第89話「カツテナキ窮地、タヌキ帝王・ゴモラ!!」
渾身の殺意を込めて茂みへ石を投げたら、アルカディアさんが出てきた。
ちょっと、意味が分からない。
石が当たらなかった事に安堵しつつも、とりあえず謝罪し、状況の確認を急ぐ。
妙な闖入者にタヌキ帝王が様子見している今なら、少しくらい会話が出来るはずだ。
俺は手短に用件を伝える為、単刀直入に本題に入った。
「なんでそこに居るのかは、あえて聞かない。それよりもアルカディアさん、頼む、一緒に戦ってくれ!」
今は一分一秒の時間が惜しい状況であり、戦闘に関係ない事は後に回すべきだ。
それに、アルカディアさんがここにいる理由は予想が付いている。
アルカディアさんは、訓練をする為に俺達と別れた。
なら、考えられる答えは一つしかない。
『人気のないこの場所で、英雄ユルドルードと訓練をする』
状況から考えれば、そうとしか考えられない。
いくらアルカディアさんが町に不慣れだと言っても、目的も無くこんな場所に来るはずもない。
敵という可能性も消えており、訓練の予定があるんだから、町を散歩していて偶然ここに来たという事も無いだろう。
ならば、近くに親父がいるはずだ。
例え全裸であろうとも、英雄なんていう大層な肩書きが付いているんだし、タヌキ帝王にだって勝てるだろう。
で、アルカディアさんに応援を要請したのも、そっちの方向に話を持っていくためだ。
親父は『英雄』であり、人類の希望。
タヌキは『帝王』であり、人類の絶望。
相反する者……光と闇、いや、肌色と茶色は、絶対に相容れない関係だ。
だからこそ、俺が助けを求めれば、応援に来てくれるかもしれない。
再会したいとは思ったが、まさか、ピンチに駆けつけてくれるとはな。
さすが、英雄を名乗っているだけの事はある。
俺は親父の凄さを肌で感じながらも、アルカディアさんの返答を待つ。
そして、アルカディアさんは身震いしながらこう言った。
「無理!……怖いから、絶対無理だし!!」
「え?あ、いや、タヌキ帝王は確かに怖いけどさ……。そこを何とかならない?」
「無理!私が参戦したって、瞬殺されるし!!毛並みだって、全部むしり取られるし!!」
「まぁ、無理強いは良くないよな。じゃあさ……」
アルカディアさんは、必死になって拒絶している。
その表情はまったく余裕が見当たらず、本気で嫌そうだ。
うんそれで、必死になって尻を抑えているのは、何でなのかな?
それはむしった方が良いと思……おっといけない。この記憶は封印したんだった。
それよりも、ニセタヌキをブチ転がす方が先だ。
俺は、胸一杯に空気を吸い込み、恥ずかしげも無く叫んだ。
「近くで見てるんだろ、親父ぃ!すまんが、助けてくれッ!!」
命に危険があるこの状況では、恥も外聞の無い。
第一、リリンだって敵と戦っているこの状況で、使える戦力を使わずにいるなんて愚か者の行為だ。
さぁ、感動の再会と行こうぜ、親父。
今出てくるなら、終焉銀河核は撃ち込まないでやるからさ!
そして、10秒の時間が過ぎた。
「……。聞いてるんだろ?親父?なぁ、息子が困ってるんだよ!タヌキ帝王に襲われているんだ!助けてくれ!!」
「……。」
「……敬語か?敬語でお願いすればいいのか。親父?……済みませんが、タヌキ帝王に襲われて大変なんです。申し訳ございませんが、助けていただけませんか?」
「……。」
「おい!こんだけ頼んでもダメなのかよ!?……良いから出て来いって言ってんだよ!親父ぃいい!!」
「……。」
ふざけんなよ!英雄全裸親父!!
どういう事情があるのか知らないが、息子が困っている時に助けてくれるのが、親父ってもんだろうが!
普通の動物程度なら出てこなくても良いと思うが、相手は『勝利する手段無き絶望・タヌキ帝王』だぞ!?
なら、颯爽と駆けつけてカッコいい所を見せてくれるのが、英雄ってもんだろ!?
だが、さらに1分ほど待っても、親父が姿を現す気配がなかった。
どうやら、自主的に出てくるつもりはないらしい。
……こうなったら、どんな手を使ってでも、引きずり出してやるぜ!
「アルカディアさん、親父はそこにいるんだろ?ちょっと連れて来て欲しいんだが」
「え、英雄のおじさまなんて誰の事!?し、知らないし!う”ぎるあん!」
「しっかりと英雄って言ってるじゃねえか。今更、隠しても遅いぞ、もう気が付いてるからな」
「う”ぃぎるあ!?何でバレた!?」
「やっぱりか。ほら、茶番は良いから、早く呼んでくれ!ニセタヌキが動きだす前に!!」
「バレてた。う”ぎるあ……」
俺が気が付いている事を告げると、アルカディアさんは観念したように、「まぁ、こっちはバレてもいいや」と呟いた。
地味に、アルカディアさんが親父の弟子である事が確定したわけだが、今はニセタヌキを葬るのが先だ。
俺の追及を受けたアルカディアさんはしばらく考えた後、そして、あっけなく言い放った。
「いないよ?」
「は?」
「だから、おじさまはここにいない。疲れた心を癒す為、温泉に行ったし!」
「何で居ないんだよ、親父ぃいいいいい!!」
ふざけんなよ!親父!!
実の息子が、人類の絶望と対峙してるんだから、助けに来るのが道理だろうがッ!!
というか、アルカディアさんに訓練を施すって話だっただろ!?
温泉に癒されに行ってるんじゃねえよ!
つーか、働けよ、英雄ッ!!
人類と俺に凄まじいストレスを与えてくるタヌキ帝王を倒すのが、英雄の仕事だろうが!!
「アルカディアさん、一つ聞かせてくれ。訓練をするって話はどこに行った?」
「訓練?あ、それは……。うん、うん。面白い見世物があるから、中止だって」
アルカディアさんは視線を茂みの中に落し、そう言った。
表情こそ見えないが、落ち込んでいるようにも見える。
ふざけんなよ、親父。
育てている弟子を放っておいて、面白い見世物を見るために、温泉に行っただと?
俺の中で、親父の尊厳が大暴落。
この世で最も尊敬とは程遠い人物第一位に、親父が君臨する事になった。
・全裸を全世界に公開し、ドヤ顔。
・実の息子を辺境の村に預けて、育児放棄。
・数年の間、行方不明で、英雄としての活動も報告されていない。
・そして、弟子のアルカディアさんに、古いパンツプレイを強要。
・しかも、自ら訓練を付けると言っておきながら、一人で温泉に行くという身勝手さ。
話を纏めると、『英雄ユルドルードは、世界に公開する程に全裸好きであり、脱いだパンツを年頃の女の子に履かせている。なお、実の息子には興味が無いらしく、ほったらかしである』となるわけだ。
……どう考えても、ただのヤバい変態親父なんだが?
温泉で、皇種にでも襲われてしまえ!!
だが、全裸でも対応しそうだな。……ちくしょう。
「こんなのが人類の希望だってのかよ……。大丈夫か、世界……。ん?」
「ヴィーギルムーン?」
「なんだよニセタヌキ。あっちいってろ。しっし!」
「……。《真・タヌキ裂爪!》」
「うおおおおお!?危ねええええ!!」
ちぃ!『ニセタヌキが様子見している間に戦力増強作戦』、失敗だ!!
ニセタヌキが一匹だけで俺の足元に近寄り、戦いの催促をしてきた。
俺は、あえてボケ倒して、戦略を練る時間を稼ごうとした。
だが、ニセタヌキは完全に見破っていたようで、鋭い爪で斬り掛ってきやがったのだ。
そして、周囲に点在している24匹のタヌキが、一斉に行動を開始。
超高速で駆け始め、鋭い爪を突き出しながら、俺の命に狙いを定めている。
「くぅ!さっきまでは俺が優勢だったんだ。調子に乗るなよ、ニセタヌキィィ!」
「ヴィィギルムーン!」
音速を超えた、剣と爪の乱舞。
叩きつけられるニセタヌキの爪は信じられないほど堅く、グラムの絶対破壊能力を以てしても、そう簡単に壊す事が出来なかった。
流石は、神じゃない?と疑われているタヌキの配下。
どこぞの黒トカゲの爪なんかとは、格が違う。
激しい攻防は一進一退。
そんな中、ニセタヌキの爪が頬をかすり、衝撃が脳に響く。
第九守護天使を掛けているはずなのに、感じた衝撃は凄まじいの一言だった。
生身で受けたら、一撃で命を持っていかれるであろう威力に、背筋が凍り付く。
……だが、俺はあえて前に出る。
斬撃を飛ばす方法は有効だが、時間が掛った。
近接戦での攻防では、爪で防がれ、そもそもダメージが通っていない。
一秒の時間が惜しいこの状況で、リスクがあるからと、悠長な事をやってる場合じゃねえな。
狙うのは、24回の連撃での、タヌキの全滅。
今の状態の俺なら出来るはずだと、感覚のみを信じて刃を振るう。
「お前と遊んでる暇はねえんだよ、ニセタヌキィィィィ!」
「ヴィーギルムーン!」
グラムの中に巡る星の一つに意識を注ぎ、循環している魔力を刃先に凝縮してゆく。
願うのは、絶対即死の刃。
斬った対象物に破壊の波動を流し込み、どんな小さな傷でさえも致命傷へと進化させる。
それは、神壊戦刃・グラムの……いや、『英雄見習い・ユニクルフィン』の奥義だ。
「いくぞ!!《特異点の刻印》」
即死の恐爪を振るう24匹のタヌキに向かい、俺は突撃を仕掛けた。
防御は行わない。
攻撃は最大の防御だ。相手の攻撃を受ける前に、全ての事態に決着をつければ良いだけの事だからだ。
まずは、手前にいる一匹。
突き出している腕に狙いを定めて、グラムを一振り。
グラムとニセタヌキの腕が接触した瞬間、衝突しあっていたエネルギーを一度吸収し、それら全てをグラムの推進力に変換する。
その一方で、ニセタヌキの重量と慣性、その他あらゆる法則を0へと破壊。
振り抜かれたグラムの一閃を受けて、ニセタヌキは吹き飛ばされた。
深く切り込む事はしていない。
かすり傷を負わせる事が出来れば、それでいい。
たったのそれだけで、全ての事態に決着が付くのだから。
数秒の時を経て、俺と全てのニセタヌキは距離を取って睨み合った。
ニセタヌキの体には、グラムで斬りつけた浅い傷。
そしてその傷には、グラムの魔力で出来た結晶が付着している。
ならば今こそ、宣言しよう。
俺が求め続けた、勝利の宣告を。
「じゃーなタヌキ。これで……俺の勝ちだ。《真理すら存在しない、願う前へと戻れ……。無物質への回帰》」
「ヴ、ヴぃぃギルムゥウウウンッ!?」
グラムの魔力で出来た結晶とは、すなわち、破壊の力そのものだ。
それを傷口から体内に侵入させることで、対象物の体に破壊の概念を循環させる。
そして、俺の意思によりそれらは起動し、肉体をエネルギーとして破壊を行う。
つまり、グラムで斬った物体はすべて、星が死ぬ時の光『超新星爆発』と化し、その命を終える事になるのだ。
やがて、ニセタヌキは次々と連鎖爆発して逝く。
発せられた余剰エネルギーは全てグラムに回帰し、再び魔力となって巡る。
ニセタヌキの大絶滅は、静かなものだった。
それこそ、ニセタヌキは断末魔すら上げることなく、まさにあっけない光景に、妙な不安感が残ったほどだ。
だが、この技は俺がクソタヌキをぶっ殺す為に開発し……使う事が無かった技だ。
だから、たとえニセタヌキが強くとも、この技を受けて……あ。
「ヴィギル―ン!」
「ちぃ。一匹残ったか」
ちくしょう。一匹、仕留め損ねた。
よく見れば、コイツは体のどこにも傷を負っておらず、グラムの結晶も付いていない。
確かに全部のタヌキを斬ったと思ったが、どうやら見逃しがあったようだな。
だが、これでニセタヌキの数は一匹となった。
目の前のこいつを倒せば、リリンの元に駆け付けられる。
「最後だ。いくぞ!ニセタヌキッ!」
「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」
「……は?」
「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」
「え。ちょっと待って……」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ま……まさか……」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「増えてるぅうううう!?!?」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
……ふざけんなよッッッ!!!ニセタヌキィイイイイイイイ!!
今のは、正真正銘、俺の最高の必殺技だぞ!?
あの技以上に強い技を持ってないんだぞッ!!
木端微塵に吹き飛んで、絶滅しろよ、ニセタヌキィィィィィ!!!
「ちくしょおおおおお!何度だってやってやるッ!!喰らえ!《特異点の刻印!》」
再び俺は、グラムを奮い、タヌキを切り刻む。
今度はやり残しが無いように、全部のタヌキに3度ずつ刃を通し、念入りに斬る。
ふぅ!今度こそくたばれ、ニセタヌキ!!
「滅びろ!《無物質への回帰!》」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
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「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
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「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「前より増えたぁああああああああああああああああああああああああ!?!?」
なんで斬る前よりも増えてんだよッ!?
減ろよッ!!
せめて、一瞬だけでも、減ろよッ!!
何故か、俺の必殺技を受けたニセタヌキは、64匹に増殖しやがった。
……もうやだ。マジで、勝つ手が無い。
「どうすれば、お前に勝てるんだよ……。ニセタヌキ……」
「ヴィギル―ン!ヴィギルムン!!」
「分からねえ……」
どうにかして、コイツを倒さずにリリンの元に行く事は出来ないだろうか。
遠目で見れば、未だにリリンは戦っている。
どうやら、近接戦闘で闘いを……いや、おかしい。
そう。そもそも、おかしいのだ。
この場には、俺と敵が二組ずついて、俺とニセタヌキは、魔法が使えない事に困惑した。
だからこそ、リリンがタヌキ帝王対策に何かをしてくれているのかと思った。
だが、それはおかしいと気が付いた。
俺の視線の先で迸った閃光は、敵の少女の杖から発せられている。
つまり、敵の少女は魔法が使えるのだ。
一方で、リリンは魔法を一切使用していない。
明らかに防戦一方で、辛うじて攻撃を受けているように見えた。
……俺は、愚かだ。
タヌキ相手に、挫けている場合じゃねえ。
「ここで、限界を超える必要がありそうだ。……行くぞ、グラム。《失った相貌に誓った願い。法を倒し、皇を倒し、無量を超えしとき、その願いは――》」
「ヴィギルムーンッ!?ヴィーギーギギロギア!ギルギギルルムーア―ン!」
「あ、え、待ってユニなんちゃら!!そんな事をしなくても、良い方法がある!!」
「《神に捧げる供物は、己が――なんだって?》」
いい感じに気持ちが高ぶっていたのに、横から水を差されたんだが?
アルカディアさんは、溢れ出るグラムの波動に恐怖を覚えたのか、代案があると言ってきた。
正真正銘、勝つ手段が見当たらない以上、限界を超えるしか方法はない。……と思うんだが、話だけは聞いておこう。
アルカディアさんは、タヌキの集落で生まれ育ったっていうし、タヌキ帝王の弱点を知っているのかもしれない。
あまり期待せずに、グラムの波動を高めたまま、俺はアルカディアさんに視線を向けた。
「手短に話してくれ!!今は時間が無い!!」
「え、えっと、あ。はい。……これを使って!ユニんなちゃら!!」
アルカディアさんは、ぎこちない動きで何かを俺に投げてきた。
そして、それを受け止めて、確認。
……おう。木の枝だ。
「……馬鹿にしてるのか?」
「ち、違う!その木はタヌキ帝王に超絶ダメージを与える木!一振りでタヌキ帝王ですら簡単に吹き飛ぶ!……はず」
……は?嘘だろ?
どう見ても、普通の木にしか見えないんだが?
つーか、今、調達しただろ。枝の断面から汁が出ているし、新鮮そのものなんだが?
胡散臭い事、この上ない。
師弟揃って俺を馬鹿にしているのか?
だが、アルカディアさんの視線は本気そのもので、俺がこの木の枝を使う事を願っているようだ。
そして、ニセタヌキの挙動もおかしい。
さっきから、妙に鳴く。
明らかに、意思のある事を言っているその素振りに、まさか、この枝を使われたくないのか?と思考が揺らぐ。
俺はアルカディアさんより授かりし、『何かの木の枝』をニセタヌキに向けた。
「ヴィ”ィ”ィ”ギル”ギィ”イ”ィ”ィ”ィ”ッッ!!ヴィ”ギル”ア”ァ”ァ”ァ”~ン”!!」
なんか、ものすっごく威嚇されたんだけど。
え?マジで効果があるの?え?え?
「ユニなんちゃら、その枝の威力は絶大!あまりにも威力が強すぎるから、優しく叩いて!……そっと、撫でるように叩いて!!」
「おう。全力でぶっ叩くぜ」
よく分からんが、一応効果はある……のか?
見るからにニセタヌキは、この枝を露骨な程に嫌がっているし、味方のはずのアルカディアさんがニセタヌキの心配をするくらいに強力らしい。
限界を超えるのは、この枝が効かなかった時にしよう。
そうと決まれば、さっさと試しに行くか。
「《次元間移動》」
64匹のニセタヌキの群れに向かい、俺は駆け抜ける。
目指すのは一点、散開しているニセタヌキの中心点だ。
「邪魔だ、どけぇぇぇ!《終焉銀河核!》」
進路上に陣取るニセタヌキに向けて、グラムの必殺技を解き放つ。
無物質への回帰にて蓄えたエネルギーを全て還元し作り上げた破壊の太刀筋は、瞬く間にニセタヌキを消滅させ、更なる力となり突き進む。
僅か0.1秒の時間を使い、ニセタヌキ軍団の中心に俺は辿り着いた。
目の前には、一匹のニセタヌキがいる。
なぁ、俺は見ていたんだよ、ニセタヌキ。
お前から分裂体が湧き出てくる、戦慄の光景を。
だから本体なんだろ?ニセタヌキ。
だったら、これで吹き飛んで、絶滅しろ。
「終われぇぇぇッッッ!」
俺は渾身の力で『何かの木の枝』を、ニセタヌキの顔に叩きつけた。
確かな手ごたえが手に返ってきて、そして……。
「ヴィ”ィ”ギル”ア”ア”ア”ア”ア”---!」
「……は?」
キュュイイイイイイイン!!
チュドドドドッ!ギュアーーーン!!ズガァアアアン!バキィイイン!ズバジッズバジッ!ズオオオオンドドドドッッッ!!
「なんじゃこりゃああ!?木の枝、強ええええええッッ!?!?!?」
いやいやいや!意味が分かんねぇんだけど!!
いくらなんでも、威力が強すぎだろ!?
過剰なくらいの魔法的効果音が聞こえ、ニセタヌキは爆裂した。
俺が攻撃した個体だけではない。
後ろに控えている全てのニセタヌキが、同時に断末魔を上げて爆裂し、四方八方に爆散。
直接攻撃した個体がやはり本体だったようで、コイツだけはタヌキの姿を維持したまま、森の奥深くへと吹き飛んで、消えた。
ぱっと見た感じ、致命傷までは行かなくても、充分に戦闘不能に追い込めた……気がする。
どうあれ、俺はニセタヌキに勝利した……らしい。
なんか、妙な疑心が残った気がするが、そんなのは後で考えればいい事だ。
「だいぶ時間を取られちまったな。今行くぜ、……リリン?」
俺の目が映した光景。
それは、力なく地面に膝をつき、追い詰められているリリンと、それを見下している少女の姿。
そして、その少女が空に向けている手の先には、50本の雷の槍。
それら全ての先端がリリンへと向けられ、この瞬間にも戦いが終わろうとしている。
「リリンッ!!」
ちくしょう!間に合えええええええ!!




