第101話「神託の告白」
「はー!やっとホテルに帰ってこれたな!距離的にはそんなに離れていないとはいえ、体感的には5時間くらい歩いた気分だぜ!!」
「……。」
「メナファスにまで逃げられたのは残念だが……。今はゆっくり休もうぜ!リリン!」
「……。」
敵を取り逃がした後、俺達はメナファスを回収しに行った。
しかし、拘束していたはずの場所にはおらず、血痕が広がっているだけだったのだ。
それなりに血は出たようだが、草を踏みしめた跡を見る限り、立ちあがって逃げたらしい。
グラムによって10倍の重力が掛かっていたはずなのに、さすが大悪魔だな。足腰が違う!
メナファスの足跡は数十歩続いた後で忽然と消えていた。
おそらく、木の上に登ったか白い敵が回収したんだろう。
どちらにせよ、暫く周囲を捜索してみたが見つからないってことは、逃げられたって事だ。
あれだけ大規模な襲撃をされた結果、物理的な収穫はゼロ。
だが、俺たちだって何も失っちゃいない。
結果は引き分け。いや、敵はセフィナという切り札を使ったのに逃亡したんだし、実質的には、凄まじい程の情報を得ることの出来た俺達の勝利と見ていいだろう。
だから、今は喜ぶべきだ。
そう思ってリリンに話しかけ続けていたが、返ってくるのは沈黙ばかり。
次第に口数も減ってゆき、お互いに無言なまま帰路について、とうとうホテルに辿り着いてしまった。
さて、これからどうするか。
今、リリンの思考は渦巻いているはずだ。
そりゃそうだ。
死んだと思っていた妹が生きていて、しかも、敵として現れた挙げ句に、負けそうになったんだからな。
ここは、どうにかして元気づけてやらねえとな。
俺は無言でうつむいているリリンを部屋に入れて、壁に備え付けられた電話機の前に立つ。
よし。確実な一手を打たせて貰うぜ!
落ち込んでいる大悪魔さんにクリティカルヒットする攻撃、『逆・兵糧攻め』だッ!!
「リリン。夕食は何が食いたい?いつもは俺に合わせてくれるけど、今日はリリンが好きな料理を選んで――」
「ユニク。」
「ん?」
「料理は後でにして欲しい……。今は、大事な話をしなくてはならない……から……」
……。
…………。
………………なんだってッッッ!?!?
夕食より大事なことって、そんな事があるのかッ!?
もしや、明日、世界が滅びるのかッッ!?
……なんて、馬鹿な事を言う雰囲気じゃない。
リリンは凄く真剣な表情でありながらも、捨てられた子供のような寂しい瞳を俺に向けてきている。
茶化して誤魔化して、それで終わりにしてはいけない。
俺は受話器から手を話してソファーに向かい、リリンの真正面に座った。
「リリン、なんだ?話って」
「謝らなければならない事がある……」
「……謝らなければならないこと?」
ん、なんだ?俺に謝らなければならない事って。
俺はてっきり、セフィナが生きていた事に対するリリンの感情の吐露だと思っていたんだが、どうやら違うらしい。
リリンは、どんな時でも俺の目を見て話す。
基本的には平均的な表情のままだが、それでも俺には色んな感情が見て取れた。
そんなリリンが、俺と目線を合わせようとしない。
まるで叱責される前の子供のように机に視線を落とし、小さな声で、ポツリポツリと呟き始めた。
「私は、ずっと……ユニクに嘘をついていて、騙していた……」
「……俺を騙していた?何を、いつからだ?」
「……初めて会ったときから、ずっと今も……」
「え。」
「私は、神託に導かれてユニクを探した。これは事実。でも、その理由は……嘘で、違うもの」
は?俺と出会ったときから嘘をついていた?
え?リリンが言った神託が、そもそも、嘘だって?
一番最初っからじゃねえかッ!!
う、うっそだろぉおおおおおおおお!?
あ、いや、嘘なんだろうけど、そうじゃなくて、えっと……。
ええい!今はリリンの話を聞く、それからだッ!!
「ゆっくり、落ち着いて話をしてくれるか?リリン」
「ごめん……。ごめんね……」
「謝るかどうかは、話を聞いた後だ。聞き終わるまで怒ったりしないから、存分に話してくれ」
「うん……。あのね、私がユニクに告げた神託、あの内容は嘘」
「確かそれは、『リリンサ・リンサベルは、ユニクルフィンとこの世界を旅し、いずれくる世界の厄災に備えよ』って奴だったよな?どの部分が嘘なんだ?」
「これを見て欲しい……《サモンウエポン=神託書》」
神託書、持ってんのかよッ!
一度も見せてこないから紛失したのかと思っていたが、そもそも内容が嘘だから見せられなかったと。
おう……。これはとびきりの事実が出てきそうだぜ。
なにせ、その内容とやらはセフィナが暴露した事により、大体の予想が付く。
俺は、非常に悲しい事実を告げられると分かっていながらも、リリンを促した。
「せっかくだ、リリンが読んで教えてくれるか?」
「あ……。うん……、分かった……」
俺はなんて外道なんだろう。
流石は心無き魔人達の統括者の7番目の男。自分の目で事実を知りたくないからってリリンに言わせるとは、まさに魔王な所業だ。
だが、これでいいはずだ。
嘘だったと、本当はこうだったとリリンが俺に告げることで、気持ちの整理が付けやすくなるはずだからな。
「本当の神託は、こう……『不安定機構アンバランス・第七号魔導師、リリンサ・リンサベルは英雄・ユルドルードの実子、ユニクルフィンと……こ……こ……』」
「頑張れ、リリン」
「『こ……婚姻し、幸福ある時も、厄災ある時も、富める時も、貧しき時も、病める時も、健やかなる時も、死がふたりを分かったとしても愛し続け、失われた家族を取り戻せ』」
「おーう。思ってた以上にドストレートなんだけど!」
なんだこの信託ッ!?
世界の厄災どこ行ったんだよッ!!厄災ある時もって、それは一般家庭的な厄災の事だったのかよッ!?
「あらやだ、雨漏りしてるわ。はぁー、お金がなくてお家を建てられないわ」的なレベルだったのかよッ!?
というか、そうならそうと早く言って欲しかったんだけど!
だって、もし、もしもっと早く、知っていたら……。
「ずっと騙していてごめん。……ごめんね……ユニク……」
「なぁ、何でこんな嘘をついたんだ?素直に言ってくれていれば、俺は……俺は……」
タヌキと添い寝しなくて済んだんだよッッッ!!!!!
え?なに?じゃあ俺は、どうぞと差し出された果実を食べないばかりか、食えたもんじゃない物体に加工してたって事!?
うわぁああああ!?なんて愚かな行為を俺はしてたんだッ!!!
後悔しても、もう遅い。
リリンはタヌキに進化した後、大魔王になり、超魔王となった。
もはや、英雄の息子というだけの一般人な俺では……。
くっ!この複雑な感情は、誰にぶつけたらいいんだ!
大体予想はついてるんだけどなッ!ワルトッッ!!
「もう俺にバレちまったんだ。全部ぶっちゃけてくれよ。リリン、どうして俺に嘘をついたんだ」
「ワルトナ達と相談して、このパターンが一番確実にユニクと添い遂げる事が出来るという話になった」
「……よし、詳しく頼む」
「そもそも、私がユニク捜索の旅を始めた時に最初に友達になったのがワルトナで、ほぼ旅を始めた時から一緒。だから、ユニクと出会った時のシミュレートは色んなものがあるし、仲間が増えて行くにつれて精密になって行った」
……俺を攻略する為のシミュレートがいっぱいあるだと……。
しかも、それを心無き魔人達の統括者全員で話し合っていただと……。
なにその、逃げられない感じ。
やってる事がほぼ、美人局なんだけど。
つーか、最初のホテルで感じた疑念、大体あってるじゃねえかッ!!
「その中でも、『ユニクルフィンが弱かったパターン』ってのがあって、その場合は、それっぽい理由をでっちあげて、ユニクと一緒に旅をするのが一番有効だって……」
「なるほど、そこで神託をダシに使おうって事になったんだな?で、言い出したのは誰だ?」
「ワルトナ。あ、でも、悪いのは私!最終的にやるかどうかの選択は私がしたし……」
いや、ワルトなら選択肢を選ばせないように誘導してそうな気がする……。
ワルトはリリンと仲が良さそうだし、俺がリリンとくっつくのを良く思ってなさそうな気配がすげぇするんだが……。
「ちなみに、旅の計画が無かったのは何でなんだ?そこまで精密ならもっとあってもいいだろ?」
「ある事にはあった。レジェンダリアで一緒に軍に入るとか、不安定機構の上位使徒として働くとか。でも、利用されそうなので辞めた」
「一応、警戒はしてたんだな……」
「それに私的には、ユニクと一緒にいられるのならどこにいても良かった。だから、村から出た事のないユニクに世界を見せてあげようと思った。いわば……婚前旅行……的な……感じ……」
おーう。すげえスリリングな婚前旅行だな。
三途の川とか、血の池とか、針の山とかを見に行くつもりだったとしか思えねえ。
この話題は危険だ。話を変えよう。
「えっと、それじゃ、世界の厄災とかは起こらないんだな?」
「起こらない。第一、そんな出来事は一般人の私の手には負えないと思う」
「だよな。じゃあ、なんで俺を鍛えていたんだ?」
「スキンシップをするには良い題材だろうって、みんな言ってたから……」
アレがスキンシップゥゥゥッ!?
ランク5の魔法をバンバン撃ち込まれたり、ドラゴンと戦わされたり、アホタヌキと共闘させられたのが、全部、俺と仲良くなる為のスキンシップだったって言うのか!?
いくらなんでも、過激すぎるだろッ!!
スキンシップというか、死が肌と触れあってるんだが!!
出会った大悪魔共が、嬉々としてボディタッチしてきたしなッ!!
というか、アイツら、完全に俺達で遊んでるだろッ!!
リリンの恋心を弄ぶとか、心無き魔人達の統括者、マジで無慈悲すぎる。
人間の所業じゃねえ。奴らは鬼か……?
いや、大悪魔だッッ!!
「ユニク、ごめんね。……嘘ついていて、ごめん……」
「い、いや、確かにビックリはしているが、怒る程の事じゃない……よな……?」
「ううん。どんな理由があれど、騙していたことは事実。でもね……」
「うん?」
「私がユニクの事を好きなのは、本当の事。ユニク……好きだよ。出会ったときから、ううん。出会う前から、ずっとずっと好きなんだよ、ユニク……」
リリンが、俺の事を『好き』と言った。
さっきまで下に向いていた視線は俺の瞳を真っ直ぐに捕らえ、そして、揺らいでいる。
そうか……。リリンは俺の事が、好き……か。
どう返したらいいのか分からずに、今度は俺が沈黙してしまった。
やばいと思うも、気の利いた言葉が思いつかない。
そうこうしている内に、リリンは必死に言葉を選びながら口を開いた。
リリンは、何かに怯えているかのような弱々しい声と表情をしている。
「私は……、セフィナとお母さんが死んで、世界で独りぼっちになったと思った。そんな時に届いたのが神託書。だから私は、この神託書が人生の全てだと思って生きてきた」
「ユニクルフィンと婚姻し、失った家族を取り戻せ。そんな、ユニクと温かい家庭……お母さんがいて、お父さんがいて、私がいて、セフィナがいて。そんな温かい家庭を役割を変えて作れという神託は、私にとって夢であり、理想だった」
「だから私は、『ユニクルフィン』を好きになった。どんな人なのかも分からなかったけど、きっといい人だと信じて」
家族を失い、独りぼっちになった、か。
当時10歳だったリリンに取って、それは計り知れない程の衝撃だっただろう。
喜びの感情を無くしてしまったり、自らの死を考えてしまう程に傷ついたはずだ。
そんなリリンの心の支えになったのが『英雄の実子・ユニクルフィン』……か。
そのユニクルフィンとやらは、そんなに優れた人物なのか?
残念な事に、俺には心当たりがない。
リリンの瞳は未だに俺に向けられている。
そして、揺らいでいる瞳には、次第に雫が灯っていく。
「ユニク。……ずっとずっと怖かったんだ。出会えないんじゃないかって、出会っても拒絶されるんじゃないかって。だから必死になって考えて、どうしたらユニクに気に入って貰えるんだろうって、ずっと考えながら生きてきた」
「リリン……。」
「私がこんなにも強くなったのは、全部ユニクの為。ユニクの役に立つ為に、一個でも多く魔法を覚えようって頑張った」
「……。」
「質のいい装備品を集めたのも、お金を貯めたのも、グラムを用意したのも、全部全部、ユニクに気に入って貰う為にしたこと。『リリンサは必要だ』って言って貰う為だった」
「……。」
「家族を失った私には、もう、ユニクしかなかった。ユニクに必要とされる事こそが私の人生だって思ってる。もし、たとえユニクと結婚できなくても一緒にいられるなら、利用されるだけでも、奴隷になったっていい……」
「……リリン」
リリンは、こんな俺なんかを頼りに、細い糸を手繰り寄せるような人生を送って来たのというのか……。
その言葉は俺の心の奥底まで届き、そして撃ち抜いた。
そして漏れ出てきたのは、正しい感情なんかではない。
ただただ薄暗い、負の感情。
俺の過去がリリンの人生を歪めてしまったかもしれないという、後悔の想いだ。
だから、俺がケジメをつけるべきだ。
「……ユニク。私は、ユニクが好き。世界で一番好き。どんな人よりも、どんな食べ物よりも、ユニクの事が好き」
「……あぁ」
「ねぇ、ユニク。ユニクは嘘をついていた私の事は嫌い?失敗ばかりで、何一つ上手に出来ない私なんか必要ない……?教えて……ユニク……」
今にも涙が零れそうなリリンの瞳は、俺からの答えを持っている。
だからこそ俺も、真っ直ぐに答えなければならない。
俺は至って真面目に、そして、ワザとらしいくらいに陽気に答えた。
「それじゃ……両想いだったんだな!!」
「えっ。」
「今でさえ十分に良い関係だと思っていたが、まさか両想いだったとはな!!」
「え。え……。両…想い……?」
「なぁ、リリン。大事な事を忘れてるぜ?それは……俺にだって感情があるってことだ」
「ど、どういうこと……?」
「いいか?もし俺がリリンの事を嫌ってたら、すぐにでも逃げ出してるってことだよ」
「あ……。」
確かに、リリンのスパルタ教育には思う所が充分にある。
……が、それは俺が選んだ結果だ。
ぶっちゃけて言えば、逃げ出せるチャンスなんていくらでもあった。
グラムは絶対破壊の剣だ。
だからこそ、リリンがどんな魔法を俺に掛けていたとしても破壊することができる。
ゆにクラブカードの位置情報の仕組みだって、どうにかすれば破壊出来るはずだ。
それをやってしまえば、後はリリンの隙をついて逃げ出すだけ。
持ち物を全部捨てちまえば、それこそ、俺に出会う前に戻る訳だしな。
そこらへんの話をかいつまんで話したら、リリンは平均的な思案顔になった。
まだ思う事があるらしい。
「そんな訳で、逃げ出さなかったのは俺がリリンと一緒に居たいと思ったからだ!ぶっちゃけ、こんな可愛い娘と旅が出来るなんてラッキー!って思ってるんだぞ!!」
「で、でも!私がアプローチを掛けても、全然、気付いてくれなかった!矛盾してると思う!」
「アプローチ?なんのことだ?」
「う!やっぱり気付いていない!!恥ずかしかったけど頑張ったのに!すごくすごく、頑張ったのに!!」
「……。すまん、詳しくお伺いしても?」
「むぅう!一緒のベッドで寝ようって誘った!美味しいご飯も毎日用意した!!タヌキパジャマだって着たのに!!!」
……アレが、アプローチだっただとッ!?
どこら辺がそうだったんだよッ!?
一緒のベットで寝るって、訓練だって言ってただろッ!?
美味しいご飯を毎日用意したって、俺よりも美味そうに食ってたじゃねえか!!
タヌキパジャマに至っては、危険生物以外の何者でもねえよッ!!
思い出してみても、そんな恋人めいた関係性じゃない。
……だって、タヌキだぞ?
タヌキは全人類を絶望に叩き落とす、ガチの魔獣だぞ……?
あ。いや、待てよ……?
そういえば、タヌキパジャマを着る前は、うっかり激情が沸き立ちそうになって鎮めるのに苦労した記憶がある。
ううん?そうやって考えてみると、タヌキリリンが時々ベッドの上で『じぃー』っとこっちを見てきたり、奇妙なポーズをとっていたりしたのって、俺を誘惑する為だった?
……腹が減ってるのかと思って、クッキーを食わせてたのは失敗だったみたいだな!はは!!
「そうか。妙なすれ違いがあったみたいだな!」
「そんなに簡単に流さないで欲しいと思う……」
「ともかく、俺もリリンの事が好きだぜ。だから、リリンが一人で思い悩む事はないんだ」
ここで俺は、セフィナが言っていた事をリリンに打ち明けるかどうか迷った。
「ゆーにぃは……おねーちゃんと私が喧嘩すると、いつも助けてくれたのに!!」
この言葉通りならば、俺は過去にリリンと出会っている。
そしてそれは、恐らく最も重要な事実だ。
だが、それをリリンに告げるのは明日にしよう。
今はもっと大切な事があるからだ。
「そう、ユニクも私の事が好き……。両想いだった……んだ……。」
「あぁそうだ。俺達は両想いで、リリン一人が頑張る必要も、無理をする必要も無い。だからさ……もう、我慢しなくてもいいぞ」
「……え?」
「もうさ、泣くのを我慢しなくていいって言ったんだ」
「泣く……?どうして?ユニクに好きと言って貰えたのに、どうして泣く必要があるの?」
「あぁ、悪い。勘違いさせちまったな。俺は関係ないんだ」
「ん……?」
「ただ、セフィナは生きていた。……リリン、ここにはもう敵はいない。リリンの味方の俺しかいないんだ。だからさ、もう、強がらなくてもいいんだぞ」
最も大切なのは、リリンの感情だ。
今日は本当に色々な事があり過ぎた。
だからこそ、この瞬間にリリンの感情を押し殺すような事をさせてはいけない。
涙を瞳に一杯溜めながらも、泣かないように必死に強がっているリリン。
今はただ素直に、感情のままに、泣いた方が良いんだ。
そして、一滴の雫が、リリンの頬を伝って落ちた。
「そう……なの……?」
「あぁ、そうだ。今はセフィナが生きていた事を、素直に喜ぶべきだ」
「で、でも、セフィナは私達の敵だった……。だからきっとユニクにとっては迷惑でしか無くて、だから、喜んじゃダメなはずで……」
「馬鹿を言うなよ。リリンの大切な妹が生きてたんだぞ?これ以上に嬉しい事はないさ」
「あ……う……。いいの?喜んでも、いいの……?」
「いいんだ」
「そう……なんだ。ぐすっ。いいんだ。喜んで、いいんだ……」
「せっかくだ。ほら、胸を貸してやるよ。思う存分、飛び込んで来い」
「うん……。」
バッファマシマシなリリンが俺の胸に飛び込んできた。
だが、今度はしっかりとリリンを受け止める事が出来た。
前回よりも掛っているバッファが多いはずなのに、しっかり受け止められたのは、俺が強くなったからか、リリンが幼い少女だと知ったからか。
「ユニク……。」
「リリン……。」
俺の胸に抱きついているリリンは、いつもより小さく見えた。
リリンの体は、か弱く、細く、そして、震えている。
あぁ、いつもと違って、俺が聞き役に徹する番だ。
リリンには、この時間が必要だからな。
「生きてた……セフィナが、生きてたよ……ユニク……」
「おう。元気いっぱいだったな」
「うん。ぐすっ……。あんなにも元気で、私よりも、魔法が上手になってた……」
「俺から見ればリリンも凄いけどな。姉妹揃って凄い魔導師になんだな」
「うん……うん……。よかった……」
「あぁ、そうだ」
「い、生きてて、よがっだ……。ひっくっ。えっぐ、ひ、ひぐっ、よがった。よかったよぉ……ひっく、ひっくよがった、よかったぁぁぁぁ。うわぁあああああああああん」
「あぁ、そうさ。これは良いことなんだ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁん。ひっぐ!ひっく!や、約束しだから……美味しいお菓子を、いっぱい食べさぜであげるって、、約束しだから……。うわぁあああああああん。セフィナ……ごめんね。守ってあげられなぐで、寂しい思いをさせで、ごめんね…悪いおねーちゃんで、ごめん……うわぁああああああん、、うわぁあああああああん」
一度こぼれ始めたリリンの涙は、絶えること無く流れ続けた。
最愛の妹を想い、心の底から溢れ出る、暖かい感情を灯した涙。
そんな世界一綺麗な雫が、俺の服を濡らしてゆく。
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「ぐすっ……ありがと。ユニク……」
「おう。気持ちの整理は済んだか?」
「うん。嬉しくて、悲しくて、寂しくて、どうにかなりそうだけど、でももう大丈夫……」
リリンに胸を貸してから、どれくらい経っただろうか。
一時間以上経った気もするし、十数分な気もする。
まぁ、泣いている女の子に胸を貸すなんて、童貞な俺からしたらあり得ない奇跡だ。
実に有意義な時間だったと、心に留めておくとしよう。
「そうか、じゃあ、何か食うか?腹減ったろ?」
「……ううん。もっと別の事がしたい……と思う……」
「別の事?」
まっすぐに俺の事を見てくるリリンの顔は、いつもよりも紅潮していて非常に保護欲をかきたてて来る。
瞳だって潤んでいるし、童貞な俺はついピンクな妄想をしてしまいそうだ。
……待て待てッ!落ち着け俺!!
リリンを膝に乗せてる状況で、激情が沸き立ってしまったら、確実にモウゲンドされるぞッ!!
しっかり思い出せッ!俺!!
使用済みマッチの方が立派に見えるあの惨状を思い出すんだッ!!
俺は一心不乱に深呼吸し、心を無にする。
心頭滅却。タヌキが一匹。タヌキが二匹……。
「あのね、ユニク……。抱いて……欲しい」




