。第3号魔導師のリリンサ・リリサベルです」

「ふぉふぉふぉ、これはこれは可愛らしいお嬢様がいらしたものですね。この店の店主の『ウリカウ』でございます。リリンサ殿」



 背丈は中背で恰幅の良い腹をした中年の男、ウリカウ。

 商業名家の次男坊で有りながら、実家と決別し、小さいながらも自分の店を構えた辣腕な実業家。


 リリンサが依頼の為に来たのは軍用都市「セカンダルフォート」だ。

 この都市は、3つの大きな国の国境が交わる政治的に重要な都市で、戸籍登記上は「侵略国家レジェンダリア」に属している。

 しかしながら、複雑な異文化の交流地点であるこの都市は、事実上は独立国家としての側面を併せ持ち、ここに店を開く事は全商人の憧れとまで言われている、商人達の楽園。


 そして、このウリカウもその一人。

 小さい店ながらも叩き出す高い利益率は、周りの商人達も一目置き、経営に困ったら相談に来るほど信頼に厚い男だ。



「さあ、こちらへどうぞ。リリンサ殿。依頼のご説明をさせていただきましょうぞ」

「うん。分かりました」



 指し示された先には奥へ続く扉。

 古めかしいながらも音もなく軽やかに開いた扉はよく手入れがされているということだろう。

 そして、それは扉だけではなく、床や壁、天井に商品棚、照明や従業員の衣服まで完璧に清潔に保たれていて、商売にかける情熱を良く現しているもの。

 リリンサは色とりどりな商品に目移りし、手に取ってしまいそうになりながらも、なんとか我慢してウリカウの後を追って行く。



「入るぞ!」

「えぇ、どうぞ。あなた」



 奥の扉を進んだ先に幾つかあった扉。

 その一つを軽くノックし、ウリカウは声を掛けた。帰ってきたのは若い女性の声だ。


 そして、開く扉の中には五人の若い女性の姿。右から順に段々と若くなってゆき一番左はまだ15歳くらいだろう。

 一列に並び、ウリカウとリリンサを見るなり一様に挨拶替わりに頭を下げた。



「さて、リリンサ殿にはワタシと『ファーシャ』が留守の間、家内達を護衛して欲しいのですよ。さぁ。お前達、挨拶をなさい」



 最初に口を開いたのは一番右の女性。それから順に挨拶を交わす。



「妻のファーベルです」

「妻のセカンシアです」

「妻のスリアンテです」

「妻のフォテットです」

「妻のファーシャです」



 各々が名乗りをあげた後は短い沈黙。

 リリンサは首をかしげ、まったく理解できていない。



「…………。はい?誰が奥方様?」

「全員でございますわ。リリンサ様」


「そう……なんだ?」



 まだ社会経験の浅いリリンサといえども、妻が五人もいるというのは異常なことだと知っている。

 しかも、いくら年上といえども、自分とさして変わらない年齢の女性ばかりが、40代を優に越えている男の妻だと胸を張るこの状況は、理解しがたいものだった。



「……どうして五人も?」



 振り返りながらリリンサはウリカウに質問を投げ掛けた。

 リリンサのこの質問は本来なら失礼に当たる行為。

 しかし、興味が尽きないお年頃のリリンサにとって、我慢のなら無い範囲を超えて、つい、口に出してしまったのだ。



「いやはや、お恥ずかしい限りです。最初は護衛にと雇っていたのですが、気が付いたときには外堀が完璧に埋められていまして……五人とも娶るのに5分も掛かりませんでした。判を押すだけでしたからな!ビックリされましたでしょう?」

「うん。奥様方が五人なんて初めて聞いたけど、別にいいと思う。楽しそう」



 未だに幼い思考が残るリリンサは、その裏にどんな事情があるかなど気にならなかった。

 自分の両親は二人きりで何時も仲が良かったし、男女間の嫉妬など理解しては居ない。

 ただ、なんとなく優しい雰囲気を感じとり、そのまま口に出しただけだった。



「さて、この度、私は商談へと赴かなければなりません。近隣の町をいくつかです、そうそう、リリンサ殿の町にも行きますよ。明日はそこで宿を取ってありますから。その間、家内達を護衛していて欲しいのです。といっても、特段トラブルがあるわけではござませんから安心していてください」

「そう?しかし、奥様方は元護衛だと言っていました。トラブルが無いのなら私は必要ないのでは?」


「ははは、それが、困ったことにですな……。家内達は皆、妊娠しておりまして、唯一身軽なファーシャは」



 ちらりと、ウリカウは一番左の少女に視線を向ける。

 くすり、と笑う少女は洗練された動きで一礼するとウリカウに視線を返した。



「いやですわ、ウリカウ様。皆一様に愛して下さっているのに、私だけ未だに母に成れていませんもの。この商談中に私にもご寵愛をくださいませ」

「と、このように、言うことを聞かんのですよ。しかたなく急遽冒険者の方を雇いたく依頼を出した次第です。どちらかといえば、護衛というよりも身の回りの手伝いとなってしまうかとも思いますが」

「なるほど、納得した」



 リリンサが頷いた理由は、依頼書の女性限定の条件についてだ。

 身重な奥様方の世話なら男性には勤まらないだろうなと、納得し手短に挨拶を済ませる。



「リリンサ・リンサベルです。よろしくお願いします」



 返された五つの笑みは、リリンサを優しく出迎えてくれた。



 ※※※※※※※※※※



「リリンサちゃん。お疲れ様」

「…………すごく大変、でした」



 机に突っ伏しぐったりとしているのは、天才と持て囃されている魔導師の少女、リリンサ。


 店主のウリカウとファーシャが商談に出発した後、さっそく何をすれば良いのかと、一番歳上に見えたファーベルに問いかけたリリンサは、見とれてしまうような笑顔の裏に渦巻く謀略を読み取れなかった。それゆえの、悲劇。


 リリンサは瞬く間に従業員服コスチュームを着せられ、可愛くデコレーション。

 リボンやカチューシャをといった標準装備は勿論の事、口紅や香水といった大人の女性の嗜みを初めて経験し、色めき立つ奥様方に弄ばれること30分。


 出来上がった美少女リリンサの左手にはお菓子の詰め込まれたバスケット、右手にはクッキー袋。

 そして、この場の誰よりも背が低いゆえの、上目遣い。

 奥様方が歓喜の悲鳴を上げるのと、リリンサが困惑し、はにかむのは同時だった。



「きゃー!!!!可愛い!セカンシア、写真機持ってきて!写真機!」

「もう、スリアンテが取りに行ったよ、ポスター作るってさ」


「まぁ!名案ね!煽り文は『わたしのクッキーたべたい?』にしましょう!?」

「ファーベル、どうせなら店頭に立って貰うってのは?」


「賛成ね!さっそく準備をしましょう!あ、スリアンテ!」

「お待たせぇ。写真とるよーー」



 ぱしゃり。



 こうして始まった写真撮影の後は、流れるように店頭に連れていかれ、あっという間に従業員の仲間入りを果たしたリリンサ。

 おぼつかない仕草で試食用のクッキーを配り歩く姿は、男女の客ともに大絶賛だったという。



 店を締め、今月最高売り上げを清算し終えた後は、奥様方の休息の時間。

 リリンサは、「あれ?今日の任務って何だったっけ?」と頭を悩ませながらも、初めての連続に疲労感と充足感を得て、机に体を預けている。



 コトリ、と差し出された紅茶とお菓子を共に皆でする談笑。

 優しげな声も相まってか、段々と意識を眠りへと落としていくリリンサは本来の任務など忘れ、楽しかったなと満足感に浸っていた。



 激しく扉が叩きつけられ、店の裏口が開かれたのは、翌朝のこと。

 リリンサ・リンサベルにとっては、運命を別つ扉だった。


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