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第82話「夜のお茶会④」

 ……さて、リリンが風呂に入っている間、俺は俺で出来る事をしておかないとな。


 現状、アルカディアさんは敵というよりも、親父の関係者ではないかと疑っている。

 理由も曖昧なままだが、なんとなくそんな気がするのだ。


 そして、今がチャンスだ。

 リリンが居ないのなら、親父について深い質問を投げかける事が出来る。

 なにせ、リリンは『英雄』の事になると、連鎖猪みたいに突き進む。

 天龍嶽、『ドラゴンの聖地inタヌキ』という、この世の果てに親父がいるかもしれないって話になった時も、「直ぐに確かめに行こう!」って言い出したし、疑惑が確定するまでは伏せておきたい。


 なにせ、噂が噂だけに覚悟が必要だ。

 俺としちゃ、親父に会いたい……気もするが、願わくば、アルカディアさんが親父の弟子で、和やかな雰囲気の中で再会したい。


 だから……俺は少しでも、アルカディアさんと仲良くなっておくべきだな!

 ふへへ。これは下心なんかじゃないぜ?

 だから断じて、セーフなのだッッッ!



「リリンも居なくなっちまったし、堅苦しい話は抜きにして雑談でもしようぜ。丁度、気になってることも有ったんだよな!」

「気になってる事?なにそれ?」


「あぁ、実は……」



 うん。落ち着け俺。

 胸のサイズとか聞いてどうするつもりだ。

 そんな事を聞けば、前門にタヌキ系少女、後門に魔王系少女という最強の布陣で挟み撃ちに遭うぞ。


 それよりも、もっとふさわしい話題があるはずだ。

 ……。

 ドストレートに親父の話題を振るのも、アレな噂のせいで、微妙に変態ちっくな感じがするんだけど。

 うーん。いきなりは抵抗があるし、ワンクッション置いてからにしよう。



「アルカディアさんってさ、森の奥深くに住んでたんだろ?あんまり町とかに来たこと無いのか?」

「無い。実は町に来たのは今日が初めて。ここは人間が多くて暑苦しい。さっきの建物も人多すぎ。少し追い出した方がいいと思う!」



 ……人が多いからって、追い出すっていう発想はなかったな。

 ちょっと戦闘脳すぎるだろ。

 森住まいではそれが普通なのか?確かに、山とかだと食べ物を確保するのが大変そうだけど。



「闘技場は特別に人が多いんだよ。慣れれば問題ないさ」

「そうなの?あ、でも、バナナやリンゴを売ってるのは良い!」


「バナナにリンゴ?あぁ、チョコバナナにリンゴ飴か。さっきはオレンジだったし、アルカディアさんって果物好きなのか?」

「好き。というか食べられる物なら基本好き。果物、小動物、木の根に、昆虫。好き嫌いせずに食べるのが、集落の掟!」



 昆虫は嫌っても良いんじゃないだろうか……。

 虫を喰うって相当だぞ?食糧難すぎるだろ。


 いや待てよ?じじぃの書庫にゲテモノ料理図鑑とかあったな。

 確かそれによると……一部の昆虫は、クリーミーな味がするとか?


 ……うん。アルカディアさんの可愛さで想像した俺が間違ってた。

 この話題はダメだ。速攻で話をすり替えよう。



「そっか。じゃあ町の常識とかも学んでいかないとな!」

「確かに、タヌキの常識ならよく知ってるけど、人間の常識は知らない。教えて欲しいかも?」



 タヌキの常識ってなんだよッ!?

 それはあれか?人間を見つけたら馬鹿にしまくるとか、バナナを愛さなければならないとかか!?

 ……ふふ。

 タヌキがすれば俺の胃をキリキリさせる奇行も、アルカディアさんの可愛さを持ってすれば、好意的に感じるから不思議なもんだ。


 バナナを頭に載せながら、うっきうきの足取りで帰ってゆく、アルカディアさん。

 艶やかな毛並みを手に入れて、自慢しに来るアルカディアさん。

 壊滅竜と戦って負けた後、俺の背中に隠れるアルカディアさん。

 獲物のキングゲロ鳥をリリンに横取りされ、呆然とするアルカディアさん。


 うーん。可愛い!

 癒されたし、本題に戻るか。



「えーとそうだな……あぁ、そうだ。これは俺も最近知ったんだけどさ。人類には英雄っていう凄い奴がいるんだ。すっごく強くて、皇種とかも倒すらしいぜ?」



 ここで英雄についての話題を出して、様子を窺う。

 アルカディアさんが親父の関係者なら、少なからず反応を示すだろう。


 リリンが風呂からあがる前に事実を確定させてしまいたい俺は、どんな些細な変化も見逃さないように、アルカディアさんを見つめた。



「……英雄?なにそれ」

「え?知らないのか?」



 ……あれ?まったく無反応だったんだけど。


 アルカディアさんの表情は一辺の曇りもなく、「なにそれ?」って感じだ。

 これは……。親父は関係ない……のか?

 いやいや、そうと決まった訳じゃない。

 もう少し追撃をして、様子を見よう。



「英雄ってのは凄い力を持った人間の事だ。たったの一撃で山を切り崩し、勢いよく噴き出す火山の噴火を止め、迫りくるドラゴン1万匹の群れを壊滅させ、気分が乗ったら大陸を焼け野原にする事が出来るらしいぞ!」

「……あぁ。うん。できるよね?」



 んん?何だ今の反応?

 今度は逆に、知っているような素振りだったぞ?

 いやいや、いくらなんでもそれはおかしい。


 前半はリリンが言ったことだが、後半は適当に言っただけだ。

 ドラゴン1万匹とか俺達が戦った200匹の群れの50倍だし、気分で大陸を焼け野原にするなんてのは、神の所業だ。

 それなのに、アルカディアさんは慌てることなく、オレンジジュースを飲んでいる。


 ……ぶっちゃけて言おう。

 渾身のボケが、スルーされたんだが。



「とまぁ、そんな英雄だけどさ。実は、俺の親父なんだ!!」

「う”!?げほげほっ!」


「ちょ!?大丈夫か!?」

「けほけほ。……。氷が出てきて吃驚した。う”ぎるあ!!」



 どうやら、アルカディアさんが飲んでいたジュースが少なくなり、ストローに氷の粒が侵入。

 いきなり口の中に氷が出てきて、むせってしまったらしい。


 うーん。なんてタイミングの悪い。

 というか、親父の事を誇ろうとしても、必ず失敗するんだけど。

 ロイの時もスルーされたし、今回はタイミングを逃した。


 やっぱり親父の事、誇れそうにないぜ。

 根本的に、運命に嫌われてるっぽい。



「そんな訳で、俺の親父はユルドルードっていう英雄なんだ。どうだ?ちょっと凄いと思わないか?」

「うん。すごい。タヌキで例えるなら、お父さんがタヌキ帝王だという事。それはとてもすごい」



「人類の希望・ユルドルード』=『人類の絶望・クソタヌキ』か。

 これは褒められてるのか?馬鹿にされてるんじゃねえよな?


 というか、アルカディアさんから、親父に対する親しみやすさみたいなものを感じる気がする?

 これは本当に……当たりか?



「なぁ、突拍子もないことを聞くけどさ、何処かで親父に会ったことがあるんじゃないのか?」

「う”!?……ない。あるわけないし!う”ぎるあん!!」


「んん?なんか怪しくないか……?」

「そ、それよりも、今度は私が質問したい。いい?」


「俺に質問?いいぜ」



 唐突な話題変更とか、ものすごく怪しい。

 が、ここはあえて話に乗っておく。

 一度引いたと見せかけて油断を誘い、一気に勝負を決めに行くのだ。


 最早、アルカディアさんが敵の可能性は限りなく低いと思うが、『親父がラスボスでした』パターンは小説でもよくある展開だし、一応警戒しておくべきだな。

 俺はアルカディアさんの質問に答えるべく、出方を窺う。

 まっすぐに視線が向いている中で、アルカディアさんは優雅な動きで語りだした。



「ゆになんちゃら、この美しい毛並み、どう思う?」



 そして、アルカディアさんは、自分の髪の毛を『ふぁさー』ってやった。


 くぅぅぅぅぅ!胸がキュンキュンするッ!

 なぜかアホタヌキが脳内を疾走しているが、それでも心臓はバクバクと高鳴り、油汗が滲み出るぜ!!



「あぁ。滅茶苦茶、綺麗だと思うぜ……。宝石みたいだな!」

「宝石とか。石に例えられても嬉しく無いし!」


「えっ!?えっとそれじゃ……みずみずしいオレンジみたいに輝いてるぜ!」

「ステキ。ユニなんちゃらは情緒がある!」



 アルカディアさんは、親指を立てて、朗らかに笑った。

 オレンジに例えられたのが相当、嬉しいらしい。


 あぁ……その仕草も可愛い……。んだが、なんだ?この妙なやりにくさ。

 アルカディアさんにとって、オレンジ>>宝石なのか。

 どんだけ食い意地張ってんだよ。まるでタヌキじゃねえか。


 あ、そういえば、タヌキトークをするのを忘れてたな。

 よし、出番だ。アホタヌキ!

 お前のマヌケな行動を踏み台にして、俺達の親密度を上げさせて貰うぜ!



「そう言えばさ、アルカディアさんはタヌキに詳しいんだったよな?」

「まぁ、詳しいというか、詳しいを超越してるし」


「実は、俺の所にちょくちょく顔を出すタヌキ将軍が居てさ」

「……かわいいの?」


「いいや。そいつが滅茶苦茶、アホだって話だ!」

「……アホとか。どういう所がアホなの?」



 お?よしよし、アルカディアさんは興味がありそうだ。

 なぜか目をぎらつかせ、獲物を屠る様な目で俺を見てくるが、可愛いので問題ない。



「どういう所というか、アホの塊みたいな奴だな。俺の所に遊びに来ちゃ、醜態を晒して帰って行くんだぜ」

「……続けて。とっても、気になる」


「基本的に行動がアホなんだが、流石にドラゴンに喧嘩を吹っ掛けているのを見た時は、驚きが込み上げてきた。体格差を考えろってさ」

「好きで戦ってるんじゃないし!……と思う。でも、すぐに助けたんでしょ?」


「いや、面白そうなんで、しばらく観戦してたぞ?」

「しばらく観戦してた……」


「そんでさ、アホタヌキはいい感じに攻撃してたのに大事な所で石につまずいて、盛大にコケやがったんだ。四足歩行のくせに!」

「あれは、仕方がないし!!森ドラゴンの張った罠だったし!」



 今、凄いことを口走ったな。


 アホタヌキをネタにして親密度を上げる作戦が、妙な所で効果的に働いたようだ。

 どうやら、アルカディアさんはあの戦いを見ていたらしい。


 あのポイゾネ大森林は、冒険者カードが無いと立ち入ることが出来ない。

 正確には、ランク4以上の冒険者が一緒じゃないと、森の中心にいく時にある誤侵入防止のトラップに引っ掛かり、すんごいことになる。

 アレを受けて森の奥に進もうと考える奴なんていないだろうし、アルカディアさんはランク4以上の冒険者の資格を持つ……いや、それはないな。


 アルカディアさんは町に来るのは初めてだと言った。

 だから、森に不安定機構の支部が無い限り、冒険者になるのは不可能だ。


 とすると、同伴しているお師匠様とやらは、ランク4以上の冒険者か。

 性別は『おじさま』だから男だし、親父の可能性がどんどん高くなってゆく。


 よし、お前の話題、役に立ったぞ。アホタヌキ。

 次に会ったらバナナチップスでもくれてやろうかと考えつつ、話を続ける。

 今度は親密度を上げるため、笑いと取りに行く番だ!



「あの闘いも見てたのか?ん―じゃあ、もしかして、アレも見たのか?」

「あれって?」


「魔法が直撃して、毛がクルクルのチリチリになったアホタヌキだよ。あれは笑えたぜ。どうみてもタヌキじゃない不思議生命体だったしな!」

「どうみてもタヌキじゃない……。不思議生命体……。」


「そんで、タヌキの癖に毛並みを気にしてジョンボリしててさ」

「慰めて欲しかった……んじゃないかなって思う」


「いや、むしろ、今度会ったらその毛並みを野次ってやろうと思ってたくらいだ。だけどさ、実は残念なことに」

「残念?なにが?」


「アイツの毛は元に戻る……どころか、キラッキラのサラッサラになって帰って来やがった。それはまるで高級室内犬で、野生はどこに行きやがった!?って感じだったんだよ!」

「そのタヌキはきっと、綺麗な毛並みを手に入れて喜んでいる。今度見つけたら、お祝いに美味しいご飯を食べさせてあげると良い!」


「確かにそれも良いかもな。飯を食わせて油断させてから、グラムで角刈りにしてやるぜ!アホタヌキにはそれがお似合いだ!」

「……角刈りは酷いと思う!」


「じゃあ坊主だな!タヌキのくせに、サラサラなのはなんか許せな……ん?どうしたんだ?」

「……にするな」


「ん?」

「毛並みを馬鹿にするなぁああああ!!」



 え?ちょ、ま、どぐふぅ!


 アホタヌキトークを聞いていたアルカディアさんは突如立ち上がり、俺の頬に拳を振り抜いた。

 一撃で視界が点滅する程の衝撃。

 まさに、初めてアホタヌキと戦った時の動きを彷彿とさせる、良いパンチだ。ごふっ。


 流石は自称タヌキの集落で生まれ育った少女。

 まるでタヌキそのものであるかのような、怒濤の連撃を俺に繰り出してきている。



「ぐはっ!どぐっ!ぐえ!ぐふっ!ごふっ!……」

「毛並みを馬鹿にする奴は、絶対に許さない!謝れ!この野郎!」


「ぐ!ごっ!ごっ!ごっめ!」



 ふざけんな!声が出せねえじゃねえか!

 謝れって言うのなら、少しは手加減してくれよ!!


 第九守護天使が残っているとはいえ、激しく殴られれば衝撃は感じるし、声だって出せない。

 ちくしょう、美少女に押し倒されるとか、普通は魅惑の展開になるはずなのに。

 なるほど、これが腹上死ってやつか。はは!



「毛並みをバカにする奴は、死んでしまえ!うぃぎるあ!ぎぃーぎるあ!」

「ごふッ!ごふッ!俺が悪かったって!謝るから!ごめんなさい!」



 というか、これって普通に襲われてるんじゃないか?

 だって、どう考えてもおかしい。

 何がアルカディアさんの逆鱗に触れたんだ?

 アホタヌキを罵倒したのは事実だが、アルカディアさんとアホタヌキになんの関係が……?


 アルカディアさんは、タヌキな形相で俺に拳を振り降ろし続けている。

 体勢は、俺に馬乗り。

 ちょっと背徳的な体勢ながらも、命の危険をヒシヒシと感じる、大変にスリリングな情景に油汗が止まらない。

 こんな光景をリリンに見られた日には、魔王様な槍で滅多刺しにされるだろう。


 やべえ。その前に脱出しないと。

 俺は惑星重力制御を発動するべく、グラムの召喚陣を起動した



「来い!グラム」

「……呼ばなくても、ここにある。はい。」


「あぁ、ありがとうリリン。よし……、もう手遅れだ」

「私がお風呂に入っている間に、随分仲が良くなったんだね。ふぅん。私も混ぜて欲しいな《雷人の元に集いし……》」


「すみませんでした!だから雷人王(ゼウス)はやめてくれッ!」



 リリンから冷やかな声が放たれ、一瞬で空気を凍りつかせた。

 そして、圧倒的ジト目で俺達をひと睨みすると、人類最高峰の雷撃魔法を躊躇なく準備し始めたのだ。


 いくらなんでも、室内で使う魔法じゃない。

 ついでに言えば、人に向けるべき魔法でも無い。



「意外と早かったな、いつもならもっとゆっくり入ってくるだろ?」

「よくよく考えたら、ユニクとアルカディアを二人きりにする危険性に気が付いた。なので、速攻で出てきた。その懸念は正しかったと思う!」



 リリンは、俺とアルカディアさんの間に割って入り、鋭い目で威嚇している。

 確かに、敵かもしれないと疑っている人が俺に馬乗りになってたら心配もするか。


 だが、なんで俺の背中に回した手が爪を立てているんだ?

 つーか、第九守護天使越しに圧力を感じるとか、相当力入れてるだろ!!



「アルカディア。ユニクは私の。大事な事だからもう一度言う。ユニクは私の!」

「う”ぎるあ……。毛並みを馬鹿にした恨みは忘れない!もっと殴らせて!」


「ダメ!ユニクを殴って良いのは私だけ!!」



 おい待て、リリンも殴っちゃダメだからッ!!

 睨み合いながら興奮している二人は、まさに一触即発状態。


 いつも風呂上りはタヌキの格好をしているリリンも空気を呼んだらしく、さっきとは違う魔導服を装備している。

 星丈ールナこそ持っていないものの、放っておくと死人が出そうだ。


 なお、死亡する可能性が一番高そうなのは俺だ。



「二人とも落ち着いてくれ。というかリリン、これは俺が悪いんだ。不要な話をしてアルカディアさんを怒らせちまった」

「そうなの?ふぅん。まあいい、それよりもアルカディア。お風呂にでも入って今日の汚れを落としてくるといい」


「風呂?風呂って確か温かいお湯に入るんだっけ?」

「お風呂に入ったこと無いの?」


「……温泉ならある。いいよね温泉」

「そう。お風呂はとても気持ちが良い。それに、今日は入浴剤も入れた。オレンジとハーブの良い匂いのする奴」



 なぜかリリンが、アルカディアさんに風呂を勧め始めたんだけど?


 あ。一見して好意的に見えるその平均的な表情も、よく見れば大魔王様の頬笑みって奴だ。

 これは……風呂に何かを仕掛けているんだろう。

 ちょうどリリンと二人で話したかったし、俺も後押しをしておこう。



「入浴剤か。温まるし肌はすべすべになるし、良い事ずくめだよな!」

「そうそう。当然、シャンプーもリンスも完備。サラサラな髪がもっと輝く!」

「もっと輝く!?それはすごい!」


「ほら、遠慮してないで入ってきていいぞ」

「そうそう。あ、着替えは持っている?」

「着替え?ない。というか、これしか服を持っていない」



 え?服をそれしか持っていない?

 突然の暴露に、俺もリリンも動きが固まってしまった。


 というか、よくそれで今まで生きてこられたな。

 今着ている服は殆ど汚れていないし、しっかりと洗濯はしているんだろう。

 で、一着しかないという事は、洗濯をしている時の格好は……?


 あ、これはヤバい。

 妙な所で、親父の影が出てきやがったッ!!



「そう。だけど心配無い。既に着替えは準備済み。脱衣所に用意してきた」

「リンなんちゃらは気がきくね。おじさまなんて、出し渋ったのに……」


「ふ。私は出来る女だということ。あ、脱いだ服は棚にある籠に全て纏めて入れておいて欲しい」

「分かった。じゃあ、お風呂に入ってくる!毛並みの手入れは大切だし!」



 そう言い残して、アルカディアさんはウッキウキな足取りで浴室へ消えて行った。


 そんな所まで、アホタヌキにそっくりだと……。

 タヌキ少女は、伊達では無い。



「そんでリリン、何か目的があってアルカディアさんを風呂に行かせたんだろ?」

「もちろんそう。この時間を使ってユニクと意見の擦り合わせをしたかったのが一つ、それと……それは後でにしよう」



 リリンは今までの状況を整理するべく、風呂に入りながら纏めて来たらしい。

 それによると、アルカディアは敵ではなく、俺に一目惚れしてついて来ただけの一般人の可能性が高いという。


 敵じゃないのは俺も同意見だが、一般人というのは俺と意見が食い違っているな。

 さて……。



「アルカディアさんが敵じゃないのは確定だとして、一般人というのは違うと思うんだ」

「どういうこと?」


「あぁ、少し会話して思ったんだがな……」



 リリンが風呂に入っている間に発生した疑惑は大きく分けて二つ。

 一つは、『親父の関係者』、もう一つは『俺の幼馴染』、つまり『ゆにクラブカードを持っている可能性』だ。


 二つある疑惑の内、親父の事はまだ伏せておく。

 リリンには冷静に話を聞いて欲しい。



「アルカディアさんが言った『一目惚れ』というのは、偽装な気がするんだよな。何となくだけどさ」

「つまり、アルカディアは目的があってユニクに近づいているということ?」


「あぁ、ぶっちゃけ、ゆにクラブカードを持っていても不思議じゃ無いような気がするぞ?」

「やはりそう?私もその可能性に行き着いた。だから、罠を張って来た」



 ……リリンが平然と、罠を張ってきたとか言い出したんだけど。


 肉体的にも精神的にも解き放たれる場所、風呂。

 そこに罠を仕掛けて来るとか、大悪魔さんは容赦が無い。


 というか、罠を張るまでの流れ、スムーズすぎるだろ!?

 どう考えても、今思いついたとは思えない。

 だとすると……。


 心無き魔人達の統括者、風呂に人を連れ込んで、何をしてやがった!?



「罠か。で、それはどんな罠なんだ……?」

「仕掛けた場所は、脱いだ服を入れる籠」


「籠に罠?どういうことだ?」

「つまり、こういう事。《サモンウエポン=洗濯籠!》」



 うわ!予想してたのより、数段酷い罠だったッ!!


 リリンがテーブルの上に召喚したのは、脱衣所に備え付けてある洗濯籠。

 当然、中身……アルカディアさんが今まで着てた服はしっかりと入っている。


 つまり、リリンはアルカディアさんの持ち物を強奪し検査するために、風呂を勧めたのだ。

 なにこの、スタイリッシュ追い剥ぎ。

 もはや、職人レベルに精錬されてるんだが?



「確かに効果的な手段とはいえ……容赦ないな、リリン」

「敵の可能性が1%でも残っている以上、容赦なんてするわけない。じっくり検査させて貰う!」



 そう言ってリリンは、一番上に乗っていたポシェットを容赦なく手に取り、ファスナーを開けた。


 ポシェットはお金や小物を入れておくもので、当然、貴重品も含まれているだろうというのは、俺とリリンの総意だ。


 魔法空間に物を収納できると言っても、魔法空間そのものが常に紛失と隣り合わせ。

 リリンほど卓越した使用者でも全財産をそこに保管しておくことは無く、冒険者カードなどは腰に付けたポーチに入れている。


 なので、アルカディアさんのポシェットの中身には期待している。

 むしろポシェット以外は服しかないので、手がかりになりそうな物は無いだろう。


 そしてリリンは、平均的なワクワク顔でポシェットを覗いて……表情を困惑させた。

 そして、そのまま無言でポシェットをひっくり返し、中身を机の上にぶちまけてゆく。



「……。な、ん、だ、こ、れ、は?」

「木の実。正確には、ドングリとも言う」


「……何でドングリ?」

「分からない……。ドングリをそのまま食べるのは渋すぎる。アク抜きが必要」



 リリンが何故か、ドングリの食べ方を披露し始めた。

 食べる為には下処理に時間が掛るらしい。って、問題はそこじゃないだろ!


 アルカディアさんがポシェットにドングリを入れていた理由……。

 あ、チラホラ他の木の実が混じっているな。こっちはイチゴみたいなものもある。


 どう見ても食料です。

 手掛かりどころか、夢も希望もありゃしない。



「中身は全部、木の実なのかよ……」

「お金すらないとか。本当に借りた分しか持ってないんだね」


「というか、手掛かりがまるでなかったな」

「うん。森で暮らしてたという事に、信憑性が高まった程度だね」



 なんて悲しい持ち物検査だろうか。

 きっと、心無き魔人達の統括者の歴史上、最も酷い持ち物検査だと思う。



「なぁ、リリン。ポシェットの他に何かないのか?」

「待ってて、調べる。あ、ユニクは触ってはダメ!」



  おっと。不用意に手を伸ばした俺に、リリンから叱責が飛んできた。

 無頓着に手に取ろうとした俺が間違いなく悪いし、言い逃れのしようもない。


 反省してるよ。だからな、リリン。

 『失楽園を覆う』を解除してくれ。動けない。



「セーターに、半ズボン。特に変わったものはな……ん?」



 リリンは一枚ずつ服を検査し、綺麗に畳んでいく。

 そして、検査は順調に進んでいき、次に手に取ったのはカラフルな布だった。


 派手なカラーリングで、ネコらしき動物がいっぱい書かれている。

 ん、なんだそれ?

 ぱっと見た感じ、服には見えない。

 それは、ハンカチ……か?


 布地はくたびれており、随分と歴史を感じさせる。

 言ってしまえばちょっとボロイし、痛みやすいハンカチだと思った。


 だが、違った。

 リリンはその布を不用意につまみ上げ、パサリと広げ正体を露わにさせる。


 それは、ちょっとヨレヨレの、男もののパンツだ。

 ……え"。



「ちょ!リリン!なんてもんを広げてるんだよッ!?籠に戻せ!」

「え?あ、ご、ごめん。すぐにもど……。って、私は悪くないと思う!!」



 いやだってそれ、どう見てもパンツ!

 状況から察するに、どう考えても、アルカディアさんのパンツだろ!?

 いくら心無き大悪魔と呼ばれていようとも、年頃の乙女のパンツを強奪し、見せつけてくるんじゃねえよ!?


 リリンは慌ててパンツを籠に戻すが、5秒くらい考えた後、再びパンツを持ち上げて広げた。

 流石にこれは注意するべきだ。

 だって、そんな……こう言っちゃアレだが、夢も希望もありゃしねえ。



「なぁ、リリン。一応それは、年頃の女の子のパンツだ。俺に見せるのはどうかと思うぞ?」

「私だって、ユニクにパンツを見せるつもりなんて無かった。けど……もしかしたらこのパンツは、手掛かりになるのかもしれない」


「は?パンツが手掛かり?なんでそうなった?」

「だって……。名前っぽいものが書いてある」


「なんだって!?」



 リリンはパンツを机に上に広げ、内側のゴムの所を指差した。

 そして、そこには……。


 明らかに、人名であろう文字がペンで書かれている。

 薄く、しかも滲んでいる為に、正確には読み取れない。

 だが、確実に『アルカディア』ではなく、もっと違う誰か……?

 ……。

 …………。

 ………………あ。


 凄いな。世界には、理解しがたいほどの変態がいるんだな。

 まさか、年頃の女の子に使い古しのパンツを履かせて喜ぶ変態がいるなんて、俺にはレベルが高すぎて理解が出来ねぇよ。



 ……なぁ、親父。


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