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第85話「それぞれの夜」

「申し訳ありません、メナファス様。本日はお席が一杯となっておりまして……」

「あーまじか。どうにかなんねえか?カウンターの隅っこで大人しくしてるからよ」



 メナファスが訪れているのは、行きつけの酒場『ノミダ・オレ』。

 この町『カラッセア』で一番大きい酒場であり、取り扱っている酒の種類も多く品質も上等。

 多くの酒豪が集まる、評判の良い店だ。


 昔、ガッツリ稼いだおかげで金銭に余裕のあるメナファスは、日ごろの疲れを癒すべくこの店の常連となり、週末の夜をこの店で過ごすことも少なくない。

 そして、最近のメナファスにとってこの店は、唯一のオアシスとも呼べる場所だった。



 ……ち。この町での最後の夜なんだし、この店で飲みたかったんだがな。

 無敵殲滅だとバラしちまった以上、もうこの町には居られねえ。

『危険には近寄るべからず』を信条とする高ランク冒険者にバレる分には構わねえが、流石に民衆に周知されたら居心地が悪い。


 あーあ。まったく、最近のオレは負け犬も良い所だ。

 今だって認識阻害を掛けているが、あそこの一角に座る連中には気が付かれたしな。



 メナファスは、酒場の奥に陣取っている集団へチラリと視線を向けた。

 そこでは、屈強な男たちがシミジミと遠い目をしたり、ほろほろと涙を流したりしつつ騒ぎまくっている。



「おいタコヘッド!酒が切れたぞ!もってこぉーい!!」

「ふざけんなヤジリ!自分で取りに行けよ!」


「あんだとぉ?私とやるかおい?私がその気になったら、世界だって滅ぼせるんだぞー!」

「へいへい、そりゃすげえ。サウザンドサード、コイツがうるさいから酒持って来てくれ。あ、俺の分もな」


「はい、いってきます……」

「ちょ!そっちは便所だ。何を入れてくる気だよ!!ったく飲み過ぎだろ。オレっちもついてってやるか」

「バナナバナナバナナ……バナナ、美味しッ!うおおおおおお!!バナナ!バナナ!バナナフォーエバー!」


「しっかし今日は、キミらはホント酷い目に遭ったもんだね。そう思うだろ?」

「「「「「あぁ、まったくだッ!!」」」」」



 ……ありゃ?意外と元気そうじゃねえか。

 再起不能かとも思ったが、存外タフだな。



 やれやれと肩をすくませて、メナファスはもう一度だけ店内を見渡した。

 どこをどう見ても満席であり、誰しもが酒に入り浸っている光景を見るかぎり、すぐに席が空きそうもない。


 メナファスは、「ち。しょうがねえか」と思い直し、頭を下げている店員にチップを握らせて下がらせる。

 そして、身を返して出口に向かおう……とした時、近くで様子を見ていた純黒の髪の少女が、メナファスに声を掛けた。



「あの、ここでよければ、一緒に座りませんか?」

「ん?……んん?」



 メナファスは、二つの意味で疑問を上げた。


 一つは、年端もいかない少女に、声を掛けられたということ。

 メナファスは、現在、認識阻害を自身に掛けている。

 意図的に効果を弱めているとはいえ、索敵スキルが無ければ、メナファスの存在に気が付く事は出来ない。

 だからこそ、ただの少女にしか見えないその子が、認識阻害を見破って声を掛けてきた事を疑問に思った。


 そして、もう一つの理由。それは……。

 ついさっきまで一緒に行動していた友人に、どことなく似ている気がしたのだ。



 んん?

 髪の色も違うし、ふてぶてしい言葉使いのリリンとはまったく異なる、あかぬけていない敬語。

 共通点はあんまりないように見えるが、不思議とリリンに似ている気がするんだよな……?


 それに、聞いている敵の人物像とも一致する。

 くくく、とりあえず釣り上げてみるか。



「いいのか?オレなんかと一緒でよ?」

「もちろんです!困っている人が居たら助けてあげなって言われていますし!」



 その少女は、二人用のテーブルに一人で座っている。

 なぜか椅子は真横に並べられているものの、座ることは可能だろう。


 メナファスはその少女の好意に甘え、椅子に手を掛けて引いた。



「へぇ……今時そんな奴がいるのか。じゃ、遠慮なく座らせて貰うぜ」

「あ、ちょっと待っ――」

「ヴィギル―ン!」


「……おう。これは予想を上回る緊急事態だ。なんだコイツ?タヌキ?」

「えっと、お友達のゴモラです。ゴモラ、私のお膝の上に来て。そっちはお客さんが座るから!」

「ヴィギルルーン!」


「へぇ、躾けもばっちりってか……。なぁ、撫でてみても良いか?」

「良いですよ。ゴモラ、撫でさせてあげて」

「ヴィーギルル!」



 その少女の声を聞いて、ゴモラは迷わずテーブルの上に乗り寝転んだ。

 『テーブル・オン・タヌキ』という妙な光景に若干引きながらも、メナファスはタヌキに手を伸ばす。



「おう、ふっかふかだな。うん。マジでこれは貴重な体験な気がするぜ。なにせ、レベルがすんごい事になってるからな」



 テーブルの上で寝そべっているレベル99999のタヌキを撫でながら、メナファスは遠い目で呟いた。

 昼間、ユニクルフィンが騒いでいた伝説の珍獣『タヌキ帝王』。

 敵と遭遇する可能性を警戒していたメナファスも、流石に伝説の珍獣との出会いは警戒していない。



 おいおい……こんな展開は、いくらなんでも予想外だぜ。

 あっさり疑わしい人物が出てきたと思ったら、タヌキ連れとはな。

 で、少女の方は聞いていた情報とピタリと一致するし、むしろ罠じゃないのかと疑いたくなるほどに『敵』だぜ。


 まぁ、何者にせよ、コイツはただ者じゃねえな。

 しかも妙な事に、見れば見る程、リリンっぽいなにかを感じるがレベルが高いからか?

 違うのは……そうだな。飯を食う量は少ないみたいだな。



 メナファスは、この少女がリリンサ達を狙う”敵”である事を疑っている。

 それを疑わざるを得ない程に少女のレベルは高く、無視するには危険すぎるからだ。


 状況を確かめるべく、メナファスが視線を向けた先には、少女が食べている途中の料理があった。

 それは、夜に食べるにしては量が少ないミニグラタンとコッペパン。

 なお、タヌキも同じものを食べているため、それらは2セットある。


 メナファスは、この店の料理を知り尽くしていると言っても良い。

 だからこそ、少女が食べている料理が一番値段の安い組み合わせだと気が付き、それを話題にするべく優しげに声を掛けた。



「それっぽっちで足りるのか?」

「あ、えっと……足りないですけど、でも、あんまりお金を使うのもダメかなって……」


「ん?金が無いのか?その割には良い服を着ているように見えるがな?」

「この服はみんな貰い物なので……。私はまだ子供だから、お金はあんまり持ってないんです」



 何を馬鹿な事を言っているんだ?とメナファスは首をかしげた。


 メナファスは、『名乗らぬ老爺』と別れてから、その身一つで世界を渡り歩いてきた。

 当然、卓越した経験を持っており、この少女ほどのレベルならば一日もあれば億単位で金が稼げることも知っている。



 金がないだと?

 闘技場の試合にでも出れば、いくらでも稼げるだろ?

 なんか怪しいな。これはマジで当たりか?

 ちょっと探りを入れた方が良さそうだ。どれどれ……。


 メナファスは何事もない風を装うと、心配しているふりをして、優しげに問いかけた。



「おいおい、子供は飯食うのが仕事みたいなもんだろ?我慢はダメだぞ」

「そう……ですか?」


「そうそう、無理強いはしねえが、しっかり食っとけ」

「えっと、それじゃ、あと一品くらい……。ゴモラ、どれがいい?半分こしようね!」

「ヴィギル―ン!」



 タヌキに選ばせるのかよ!とツッコミを入れる余裕は、メナファスにはなかった。


 なにせ、その少女がメニューを見ながらも空間から取り出した物に、視線を奪われたからだ。

 端的に言えば、少女が取り出した物は『財布』だった。

 しかし、ただの財布ではない。


 その財布は、子供が持つにしては大人びている黒い革の財布。

 ただし……装飾品として、非常に子供っぽいアクセサリが付いている。

 そしてそれは、この世に6つしかない特別なモノだった。


 無敵殲滅が再生輪廻に教わりながら作った、キーホルダー。

 心無き魔人達の統括者のエンブレムすら入ったそれを持つ者は5人と1匹しかおらず、目の前にあるアクセサリの持ち主をメナファスは瞬時に見抜いた。



 おいおい、その財布はワルトナのだろ?

 まさか、アイツほど用心深い奴が財布を貸した?

 いやいや、ありえんだろ。


 だとすると、スられたってのか?

 ……アイツから財布をスれるって、どんな達人だよ。

 どうなってやがる?これは、面白くなって来たぜ。



「なぁ、随分と大人びた財布を使ってるんだな?キーホルダーは可愛いけどよ」

「えと……このお財布は借りてるんです。『ご褒美だから、好きなだけ使っていいよ』って言われてるんですけど、あんまり使っちゃダメかなって……」


「借りた?財布をまるごと借りたってのか?」

「そうです。やっぱり……ご飯は我慢した方がいいですよね……?」



 そうです(・・・・)と来たか。


 だとすると、用心深いワルトナが財布を貸すほどに、この子に信頼を置いているって事だ。

 なるほどな。隠し手駒の一人って事か。


 メナファスは目の前の少女が敵でない事を少しだけ残念に思ったが、それはすぐに、好奇心に上書きされた。

 ワルトナとはそれなりの友好関係だが、こんな少女を育てているなんて話を聞いた事が無かったからだ。



「まぁ待て。人の金を使うのは褒められた事じゃねえ。が、子供が我慢をするのはもっと良くないぞ」

「で、でも……」


「そう固まるなって。この店の代金はオレが出してやる。好きなだけ食っていいぞ」

「えっ!?え、っと、その……。知らない人に食べ物を貰っちゃダメって言われてて、だからダメなんです……」


「知らない人じゃねえぞ?オレはワルトナの友人だからな」

「え!?ワルトナさんのお知り合いですか?」


「そうそう。あぁ、何で分かったのかって言うと、答えは財布な。そのアクセサリは友達の証なんだよ。ほら」



 そう言いながら、メナファスは自分のバックから鍵ケースを取り出し、少女に見せた。

 そこには、セフィナの持つ財布に付けられている物とは色が違うアクセサリが揺れている。



「そうなんですか!凄いです!!運命的出会いって奴ですね!!」

「そうそう、『運命だねぇ、不思議だねぇ』って奴だな。ほら、そんな訳だから好きなだけ注文しな。子供は大人の言う事を聞くもんだぞ?」


「えっと、あの、ご馳走さまです!ほら、ゴモラもお礼!」

「ヴィギルルル~~~ン!!」


「おう、タヌキにまでお礼を言われちゃ、財布の紐も緩んじまうな。ほらほら、店員もちょうど来たぜ」



 メナファスが席に着いた事を察知した店員は、朗らかな笑みを浮かべながら注文を取りに来た。

 そして、慣れた手つきで一礼すると、さっさく少女から注文を聞き始める。



「それじゃ……。チャーハンと、ギョーザと、酢豚と、ピザも!」

「いいねぇ。そんくらい喰わなきゃな。もっと頼んでも良いんだぜ?」



 メナファス的には、デザートもどうだ?という意味で聞いた言葉だった。

 なにせ、並んだメニューはどれも結構な量がある。


 ここは料理屋でもあるが酒場でもあり、ましてや胃袋のでかい冒険者を相手にする場所。

 一口で食べ終わる様な量だと暴動が起こる為、必然的に皿が大きいのだ。


 だからこそメナファスは、この少女が食べきれなかった分を酒のツマミにするべく、自分の分の料理を頼まなかった。

 そして、少女が追加した料理に度肝を抜かれることになる。



「もっといいんですか!?だったら、ラーメンと、水餃子と、ポテトと、焼き鳥と、つくね団子と、お味噌汁と、卵焼きと……あ!唐揚げも追加で!!」

「待て待て待て!?そんなに頼んでどうするつもりだ!?」


「え……。あ。ごめんなさい、調子に乗りました……」

「いや、謝ることもねえんだが、それはちゃんと全ての料理を綺麗に食べられるならだぞ?食いもんを無駄にするのはダメだからな?」


「はい。ちゃんと全部食べられると思います。ねー、ゴモラ!」

「ヴィギヨユーン!」



 なんだこの、安心感ッ!?


 いくらなんでも、その細い体のどこに……いや、実例を見たことがあったんだったな。

 つうか、今日見たばっかりだ。

 リリンの横に山のように積まれた屋台の残骸を見た時は、色んな意味で戦慄したぜ。

 この分野(大食い)じゃ、絶対勝てん。


 で、飯を注文しながら笑う姿が、リリンにそっくりなんだが?

 明らかにリリンに関係する誰かだろ。どうみても。

 どういうことだ?確か、リリンの家族は全員死んだって話だろ?


 だが……。

 これは、すげえ面白いことになってる気がするな!



 メナファスは、くくく、と愉快そうに笑い、先ほどの注文にビールとリンゴジュースを付け加えて頼んだ。

 そして、そわそわしながらも「いいんですか?」と控えめに聞いてくる少女に向かい、笑いかける。



「食えるんだろ?オレは飯を美味そうに食う奴が好きでね。お前の食いっぷりを見せて貰おうと思ってな」

「はい!いっぱい食べます!!」

「ヴィギルル―ン!」



 そうこうしている内に、ポテトと唐揚げが到着。

 そして次々に、料理がテーブルに並べられて行く。

 酒場では冒険者を相手にする以上、質より量、量よりスピードが重要視される。


 そして、あっという間に注文した料理がテーブルを埋め尽くした。



「わぁあああ!おいしそうですね!」

「ヴィィーギル……ギギロア!」

「ほら、遠慮せずに食いな。おっと、食前の挨拶は忘れずにな」


「はい!いただきます!!」

「ヴィギルル―ン!」



 速攻で料理を皿に取り分けて食べ始めた少女を見て、メナファスは唸り声を上げた。


 ……は、速い!!

 なんだこのスピードはッ!?バッファでも掛ってるのか!?

 唐揚げがあっという間に、無く……あ。終わった。


 こりゃすげえ。リリンも大概に食ったが、まだ節度というか、落ち着きがあった。

 でもこの子は、獲物を喰らう動物みたいに一気に頬張る。

 あ、ハムスターみたいになるのはリリンと一緒か。撫でまわしたくなるな。


 ちなみにタヌキはもっと酷い。

 おい、ポテトのザルを持ちあげて食うんじゃねえ!



「はふぅはふぅ!おいしいね、ゴモラ!」

「ヴィギル……もぐもぐ!」


「あっという間に、損耗率が3割を超えた。こりゃ負け戦だ。おっと、オレの分は別に頼んだ方が良さそうだな。おーい店員!」



 メナファスは自分が食べる分の料理を頼むと、一心不乱に料理を貪っている少女に目を向けた。

 情報を聞きだすのなら、今が絶好の好機。


 そして、キリリと冷えたビールで唇を濡らしたメナファスは、この少女の正体に触れに行く。



「ワルトナは来ていないのか?」

「もふふ?もふ……はい。ワルトナさんは聖女様のお仕事があるって出掛けています」


「へぇ。聖女の仕事してたんだな」

「そりゃ、聖女様ですから!私も尊敬してます!」


「聖女ねぇ。で、お前は部下って所か?」

「んーん。部下じゃないですよ。ワルトナさんは私の神託に協力してくれてるんです!」


「神託?」

「はい!私のおねーちゃんは、『間違った神託のせいで、ユニクルフィンさんと一緒に居る』んです!だからね、私がユニクルフィンさんを倒して間違ってるよって、おねーちゃんに教えてあげるの!」


「なんだって……?」



 いきなりの暴露に、メナファスは困惑した。


 目の前に座る少女が、ただの敵だというのなら、マヌケな奴だと笑い飛ばしただろう。

 だが、この少女は、『黒幕はワルトナ・バレンシア』だと暗に示している。

 ワルトナと長い付き合いのメナファスは、このやり口に見覚えがあるからだ。



 おいおい……マジか。

 トンデモねえ事になってるじゃねえか。

 藪をつついたら蛇が出てくるどころか、後ろからナイフで刺された気分だぜ。


 現状、『ワルトナさん』とやらが黒幕で間違いねぇだろうな。

 問題は、その『ワルトナさん』とやらが、ワルトナ本人かどうかって事だが……。


 いや、それよりも、まず確認するべき事があるな。



 メナファスは、核心に触れる問いを出した。

 それに対する答えはたったの二言。

 そしてそれは、予想していた答えと完全に一致するものだった。



「なぁ、名前を教えちゃくれねえか?オレは『メナファス・ファント』って言うんだがよ」

「もぐもぐ。セフィナです!」


「セフィナねぇ……。家名も含めて聞いても良いか?」

「もちろんです!私の名前は、『セフィナ・リンサベル』っていいます!すごい魔導師の、すごいリリンサおねーちゃんの、すごい妹ですっ!」



 核心の答えを聞いたメナファスは、クククと声に出して笑い出す。

 そして、とある提案をした。



「こりゃあ、とびきりに面白え事になってるじゃねえか。……なぁ、セフィナ。その神託とやら、オレも手伝ってやるよ」



 **********



「ユルドおじさん!お刺身も来たよ!!」

「おう、こんな贅沢な晩飯は久しぶりだ。くぅ―酒も美味い!生き返るぜ!!」



 不安定機構アンバランス最深部ハイアビス晩食礼讃ばんしょくらいさんの間に、くつろぐ男と嬉しそうに世話を焼く少女が一人ずついた。

 テーブルの上には贅を尽くした料理の数々が所狭しと並べられ、それらは全て、その男『ユルドルード』に振る舞う為にワルトナが用意したものだ。


 ユルドルードは高級ソファーにゆったりと座り、その真横でワルトナが最高級酒をグラスに注いでいる。



「しっかし、可愛くなったなぁワルト。リリンサちゃんも珠の様だと思ったが、お前も負けてねえぞ」

「ふふ、おじさんに褒めて貰えるなんて、嬉しくなっちゃうね!あ、こっちのお酒も美味しいみたいだから飲んでみてよ!」


「おう悪いな!ごくごく……ぷはぁ!美味い!酒精も強くて申し分ねえな!」

「どんどん飲んで、どんどん食べてね!僕はおじさんに返しきれない程の恩を売りたいんだ。だって、その内、娘になるんだからね!」



 ワルトナは、普段の悪辣極まる雰囲気を脱ぎ捨て、年相応の少女のように振る舞っていた。

 まるで、親戚のおじさんに小遣いをねだる為に積極的な接待をしているようであり、非常に優しい空間が出来あがっている。


 虚構礼拝堂(ダウトチャペル)を訪れたワルトナを待っていたのは、ノウィンとユルドルードだった。

 そして、ドラゴンフィーバーのあらすじを語らされたワルトナは、ノウィンとユルドルードの出方を窺った。

 英雄・ユルドルードと不安定機構のトップである大聖母・ノウィンの会談。

 その席に呼ばれた事の意味を恐れるワルトナは、直立不動で時が流れるのを待ったのだ。

 そして、沈黙の後に渡された言葉は、予想外なものだった。


「聞きたい事は聞けました。ワルトナ、ユルドルードさんを接待してあげなさい。昔話でもするとよいでしょう」


 情報を語るだけで会談が終了しワルトナは困惑したが、そう切り出されてしまえば、部下である以上は従うしかない。

 もっとも、この展開はワルトナにとっても願っていたものだった。


 部屋から退出したワルトナは、ユルドルードの手を引いて最上位貴賓室に案内し、嬉しげに接待を始めた。



「おうおう、こんな可愛い娘が出来るってんなら、今すぐにでもユニクをくれてやるぞ!そういや、ユニクに会いに行ったんだったか?成り行きとはいえ、迎えに行ってやれなくて悪かったな、ワルト」

「ううん。いいんだ。仕方が無かったって分かってるからさ。でも、次は置いて行っちゃヤダよ、おじさん」


「あぁ、今度は連れて行ってやる。約束だ」

「うん。約束だよ!」



 少しだけ静かになった室内に、コップの氷が崩れる音が響いた。

 この広い部屋には二人しかおらず、会話が途切れれば当然、重い空気が顔を出す。


 それを嫌ったのか、ワルトナはワザと高めの声を出して雰囲気を掻き消し、ユルドルードに質問をした。



「ねぇ、おじさん。この間、天龍嶽に居たんでしょ?何があったの?」

「……おう、人類滅亡を救いにちょっとな。それについても謝った方が良いか。すまん、俺の不注意で冥王竜を取り逃がした。ノコノコ帰って来たアイツはボコって転がしておいたから安心してくれ」


「冥王竜を倒すなんて流石おじさんだね。すごいや!冥王竜はホントに強くてさ。僕も神殺しを使いそうになったよ」

「なに?神殺しを持ってるのか?」


「うん『神栄虚空・シェキナ 』。弓の神殺しだよ。僕にピッタリでしょ?」

「神栄虚空・シェキナか……。よし、頭を撫でてやるぞ!ワルト!」



 ごしごしと撫で付けられ、ワルトナは嬉しそうに頬を緩めた。


 昔は何も感じなかったこのやり取りも、信頼を向けられていると分かった今では素直に喜べる。

 ワルトナは、しばらく武骨な手の感触を堪能すると、ふっと表情を作り変え、疑問に思っていた事をユルドルードに向けた。



「おじさん、結局ね、シェキナは使わずに乗りきることになったんだ。それはね、僕たちが飼ってる白いドラゴンが仲裁に入ってくれたからなんだけど……何か知ってる?」

「ごふっ!」


「知ってるみたいだね。教えて、お・じ・さ・ん!」



 ユルドルードは、ワルトナに様々な事を隠している。

 それは、皇種を始めとする超危険生物に関係する事であり、ワルトナを危険に晒さないためだ。


 しかし、それ以外にも二つほど、隠している事がある。


 ・始原の皇種である那由他に付き纏われていること。

 ・ワルトナが管理している『ゆにクラブカード』のメンバーに、タヌキが紛れ込んだこと。


 この二つについて、心底、申し訳ないと思いながらも隠し続けているのは、大聖母ノウィンの指示があっての事であり、絶対に知られるわけにはいかない。

 だが、ペットだと噂の白い竜については話してしまっても良いだろうと、ユルドルードは口を開いた。


 当然、『タヌキ』は禁止ワードに設定されている。



「その白いドラゴンなら天龍嶽で会ったぞ。で、ワルトはアイツの正体を知らないのか?」

「具体的には知らないよ。けど、冥王竜を従えてたし、高位の竜のはずだよね?でもホロビノは僕たちが雛から育てたんだし……。もしかして、名のある惑星竜の息子とかかな?そうじゃないとレベルに説明が付かないし」


「いや、誤解があるぞ、ワルト。高位のドラゴンは死んだ後で生き返って、レベル1に戻るんだ」

「……は?生き返る?仮死状態から蘇るじゃなくて?」


「そうだ。まぁ、正確には新しい命に転生だな。お前がそのホロビノとやらを見つけた時、近くにドラゴンの死骸が無かったか?」

「あったよ。めちゃくちゃ大きくて、カッコいい奴だった」


「つまり、そのホロビノは、そのドラゴンの生まれ変わりだってことだ。始原の皇種『不可思議竜ふかしぎりゅう』は、神に『命の権能』を与えらえ、上位竜はその力の一部を使える。だから絶命した瞬間、ドラゴンは雛に転生し蘇るんだ。なお、ダメージを受け過ぎると卵になる」


「……それってつまり、ホロビノは冥王竜よりヤバいドラゴンってこと……?」

「おう。あの白いドラゴンの本当の名前は、『希望を戴く天王竜ウィルホープ・ウラヌス』。惑星竜の中でも最上位で、当然のように、並みの皇種なんぞ鼻息で殺すだろうな」


「……鼻息で、皇種を、殺す……。」

「ちなみに俺は昔、転生する前の天王竜と戦ったことがある。そん時は……尻尾の一撃でノックダウンさせられたぜ!」


「……おじさんが一撃……。嘘だよね?嘘って言ってよ?」

「嘘じゃねえんだなぁ、これが。しっかし、よくあんな化けもんを飼いならしたな。しかも、『希望ホープ』なのに『滅びの(ホロビノ)』と来たもんだ。誰が名付けたんだよ!」


「僕だよ、おじさん……」



 ワルトナは、自白するだけで一杯一杯だった。

 目尻に涙を浮かべて、超危険動物に悪戯を仕掛けてきた自分の愚かさを後悔しているのだ。



 ごめんよ、ホロビノ。

 今度会ったら、キミの好きなゲロ鳥のステーキをたらふく食べさせてあげるよ。

 だから許しておくれ……。ぐすん。



「知らなかったんだろ?それに、天王竜には嫌われてないと思うぞ?」

「そうなの?何でそう思うの?」


「お前には、天王竜の加護が付いてる」

「え!?」


「ドラゴン系の加護は良いもんだぞ?なにせ、生命力が増加し、傷の治りや魔力の回復が早くなるからな」

「待って!加護って、ピンチにならないと効果が無いんじゃ?」


「そんなことねえぞ。加護は相手を守る目的で付けるもんだしな」

「そうなんだ……。僕はホロビノに色々嫌がらせをしたのに……。リリンを取られたくなくてさ」


「まぁ、子供の嫌がらせ……で済む範囲を超えてえるな。スポイトはやり過ぎだろ。同じ男として許容できん!」

「うぐ!それはカミナが……。ごめんなさい。言い訳はしないよ……」


「そうそう、素直に謝っとけば良いと思うぞ。さて、楽しく飲みを続けるとする……か……あれ?」

「どうしたの!?おじさん!光ってるよ!?」



 話が一段落し、再び酒盛りの戻ろうかとユルドルードはコップに口を付けた。

 その瞬間、ユルドルード自身が光に包まれ、足元に形成された魔法陣が怪しく点滅を繰り返す。


 明らかな異常事態にワルトナは直ぐに戦闘態勢に入り、鋭い視線を魔法陣へ向けた。

 しかし、当事者たるユルドルードは柔らかな雰囲気のままだ。



「……はぁ。すまんなワルト、どうやら酒盛りはここまでみたいだ」

「え?え!?何が起こって……?馬鹿な!!ここは転移の魔法なんて完全無効の部屋だぞ!?」


「この魔法陣を寄越しやがったのは、そんな常識の通じる相手じゃねえ。あーあ。せっかくの贅沢な飯が……もったいねぇなぁ」

「まってておじさん!!僕が助けるよ!《予見せよシェキナ、かの魔法陣は、破滅する!》……なぜだ!?なんで壊れない!!」



 ワルトナは、素早く召喚の魔法を唱え、神栄虚空シェキナを解放。

 それを選んだのは、直感が最大の危機を訴えていたから。


 そしてその直感は、実現してしまう。

 ワルトナの放った矢は全て魔法陣を穿ち、込められた破滅の効能を発揮した。

 そして、発揮したのにも関わらず、魔法陣は完全な形で残っている。



「なんで……?神殺しを使ったんだよ?神すら騙す、虚空の聖矢だよ……?」

「この魔法陣自体が、転移の魔法陣を転移し続けているからだ。つまり、1秒間に数百回、転移の魔法陣が入れ替わっていて、そのいくつかを壊しても意味が無いんだよ」


「何それ……。そんなの、聞いたこともないよ……」



 世界最強の神殺しを使用したのにもかかわらず、成す術が見つからない。

 そうしている間にも、刻一刻とユルドルードは魔法陣に吸い込まれ、今はもう上半身を残すだけだ。


 ワルトナは、目尻に溜まった涙を拭うとユルドルードへ顔を向けた。

 ユルドルードの落ち着いた態度から、危険性は低いと判断したのだ。



「この魔法陣に危険はないんだよね?おじさん」

「無いと思うぞ。たぶん飯の催促だろうし、変に抵抗する方が問題だ」


「……飯?」



 よく分からない事を言われたが、ユルドルードが言うなら問題ないんだろうと、ワルトナは思った。

 そして、涙がこぼれていないことを確かめると、ユルドルードに笑顔を向ける。

 その笑顔は、まったくの穢れの無い純粋無垢な少女の笑顔だ。



「そっか、今日はお別れなんだね。……おじさん、今度会ったら、また接待するね」

「おお!それは楽しみだ。じゃーなワルト、ユニクを頼むぞ」


「うん、任された。次会った時は、『おじさん』じゃなくて、『お父さん』って呼べる様に頑張るからね!」

「……はは!まったく、ユニクにはもったいねえなぁ!」



 そしてユルドルードは光に飲み込まれて消えた。

 沈黙が支配するその部屋には、真っ白い少女が一人残されている。



「……おじさんと、もっとお話ししたかったなぁ」



 ポツリと寂しげに呟いて、ワルトナは、部屋の後片付けを始めた。


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