第88話「カツテナイ窮地、タヌキ帝王・ゴモラ!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
「ひぃいいいいいい!?こんなのありかよぉぉぉぉぉおッッッ!?」
俺は今、タヌキに追いかけられている。
タダでさえ、タヌキに追いかけられるというのは絶体絶命の恐怖体験であり、並みの冒険者なら普通に死ぬ。
だが、俺は英雄の息子であり、数々の窮地を乗り越えてきた経験のおかげで、大抵の事態には対応できるようになった。
1000匹のタヌキが降り注いだ時だって、どうにかなったしな。
しかし……。これはあまりにも酷いんじゃないだろうか。
たった一匹でさえ、勝つ手段が無いと呼ばれ、畏怖されている恐るべき化物、『タヌキ帝王』。
俺が、愛と憎しみを込めて『クソタヌキ!』と呼ぶソドムもタヌキ帝王であり、眷皇種という絶大なる力を持った大魔獣だ。
その戦闘力は、一匹で国すら落とせるんじゃないかと、俺は本気で思っている。
……で、そんなマジモンの化物が32匹に分裂し、俺を追いかけ回してるんだが?
もう一度、言おう。
俺は今、タヌキに追いかけられている。
「ふざけんなぁああああ!この、ニセタヌキィイイイイイイッッッ!!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
俺の魂の叫びに律儀に返事を返してくる、32匹のタヌキ帝王。
一瞬だけ振り返って確認したら、ものすっごい良い笑顔で走っていやがった。
完全に俺で遊んでやがる。
マジでブン殴りたい、その笑顔。
……だが、それが出来たら苦労はしねえんだよッ!
「ち、ちくしょおおおお!こんなはずじゃなかったのにぃぃぃ!」
「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」「ヴィギル―ン!」
俺は、タヌキ帝王を瞬殺し、直ぐにリリンの元に駆けつけるつもりでいた。
それは夢物語ではなく、実際に実現が可能な目標として掲げたものだ。
俺が持つ、十の神殺しの一つ、神壊戦刃・グラム。
どんな物質でも切り裂く事の出来るこの剣ならば、偉大なるタヌキ帝王の毛皮も切り裂けるだろう。
それに、覚醒グラムの力を使えば、タヌキ帝王の一匹や二匹、倒せる……と思っていたのだ。
……だけどな、ニセタヌキ。
いくらなんでも、分裂はズルイだろ。
なんだよ、32匹って。タヌキ帝王ってのはボスキャラで、そうホイホイ分裂して良い奴じゃねえだろうがッ!!
あぁ、タヌキって生物は、本当に理不尽の塊だ。
俺は、後ろから迫る32匹のレベル99999な魔獣を見て、必死になって奮い立つ。
ハッタリでも何でも使って、どうにかピンチを切り抜けてやるぜ!!
「うおおおおお!勝利の計画は仕上がった!まずはバッファの重ねがけだ!!……《次元認識領域!》」
いつまでも逃げてばかりでは後手に回り、敗北する。
だからこそ俺は、バッファを掛け直し、身体能力の向上を狙った。
現在、俺とリリンには、基本的なバッファの組み合わせの『瞬界加速』と『飛行脚』、それと『第九守護天使』が掛っている。
これはリリンが、「いつどこで襲撃されるか分からない現状、最低限の備えはしておくべき」だと予め掛けてくれたもので、今もしっかりと効果を発揮している。
ならばこそ、俺は認識を拡張し、その後で一気に攻勢に出るつもりだった。
しかし……。
「なんでだ!?なんで魔法が使えないッ!!」
慣れ親しんだ手順を行い、俺の視野は拡張される……はずだった。
だが、空中に見えない魔法陣を作った瞬間、その魔法陣が崩れてしまったのだ。
それは、目に映ったのではなく、脳内で再生された映像。
次元認識領域の魔法陣に俺が触れる前に、金色の星がどこからか降り注ぎ、激突。
粉々になった魔法陣に手を伸ばすも既に遅く、指の間をすり抜けていって行くだけだった。
そして、何度試しても同じ結果に終わり、その度に「なんでだよ!」と、たまらず叫び散らす。
その結果、どう頑張っても魔法を使えないという事が判明した。
これはもしや……。冥王竜が使った様な、アンチ魔法スキル……なのか?
だとすると、俺とリリンの勝機は絶望的となる。
俺達は、魔法を無効化できる冥王竜に、事実上の敗北をしている。
ホロビノが助けてくれたから生き延びたものの、冥王竜に対する有効的な手段を示せないまま、ワルトの命を失う所だったのだ。
そして、明らかにこのニセタヌキは、冥王竜よりも格上な気がする。
……というか、タヌキというだけで、三段階くらい格上だ。
冥王竜も、クソタヌキの事を様付けで呼んでたし、間違いなく格上だ。
で、そんなカツテナイ化物と、魔法無しで戦えって?
32匹もいるのに?
……どうしろってんだよッ!!
これは本当に、勝利する手段がないと戦慄しながら、ニセタヌキに視線を向けた。
おそらく、コイツは無様な俺の痴態を見て、高らかに笑っているはずだ。
ぐぅ!マジでどうすればいいん……え?
「ヴィ!?ヴィギルル―ン!?」「ギルギル!ギギルルン!?」「ヴィギロア!?ギルルル!!」「ヴィギルルゥーン?」「ヴィーギィー……ギギルムン!」「ヴィギルア?ムーンギルギル?」「ヴィィーギー、ギギロギア!?」「ヴィギルルン!」「ヴィギルギルギ!」「ヴィーギギロロア!?」「ヴィギルン、ギルン!?」
……は?
何でお前も困惑してんだよ、ニセタヌキ。
俺が視線を向けた先で、ニセタヌキ軍団は挙動不審に動きまくっている。
どうやら魔法が使えない事に気が付いたらしく、慌てふためいているようだ。
どういう事だよ!ニセタヌキ!!
お前がやったんじゃないのかよ!?
「おい、ニセタヌキ。この状況はなんなんだ?お前が魔法を妨害してるんじゃないのか?」
「ヴィギルムーン!ギギロア!」
「……違うのか?」
「ヴィギル―ン!」
……どうやら犯人は、ニセタヌキじゃないらしい。
コイツも魔法陣を構築しては、壊れてしまうのを繰り返して状況を確かめているし、間違いないだろう。
ということは、これはもしや、勝機という奴なのでは?
タヌキ帝王は偉大なる大魔獣だが、魔法が使えるから”魔獣”なのであり、魔法さえ使えなければ、ただの憎たらしいタヌキだ。
しかも、このニセタヌキの体は小さく、アホタヌキのように筋肉に物を言わせて殴りかかってくる脳筋じゃなさそう。
つまり、このニセタヌキは魔導師タイプなのではないかと思われる。
一方で、俺のグラムは魔法じゃないから、能力を使い放題だ。
……そうか。驚かせやがって。
「覚悟しやがれッ!!!!!ニセタヌキィイイイイイイイッッッ!!!!」
「ヴィ!?」
そうと決まれば、こっちのもんなんだよッ!
魔法が使えないタヌキ帝王など、ただのタヌキ!
速攻でブチ転がして、タヌキ鍋にしてやるぜ!!
俺は勢いをつけて反転し、ニセタヌキの群れの中に突っ込む。
そんな俺の動きを察知したニセタヌキは、一瞬にして散開し、四方に別れて逃亡を始めた。
「ヴィーギルムーン!」
「逃がさん!!《――理さえ滅する神壊の刃よ。真価を、示せ。神壊戦刃・グラム=神への反逆星命!》」
降って湧いた勝機を見逃すほど、俺は甘い性格じゃない。
ついでに言えば、タヌキ相手に、慈悲もない。
俺は体内の魔力を活性化させ、全てグラムに注ぐ。
そして、内蔵されている機能により増幅された魔力は、グラムを真の姿へと変貌させるのだ。
『神壊戦刃・グラム=神への反逆星命』
覚醒したグラムは第二の心臓と化し、俺の中に増幅した魔力を送り込んでくる。
これにより、知覚が鋭角化され、反応速度が超高速化。
前もって掛けていたバッファと合わさって、今の俺が出せる最高の状態となった。
俺は漆黒の刀身の中で渦巻いている赤い星々に意識を向け、思い描いた結果を実現させた。
それは、32匹の害獣を一匹残らずブチ転がす為の、新たな重力場の形成。
「いくぞ!《悪化する縮退星》!」
「ヴぃ!?ヴィギルウゥゥゥゥン!?!?」
グラムに内蔵された星を中心にした、擬似ブラックホール。
これにより、俺の周囲に存在する全ての物体を無差別に引き寄せる重力渦が発生し、あらゆるものを引き寄せる。
だが、それでは困るのだ。
離れているとはいえ、この場にはリリンも敵の人間もいる。
タヌキは木端微塵に爆散しても良いが、味方のリリンや敵の人間を巻き込むわけにはいかない。
だからこそ、俺はグラムに新たな命令を下した。
「グラム、俺の願いに答えてくれ!《あのニセタヌキだけを、引き寄せろ!》」
「ヴィ!?ヴィギルル―ン!」
近くに落ちていた石や砂利が巻き上げられ、グラムに衝突しては消えてゆく。
あらゆるものを飲み下すグラムの力は強大であり、誤って触れてしまえば、痛いじゃ済まされない。
ならば、引き寄せる物体を指定してしまえばいい。
そして、俺が意識をタヌキ帝王に向けた瞬間、引き寄せるターゲットはタヌキに固定されたのだ。
出来上がったのは、見るに堪えない、タヌキ台風。
人類を恐怖の底に叩き落とす化物をたっぷりと蓄えた台風は、あろうことか俺に向かって突き進んできている。
……あ、あれ?
なんか想像していたのとは、だいぶ違う感じになったんだけど。
俺が求めたのは、あらぶる台風に巻きあげられたタヌキが、無抵抗で振り回されている光景だ。
しかし、タヌキ帝王は、一糸乱れぬ動きで竜巻の中で体勢を立て直すと、華麗に風に乗り滑空を始めやがった。
まるで、荒れ狂う暴風の中を平然と飛ぶ気高き鷹のように、当たり前に空を飛ぶタヌキ。
おい、お前らは陸上生物だよな!?
何でそんなに、空を飛ぶのが上手いんだよ!!
「くそぉおおお!どこまでも馬鹿にしやがって!!《次元間移動》」
グラムの刀身から重力源を飛ばし、四方に設置。
惑星重力軌道を進化させ、重力に縛られない立体的な軌道で、ニセタヌキを追い撃つ!
大ぶりにグラムを振りかざし、群れで空を飛ぶタヌキ軍団の最後尾に狙いをつける。
あぁ……。タヌキの尻を追いかける事になるとはな……。
なぜか、アルカディアさんの封印せし記憶が蘇って来そうになったが、今はそれどころじゃない。
その汚いケツにいいもんをお見舞いしてやるよ。おらっ!!
「《重力衝撃波!》」
増幅させた膨大な魔力を刀身に乗せ、一気に振り抜く。
エネルギーは可視化し、一直線にニセタヌキへと向かい……見事に着弾。
そして、一匹のニセタヌキが爆散し、茶色い粒子となってグラムの中に取り込まれていった。
どうやら、防御力の方はそこまで高くないみたいだな、ニセタヌキ。
ダメージが入る事が分かったし、どんどんいくぜ!
「うおおおおお!《重力衝撃波!》《重力衝撃波!》《重力衝撃波!》《重力衝撃波!》《重力衝撃波!》」
音速を超えて空を飛ぶタヌキを追いかけまわし、そのケツを狙う俺。
遠距離攻撃に乏しい俺ではどうしても単調な攻撃方法になってしまうが、さっきまでの絶望的状況に比べれば随分とマシだ。
何十回と重力衝撃波を飛ばし、ニセタヌキに叩きつける。
そして、追加で3匹のニセタヌキの撃墜に成功。
残りあと、29匹。
このまま削って行こうと、俺がグラムを握り直したその瞬間、されるがままだったニセタヌキに変化があった。
「ヴィギル―ン!」
「なんだとッ!?」
悪化する縮退星を利用して空を飛んでいたニセタヌキは、特に苦労する事もなくスルリと重量渦の影響下から抜け出すと、進路を反転。
最高速度で突き進んでいた俺は、まんまとタヌキの群れの中に飛び込み、そして……。
全方位360度が、タヌキ帝王に囲まれた死地。
それに気が付いた瞬間、俺は本能の赴くままに、グラムを横に薙いだ。
「やべえ!《重力光崩壊ッッ!》」
「ヴィ……。《真・タヌキ裂爪!》」
ぐるりと一周、円を描く様なグラムの軌道が一気に5匹のタヌキを葬り去り、僅かながらに空間に隙間が出来た。
そして、グラムの通った軌跡にありったけの魔力をたたき込み、空間を反発させる斥力を解き放つ。
引き寄せられる力から、突き放す力へと方向が変わった反動で、四方に吹き飛んでゆくタヌキ。
力の向け先を見失ったタヌキの爪は、無差別に次元を引き裂き、周囲に破壊を押しつけていく。
結果として、グラムを構えながら中心に立つ俺と、包囲するように陣取る24匹のタヌキ。
四面楚歌?
八方塞り?
いやいや、二十四面タヌキ地獄だ。
「だいぶ倒したとはいえ……。まだ24匹もいやがるか。おいニセタヌキ、バナナチップスやるから、どっかいけ!」
「……リンゴ、ギルギル」
「リンゴ?……林檎って言ったのか?」
「ヴィギル!」
「つまり、林檎をやれば引き下がるんだな?」
「ヴィギル―ン!」
「……持ってねえよ!」
「ハァ……」
一縷の望みを掛けて交渉をしてみたが、決裂したようだ。
ニセタヌキは露骨に溜め息をつき、やる気なさそうに、「ヴィーギルハハァン!」っと鼻で鳴いた。
恐らく、「話にならん!」とでも言いたいのだろう。
ちぃ、俺が下手に出てれば調子に乗りやがって!
やはり、ちょっとずつ削って行くしかないようだ。
俺はグラムの切っ先をニセタヌキに突きつけ、再び駆けだそう――として、止まる。
今、あの茂みが不自然に揺れたんだけど。
もしかして、俺が戦っているニセタヌキは全部ニセモノで、本体は隠れて様子を見ているのか?
これは真っ白い聖女さんが得意とする戦法だが、狡猾なタヌキなら使ってきても不思議じゃない。
あの茂みには、何かがいる。
というか、タヌキが潜んでいるような気しかしない。
俺は確信めいた直感に従い、足元の石を拾い、その茂みに投げつけた。
もちろん、グラムの重力軌道で加速させ、殺傷能力を上げている。
くたばれ!ニセタヌキ!!
「おら!!」
「う”ぎるあッ!?」
「……は?」
「あ、やば。バレた……」
うん。茂みに潜んでいたのは、タヌキはタヌキでも、タヌキ系美少女だった。
……。
…………。
………………。
「何でいるんだよッ!!アルカディアさん!!」




