第100話「英雄見習いVS白蒼の竜魔王」
「やれやれ。ここまでやるつもりはなかったんだが……うん。出し惜しみしている場合じゃないね。普通に死亡フラグが立ちまくってるよ。はは!」
乾いた笑い声を漏らす白い敵は、移り変わっていく趨勢を感じて、肩をすくませて溜め息を吐く。
どうしてこうなったんだと思いながらも、「まぁ、クソタヌキの『カツテナイ機神』に比べればマシか」と思い直し、せっかくなので情報を集めることにした。
そうして、その目が捉えたものは『希望を戴く天王竜』が最も偉大だとされた時代の姿を装備した、ホロビノだった。
直立し二足歩行状態となったホロビノの周囲には、5つの魔法陣が出現している。
両腕の先に一つずつと、背中に一対。さらに前面に一つ。
それらは、かつての希望を戴く天王竜の姿を擬似的に再現する為の魔法陣であり、それぞれが青い焔を発しながら偉大なる『腕』と『翼』、そして『頭』を出現させている。
ホロビノ本来の腕の先に作られた魔法陣から延びる、流麗な腕。
白く美しい鱗は幾何学模様の様に規則的に並び、その一枚一枚に薄らと魔法紋が刻まれている。
並大抵の魔道具よりも魔法的価値があると言われる程の鱗が数千枚重なり合っている光景は、博識人が見たら絶句することは間違いない。
さらに、背後に出現した一対の魔法陣は、特殊な翼を出現させていた。
それはまるで、竜の力を宿した盾。
ホロビノの首筋に座るリリンサを守るように配置された二枚の翼は、どんな攻撃でも貫けず、鉄壁の防御を誇ると本能が理解する程のものだ。
そして、前面に作られた魔法陣から延びるのは、古の時代に崇拝された伝説の竜王の頭。
数十本の角が複雑に絡み合い顔の上半分を覆い隠しており、その下からは鋭い牙がのぞく。
それは非常に特徴的で、事実、不安定機構の歴史書にその姿が記録されている。
「うーん。間違い無く、文献に乗ってた伝説の竜だね……。数十種類の皇種が世界の覇権を奪い合う乱世を平定したとされ、『天なる王』や『人類の希望』とさえ謳われた伝説の真竜……『希望を戴く天王竜』か……。はは、とんだ化け物が身近に潜んでいたもんだ。これは誤算だねぇ、破綻だねぇ」
白い敵は、一応の希望を込めて、何かの間違いであってくれとホロビノを眺めていた。
しかし、その一筋の希望は無残に破壊され、本当に深い溜め息となって吐き出されてゆく。
うわぁ。こりゃ、確定だねぇ。
黒トカゲやおじさんの話を聞いて良かったと思うべきか、知ってしまった事を嘆くべきか。
……うん。当然、前者なんだろうけど、敵対している今となっちゃ、悲しみ以外の何者でもないよ!
おじさんが何処かに行っちゃった後、大書院ヒストリアに帰った僕は、『希望を戴く天王竜』について調べた。
そして、『歴史と蟲』『歴史と竜』『歴史とタヌキ』という妙な本を見つけ、とりあえず竜から読み始めたわけだが……。
……決して、蟲やタヌキから逃げた訳じゃない。ホロビノを調べるのを優先しただけだ。
で、ヤバい事実が出てくるわ出てくるわ。
結論から言って、ホロビノが希望を戴く天王竜である事は確定。
毛並みが白いドラゴンは世界に2匹しかいなくて、『不可思議竜』か『希望を戴く白天竜』のどっちからしいので間違いようがない。
んで、肝心の希望を戴く白天竜は、すごく弱体化しているようだね。
なんでも、竜は死ぬと転生するんだけど、弱った状態で転生すると段々と若返り、最後には卵の状態になってしまうとか?
僕らは、それこそ生まれたてホヤホヤのホロビノを拾った訳だし、僕らに怯えまくってた事実を見るに、相当弱体化しまくってると見ていいだろう。
だからこそ、英雄見習いな僕にも勝ち目がある。
なにせ、20体を超える皇種と乱闘し、大陸を沈めるような激しい戦いで勝利を収めたのがコイツ。
どう考えてもヤバすぎるし、よく考えなくても、その強さは並みの皇種以上だ。
普通なら、一目見た瞬間にセフィナを抱えて逃げ出すけど……。
「そこの竜は偉大だねぇ。でも僕だって偉大な武器を持ってるんだ。ほら見て、シェキナだよ」
「きゅあら!?」
コイツは、平和な世界で繁栄し調子に乗った人間に撃ち落とされて死んだらしい。
しかも、このシェキナで、空を飛んでいる所を不意打ちで。
へぇー。ポンコツは死んでも治らないって、本当なんだねぇ。
「ホロビノが来た今、私達に負けは無い!あっけなくブチ転がって死ね!」
「こっちはこっちで調子に乗ってるし……。あーもーいいや。考えるのが面倒になってきた。とりあえず……お前らこそ、ブチ転がっておけよ。《あぁ、親しき友人よ、キミは僕に全てを与え、そして全てを失った。それが僕は気にいらない。だから僕は……神の定めし理さえも壊すと決めたんだ。神栄虚空・シェキナ=神命への反感行為》」
「つっ!まだ隠していた力があるというのっ!?」
「きゅあら!?きゅあらららッ!!」
白い敵の詠唱を聞いて、ホロビノは焦り、攻撃を開始した。
眷皇種であるホロビノにとって『神殺し』は非常に身近にあった存在であり、その性能は命を以て体験している。
だからこそ、第二形態になったシェキナの汎用性の高さと、現在の自分自身の実力を比べる事ができ、訪れる未来を察したのだ。
覚醒したシェキナは、時空を飛び越えて敵を討つ。
飛行や転移が意味を成さず、文字どおりの意味で逃亡は出来ない。
『逃亡』は直ぐに『敗北』という言葉に置き換わるからだ。
だからこそ、シェキナが覚醒し終える前に決着を付ける必要があると判断したホロビノは、自分と世界の境界を曖昧にし、光の流れに溶け込んで光速移動を行った。
一瞬という言葉が不適切に感じる程に短い時間が経ち、白い敵の前に辿り着いたホロビノ。
そしてそのまま魔力が迸る魔法腕を叩きつけようとし――。
空から降り注いだ矢と、大地から振り上げられた矢が、腕を貫き破壊した。
「きゅあら!?」
「《驚く事はないよ。キミが攻撃してくる時の癖を僕は知っている。なら、後は空間に罠を仕掛けるだけだよね。ねぇ、ホロビノ。》」
「きゅあららら!?」
突き刺された矢に付与されていた、メッセージ。
それは直接腕に刺さった事により、ホロビノの体内を通して脳に直接届けられた。
認識阻害を掛けていない、白き敵の肉声を使って。
ホロビノは一瞬だけ混乱し、攻撃の手を緩めた。
それは、一応は主人に準ずる人物の声が聞こえた気がしたのだから、当然の事だ。
そしてそれは、ホロビノにとって致命的なミスであり、白き敵にとって勝機なのだ。
膨大なエネルギーを有するが故に、制御に時間を要する。
これこそが神殺しの最大の弱点であり、唯一の突破口。
勝機を手にした白き敵は、色が反転し目覚めるような赤が中心となったシェキナを構え、嗤う。
遥か格上のはずのホロビノを下せるという高揚感を隠しもせずに、笑う。
「さぁ、僕のターンだ。《光弓の分散》」
白い敵は、真っ直ぐに正しく、一本の矢を射った。
それは弓道教本の手本のような美しい動きであり、誰もが見とれる程の静かな一撃。
それに心当たりがあったホロビノは、自分と空気の間に別の次元を作り、光の進路を妨害した。
その瞬間、数千を超える光線が周囲を蹂躙した。
激しい雷雨をそのまま光の矢に置き換えたと言えば、分かりやすいだろうか。
確かに、一つ一つの光の矢は視認できるし、一本だけなら回避も可能だろう。
だが、その矢と矢の間隔は5cmもない密集地帯であり、事実上の回避不可能な面攻撃。
しかし、この攻撃によってリリンサが傷つくことはない。
光の矢は人体を透過する波長のものを使用しており、リリンサに甚大な被害を及ぼす事はできない。
白き敵にとってリリンサを失う事は敗北と同意義。ゆえに命の危険に晒す事を望んでいないのだ。
なお、ホロビノについては「死んでも生き返るなら、それでよし。」と完全に見捨てている。
そして、ボロボロになったホロビノが、地面に崩れ落ちる――事は無かった。
ホロビノは光魔法を得意とする竜だ。
だからこそ、その性質については知りつくしており、どんな攻撃が来るのかを知ってさえいれば対応することが出来る。
数十秒の蹂躙を終えて、森は砂漠へと成り果てていた。
しかし、白き竜と蒼き魔王は健在。
白き敵を見据えて、鋭い眼光を向けている。
「……マジか。無傷で切り抜けられるとは、流石にこの僕ですら予想外なんだけど」
「私のホロビノにかかれば、こんなこと出来て当たり前!お前の攻撃なんか完全無効!!」
「いやいや。神殺しの攻撃が効かないとか、どんだけだよ」
「ふ。これで力の差は示された。あっけなくブチ転がって死んでほしい!!」
「僕の話を聞いてくれるかい?このお馬鹿!《光弓の全反射》」
その言葉が投げかけらた時には、もう既に矢は射られていた。
それに反応が出来たのは、ホロビノただ一匹。
だがしかし、先ほどとは違い、完全な対応は間に合わなかったのだ。
突き出した右腕に矢を引き寄せ、誘導。
ホロビノが出来たのはここまでだった。
光の矢により、魔法で出来た腕は粉砕され、腕を形成していた魔法陣は貫通。
遥か後方へ突きぬけても威力は衰えず、やがてはその矢は空の彼方へ消えていった。
「ほ、ホロビノっ!?」
「きゅあ……。」
「あ、これは効くんだね。よしよし」
先ほどの自信あふれる平均顔が嘘のように、リリンサはホロビノの上で慌てている。
一方でホロビノは、「やっぱり無理だったかー」くらいの感想しか抱いていなかった。
もしも『光矢の全反射』を受けたのが、数千年の時を経て、あらゆるバッファと強化を染み込ませた肉体だったのなら耐えきれただろう。
しかし、魔法陣で作り出しただけの擬似腕では、決定的に耐久力が不足していたのだ。
ホロビノは当然ながらその事を知っていたが、魔法で耐久力を上げるには時間が足りなすぎた。
ホロビノがシェキナを嫌う理由がここにあり、シェキナは神殺しの中でも一二を争う攻撃速度と射程距離を誇る。
いくら奇襲をかけられたといえども、絶対者であったはずのホロビノが人間ごときに後れを取ったのは、一種のハメ殺しがシェキナには出来るからだ。
転生した瞬間を射ぬかれ、絶命する。
それを数百回繰り返され、幼竜にまで叩き落とされた経験のあるホロビノは、シェキナに対する完全防御を必死に思いだしながら練り始めた。
それが完成するまで、あと30秒。
だが、それを容易に許す程、白い敵は甘い性格ではない。
「さっきの矢は、元々、どれだけ反射してもエネルギーの質量が減らずに透過するっていう矢なんだ。それが転じて、絶対直進なんていう防御無視の矢になる訳だね」
「一撃でホロビノの腕が破壊された……なんて威力なの……。」
「いやいや、本質は攻撃力の高さじゃなくて『屈折』なんだよ。あの矢は僕の意思により空気中を屈折し戻ってくるんだ。ほら、こんな風にね」
「つっ!《魔王の右腕!》」
「……ばーん。」
空から閃光が走り、地面へと吸い込まれて消えた。
その進路上に有った何もかも、空気中に漂う塵や埃や、ホロビノの翼の防御障壁、そして……防御を行うべく動いたリリンサの魔王の右腕。
光の矢は、それら全てを貫き壊し、何事も無かったかの様に突き進んだのだ。
砕け散った魔王の残骸が放つ『腕を失った痛み』に、リリンサの意識は朦朧とした。
それでも必死に気力で押し留め、ホロビノの首にしがみつく。
同時に、ホロビノも貫かれた肩の痛みに耐えながら、敵に対し唸りを上げた。
「おやおや?キミの魔王まで壊してしまったようだ。ごめんねぇ。お気に入りだったんだろ?その、おもちゃ」
「くぅう!」
「言葉になってないよ。悔しかったら、僕より強くなるんだねぇ。はは!」
白い敵は高らかに、嗤う。
それは、一見して嘲笑の言葉だが、その中に込められているのは言葉通りの感情だ。
白い敵は必死になって、笑う。
どうか、僕を倒せるくらいに強くなっておくれよ、リリン。
そうすれば、きっと。
あの子と同じ英雄見習いになったキミなら、きっと、取り戻してくれるはずなんだ……。
白い敵は願い続けた。
何もかもを持って無かった、あの頃に戻りたいと。
自分の世界の全てたる、ユニクルフィンと、『あの子』。
「名前さえ思い出せなくなってしまった『あの子』とユニが向けてくれた笑顔に、僕は笑顔を返したい」
一度もできなかった憧れを想い、白い敵『ワルトナ・バレンシア』は、嗤いながら笑う。
そして、……その笑い声は、大好きな想い人によって遮られた。
「……知ってるか?そういう言葉は死亡フラグって言うんだぜ?《終焉銀河核》」
**********
「ユニクっ!」
「なんども遅くなっちまって悪いな、リリン」
「大丈夫。ホロビノも居てくれたし、何も問題ない!!」
いや、流石にそれは無理があるだろ。
リリンは右腕を力なく垂れ下げており、明らかに負傷している。
さらに地面に魔王様っぽい残骸が散らばっているし、どう見ても戦況は敵が有利のはずだ。
さらに言うと……ホロビノが滅茶苦茶カッコよくなってるんだがッ!?
なんだあれっ!?
サイズ感的には3mだが、感じる圧力は冥王竜なんて比べ物にならないくらいに強い。
ドラゴン鎧を装備した、ドラゴン。
まさに伝説クラスな予感を感じさせる風貌に、俺の感性が称賛を贈っている。
お前、唯の飼い犬ドラゴンじゃなかったんだな。ホロビノ。
……さて、ふざけるのはコレくらいにして、さっさと敵を片付けるか。
俺は、ホロビノ以上の圧力を発している敵に向かって、グラムを突きつけ言葉を投げつけた。
「おい、散々好き放題やってくれたみたいだな。覚悟は良いか?」
「え?そんな、こんな緊迫した空気なのに、僕に告白をするのかい?ドキドキするね!」
「そんなわけねぇだろ!!」
「だよねー。はー、もういいや。セフィナ、帰るよー」
ふざけんな!緊迫した空気をブチ壊すんじゃねえよ!
思わず斬り掛りそうになったが、そんな雑な攻撃が当たる敵ではない。
さっきの不意を突いた終焉銀河核ですら、白い敵は完全に回避している。
勢いで速攻で片付けるとか言ったものの、実際はリリンとホロビノと協力しての決戦となるはずだった。
俺が現れた瞬間に、リリンはサポートに回るべく魔法の準備に入っている。
ホロビノも傷ついた右腕を魔法陣に突き刺し治療を行ったし、戦闘意欲は高い。
だがしかし、敵側にやる気が感じられない。
白い敵は、まるで慣れ親しんだ友人の家から帰宅する様な気軽さで、手を叩いてセフィナを呼んだ。
そして、今まで空間に隠れていたセフィナが、白い敵の真横に出現。
泣き腫らした瞳を落して、うつむいて地面を見ている。
「あらら。泣いてるじゃないか。どうしたんだい?誰にやられた?」
「……ぐすっ。おねーちゃん……」
「というわけで、僕の可愛いセフィナが泣いてるんでね。帰らせて貰うよ」
まるで俺達が悪いみたいなその言い方に、俺の感情が湧き上がる。
それは勿論、怒りだ。
当然、この瞬間にもその怒りを乗せてグラムを叩きつけてやりたい衝動にかられているが、俺は我慢した。
その役は、俺の何万倍もの怒りを抱いているであろうリリンのもの。
勝算度外視で突っ込むであろうリリンを勝利へ導くことこそが、俺の役目だ。
そして、怒りに燃えるリリンの言葉が放たれた。
「ふざけるな。その汚い手で、セフィナに、触るな。」
「セフィナを泣かしたキミに言われたくないねぇ。まったく、僕の可愛いセフィナをこんなに怖がらせるなんて、リリンサは本当に悪いおねーちゃんだ」
「セフィナはお前のものじゃない!!!!今すぐ返せ!!」
「おっと、こんな可愛らしい娘をモノ扱いとはねえ。やれやれ……これじゃあ、セフィナにも愛想を尽かされているんじゃないかな?どうだいセフィナ?大好きなおねーちゃんに言いたいことがあるだろう?」
白い敵は、絶妙な声色でリリンの怒りを煽り、セフィナの感情を揺さぶっている。
何をセフィナに言わせたいのか知らねえが、どんな事を言われようともリリンがセフィナを嫌いになることなんてあり得ないから無駄だ。
やがて、白い敵に誘導されたセフィナは、涙で腫れた目をリリンへ向けて、幼い感情を叫んだ。
「……が悪いんだもん」
「せ、セフィナ……?」
「おねーちゃんが、ぐすっ……悪いんだもんっ!ずっとずっと探して、一生懸命に探してやっと見つけた『ゆーにぃ』と、早く結婚しないおねーちゃんが悪いんだもんっ!」
「……え。あ……まって」
「せっかく神様が、『ユニクルフィンさんと結婚して幸せになってね』って神託をくれたのに、いつまでもモタモタしてるおねーちゃんが悪いんだもん!私は、ぐすっ……。私は悪くないんだもん!!」
「やめ、い、言わないで……」
「私だって、ぐすっ。ホントは嫌だったんだもんっ!ホントは、おねーちゃんの結婚を祝ってあげたかったんだもんっ!おめでとうって言いたかったんだもんっ!なのにおねーちゃんがグズグズしてるから、神様の気持ちが変わっちゃったんだもん!おねーちゃんが悪いんだもんっ。あんなに怒らなくてもいいんだもん……。ぐすっ、ぐすっ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!」
「あ、あう……」
……。
…………。
………………うん?どういう事だ?
リリンと俺が結婚?
神がくれた信託は『ユニクルフィンとこの世界を旅し、いずれくる世界の厄災に備えよ』だろ?
なんか、ものすっごく間違ってるんだが。
これは恐らく、セフィナ一人が真実を知らず、あの白い敵に騙されているパターンだな?
そう思いながらも、俺はリリンに確認の視線を向けた。
直ぐにリリンが頷きを返してくれて、俺の疑惑を肯定してくれる。そう信じて向けた視線が捕らえたのは……。
「……リリン?」
「あうあうあうあうあうあうあう……。」
……。
顔面蒼白で、挙動不審にうろたえまくってるリリンの姿。
視線は定まらず、まるで、重大な機密が漏洩してしまったかのような雰囲気を感じるものだ。
……。
あれ……?なんか妙だな?
セフィナが泣いているのは良いとしても、何でリリンまで涙目なんだ?
なぜ、揺らいだ瞳で俺を見てくる?
もしやこれは……。
俺一人が真実を知らないパターン……なのか?
困惑している俺達をよそに、白い敵だけが平常運転でセフィナを慰めている。
明らかに何かを知っているはずだが、リリンが俺の袖を掴んで首を横に振っているので聞く事も出来ない。
え。なんだこれ?
状況が飲み込めないんだけど。
「よしよし。よく頑張ったねセフィナ。ほら見てごらん。キミの気持ちを聞いてリリンサも絶句しているよ。本当にいい叫びだったね。もう一度言うよ。よしよし」
「ぐっすっ……えっぐ……。お”ね”ーじゃんが……えっぐ。ひっく……あんなに怒らなぐでも……ぐすっ。ぐすぅ……」
「うんうん。悪いのはリリンサおねーちゃんの方さ。どうだい?リリンサの妹をやめて僕の妹にならないかい?」
「えっぐ。……やだ……。リリンサおねーちゃんの妹が良いんだもん……」
「うわー見事にフラれたねぇ。……本日2度目なんだけど。失恋だねぇ、悲しいねぇ」
うん。あっちはあっちで事態の収拾を図ってるっぽい。
涙目な二人を見ていると、流石姉妹と言いたくなるほどそっくりだ。
で、リリンとは今日の出来事についてしっかり話をしなくちゃいけないと思っていたが、どうやら、もう一波乱ありそうな雰囲気だ。
マジで俺の知らないことが多すぎる!
グラムで頭を叩いたら、記憶とか取り戻せたりしないか!?
えぇい!しっかりしろ俺!
「というわけで、大変に心が傷付いている僕たちは家に帰るとするよ。その内また来るから、せいぜい強くなっておくことだね。特にリリンサ、キミ一人で僕と戦えるくらいにはなって欲しいもんだ。それじゃ、まったねぇ~!」
「おい!待ちやがれッ!!」
いや、なに普通に帰ろうとしてんだよ!!させるかッ!!
白い敵は瞬時に空間を引き裂いて転移陣を作ると、先にセフィナを押し込んだ。
だが、転移陣が閉じる前なら連れ戻すことは可能だ。
俺は白い敵に向かって突撃を仕掛け――。
白い敵は張り詰めた声で、恐るべき言葉を口にした。
「今だやれっ!ゴモラッ!!」
「何ッ!!」
ちくしょう!!大事な所で出てくるんじゃねえよ、ニセタヌキィイイイイイイイッッッッッ!!
背後から迫っているであろう一撃に備える為に、速攻で振り返る。
そして、そこには、リリンとホロビノしかいなかった。
「……こんな古典的な手に引っ掛かるとか。キミは脳味噌を鍛えておいた方が良いねぇ」
「ちくしょおおおおおおおおお!!」
空間に消えていく白い敵。
その顔は仮面越しにも関わらず、満面の笑顔だというのが充分に分かった。
そして、必死になって手を伸ばすも、後一歩の所で転移陣は閉じて消えた。
俺の前を虚しく木の葉が舞ってゆく。
手に掴めたものは、リリンが放つ重い沈黙だけだった。




