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第86話「衝撃的な朝」

「ふぁ~あ。昨夜はホント、酷い目に遭ったな…… 」



 昨晩、童貞的ワクワクに焦がれていた俺を包んだのは、魅惑の温泉……ではなく、魔王様な恐怖の波動だった。


 ベッドから抜け出し自分の体を確かめてみると、絞れるくらいに寝汗をかいている。

 それは間違いなく、夢の中でタヌキが魔王な槍を装備しやがったせいだろう。


 はぁ……。と、抗議の溜め息を吐きつつ、まだ寝ているタヌキリリンへ視線を送る。

 まったく、無邪気に寝やがって。

 寝込みを襲って、おいしく食べてやろうか!


 ……やめとこう。魔王な槍で串焼きにされて、俺が食われる。


 はぁ……。さっさと顔でも洗って、気分を変えるか。

 やれやれと昨日の出来事を思い出しながら、俺は脱衣所に向かい歩き出した。



 **********



「やばいやばいやばい……!!なんとかしないと、恐怖で死ぬ!」



 脱衣所に出現した大魔王様に対し、俺の持っている装備はハンドタオル1枚と、非常に心苦しい。

 どうにか防御面を強化しようとして、シャンプーハットと風呂桶を装備してみたが、焼け石に水だ。

 ……というか、大魔王相手に風呂桶でどう戦えってんだよッ!!


 グラムを召喚しようにも、召喚陣の刻まれた鎧は脱衣所、つまり大魔王様に人質に取られている。

 混乱する俺。

 絶望する俺。

 落涙する俺。


 そして……恐怖に震えながらも、四苦八苦し……。

 俺は覚醒したのだ。



「うぉおおおおおおおお!《来いッ!!グラムッ!!》」



 もはや、こんな紙防御のタオル1枚にこだわる必要はない。

 俺は最後の砦を脱ぎ捨てて、声高らかにグラムを呼ぶ。

 すると、グラムは俺の呼び掛けに答え、空間を引き裂いて現れたのだ。


 ……どうして、グラムを召喚出来たのか?

 恐らく、全裸が関係しているのではないかと思われる。


 そうして無事にグラムを召喚できた俺は、生存本能のままに、魔王の右腕へ剣を向け――。



「あ、凄い。そんな格好で魔王の右腕に戦いを挑むなんて、ユニクはやっぱり英雄だと思う!」



 ……おう、リリン。

 俺の全裸を興味深げに見ながら、英雄っぽいなんて言わないでくれ。



 *********



 結局、部屋に戻ったら、アルカディアさんは帰っちゃった後だったし、両手に花作戦は失敗。


 リリンに「何で魔王シリーズなんかを召喚したんだ?」と聞いたら、アルカディアさんを尋問するためだと言っていた。

 そして、それは無事に終了し、晴れてアルカディアさんは無罪放免となったらしい。


 ……どうやら、アルカディアさんの方が一枚上手だったようだ。

 親父の弟子である事がリリンにバレたのなら、みすみす逃がすわけがない。

 地の果てまでも追い掛けて、全裸親父に会いに行くだろう。


 だが、リリンはアルカディアさんが帰った後も部屋に居た。

 だとすれば、親父の存在は気づかれなかったって事だ。


 それにしても……。

 親父の関係者だと説明せずに、よくリリンを納得させられたもんだな。

 リリンに理由を聞いても教えてくれないし、最終的に「そこまでいうなら、特別に譲歩して答える。……アルカディアは、ペット枠!」とかいう、よく分からない事を言い出した。


 ペット枠……。

 それがホロビノと同じ扱いだという事なら、主従関係を結んだってことか?

 ……俺が風呂に入っている間に、初恋の人が大悪魔に奪われたんだけど。


 両手に花どころか、気が付いたらボッチだったとか非常に笑えない。



「それにしてもアルカディアさん、可愛かったなぁ。次に会えるのはいつになるんだろ……」



 俺は脱衣所の扉に手を掛けて、普通に引いた。


 別に何かを意識したわけじゃない。

 さっきの呟きも、なんとなく言っただけで深い意味はない。


 ……だから、狙ってやったわけでは断じてない。



「……。え”。」

「う”!?う”ぃぎるあ!?」



 脱衣所の扉の先には、俺が恋焦がれている褐色肌の天使が居た。

 ………………全裸で。


 艶めかしい首筋。

 華奢な肩と滑らかな背中。

 圧倒的ボリュームの果実は、背中に隠れきらず、こぼれ出している。


 そして細い腰周りと、ふっさふさな、し―――。


 そこには、見てはいけない物が存在していた。



 ************



 う”ぎるあ!おじさまは容赦なさすぎ!!

 酒盛り?を邪魔されたくらいで怒らなくても良いと思う!


 おかげで、毛並みが砂だらけ。

 う”ぎるあ!!この恨みはその内、晴らす!!



 帝王試験を終えたアルカディアは、朝方、この部屋に戻って来た。

 激しい戦闘を行ったせいで空腹になり、パジャマを返すついでに食事にありつこうと画策したのだ。


 コンコンと控えめにドアをノックしてみると、リリンサがその音に気が付き、眠い目を擦りながらもアルカディアを迎え入れた。

 そして、投げやりに食べ物を渡すと、「……ん。私はまだ眠い……。あっちで食べてて……」と脱衣所を指差す。


 オレンジジャムパンを貰えた事に感動を覚えたアルカディアは、素直に脱衣所に潜り込み、一時の休息を堪能した。

 そして、腹は満たされた以上、次に気になるの汚れた毛並みだ。



「う”ぎるあ……。毛並みの手入れは大事。洗って毛繕いをしよう」



 アルカディアの姿は、人間の少女そのものだ。

 そしてこの姿は、本来の姿であるタヌキとは決定的に異なる部位が存在する。


 それは……尻尾と耳。

 人間には尻尾がなく、耳も側頭部についている。


 故に、人化をしていると、耳と尻に違和感を抱くのだ。

 それはむず痒くもあり、圧迫感の様なものでもある。

 簡単に言えば不快感であるそれは、慣れていないと非常にストレスを感じるのだ。


 だからこそ、アルカディアは、耳と尻尾を解き放った。

 汚れた毛並みを手入れするのなら、耳と尻尾を洗わないわけにはいかないと、己が信条を振りかざして。



「お湯で洗うの気持ちいい……。よし、次は毛繕い!う”ぃぎるあ~う”ぎるお~」



 脱衣所に入る為の扉は閉まっている。

 それは、光が漏れていると寝づらいだろうという思いやりであり、アルカディアに恥じらいがあった訳ではない。


 アルカディアは、つい先日まで野生のタヌキだった。

 裸を見られる事に恥じらいがある訳がなく、むしろ、人間はなんで服を着ているの?と疑問に思っている。

 今も、頭にはタオルを乗せているものの、それ以外はまったく隠しておらず、完全に無防備だ。


 そんなアルカディアは、サラサラでフッサフサな尻尾を、股の間を通して体の前面へと出し、くしでとかし始めた。

 まさに、頭隠して尻隠さず。

 そして、偶然入口に背中を向けていたばかりに、致命的な事態を引き起こす事になったのだ。


 鼻歌交じりでブラッシングに夢中なアルカディアは、背後の扉に人影が近づいている事に気が付かなかった。

 やがて、扉は開かれた。



「……。え”。」

「う”!?う”ぃぎるあ!?」



 開かれた扉の先に居たのは、ユニクルフィン。

 もちろん、裸を見られた事に恥ずかしさを覚えたりはしない。


 ただ……今は見られてはいけないモノ(尻尾)が出ている。

 だからこそ、まるで生娘みたいな反応を示し――。



「見ないで!《英雄の戦技(おじさまアーツ)怒る皇牛に火を見せる(ファラリス・タウラス)!》」

「い”っ!?《第九守護天使(セラフィム)ごっっふぅううううううッ!!》」



 アルカディアの渾身のストレートパンチが、ユニクルフィンの腹に突き刺さった。



 **********



「……ごっっふっ!!」



 ごっふっ……。


 天使のビンタなんて、生易しいものじゃない。

 まさに、魔王な一撃は深々と俺の腹に突き刺さり、軽々と体が宙を舞った。


 壁に叩きつけられた俺の意識は、朦朧として……いない。

 ダメージを受けていない訳ではなく、気絶していられないくらいに、衝撃的すぎるモノを見てしまったからだ。


 俺は閉まった扉に視線を向け、アルカディアさんに謝罪をした。

 これは、俺の心からの謝罪だ。

 誰だって、女の子なら特に、他人に裸を見られて恥ずかしくないはずが無い。


 すまない……。アルカディアさん。

 悪気はなかったとはいえ、本当にすまないことをした。

 今見てしまったモノは、2度と思い出さないように記憶の奥底に封印し、油をぶっかけて燃やした後、灰ですら土に埋めて隠滅するよ。


 ……だから一度だけ、心の中で感想を呟く事を許してくれ。

 これは俺の気持ちの整理をつける為に必要な事なんだ。

 後で、土下座でも何でもするから、この瞬間だけは心の中で、叫ばせてくれ。


 ……。

 …………。

 ………………尻毛しりげがッッッ!!


 尻毛がすんげぇ事になってたッッ!!

 ちょっとはみ出しているとか、そういうレベルじゃねえッ!!!!!


 アレはまるで、勢いよく噴き出す大瀑布!!

 轟々と流れる荘厳な滝のように、茶色い尻毛が、フォォルンダウゥゥンしてたッッ!!


 もはや、アルカディアさんの裸を見てときめくとか、そんな感情は吹き飛ばされた。


 ……だって、尻毛が。

 尻毛がッ!!

 尻毛がッッ!!!!!



 **********



「う”ぎるあ……。つい殴ってしまった。大丈夫?」

「あ、あぁ。なんとかな」



 身体の方は、特に問題ない。

 精神的には、全然、大丈夫じゃねえが。



「あの、それで……見た?」



 アルカディアさんは速攻で服を着て、俺に謝罪しに来た。

 あの拳は受けた感じ、第九守護天使が間に合って無かったら致命傷を負った気がする。

 しっかりバッファを掛けてたし、目撃者を消して証拠隠滅を計りに来たとしか思えない。


 それでも、冷静になったアルカディアさんは、自らの非を認めて謝罪している。

 ここで許すのが男ってもんだな。


 というか、そもそも俺が悪い。

 知らなかったとはいえ、女の子の裸を見てしまったのだから、殴られても文句は言えない。

 そして、根本的な原因は俺に有るのだから、ここは俺が一芝居打って、アルカディアさんを安心させる必要がある。


 だって、あんなもん見られたら、俺ならベランダから飛び降りるレベルで恥ずかしい。

 アレはもう、手入れがどうとか、そういった次元じゃ無かったし。


 俺はキリリとした表情を作ると、アルカディアさんに向けて本気で謝罪した。



「すまん……。俺の視線は、アルカディアさんの胸に釘づけだったッ!!一瞬たりとも、目が離せなかったッ!!」

「……見たのは胸だけ?お尻は?」


「断じて、尻は見てないぞ!俺は胸がす――」


「へぇ。ユニク。朝からとても楽しそうだね」



 ひぃ。

 おはようございます。タヌキさん。

 本日は日差しの眩しい、気持ちの良い朝ですね。


 ……ごめんなさいごめんなさい!!

 謝るからその斧を下してくれ!!



「むぅ。アルカディアも、朝から騒ぐのはダメ。自重して欲しいと思う。あと、しぼませて!!」

「ごめん。油断してた……。そしてこれは萎まない」



 タヌキリリンの恫喝を受けて、縮こまる俺とアルカディアさん。

 なお、縮んだのは気持ちだけだ。

 リリンがアルカディアさんに抱きついて、「萎ませて!!」と揉みしだいているが、風船じゃあるまいし萎むわけねえだろ。


 そして、可憐な少女二人の触れ合いを見ても、俺の情熱が湧き立つ事は無かった。

 片方はタヌキ。

 そしてもう一人は……下半身が魔獣だ。


 あぁ……。

 心の中で宣言しよう。


 俺の初恋は、終わった。



「どうしてこんな事に……」

「ん。どうしたのユニク?」


「いや、何でもないんだ。それでさ、何でアルカディアさんがいるんだ?帰ったんじゃなかったのか?」

「早朝になって戻って来た。お腹が空いたんだって」



 つまり、腹が減ったから、飯を貰いに来たってことか?

 うん。これは間違いない。

 アルカディアさんは『ペット枠』だッ!



「リンなんちゃら。今日のご飯は何?」

「このホテルのモーニングセットは、フルーツを中心としたさっぱりしたもの。アルカディアの好きなオレンジもあるはず」


「う”ぎるあ!リンなんちゃらはオレンジを食べさせてくれるから、好き!」

「まかせて。とびきりに美味しいオレンジメニューを選ぶ!」



 ……昨日も思ったが、飯を前にすると意気投合し過ぎだろ。

 リリンとアルカディアさんは、まるで幾度となく戦場を共にしたかのように打ち解けている。


 初恋は終わってしまったとはいえ、仲間はずれは寂しい。

 俺も二人の会話に混ざるべく立ちあがり、壁から抜け出した。

 うん、しっかり大穴があいてるな!



「それじゃあ、アルカディアさんも一緒に町に行くか?」

「町?」

「アルカディア。私達は町に行って友人と会う約束をしている。一緒に来ても良い」


「昨日の夜、服の持ち合わせが無いとか言ってただろ?買い物をする時間もあるだろうし、一緒にどうだ?」

「……午前中までなら」

「ん。その言い方だと、午後はダメなの?」



 アルカディアさんは、美味そうにモーニングセットを食べながら、しばらく考えて「午前中だけなら問題ない」と言ってきた。

 どうやら午後に用事があるようで、ちょっと震えている。


 ん?震えているっておかしくないか?



「アルカディア。どうしたの?」

「……今日から、お師匠様の地獄のシゴキがスタートする。マジ怖い」


「そうなの?」

「うん。もう一度鍛え直しだって……。今度は、千山海を握する業腕(ヘカトンケイル)を完全に使いこなすまでやめないって……」


「なるほど……。これは、ユニクも負けてられない。ちょっとメナフも交えて一緒に訓練しよう。もちろん、2対1の戦いとなる!」


「それは、俺が”1”じゃねえよな!?」



 俺のツッコミに、コクリと頷くリリン。

 ふざけんな!同じ戦闘力の大悪魔が二人とか、勝ち目がねえってもんじゃねえぞ!!

 ここは応援を呼ぶしかあるまい。


 かもん!ホロビノ!!

 ちゃんと躾けておくなら、黒トカゲを連れてきても良いぞ!



「ん。電話だ。……もしもし?」

「おう。オレだ」



 俺が対大悪魔の作戦を練っていると、リリンは空間から携帯電魔を取り出した。

 電話口から聞こえてきた「オレだ」という声に、誰だよ!っとツッコミを入れていたら、相手はメナファス。

 リリンはジュースを一口飲むと、電話へ意識を向けた。


 そういえば、電話が掛って来たのって初めてだな。

 リリンの着信音はハンドベルでの演奏で、俺も聞いた事のある曲だった。


 レラさんが料理をする時に鼻歌として口ずさんでいたその曲は、荘厳ながらも、どこか悲しげなメロディで凄く耳に残る。

 何処かの国歌だと言われても納得してしまいそうな感じだ。



「メナフ。どうしたの?」

「あぁ。待ち合わせ場所の変更をしたくてな。人が多い所は避けたい」


「それは……。敵の手掛かりを掴んだという事?」

「そうだぜ。んで、この町の奥に潰れた教会があるから、そこに来てくれ。今は管理もされてないし、人が近づく事もない。再会するには良い場所だろ?」


「ん。再会なんて大げさだと思う。昨日も会ったばかりなのに」

「くくく、そういやそうだったな」


「場所の変更は分かった。時間の指定はある?」

「午後12時。お昼の時報が目印だ」


「うん。それも承知した。それにしても一晩で敵を見つけるとは、メナフは凄いと思う!」

「くくく。なぁリリン、敵は手強いぞ。心の準備をしておけよ」



 メナファスは怪しげに笑うと、ぷつりと電話を切った。

 なんか、すごく大魔王してたんだが?

 大魔王保母さん……いや、保母さんは退職したんだったか。


 大魔王清掃員さん。

 掃除する対象は、人類です。



「ユニク。今日の予定が決まった。午前中はアルカディアの服をお買いもの。午後はメナフと会う。それでいいよね?」

「いいぞ。俺としても、まさにご褒美イベントだしな!」



 今はタヌキなリリンも、町に行く時は美少女魔導師に変身する。

 そして、アルカディアさんの魔獣な部分も当然見る事はない。

 極めつけに、女の子の服を買いに行くという、デートイベントと来たもんだ。


 例え恋していなくとも、『両手に花』は楽しいからな!

 そして俺達は、和気あいあいと朝食を堪能した後、町へ向かった。


 青い空も輝いているし、充実した一日になりそうだ。



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