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第102話「初めての……」

「ユニク。抱いて……欲しい……」



 俺は心を無にする為に、脳内でタヌキを数えていた。 

 しかし、リリンの突然の爆弾発言の前では、偉大なる魔獣ですら抗えない。


 リリンの言葉を聞いた脳内アホタヌキは、あろうことか求愛のダンスを踊り始めやがった。

 ノリノリで踊りまくっている姿が妙にムカつく。

 速攻でグラムで斬り飛ばして正気を保ち、胸の中で挙動不審なリリンに視線を落とした。



「リリン、今なんて言ったんだ?」

「抱いて欲しい……と言った」


「……。今の体勢は、ほぼ、抱いていると思うんだが?」

「そういう抱くじゃない。言わせないで欲しいと思う!」



 いやいやいや!選択肢を間違ったらモウゲンドされるんだぞ!?

 慎重にもなるわッ!!


 だが、リリンの表情を見る限り、マジで言ってるっぽい。

 どうしよう。展開が早くてついて行けない。



「あの、リリン?大体は察しているが、しっかり言ってくれないか?何をどうして欲しいんだ?」

「むぅ!ユニクはさっき私の事を好きだと言った!そして、両想いだとも言った!」


「お、おう、確かに言ったな」

「だから、抱いて欲しいと思う!女の子として!!」


「話が10段階くらい吹っ飛んでんだよ!!落ち着けリリンッ!!」



 いくら俺が童貞でも、いや、童貞だからこそ、心の準備というもんがある。

 というかこれは、マジで美人局なんじゃないかと疑ってしまうほどの超展開だ。


 ……一応確認しておくか?



「《次元認識領域トライ・キュービクル・スフィア》」

「なんで視野拡張の魔法を使ったの?」


「ベッドの下に、ワルトが隠れてるんじゃないかと思ってな」

「そんな所にいるわけない!ベットの下から出てくるのはゴモラだけ!!」



 ちょっと待て。今、トンデモナイ事を言わなかった!?

 俺は落ち着いて深呼吸し、しっかりとリリンの言葉を吟味する。


 俺とリリンがいちゃつくベッド。

 その下で息を殺し潜んでいる、タヌキ帝王(ゴモラ)

 そして、俺達のムードが最高潮に達した瞬間、ニセタヌキは高らかに鳴き声を上げ出撃ッ!!


 ……。

 ベッドの下に大悪魔が潜んでいるより、数段やべぇ。

 俺は昼間に体験したニセタヌキの、カツテナイ絶望を思い出す。


 ニセタヌキが一匹出たら、30匹はいると思えッ!!


 脳内で衝撃映像が再生されて恐ろしくなり、つい、ベッドの下に視線を向けてしまった。

 今の所、タヌキは潜んでいないっぽい。あ、ワルトもいない。



「ベットを見てる?……覚悟を決めた?」

「決めてねぇし、する気もねぇよ!!」


「……なんでしてくれないの?」

「え。」


「やっぱり、私の事が嫌い……なの……?必要ないの……?」



 やっべぇ、涙腺決壊、五秒前ッ!!


 今日の大悪魔さんはいつもと違って感情を顔に出しまくっている。

 これはこれで可愛いが、非常に危なっかしい事のは間違いない。


 リリンは戦闘が終わった後、しばらく魔王シリーズを装備したままだった。

 なんでも、装備状態の魔王シリーズは自己修復機能があるらしく、粉々に壊された魔王の右腕を修理していた。

 そして、流石は魔王の再生能力だ!と驚く程の速さで槍の形に戻った。


 ある程度の修理を終えたリリンは魔王の右腕の状態をこまめに確認する為にと、ブレスレットの形に変化させて装備している。

 つまり、いつでもどこでも簡単に、魔王の右腕を出す事が出来るのだ。

 というか、こんな至近距離で魔王様が解き放たれた日には、天国へ昇天するのは間違い無い。


 俺は出来るだけ刺激しないようにリリンの涙をぬぐい、優しく声を掛けた。



「好きとか嫌い以前に、いきなりそういった行為に行くのはおかしいだろ?」

「そんなこと無い。だって、ワルトナ以外はみんな『恋人は自然とそういう事をする』って言ってた」


「ホント、ロクなこと吹きこんでねぇな、大悪魔さん!!」

「特にレジェとカミナの話は参考になった。二人は『素肌が触れ合えばぁ、恋する乙女は進化して、新妻になるのよぉ。そしてそのあと、お母さんになるのよぉ』とか、『まぁ、素肌が触れ合うと『単純接触効果』という現象が起きて好感度が上がると言われてるわね。心理学的には』とか言ってた」


「地味に的確なのが、始末に負えないッ!!」

「ユニク。嫌……なの?私の、む、胸が小さいから?やっぱりタヌキが良いの?アルカディアなの?」



 いや待てリリン。何でそこにタヌキを混ぜたッ!?

 というか、いくらなんでもその流れにアルカディアさんを入れるのは失礼だろ。

 アルカディアさんは、尻の部分がちょっと毛……だめだ。こっから先は禁忌に触れる。


 ともかく、俺が胸しか見てないような奴だと思われてるのはいただけない。

 胸はあるに越したことはないと思っているだけだッ!!



「いいかリリン、これは俺の名誉のために言っておく。……胸は関係ない。もう一度言うぞ、胸・は・関・係・な・い!」

「じゃあなんでなの?両想いになった後で私が誘えば、瞬殺出来ると聞いていたのに。なのにユニクはダメだという……」



 おい、瞬殺って言ったよな?今。

 そんな事を言ってるからダメなんだと、真面目に言いたい。



「えぇい!俺はリリンの誘いに乗るつもりはない!以上!!」

「なんで?なんでなの……?私を抱いても、楽しくない……?それともやっぱり、好きというのは嘘なの?私は必要ないの……?」



 リリンは俺の拒絶を受けて、段々と元気が無くなっていった。

 俺の胸の中でションボリし、今にも泣き出しそうだ。


 あぁ、凄く心が痛む。


 なにせ……、実際の俺の感情では、今すぐにでもリリンを美味しく召し上がりたい。

 こんなに可愛い女の子が、無条件で俺を求めてきている。

 そんな奇跡は二度と起こらないような気がするしな。


 だが、残念なことに、それをしてはダメな理由が二つほどあるんだ。



「リリン聞いてくれ。俺は決して、リリンの事が嫌いだとか、好きと言ったのは嘘だとか、そんなんじゃない」

「じゃあ、ちゃんと両想い……?」


「そうだ。実際は今にでも美味しく頂きたいが、それをしないのには理由が二つある」

「……。右の胸と、左の胸?」


「いい加減、胸から離れろよッッ!!」



 どんだけ胸フェチだと思われてんだよッ!!

 そりゃ、つい見てしまった時もあっただろうし、アルカディアさんに関しては感動を覚える程だったけど、今は大事な話をしてるんだからボケを挟んで来ないでくれ!!



「俺がリリンの想いに答えられない理由。それはな……」

「それは……?」


「リリンの人生が歪んだ原因は、俺かもしれないからだ」

「……え?いや、ユニクは神託によって選ばれただけで――」


「違うんだ、リリン。俺はセフィナと一緒にリリンから逃亡しただろ?その時に聞いたんだよ。『私とおねーちゃんが喧嘩すると、いつも『ゆーにぃ』が止めてくれた』って」

「…………え。」



 俺の突然の発言に、リリンの動きが止まった。

 その瞳は揺らぎ、再び、昼間のような困惑が広がってゆく。


 やっぱり心が落ち着いているはずの明日にするべきだったな。

 だが、こうなってしまった以上、事実を打ち明ける以外の選択肢はない。


 重要な事実を黙っていて、俺だけ良い思いをして。

 それはリリンに対する裏切りだ。



「ど、どういうこと……?だってそんな……ありえない……」

「俺だって詳しい事は分からない。ただ、セフィナは俺の事を『ゆーにぃ』と呼び、会った事があると言った」


「それはおかしい。だって、出会っているなら、私が覚えていないなんて、そんなこと有るわけが……」

「だが、それは信憑性が高い気がするんだ。ワルトが言っていただろ?『ゆにクラブカードの色は、過去の俺と一緒に過ごした時間』かもしれないって」


「……あ。確かに言っていた……けど」



 リリンは俺の言葉を吟味するように、しっかりと頷いて考え始めた。

 その時間を使い、俺も自分なりの仮説を組み立てていく。

 そして、二人同時に顔を上げ、視線を交差させた。



「これはただの憶測なんだが……。もし仮に、俺だけじゃなくリリンまで記憶を失っているとしたら?」

「私まで記憶を失っている?」


「例えば、二人ともが、とても悲しい記憶を無理やり忘れてるとか?」

「それは……でも、完全には否定できないこと」


「それに、敵は不安定機構の指導聖母で認識阻害のエキスパートだ。記憶の操作が出来たとしても不思議じゃない」

「で、でも!私の家は普通の一般家庭だった!昔のユニクと出会っているのなら、ユルドルードとも出会っているという事にな……」



 ここで、リリンが何かに思い当ったようだ。

 俺にはさっぱり心当たりがないし、英雄マニアなリリンにしか気付けない小さな疑問を見つけたんだろう。

 そしてそれはリリンにとって重大な事らしく、揺らぐ瞳で「信じられない……」と呟いている。



「じゃあ、英雄ユルドルードの親友『アプリ』は、パパだったというの……?」

「ん?」


「パパの名前は『アプリコット』という。そして、英雄ホーライ伝説に出てくる『ユルド』の親友の名前は『アプリ』」

「あぁ、確かリリンのお気に入りキャラだったよな?」



 ここまで言った後、リリンは速攻で英雄ホーライ伝説を召喚し、18巻、19巻、20巻、21巻を手に取った。

 この四冊は、英雄『ユルド』を主人公としており、そのチームメイトとして『アプリ』と『プロジ』が登場すると聞いている。


 ちなみに、俺はまだそこまで読み進めていない。

 13巻で出てきやがった『妙に強いタヌキ』のせいで、そこで目が止まった。



「もし……もしそうだとしたら……。それは凄いこと!凄いことだよ、ユニク!」

「おう。ちなみに、そのアプリは作中でどんな事をしたんだ?」


「最終決戦の内容は言わない。けど、序盤で狼の皇種と戦ったとだけ言っておく」

「おーう。普通に皇種が出てきたな。つーか、皇種なのにラスボスじゃないのかよ!」


「うん、捕まえてペット……あ、ネタばれ良くない!」



 そうか。

 親父は狼の皇種なんて物騒な奴をペットにしてたのか。

 つーか、全裸で、親父で、狼って。

 色んな意味で、ヤバ過ぎるだろ。



「で、話を戻すが、俺達は昔に出会ってるかもしれないんだ。ここまではいいか?」

「うん」


「それで、一番可能性が高いのが、『何かを失敗したせいで、俺とリリンの二人ともが記憶を失った』。こうなんじゃないかって気がするんだ」

「言いたい事は分かった。私の過去にユニクが関わっている。それはとても興味深いこと……」



 そういってリリンは、口に手を当てて考え始めてしまった。


 もし、考えが纏まった後でリリンが俺を拒絶するのなら、それを受け入れようと思う。

 もちろん、セフィナを奪還する所まではしっかり手伝うが、それから先はリリンの思うように生きて欲しい。


 短い沈黙の後、リリンは真っ直ぐに俺を見あげた。



「……よし。謎が増えてしまったけど、気分転換に抱いて欲しい!」

「なんでそうなった!?リリンがこんな目に遭ってるのは俺のせいかもしれないんだぞ?普通は恨みの一つでも言うだろ!?」


「それこそあり得ない。私の気持ちはさっき言った通り。『ユニクに必要として貰うのが私の人生』。例えユニクのせいだったとしても、それは変わらない。むしろ……」

「むしろ……?」


「幼馴染設定とか、最高だと思う!」

「ついこないだ、幼馴染が出てきたらブチ転がすって言って無かった!?」



 やべぇ!この大悪魔さん、俺が思っている以上に情緒不安定!!

 というか、ここまで求められて答えない俺もどうなの!?


 俺は一度だけ深く息を吸い込み、しっかりと考えを巡らせた後、言葉と共に吐き出した。



「リリン。何度求めてきても、今はそういう事をする気はないぞ」

「むぅ。二つ目の理由を教えて」


「分かった。これは恥ずかしいから、正直、あんまり言いたくなかったんだが……白状するよ」



 俺の中に巡る、嘘偽りのない素直な気持ち。

 それは、リリンと同じだ。



「俺はリリンの事が好きだ。それはさっきも言ったよな?」

「うん。言ったし、もう取り消せない!」


「あぁ。で、それはいつからなのかって話になるんだが……」

「いつから?」


「ぶっちゃけた話、ナユタ村で出会った瞬間に、可愛いって思ったんだ」



 リリンと最初に出会ったのは、俺がレベル100になって村長を探してた時の事だ。

 

 俺は長年の夢が叶って興奮していたが、リリンを一目見た瞬間に目を奪われた。

 それくらい、リリンに心惹かれたんだ。

 まるでそれが、運命であるかのように。



「そんな訳でさ、俺は最初っからリリンの事が好きだった。だから、ホテルでも妙な警戒をしてただろ?」

「でも、それなら私のアプローチに気付いて欲しかった」


「気付いてたさ。いくつかはな」

「え。」


「いくら野営訓練だと言っても、ほぼ初対面の俺と一緒のベットで寝るのはおかしいだろ。ずっと前からそうしようと考えてたから、最初からベットが一つしか無い部屋を選んだんじゃないか?」

「あ。」


「それに、イチャラブ大作戦もノリノリだったしな。リリンの性格なら、嫌なら絶対に嫌って言うだろ?」

「う。」


「そして、俺の事を好きという時の表情は、いつも嬉しそうだったしな。以上の事から、ある程度は好意を持っているだろうと思ってましたッ!」

「そ、それじゃ、私がユニクの事を好きなのを知ってて、ワザと黙ってたってこと!?」


「おう、そうだ!」

「……ひ、酷過ぎると思う!ユニクは外道!悪魔!!ワルトナより悪辣!!」



 自分でも外道だと思うし、実際、心無き魔人達の統括者(大悪魔)なんだが、ワルト以上に悪辣というのは聞き捨てならねぇよ!!

 アイツらは、リリンの恋心を弄んで……いや、俺も同じようなもんか。


 せめてこれ以上は悪くならないように、これからは、俺の素直な気持ちで語ろう。



「俺はさ、強欲なんだよ、リリン」

「ユニクが強欲?」


「そうさ。俺はな、欲しいと思ったものは手に入れないと気が済まない性格なんだ。しかも、誰かに与えられるんじゃなく、自分で手に入れたいという我がままな奴だ」

「ん、あんまり話が見えない」


「つまり、リリンに惚れていて、自分の手で俺の女にしたいんだよ」

「ユニクは、わ、私を捕まえて、自分のものに……?」



 俺は記憶を無くしてから、あらゆる物を与えられる人生を送って来た。


 ナユタ村での生活は単調だったものの、特に困ることも無く充分に満ちていたし、リリンにはそれこそ、パンツから伝説の剣まで貰っている。


 だからかもしれない。

 いつしか俺は、リリンを自分の力で手に入れたいと思うようになっていた。



「リリンは俺に色んなものをくれただろ?当然嬉しいし大切に思っているが、俺の自尊心は満足しちゃいない。欲しいものは自分の力で手に入れてこそなんだ」

「言いたい事は分かる。けど、でも……」


「例えばさ、気が付いた時には既に用意されていた料理と、腹が減っている時に自分で用意した料理じゃ、後者の方が美味いって感じるだろ?」

「ご飯はいつ食べても美味しいと思う!」


「すまん、例えが悪かった!!……だが、どっちかを選ぶとしたら、どっちだ?」

「それは後者だと思う」


「そういう事だ。俺は最高の気分でリリンを美味しく召し上がりたい。だからこそ、リリンを手に入れる為に努力をするんだ」

「むぅ。じゃあ、具体的に何をしたら、私はユニクのものになるの?」


「それはしっかり決まっているぜ。俺は――、リリンと同じレベルになったら告白する」



 神が定めし、経験値の具現。

 それこそがレベルであり、レベルとは人生そのものだ。


 だからこそ俺は、リリンと同じ経験(レベル)になった時に告白をする。

 その時にはきっと、どちらが優れているかなんて分からない程に、実力が拮抗していると信じている。



「だから、今すぐにはリリンの気持ちに答えられない。答えちまうと、努力をせずにリリンが手に入っちゃうからな」

「むぅぅ。なんか納得がいかないと思う。むぅ、むぅぅ」



 すまんな、リリン。

 リリンの目線では、確かに納得がいかないだろう。


 5年以上も旅をして来て、やっと俺を見つけて、色々頑張って両想いになったのに、さらに一方的に待たされる訳だ。

 だが、この時間はリリンには必要なものだと思う。


 リリンには、選択肢が無かった。

 家族を失い、神託に導かれ、俺と婚姻する。

 それありきで行動し、他の幸せがあるなんて考えもしてこなかっただろう。


 それが悪い事だと言うつもりはない。


 だが、実際にはセフィナが生きていて、全ての人生が逆転していく可能性が出てきた。

 そして、せっかくのチャンスを、俺と取り返しのつかない事をしてしまったからと諦めて欲しくないのだ。


 だから俺は、大変にもったいないと思いながらも、演技をする。

 俺とリリン、二人の為になるはずだと信じて。



「ま、たった2カ月で俺のレベルは約2万になったんだし、追い付くまで半年もかからないだろ。あと半分だな!!」

「半分?……ユニク。私はレベルを偽っているという事を失念していない?」


「あ。」

「もう隠す意味も無くなったし、公開する。見てユニク。これが私の本当のレベル」



 促されるままに、俺はリリンのレベルを確認した。


 ―レベル79110―


 おーう。

 俺の4倍くらいあるな。はは!



「やべぇ。ちょっと後悔したかも……」

「そう?なら諦めて抱いて欲しい!」


「だが、目標が高ければ高い程、達成したときに嬉しいってもんだぜ!!」

「むぅぅぅぅ!」



 リリンは納得がいってないようで、しっかりと頬を膨らませている。

 あー。つらい。

 我慢するのがすごくつらい。


 だが、耐えろ俺!親父みたいになりたくないだろッ!?



「そんなわけで、明日からレベル上げ頑張ろうな!リリン!!」

「……。やだ。」


「え。」

「言葉だけの約束なんて、嫌だと言った。もう私は誰かの言葉に踊らされるのは嫌。……色んな事があって、言葉だけじゃ、信じられなくなってしまったから……」


「リリン……」

「だからせめて、誓いのキスくらいはして欲しい!」



 え”。

 それは何と言いますか、童貞の俺には難しすぎる要求だと思うんだが……。

 だが、リリンは俺が『うん』と頷くまで断固として動くつもりはないらしい。


 しっかりと俺の背中に腕を回し、肋骨を締め付けてきている。

 ぐえ。



「キスをして、ユニク。それくらいしてくれないと安心できないよ、ユニク……」

「……あぁ、わかった」



 リリンのまっすぐな瞳を見て、俺は決心を付けた。

 これはある意味で、男としてのケジメという奴だ。


 俺は、リリンの両頬にそっと手を当てて強めに押す。

 膨らんでいた頬を元に戻し、そのまま顔を俺へ向けさせた。



「ん……。」



 唇が触れるだけの、形だけのキス。

 いや、これは悪魔の口付けであり、契約なのだ。


 俺はリリンを手に入れる為に、ありとあらゆる努力をする。

「私をユニクのものにして」

 そんな事をリリンが言わないで済む、二人が対等な関係を築く為に。


 数秒の誓いの口付けの後、俺はリリンから離れた。

 唇に残った、強張った感触。

 泣き腫らした後のせいか、リリンの唇は冷めきり、ちょっとだけ堅い感触だった。


 それでも、俺は童貞卒業に一歩近づいた。

 段々と実感が湧きつつある中、リリンに視線を向けると……。


 リリンは何か言いたげに、自分の唇を指でなぞっていた。



「……。すまん、なにぶん初めてなもんでな。満足できな――」

「ユニク。やり直しを要求したい」


「なんだってッッ!?」



 やり直しを要求されるってって、俺のキス、どんだけ下手だったんだよッッッ!?!?

 歯とかぶつかってないはずだし……。

 リリンのイメージとは違った、とか……!?


 一気に動悸が起こり、目眩までしてくる。

 しまいにゃ、脳内アホタヌキまで「ヴィーギルハハァン!」っと鳴いて帰りやがった。


 ちくしょう!だってしょうがないだろ!

 俺は童貞なんだからッ!!



「なんか、ごめん……」

「あ、違う!悪いのは私の方!!」


「え、どういうことだ?」

「今の私には第九守護天使が掛っている!だから、物理的にユニクの唇は私に届いていない!!」


「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。俺の渾身のファーストキスが、魔法で防御されただと?」



 なんだよそれッ!?

 そりゃぁ、感触が堅いはずだよッ!!

 食い意地張ってる大悪魔さんの唇は、鋼鉄で出来てんのかと思ったぞ!!


 あまりの衝撃的発言のせいで、一気に動悸と目眩が吹き飛んだ。

 そして、リリンの追撃が続く。



「さぁ!第九守護天使は解除した!思う存分キスして欲しい!」

「こんな空気でやり直せってかッ!?」


「それくらいはして欲しい!あ、これはお願い!前になんでも一つお願いを聞いてくれるとユニクは言った。その権利を使いたい!」

「くっ、約束だから逃げらんねぇ……」


「さぁ!さぁ!ユニク、はよ!!」

「えぇい!!いくぞッ!」


「んっ……!」



 再び重ね合わせたリリンの唇は、柔らかく、そして、甘かった。

 ファーストキスは甘いとか聞いたが、まさか本当に甘いとは思わなかったぜ。


 ほんのり甘く、それでいて薄らと酸味のあるミカン風味なリリンの唇。

 ん?ミカン風味?


 ……あ。これ、昼間食べたクレープの味だな。



 **********



 こうして俺は、リリンとの関係を一歩前進させた。

 そして、敵の正体が掴めた以上、反撃に出たいと思っている。


 首を洗って待ってろよ、敵。

 すぐに体勢を立て直して、最善の状態で決戦。

 セフィナも速攻で奪還してやるぜ!!

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