第97話「ユニクルフィンVSメナファスファント」
「オレを転がすってか。くく、剣を構えろ。ユニクルフィン」
「……いいんだな?メナファス。手加減をするつもりはねえぞ?」
「んだよ。女々しいことをいつまでも言うんじゃねえ。オレはお前と戦いたくてこっち側についたってのものあるんだぜ」
「なんだと?」
「最近じゃ、手ごたえのある奴がいなくてよー。生きる意味って奴を実感したいと思ってな」
「……昨日リリンに負けてたじゃねえか。そういう寝言は名実ともに『無敵』になってから言えよ」
「おう、案外、口が悪いじゃねえか」
「これでも、心無き魔人達の統括者の一員だからな。悪いが、手加減なんてしている場合じゃねえ。だから……無傷って訳にはいけねえぞ!」
立ち塞がったメナファスに対し、俺が取る戦略は至ってシンプルだ。
『メナファスを圧倒し、敗北させる』
これで十分なはずであり、命を奪う必要はない。
メナファスは、俺達と完全に敵対しているわけではない。
敵と一緒にいるには俺達を襲うのが自然だというだけのはずで、それはつまり、理由さえあれば俺達を襲ってこないという事でもある。
だからこそ、『俺に敗北し、傷を負った』という、敵に加勢出来なかった理由を用意してやれば追撃はしてこないはずだ。
狙うのは、目立つ傷を負わせ血を流させること。
見た目で分かりやすく怪我を負っていれば、敵から問い詰められる事もないだろうしな。
もっとも、そこに至るまでの道のりは困難だ。
メナファスの戦闘力は、大悪魔級。
手加減して戦える相手ではなく、全力で行かなければならない。
必要なのは、高速で迫る弾丸に対応する反応速度だ。
俺はグラムに循環させている魔力を体の神経に流し込み、活性化。
惑星重力制御の応用技。『肉体重力制御』。
体中の筋肉を星の重力と反発させ、筋肉の挙動を超えた加減速を可能にする技だ。
走り出した俺の速度は、まさに光速。
残像すらも置き去りにして、メナファスの前に辿り着く。
「おっと、速いなぁユニクルフィン。普通に戦ったんじゃ、こりゃあ、勝ち目がまるでないぜ!」
「だったらそこで寝てろ!《重力破……!》」
「気をつけろ。そこは地雷があるぜ!」
右足を踏みこみ、グラムを振りかざす。
後は振り下ろせば決着という瞬間、足元から吹き上がる熱を受け、俺は後ろに吹き飛ばされた。
発せられた熱の殆どをグラムで吸収したことにより、俺の体は無傷だ。
ただしそれはメナファスにも言える事であり、変化があったのは俺達の距離だけ。
メナファスとの距離は15m程となり、仕掛ける前よりも離れてしまった。
「地雷を仕掛けてやがったか。いつのまに……」
「馬鹿言えよ。戦場をここに指定したのはこのオレだぜ?罠の一つや二つ仕掛けておくに決まってんだろー?」
「ち。そう言えばそうだったな。つくづく食えない性格してるぜ。流石に大悪魔を名乗ってるだけはある」
「お褒めに預かり光栄だぜ。お前は強いし、だからこそ警戒してるんだからよ。……だがな、『戦場』の渡り方に関しちゃオレの方が上手だ。さ、打ち破って見せろよ、オレの戦場を《大規模個人魔導・戦争依存地帯》」
メナファスの瞳が輝き、状況を判断する厄介な光を灯した。
多彩な武器と攻撃方法を持つメナファスは、正確な現状把握が出来るだけで相当な武器となる。
恐らく、この場には数えきれないほどの罠や武器が仕掛けられ、周囲360度が敵に囲まれている状況に等しいだろう。
そんな状態で俺が取れる手段は、この環境の無差別破壊を行い、片っ端からメナファスの戦略をぶっ壊していくしかない。
だが、それは容易なことじゃない。
罠や武器の破壊不全は『死』と同意義であり、たった一丁の短銃でさえ、壊し漏らす事は許されない。
壊し漏らせば、安全と思っていた方向から攻撃を受ける事になる。
一度そんな状態に陥れば、例え殲滅したはずの方向であっても注意せずにはいられず、ゆくゆくはジリ貧となって敗北する。
ちっ!面倒な状況だが、確実にやるしかない。
俺は分かりやすくするために、前後左右の四方向にグラムの剣撃を放った。
地面が抉れ、俺を中心に舞台は四分割となる。
俺は無作為に選んだ右前方に向かい走り出した。
隠されたメナファスの腕を抹殺する為に。
「まずは仕掛けられた武器をぶっ壊す!」
「真っ直ぐな突進?ハチの巣にされたいのか?《千弾発射》」
「それはどうだかな!?《重力流星群!》」
ハチの巣?はっ!ごめんだぜ!!
俺は上空に引力を持つ星を形成。
指定対象は、グラムと俺の装備品を除く『金属』だ。
弾丸は当然ながら、金属で出来ている。
いくら火薬を使って前に飛ばそうとも、それ以上の引力で引き上げれば俺には届かない。
俺が用意した銃撃無効化手段は成功し、発射された数千発の弾丸全てが上空へと向かった。
スダダダダという金属の弾ける音と、砕けた金属が凝縮されていく音。
重力流星群は瞬く間に弾丸の衣を纏い、鋼鉄の星となって太陽の光に照らされ光る。
メナファスの苦々しい顔が、よく見えるぜ!
そして視界を切り替えれば、発射後の銃からは硝煙が漏れ出ているのが見えた。
位置さえ分かれば、こっちのもんだ。
グラムの刀身に魔力を通わせ、水平に振り抜く。
「《重力衝撃波!》」
破壊の力を乗せた空を飛ぶ斬撃は、草木に紛れて巧妙に隠されていた自動小銃の群れに直撃。
バラバラになった金属と弾丸が、重力流星群の引力に引かれ上空へと舞い上がっていく。
今の一撃でどれくらいの重火器を破壊出来たか分からない。
だから、こんな程度で終わりにはしない。
徹底的に破壊をしなければ意味がないのだ。
空に出来上がった鋼鉄の星に、グラムの魔力を纏わせる。
そして、今度は地上へ放つのだ。
絶対破壊の魔力を秘めた、抗いがたき流星群を。
「《降れ、星屑》」
きらりと空気が弾け、光を纏う流星群が地上を削ぎ落してゆく。
空から射出された無数の散弾は、たったの一瞬で戦場の4分の一を蹂躙。
草木の一本すらも残っていない完全な荒野と成り果てた。
これで、地上に隠されていた武器はおろか、地下に埋められていた地雷などの罠も完全に破壊されたはずだ。
あと、4分の3。
直ぐに隣の地区へ視線を変更し……咄嗟に防御を行った。
「やるじゃねえかユニクルフィン!《魔弾連装・火山弾》」
飛来したのは灼熱の岩弾。
歪であり、大きさも様々なこの攻撃は明らかに魔法による攻撃だ。
魔導師数十人分に匹敵するであろう火山弾の雨が、俺の目指す場所から飛来した。
普通の人間が受ければ、人間の形を維持することすら難しいであろう攻撃。
だがな、こんな程度で覚醒グラムをどうにかしようとは、片腹痛いぜ。
迫りくる火山弾。
最も近い一つに刃を通しながら、進路と目標を見定める。
そして、一気に駆け抜けた。
「うおりゃああああ!」
後退も防御もしない。
目に映った物すべてを、グラムで叩き切れば済む事なのだから。
全ての火山弾を両断し飲み込みながら、それらをエネルギーとしてグラムの斬撃を飛ばし続ける。
一太刀につき十数mの蹂躙が繰り返され、あっという間に森は砂漠へと変貌し、これで4分の2は破壊された。
所々に混じった鋼鉄が、空に巻きあげられて――行かない。
起こるはずの事象が起こらない。
それは当然、何らかの形で妨害されているからだ。
「《第九守護天使弾!》」
激しい破壊音を鳴らし、空に存在していた鋼鉄の星が砕け散ってゆく。
メナファスの両手には、大型の機銃掃射銃が召喚されていた。
魔法を吸収する第九守護天使弾で重力流星群を貫いたのだろう。
そしてそのまま、機械と魔法の暴威は俺に向けられた。
喰らえばタダでは済まない。
そう、それは、喰らえばの話だ。
「《重力星の死滅》」
グラムに内蔵されている星を4つ解放し、俺の周囲を巡らせる。
そして、メナファスと左右の二方向から来る弾丸を逆に全て喰らい尽くし、駆け抜ける。
目指す場所は、メナファス自身だ。
「はっはぁ!真正面からこんにちわ!ってかぁ!!」
「あぁそうだ。小細工なしの近接戦闘だぜ!」
大振りなグラムと大型の銃器。
そんな特大の金属が激しくぶつかり合う音と衝撃は、森に似合わない破壊音だ。
一撃ごとにメナファスの機銃掃射銃は削れ、砕け、壊れていく。
一方でグラムは無傷。
その代わり、俺に額と背中には凄まじいほどの汗が噴き出していた。
メナファスは、遠距離攻撃に使用するはずの大型銃器を器用に扱い、近接戦闘を防ぎきっている。
厄介な事に、大型銃器は剣よりも分厚く、硬く、重い。
たとえ鋭き刃が付いていなくとも、一撃でもまともに受ければ戦闘不能になる事は確実であり、破壊しようにも、両断する前に巧みに受け流されてしまう。
結果、情勢は俺の方が有利だが、攻めきれないという状態になった。
これは不味い……。
何か打開策を見つけないと、このままじゃ……!
「体力が減ってんなァ!タヌキにセフィナにオレだもんなぁ!もう、あんまり長く持たねえだろ!!」
「くっ!んなことは、分かってんだよッ!!」
メナファスの隠し武器を制圧しないまま、近接戦闘に切り替えた理由。
それは、俺の体力の限界が近いことが分かったからだ。
実際、俺の体力はもう2割も残っていない。
ニセタヌキ戦から、俺はグラムを覚醒させっぱなしで、一度も体力回復を行っていない。
魔力だって、グラムの機能を使って誤魔化しちゃいるが、だいぶ消費しちまってる。
だが、引くわけにも降伏するわけにもいかない。
リリンが俺と一緒に居る為に頑張っているのに、先にやめるわけにはいかねえんだよッ!!
「《重力光崩壊!》」
魔力と気力を振り絞り、グラムの刀身に破壊の光を纏わせる。
そして一呼吸の内にメナファスの機銃掃射銃に刃を通した。
グラムが離脱すると同時に、内部から破壊の光が機銃掃射銃を突き破り、崩壊。
だが、それはメナファスの武器を二つ破壊したに過ぎない。
実際、もう既にメナファスの手には新しい武器が握られている。
「はっはぁ!《サモンウエポン=敵踊る弾奏!》」
「やっべぇ!」
「吹き飛べ。「《魔弾・静寂の夜想曲》」
「くぅ!」
俺の周囲を回らせていた重力星の死滅を引き寄せ、メナファスとの間に割り込ませた。
放たれた閃光は5発。
だが、重力星の死滅は4つしかない。
左肩に焼けるような痛みが走り、血飛沫が舞う。
閃光が俺の肩の肉を削ぎ、遥か後方へ消えてゆく。
確かな痛みと、失敗したという後悔。
……この感覚は、いつ以来だろうか。
更なる追撃を避ける為に、グラムの引力で俺の体を右側へ弾き飛ばす。
無理な回避運動のせいで、さらに血飛沫が噴き出した。
「痛ってぇ。傷を負っちまったか……。」
「そんくらいなら唾付けときゃ治るだろ?どうだ?降参するんなら、オレらのボスが癒してくれると思うぜ。きっとぺろぺろって舐めてくれるさ」
「……。やべぇ。絵面がタヌキで再生された。確実に致命傷に進化するだろうな。傷口が腐る!」
「お前、タヌキ好き過ぎだろ!!」
んなこと言ったって、脳内にチラつくんだからしょうがないだろ!!
ベッドに横たわる俺。
そして、傍らにはアホタヌキとニセタヌキとクソタヌキ。
コイツらは俺の事を散々笑った後、アホタヌキが持って来た怪しげな葉っぱを傷口に塗りたくってきやがった。
そして、タヌキパジャマを着たリリンが……ええい!タヌキが出過ぎて暑苦しい!!
今はタヌキと戯れている暇はねえんだよ!!
どうにかして、この窮地を……窮地……こんな窮地、前にもあった気がするな。
俺の中に封印されている記憶。
そうだ、たしか……傷を負った俺は、我を忘れてグラムを暴走させて……。
初めて、クソタヌキに一撃入れたんだったな。
「そうだ。剣は『線』での攻撃しか出来ない。だが、グラムはそんじょそこらの剣とは訳が違う。完全解放状態ならば星の重力すらも支配できる剣だ。だから……」
「何かするつもりか?その前に、気絶でもしてくれや《睡眠弾》」
世界最高の破壊力を誇り、神の器すら破壊可能とされる『神壊戦刃グラム』。
こと破壊に関しちゃ、この剣より上位に存在する物はない。
圧倒的破壊の力。それは、面での制圧。
俺はグラムの奥底に眠る破壊の衝動を呼び覚ました。
コントロール出来もしない、グラムの神髄を。
「《ひれ伏せ、万物よ……重力場暴走》」
大地が軋み、惑星重力が異常値を示した。
天空から叩きつけられるようなプレッシャーに、俺もメナファスも、空を切り裂いていた弾丸も、全てが同時に膝を折る。
今この空間では、通常の10倍の重力がのしかかっている。
俺達の肩に掛る重さは、それぞれ500kg以上だ。
「ちぃ。こんな空間じゃ、弾丸も真っ直ぐ飛ばねえか……。」
「立てよ、メナファス……。決着と行こうぜ」
だが、俺は直ぐに立ち上がる事が出来た。
理屈じゃない。これは……気力だ。
「くくく、決着か?良いぜ。……良いんだがよ、何でそんなに頑張れるんだ?お前はリリンに言われて旅をしているだけだろ?ぶっちゃけて言えば、巻き込まれただけじゃねえか」
「今更理由なんて関係ないんだよ。俺はリリンと一緒に居たい。そんだけだ」
「くはは……。いいなぁ。それ……。揺るがない信念って奴か……。オレが持ってないもんだ……」
同じだけの重力を叩きつけられている中でも俺は立ち上がり、メナファスは立ち上がれなかった。
メナファスは、叩きつけられている重力に抗おうと、必死に腕を突き立てて耐えているだけだ。
俺達の間に有る差が何なのか、それは分からない。
だが、少なくとも気持ちだけは、絶対に負けてないぜ。
メナファスは防御を行う事も出来ず、遠距離からの弾丸も俺に届かない。
勝負は決した。
そして、甘い詰めが許される程、余裕がある状況でもない。
俺は突き出されているメナファスの両腕にグラムの刃を当てがった
腕の内側、筋肉繊維が束なっている腱を断ち切り両腕の機能を奪う。
そして、メナファスはあっけなく崩れ落ち、重力の檻に込められた。
せめてもの情けだ。
グラムの先端を使い、仰向けの体勢に変えてやる。
「くくく……。他の女に優しくしてるとリリンに泣かれちまうぞ……?」
「出血している状況で酸欠にでもなったら、死んじまうだろ?」
「死んじまってもいい……って言ったら、どうする?」
「は?」
「もともと、オレは根なし草だ。何処かにフラフラ飛んで行って、いつの間にか消えてなくなる。そんな奴だよ。決して、何かを残せるような奴じゃねえ。オレは一つの信念を貫ける、お前やリリン、ワルトナとは違う……」
「馬鹿言えよ。人間なんて誰だって根なし草だろ。その場の都合に合わせて生きて、いつも後悔しながら、それでもきっと最後には報われる。そう信じて空を飛ぶんだ」
「くくく、英雄様は言う事が違うな……。そうか、誰だって同じなのか……。失敗してもいいのか……」
「失敗していい事なんてねえぞ。俺が言いたいのは、失敗のままにしておくなって事だ。死んじまったらやり直すチャンスはない。そこで全て終わりなんだ」
「死んだら終りか……。じゃあよ、死にたくねえからオレのポーチに入ってるもんを取ってくれよ」
……時間がねえってのに、何を言ってんだ。この大悪魔さんは。
つーか、瀕死の敵が欲しがるもんって回復薬なんじゃねえの?
そんなもん、誰が飲ますかッ!!
メナファスはヘラヘラと薄く笑っている。
どう見ても、俺で遊んでやがるな。
こんだけ元気なら、回復薬とかいらねえだろ。
……あ。むしろ、俺が飲んだらいいんじゃね?
よし。それで行こう。
この際、泥棒と罵られようとも関係ねぇ。
そしてゴソゴソとメナファスのポーチを漁る俺。
こんな時、リリンなら速攻で漁り終えるんだろうが、俺は大悪魔初心者なので手際が悪い。
ひと苦労しつつ、順番にファスナーを開いていくと、液体の入った缶を見つけた。
それ以外には薬らしきものは見つからず、必然的にこれがメナファスの言っていた物だという事が確定。
……おう。これはどう見てもビール。
もう一度言うぜ。
これは、ビールだ。
「ふざけんな!そんな状態で求めたのが酒!?」
「くくく。おう酒だぜ。オレに取っちゃなぁ、これほどの回復薬はねぇってもんよ。ほら、飲ませてくれよー」
「ちくしょう!どこまでも馬鹿にしやがって!!飲め!飲んで血の周りが速くなってしまえ!!」
「んぐんぐ……あー、ぬるいがうめえなぁこの酒。どうだ?お前も一口」
「いらねえよッ!!」
あまりにも苛立ったので、ビールの缶を地面に叩きつけてやった。
ちくしょうめ!後々の事を考えて恩を売っとこうとした俺がバカだった!!
「あーあ。もったいねぇなぁ」
「メナファス、しばらくそうしてろ。どうせ俺達を追って来るつもりもねえんだろ?」
「ないない。酔っ払いは高みの見物をしてるつもりだぜー」
「元気いっぱいじゃねえか……。これなら放っておいても死ぬことはねえな」
まったく、調子が狂うぜ。
だがこれで残る敵は一人。
いや、セフィナが見当たらない。リリンの所に向かったのか?
あれだけ至近距離で魔王の波動を叩きつけられたんだし、しばらく放心状態になると思ったんだが、案外タフだな。
俺は森の奥深くへ視線を向けた。
響いてくる破壊の音を聞く限り、まだ決着はついていないはずだ。
今行くぜ、リリン。




