第98話「英雄見習いVSリリンサ」
「言ったはずだよ。キミと僕じゃ、強さの桁が違うってね。さぁせっかくだ。英雄見習いたる僕の力、キミとの間に有る途方もない力量差を体験してくれたまえ」
荘厳に、優雅に、悪びれるでもなく淡々と……白い敵はリリンサへ事実を告げた。
―レベル99999―
それは、全ての生物に定められし限界値。
そしてそれを超越するなど、あってはならないイレギュラーだ。
『皇種』という例外を除き、その領域に踏み込んだ者が存在するなど、リリンサは知らない。
だが、現実として、この白い敵はレベルが100000に達している。
リリンサは、色んな出来事が一度に起こり過ぎて、自分の目と頭がおかしくなったのかと思った。
……いや、そうであって欲しいと必死に願い……。
白い敵は、あっけなくそれを否定した。
「何度見たって、どんな手段で確認しようと、どれだけ目をこすろうとも、このレベルは不変で不動だよ。リリンサ」
「なにが……何が起こっているの?レベルの上限は99999。これは神が定めた絶対の真理のはず……」
「確かに、皇種になる以外に6桁目のレベル表示を手に入れる手段はない……と、されている。一般的にはね」
「それは……私の知識が間違っているというの?」
「そうさ。確かに、神が最初に定めたレベルの限界値は99999だった。……だけど人類は進化を果たした。皇種という絶対強者に抗う為に、あらゆる方法を研究し、研鑽し、やがて神の理すらも超えたんだ。それこそが『英雄』、別名……『超越者』さ」
初めて聞く事実だったが、リリンサの体の震えは止まらない。
言葉を聞いたことによる理性が、そうさせているのではない。
……本能が理解してしまったのだ。
語られている言葉は全て事実であり、目の前に居る害敵は、リリンサとはまるで格が違う存在だということを。
リリンサの沸騰していた意識は急激に冷え固まり、どこまでも闇が広がる水面の様に静まりかえっている。
そして、その意識はすべて、敵の言葉を飲み込む事だけに費やされていく。
「『英雄』、そして『超越者』。言葉こそ違えど、これらは同じ存在なんだ。ただ、人間かそうでないかで呼称を分けているだけに過ぎない。簡単に言うと、レベル100000を超えた者の事を『超越者』と呼び、その超越者が人間だった場合のみ『英雄』と呼ぶ」
「人間は英雄で、それ以外は超越者……。それはつまり、皇種以外にも化物がいるということ……?」
「察しが良いね。んで、基本的に名高い眷皇種は大体が超越者に該当する。アイツらは巧妙に正体を隠しているんだが……案外、キミの身近にもいるかもねぇ」
「私の身近にもいる……?」
「いるねぇ。具体的に言うと3匹くらいいるねぇぇ!……で、僕はその領域に踏み込もうとしている訳だ。どうだい?すごいだろう?」
リリンサは与えられた情報を精査し、答えを導き出してゆく。
皇種並みの化物が、3匹も身近に潜んでいる。
それを聞いてリリンサが真っ先に思い浮かべたのは、二匹のタヌキの姿だ。
冥王竜を超える風格を纏っていたソドムとゴモラは、間違いなくこの超越者だろうとリリンサの直感は判断したのだ。
しかし、最後の一匹が分からない。
もしかしてアルカディア?と考えるも、何かが物足りないと感じ確定にならなかった。
様々な可能性を吟味して行くが、明確な答えが得られないまま話は流れて行く。
「そんな訳で、僕とキミには途方も無い差がある。それでだ……認めたまえよ、リリンサ。キミにはユニクルフィンの隣に立つ資格がないと」
「どうしてそれと話が繋がる?それではまるで、ユニクが……」
「名乗ったはずだよ。僕も、そして過去のユニクルフィンも、自らの事を『英雄見習い』だと」
「それ……は……」
「信じたくないんだね。だからこそ、この僕が言いきってやるよ。ユニクルフィンは『超越者』だ」
それは、リリンサの価値観を根底から揺るがす言葉だった。
5年もの長い間、一つの可能性として考え続けていた可能性。
英雄の息子、ユニクルフィン。
想い焦がれ続けた存在が、どれだけ手を伸ばそうとも届かない存在という可能性は、ずっとリリンサの心に刺さっていた棘だった。
……ユニクは、私とは住む世界が違うというの……?
どれだけ頑張っても失敗ばかりの私は、遥か高みに居るユニクの隣には居てはいけない……?
そんな……そんな事を、今更、言われたって……。
リリンサは再び困惑の渦に捕らわれた。
それは、ヒビの入った心で耐えられるものではなく。
やがて、砕けた心は表情まで破顔させ、雫となって地面へ落ちる。
「どうしたらいいの……?どうすれば……ユニクと一緒にいられるの……?やだよ、やだ……置いてかないで、ユニク……」
「おや?僕と戦う前に、戦意を喪失してしまったのかい?」
「ひっく……。ぐす。やだ……やだ……やだ……」
「やれやれ。こりゃあホントに情けないねぇ。やっぱり、キミの代わりにセフィナを育てて正解だったようだ」
「……え?」
「ユニクルフィンは定められた運命によって、これから様々な強者と戦うだろう。だが、それは一人では成し得ない事さ。だからこそ神はパートナーとして……キミを選んだ」
「神が、私を選んだ?」
「そうだ。そして、僕はそれが気にいらなかった。実際、どれだけ内に秘めた力があろうとキミは弱く、英雄の資格を持つに至っていない。だから僕は、キミからユニクルフィンを奪いに来たんだ」
「私から、ぐすっ、ユニクを奪う……?それは、私が英雄見習いじゃないから……?」
「そうさ。そして、英雄見習いになれる可能性があるのはキミだけじゃない。例えばキミの妹はとても優秀だよ。だからキミは安心して全てを投げ出すと良いよ。後は僕達がやっとくからさ」
リリンサは必死になって思考を巡らす。
そして、とある結論を出した。
それはリリンサにとっては縋るべき一縷の光であり、敵の白い女にとっては予定調和。
敵対する二人が共に欲する未来を、リリンサは声に出す。
「だめ……ユニクの隣にいるのは私……誰にも、譲らない」
「口ではなんとでも言えるさ。で、キミは何をどうしたいんだい?」
「あなたは言った。『私は英雄の資格を持つに至っていない』と、それはつまり、英雄の資格を得る可能性があったということ」
「うんうん。それで?」
「可能性があるのなら……。それがどれだけ低くとも、希望があるのなら私は最後まで諦めない。だから……」
「だから?」
「ここでお前を倒す。そして、お前が持っているものを奪い尽くしてやる。……セフィナやメナファス、英雄の資格、そしてユニクも、すべて全部、根こそぎ奪い尽くしてやる!!」
「おーう。魔王が三つも出ていると、そういう答えになるんだねぇ。……ま、悪くない答えだ」
リリンサの心はバラバラに砕けて散らばっていた。
そして、最も大切なものを拾い上げて、心を再構築したのだ。
やがて出来上がった心が映しているのは、三つの感情。
『恋愛』『親愛』『友愛』。
ユニクルフィンと、セフィナと、メナファス。
これら三つを手に入れる為、リリンサは残りの全てを捨てた。
自分の安全ですらも投げ捨てて、リリンサは害敵を睨みつける。
「どれだけ私とお前に差があろうとも、逃げも隠れもしない。絶対にセフィナとメナファスを取り返す。ユニクも渡さない!」
「へぇー。それじゃ、やってみな」
決別の言葉を皮きりに、二人は動きだした。
一定の距離を保ちつつ並走し、先に一手目を仕掛けたのは……リリンサだった。
英雄見習いだと、アイツは言った。
だからアイツは、あくまでも『見習い』であって、英雄ではない。
それに、心の奥から湧き上がる直感によると、まだ勝ち目はあるように思える。
共鳴中の魔王シリーズの能力を完全に開放して、全て完璧に行えれば……。
そしてリリンサは、魔王に命令を下した。
「《悪なる私が命じる。右手を守とし、左手を攻とせよ。そして心なる目で全てを見通せ!!》」
蠢き脈動する右腕。
輝き昂ぶる左腕。
そして、鎧の中心に輝く心臓が、赤く煌めいた。
リリンサが下した命令は、魔王の右腕で敵の全ての攻撃を無効化し、魔導師本来の武器である杖を攻めに使うというものだ。
魔王の右腕には『下した命令を忠実に行う』という魔導規律陣が刻まれている。
そしてそれは、『攻める』という能動的行為よりも『守る』という受動的行為の方が、より確実に求めた結果を出してくれるのだ。
リリンサへ向けられた攻撃に対し、自動で防御が働く。
必要に応じて迎撃と回避、場合によっては防御魔法までも駆使し、あらゆる手段を無効化する魔王の盾がここに顕現した。
さらに、攻撃を行う魔王の左腕には、魔法をサポートする特殊な機能が付いている。
敵の弱点を自動で識別する『解析機能』と、魔法を内部に溜めておくことが出来る『保持機能』。
解析機能は敵の弱点を露見させ、リリンサが扱える全ての魔法を一撃必殺の威力へと高めてくれる。
そして保持機能は、詠唱という時間的制約を取り払い、いつでも好きなタイミングで魔法を放つ事を可能とするのだ。
まさに、最強の矛と盾。
二つの暴虐を従者とし、リリンサは敵へ走り寄る。
「《 五十重奏魔法連・超高層雷放電!》」
「そんな低ランクの魔法なんて効くわけないだろう《滅せよ。邪魔の矢》」
リリンサが魔王の右腕を突き出した瞬間、空を切り裂いて40発の雷光が轟いた。
しかし、それらはまるで実体のない雷鳴だったとでも言うように、何も成す事が出来ずに消滅してしまった。
白い敵が放った一本の矢が閃光に触れた瞬間、まるで砂に書いた文字を手で掻き消したように、その後には何も残らなかった。
相殺されたというよりも、魔法の存在そのものを取り消したかのような挙動に、思わずリリンサは舌打ちを漏らす。
ち。やはり、魔法無効化手段を備えている。
従者的立ち位置のセフィナでさえ、星の対消滅とメルクリウスの二段構えだった。
なら、もっと完璧な魔法無効化手段を使われたとしても不思議じゃない。
だったら……!
「《魔導書の閲覧!》」
「ふむふむ。魔法無効化を警戒しているんだね?確かに魔導書を通して魔法を使用する場合、星の対消滅での妨害は行えない。だけどさ、いちいち魔導書を手に取っている時間なんてあるのかい?」
「……だからこうする!《私の神経と魔導書を魔王の心臓核を通して接続。さらに右腕および左腕とも接続》」
「随分と無茶をするもんだね。それのコントロールに失敗したら、体中の神経が傷ついてしまうというのに」
「《大規模個人魔導・絶対魔皇空間!》」




