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第20話「ディナーの後は」

 英雄・ユルドルード。

 歴史に名だたる英雄であり、俺の親父。


 だけど俺は、親父について何も知らない。

 どんな顔なのかすらも、知らないんだ。


 しかし、全世界の人々は親父のことを、英雄ユルドルードの事を知っている。

 多くの命を救った英雄として、その生涯を民衆に晒し続けていた歴史の先駆者。


 ……でも、だ。

 全裸までは世界に晒さなくてもいいんじゃないだろうか。

 しかも、一糸纏わぬ姿でドヤ顔だったらしい。


 そんな事実、知りたくなかったよ……。

 というか、何やってんだよ……親父……。



「なぁ、リリン……」

「どうしたの?」


「いや、なんでもない……。なんでもないんだ……」

「そうなの?」



 そして一番の問題点は、この目の前に座る可憐な少女リリンは、この事件を知っていて、つまり、間違いなく見られているということだ。


 一緒に旅をする女の子が、俺の親父の全裸を見たことがあるって、何この、羞恥プレイ。

 息子のことも考えて、ムスコを隠して欲しかった。

 あーあーあー。



「さて、英雄ユルドルードは姿を消した。その後についてはまったくの手掛かりはない。正直なところ、ユニクを探すよりユルドルードを探す方が早いと思っていた時期があった。だけれど、その消息はちらほらと噂に聞く程度で、接触できたことは無い」

「会ってないのか?」


「うん。でも、死んでは居ないはず。白銀比様が見たと言っていた」

「皇種の?なんでそんな話を?」


「皇種ならユルドルードと出会ってないかと思って聞いた。案の定、知っているみたいで、最後に出会ったのは今から3年前の夏だったと」



 リリンは親父に出会っていない。

 ちょっと安心したような、そうでもないような……。

 ……いや、安心7割、安堵が3割。満場一致で安心したぜ。


 んで、狐の皇種が親父を知っている?

 まあ、ある意味、皇種にとって天敵みたいなもんだろうし、動向を把握していても不思議じゃないか。



「親父は皇種を討伐してきたらしいし、白銀比様にも出会っていた。その時期は今から3年前ってことは、俺はもうナユタ村に居たわけだな。村に住んで6年なわけだし」

「そう、それが不可解。なんらかの理由でユニクを村に預けていた可能性が高い」


「何らかの理由?」

「それは分からない。表舞台から消えた事と関係しているのか。それとも……全裸公開が恥ずかしくなり逃亡したのか……?」


「もし、そんな理由で俺が預けられていたのなら、見つけ次第ぶん殴るかな。……リリンも手を貸してくれ」

「うん。承知した。家族を大事にしないなど、殴られて当然!」



 親父、たとえ英雄だろうが何だろうが、事と次第によっちゃ容赦はしない!

 全力で親子の再会を味あわせてやる!


 俺はその為にも、強くなろうと心に決めた。



 **********



「さて、お勉強は一段落。今日はここまでにして、明日からは実践を混ぜながらユニクのレベルアップをしていこう」

「おっ!実践に移るのか!?」


「そう。座学は大事と言っときながらも、私自身、実践を経て強くなっていった。『習うより試せ』とは師匠たち、特に筋肉師匠(筋肉フェチ)によく言われた」



 一瞬だけ登場した筋肉師匠(筋肉フェチ)について、詳しく聞きたいんだけど。

 恐らく、師匠・アストロズさんの事、リリンが『変態』と言いきった人物の一人である。


 しかし、興味を引かれながらも質問をすることは出来なかった。


 タイミングを見計らったかのように呼び鈴が鳴る。

 どうやら、夕食が運ばれてきたみたいだな。



「本日のディナーでございます」

 


 並べられていく品々は、全て計算され尽くしたコース料理。

 朝も昼も、リリンがオススメの品を無造作に卓に並べたが、ディナーは違う。


 現れたのは、豪華なキャビネットと清廉な格好のメイドさん。

 整えられたテーブルには白いクロスが懸けられ、決められた順序で食器が並べられた。

 そして、一つ一つ丁寧に料理が盛り付けられていく様は、俺達にとても期待感を持たせてくれるのだ。


 村に居た頃では食べられない、綺羅びやかな料理。

 酸いも甘いも満たされた食事なんて、こんな贅沢は味わったことのない体験だった。

 

 次々出てくる品々に二人で舌鼓を打ちながらする他愛もない雑談は、もっぱら出てくる料理の事。

 「美味しいね」と語った後は、「次の料理も、楽しみだね」と、リリンは笑うのだ。


 ……そんな折に表れたのは、俺の、天敵。



「こちらはメインの肉料理、ウマミタヌキのステーキになります」



 しっかりと焼かれ、ジュウジュウと音を立てるコイツは、皿に乗り切らないほどの大きさだった。

 

 ……突然の戦いが、今、始まる。



 **********




 ディナーも終盤、なんとか宿敵を倒し、後はデザートを待つばかりとなった。


 運ばれていきたのは三種のデザート。

 どうやらリリンは、デザートを追加で頼んでいたらしく、コースデザートのプリンの他に、ワッフルアイスと、ショートケーキが運ばれてきた。

 手慣れた手つきで給事を済ましたメイドさんは、「食後のお茶のおかわりをお申し付けの際は、内線にてご連絡下さいませ」と言葉を残し、部屋を後にしていく。


 再び、二人きりの部屋。


 ちらっと、リリンを見る。

 アイスで頬を綻ばせながらも、スプーンはサクサクとワッフルを割っていた。

「しっかし、よく食べるなぁ」なんて言ったら雷撃が飛んできそうだな。


 ちょっとだけ苦笑しつつも、俺もプリンを堪能していた時、事件は起こった。



「ユニク、私のプリンも、……食べる?」

「………え?」



 そんな、馬鹿なッ!


 食べキャラのリリンさんが、デザートを差し出してくるなんてッ!!

 幻術の魔法か何かかッッ!?


 しかし、幻術の類いではなく、現実には、両手でプリンの容器を弄んでいるリリンの姿。

 勿論中身は入ったままだ。



「プリン嫌いなのか?」

「いや、嫌いではない。寧ろ好きだったし、このカラメルプリンは絶品と言ってもいい。でも、あまり食べたくない、『セフィナ』……妹のことを思い出してしまうから」


「……へぇ、妹が居るんだな。というか家族は何処に住んでるんだ?近いなら挨拶にでも行った方が良くないか?」



 自分で言っていてなんだが、何の挨拶だろうか?

 べ、別に、話の流れでつい口に出してしまっただけで、下心とかは、まるで無いんだからねッ!?


 冗談めいたことを考えながらも、実際、リリンは年頃の女の子なのだ。

 いくら神託とはいえども、見ず知らずの男と一緒に旅をさせるなんて、親としてみれば不安だろうしな。


 近いといいなぁなんて、楽観的な事しか考えていなかった俺は、リリンの一言で凍りついてしまった。



「そう言って貰えて嬉しい。けれども、それは無理。私の家族は、父も、母も、妹も、全員他界してしまっているから」

「え……?」



 暫くの沈黙。

 俺は予想だにしない返答に言葉が詰まってしまった。

 

 テーブルの向かいには真っ直ぐにこちらを見ているリリンの瞳。

 1秒か2秒か。もしかしたら10分以上かも知れない。

 その瞳を見つめた後、誰に従うでもなく、俺は思ったことを口に出した。



「その話、詳しく聞かせてくれないか?」



 どうして、こんなことを思ったのか自分でも分からない。

 けれど、リリンの家族についてなら、知らなくちゃいけないと心からそう思った。



「……あまり面白い話ではない」

「あぁ、家族が亡くなった話しをするんだ、面白いわけ無いだろ」


「気持ちのいい話しでもない……よ」

「分かってるさ。でも、聞きたいんだ、嫌か?」


「いや……ではない。けれど、約束して欲しい。話を聞いても、今まで通りに接してくれると」

「約束する」



 リリンは失言だったと言わんばかりに暗い表情だった。

 その視線はプリンに一心に注がれ、微動だにしていない。

 しかし、瞳の奥の瞳孔だけが、微かに揺らいでいて、食欲とはまったく違う感情の色をしていた。



「私は2回、家族を亡くした経験をしている。一回目は、パ……お父さんだった。気が付いたらお父さんは自分のベットの上で亡くなっていた」

「病気だったのか?」


「違う。健康そのものだった。私の家は、普通の冒険者の父と、不安定機構の内政官の母、そして、妹のセフィナと私で暮らしていた」



 あぁ、とだけ短く頷き、話を促す。



「冒険者の父はとにかく普通で、何処にでもいるような優しい人。大体は町の付近の森や川で危険動物の狩猟を主に行っていて、時おり遠くの町に赴いては、大きな討伐任務に参加していた。父はランク6の冒険者だったから」


「最後の任務の時は一年以上も帰ってこなかった。父の居ない生活も慣れてきてしまった頃、朝、目が覚めると、父と母の寝室でお母さんが泣いていた。父に覆い被さるようにして、服が汚れるのも構わずに泣いていたんだ」


「暫くして、父は任務に失敗し、命を落としたんだと母から教えられた。胸に大きな穴を開けた父は、失敗したなんて露ほども感じられないほどに安らかに眠りについていて、現実と夢の中を混ぜ込んだような不思議な感覚だった。悲しみもあったけれど、泣き続ける母とセフィナを守らなければ、頑張って強くなって、取り戻さなければと、強く思った。思っていたのに……」



 リリンはいつもと同じ平均的な真顔で、淡々と語る。

 声の震えもない無機質な声は、それこそが悲しみの頂点であるかのように、響き続けた。



「でも、私は、残った母とセフィナも失ってしまった。まさに運命の悪戯とでも言うかのように、どうしようもない、事故と殺人の間の、理不尽で身勝手な事件に巻き込まれて、家ごと、全て、焼き殺された」



 リリンは絞り出すような声で、話を続けた。


 両親の呼称すら統一できていない。

 ただ、悲痛な感情を隠すような鈴とした声だけは、静かな部屋によく響いていた。


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