第80話「夜のお食事会②」
「これは……。今日も凄く美味しそう!とても楽しみ!!早く食べよう!!」
「う”ぎるあぁ……。すごい……。こんな凄いの、見たこと無い……!リンなんちゃら。ホントに食べていいの?」
「もちろんいい。ご飯はみんなで食べると、とても美味しくなる!」
「好き!リンなんちゃらは美味しいご飯を食べさせてくれるから、好き!」
おい、テーブルに並べられた料理の品々を見て目を輝かせている、そこの可憐な大悪魔さん達。
大親友みたいにイチャラブしているが、ついさっきまで醸し出していた殺伐とした雰囲気はどこにやったんだ?
部屋に運び込まれてきたのは、オレンジをテーマにしたフルコース料理。
本来なら食事に合わせて運びこまれるのだろうが、今日はいっぺんに全て持って来て貰っている。
これから行うのは腹の探り合いであり、もしアルカディアさんを敵だと断定してしまった場合、そのまま戦闘になる可能性もある。
なので、料理は一度に運んで貰い、食事の時間を削減。
そのかわり、素直に食事を楽しむことにしたのだ。
テーブルには全10種の料理が所狭しと並べられ、圧巻の一言。
どうやら全ての料理に、オレンジ、もしくは柑橘系の果物がふんだんに使われているらしく、爽やかに食べられそうだ。
「リンなんちゃら!リンなんちゃら!これは何!?」
「これは……、生ハムとオレンジを使ったサラダ。スライスした生ハムは塩辛いけど、オレンジの酸味と甘味が優しくまろやかにしてくれる。とても美味しい!」
「生ハムにオレンジ……ごくり。じゃあ、これは!?」
「それは、鶏肉のソテー。一見してオレンジは使われていないように見えるけど、実は、オレンジの皮と一緒に炒めている。香ばしくて美味しい!」
「皮まで食べる!?人間は凄い!」
いや、ホントに嬉しそうだな二人とも。
マジで、さっき食ったタコ焼きやらお好み焼きやらは、どこに吸収されたのか疑問に思うレベル。
胃袋が魔法次元に繋がってるんじゃないだろうか。
そして、ホテルの厨房も凄く対応が良かった。
まさかリリンの無茶ぶりに、ここまで対応してくれるとは思ってもいなかったぜ。
俺は並べられた料理を見ながら、添えられていたメニュー票と見比べていく。
『旬野菜と、食べ応え満足フルコース~ご要望のオレンジを中心に~』
1. 前菜 『生ハムとオレンジのサラダ』
2. スープ 『パンプキンポタージュとパン』
3. 魚料理 『致命鯛のホイル焼き~塩ミカン風味~』
4. 肉料理 『ピールと二歩鶏のソテー』
5. ソルベ 『完熟いよかんのムース』
6. 肉料理 『身倒牛のステーキ~オレンジソースを添えて~』
7. 生野菜 『春野菜とアスパラ~ざくざくクルトン乗せ~』
8. デザート 『オレンジアイスクリーム』
9. 果物 『5種のミカン盛り合わせ』
10.ジュース 『果汁100%、オレンジ&ラズベリージュース』
すげぇ。滅茶苦茶、美味そう!
俺だってタコ焼きを一パック食べているが、そんな些細な事は気にならないほどの豪華さで、圧倒される。
リリンもアルカディアさんも、どうやら俺を待っているようだし、ここは素直に流れに身を任せよう。
おっと、最後にもう一品追加しないと。
11.タコ焼き『~特盛の鰹節とネギ、屋台のおやじの困惑顔を添えて~』
……完璧だ!
「よし、頂くとするか」
「うんそうしよう。アルカディア、遠慮せず食べて欲しい!」
「ありがと!う”ぎるあ!」
「「「それでは、いただきます!」」」
俺はコース料理の作法とか、全然知らない。
が、今は楽しいお食事会。
格式ばった作法も大事だと思うが、楽しく食べられればいいと思うので、思うがままに口にするぜ!
そうだな、まずは……パンプキンスープとパンから行くか。
スプーンで一掬い。
そっと口に運んで……んん!?意外と黒コショウが効いてるな!美味い!!
「パンプキンスープ、すげえ美味いぞ!」
「う”ぎるあ……この黄色いの超おいしい……。感動モノ」
「うん。ちょっとスパイシーとは意外。あ、パンに付けるとさらに美味しい!」
どれどれ、次は……。おぉ!この魚、口に入れたらフワリと溶けちゃったぞ!?
鳥は……んー!ジュ―シィー!!
「魚も鳥も、美味すぎる!」
「しゃくしゃくしゃく……う”ぎるあ~ん!!生ハム、オレンジの風味がする!これは凄い、凄すぎて凄い!」
「こっちのステーキも……もぐもぐ。うん。さっぱりしてて、いくらでも食べられると思う!」
リリンもアルカディアさんも、満面の笑顔でとても楽しげで、新しい皿を頬張る度に、小動物の様なリアクションがすごく可愛い。
あ、ついにリリンとアルカディアさんのテンションが最高潮に達したようだ。
二人揃って、タヌキっぽい踊りをし始めている。
あぁ、美味い食事に、美少女の笑顔。
綺麗な夜景に、何かが起こりそうな魅惑のホテル。
さっきから天国と地獄の往復が激しいな。
はは!今が楽しけりゃ、それでいいか!
俺達はしばらくの間、料理を楽しみながら親睦を深めていった。
**********
「ご馳走さまでした。リンなんちゃら、ユニなんちゃら、とても美味しかった。ありがと!」
「いい。せっかく友達になったのだから、これくらいはいつでも奢る」
「ホント!?凄く嬉しい!う”ぎるあん!」
アルカディアさんはオレンジフルコースが大変に気に入ったようで、とてもご満悦だ。
食事が終わった後も終始ニコニコし、リリンが注文したオレンジジュースのお代わりを嬉しげに飲んでいる。
これは……何を聞いても許してもらえそうな雰囲気!?
もしや、アルカディアさんと仲良くなる千載一遇のチャンスなのではないか!?
よしさっそく……って、目的を見失ってるな、俺。
心理的には違って欲しいとはいえ、アルカディアさんは現在、容疑者の第一候補だ。
ここは慎重に事を運ばなければなるまい。
俺はリリンに目配せを飛ばし、リリンが頷くのを待つ。
そしてリリンはすぐに察してくれたようで、荘厳に口を開いた。
「……よし。食後のデザートを頼もう!」
「食いもんから離れろよッ!!」
「えっ?違うの?」
「違うぞ。つーかデザートもコースの中に入ってただろ。ムースも入れりゃ、3種類も」
「……アルカディア、デザート食べたくない?オレンジケーキとかあるよ?」
「食べたい。お話をするには必須な気がする」
「二体一だね。ユニクの負け!」
そう言ってリリンは、壁に備え付けられた電話機の所に行き、受付へ注文を始めた。
くっ!こいつら、意気投合した上に結託までしやがって。
まるでリリンが二人いるみたいだ……って、何で俺が孤立してるんだよッ!?
おかしいだろッ!アルカディアさんの疑惑を追及するんじゃなかったのかよ!
俺はリリンの背後にそっと近づき、アルカディアさんに聞こえないように小声で耳打ちをした。
「リリン。今の目的を言ってくれるか?」
「食後のデザートを頼む。オレンジケーキにオレンジパイは欠かせないと思う!」
「……うん。俺の言いたいこと分かるか?ん?」
「……流石に、目的は忘れていない。これは作戦」
「作戦?なんのだ?」
「美味しい食べ物、特に好物を前にすれば人間は素直にならざるを得ない。無意識的に嘘を拒むようになる」
「ホントかそれ?」
「レジェから聞いたから間違いない。レジェは相手から情報を引き出すのが超得意。レジェの作るご飯の前では、私も常に陥落していた!」
「レジェリクエ女王陛下、女王なのに料理が得意なのかよ……」
つーか、うちの大悪魔さん、大魔王陛下に餌付けされてるじゃねえか。
女王様で、大魔王で、奴隷階級の支配者で、ロリで、ゴスロリで、料理が得意で、20万の兵を決戦兵器に変える力を持つ、ゲロ鳥愛好家。
ちょっと属性盛り過ぎだろ。
程なくしてオレンジケーキとパイ、クッキー巻と饅頭が届き、会談の準備が整った。
おい、デザートの品数がメインを圧倒しそうな勢いなんだけど!
「アルカディア。あなたの素性は分かった。それで、今のあなたの目的は何?何をしに、この町に来たの?」
話を切り出したのはリリンだ。
昼間に聞いた話だと、アルカディアさんは今日の夜に用事があるらしい。
俺達がこうして話をしているのも、その用事の内容を明らかにし、敵かどうかの判断材料とするためだ。
さらに、アルカディアさんをここに拘束しておくという意味もあると、さっきリリンが言っていた。
別動隊として動いているメナファスの所に、敵が接触を計ってくる可能性は高い。
もし、メナファスが敵と接触している時間帯に、俺達とアルカディアさんが一緒に居たのならば、敵の主要メンバーの可能性は低くなる。
逆に、メナファスの所に敵が現れなかった場合や、数が少なかった場合、またアルカディアさんが帰った後だった場合などは敵の可能性が高くなってしまう訳だ。
要は、アルカディアさんのアリバイの証明をしようって話だ。
敵は狡猾な暗劇部員。言動だけじゃ判断材料としては不十分だしな。
アルカディアさんは、リリンの質問に沈黙した後、ゆっくりと口を開いた。
その表情は硬く、明らかに何かを隠している、そんな雰囲気だ。
「今夜、集会があって、そこに出席するように命じられた」
「命じられた?誰に?」
「お師匠様……。勝てればランクアップで、色々凄い特典が貰えるらしい?」
「らしい?知らないの?」
「知らない。初めてだし」
ここで出てきたのは、『集会』という単語と、『勝てばランクアップ』という事実。
アルカディアさん自体も良く分かっていなさそうだが、ある程度の事を読み取ることが出来るくらいには情報が含まれていた。
「集会に、ランクアップね。何の組織?」
「……それは言えない。秘密のベールに包まれてるし、私程度が暴露していいと思えない」
俺やリリンが気付いたのは、アルカディアさんは何らかの組織に属し、その組織には階級があるという事だ。
不安定機構・黒は世界を統治する組織であり、指揮官や、指導聖母といった階級も存在する。
アルカディアさんの言っているのが暗劇部員の階級の事を差すのならば、もはや確定的なのだが……。
ちくしょう。ワルトに連絡が取れないのが悔やまれる。
大会が終わった後でリリンが電話をかけていたが、『この電話番号は、現在、使用する気がございません』とかいう、腹の立つコール音が流れた。
リリンの話ではこのコール音が流れるのは相当珍しく、凄く重要な任務をする時などにしか使わないらしい。
ワルトも頑張ってるみたいだし、俺達だけでなんとかしないとな。
俺はさらに追及するべく、アルカディアさんに疑問を投げかけた。
「秘密の組織か。それが暗劇部員だってのなら、隠す必要はないぜ?リリンもそうだしな」
「そうそう。それに、私の友人はなんと指導聖母。だから隠してもばれてしまう。正直に話して」
アルカディアさんの言った「私程度」という言葉、これは、階級が低いことを意味している。
つまり、敵の中心人物の指導聖母ではないという事だ。
ならば、上手く誘導できれば、寝返らせることが出来るかもしれない。
ブライアンに続いて、二人目の情報がワルトの手の中に入るのなら、一気に事態が進むはずだ。
俺達は真剣な眼差しをアルカディアさんに向け、出方を窺う。
そしてアルカディアさんは、フツ―に答えた。
「知らない。暗劇部員?なにそれ?」
「「は?」」
「全然聞いたこともない。劇って言うくらいだし踊るの?」
「「……。」」
「踊りなら、私も得意。見てて。う”ぎぃるあ~!う”ぎるお~!う”ぃぎるぎる~!」
……。
どうやら、アルカディアさんは暗劇部員とは関係ないらしい。
口ではなんとでも言えるとも思うが、一辺の曇りもなく「知らない」と言い切った時の表情は、とてもじゃないが嘘をついてるようには見えなかった。
どうやらリリンもそう見えたようで、首をかしげている。
そうか……。アルカディアさんは暗劇部員じゃないのか。
うん。そうとしか思えないな。
……なにせ、今踊ってるのは、タヌキ踊りだ。
こんな踊りを敵が踊りだしたら、どんな顔をすればいのか非常に悩む。
だが、悩んだ末に、銀河終焉核を撃ち込むだろう。
しかし……。
「う”ぎるあ~う”ぎる~!ぎるぎるお~!」
うわぁ!胸がキュンキュンするッ!!
アホタヌキの踊りと酷似しているのに、俺の胸が高鳴って止まらないッ!!
くっ!タヌキ属性という事を差し引いても、歓喜の感情しか浮かんでこねえ!
あぁ~至福の時だ。
なにせ、アルカディアさんが髪の毛を『ふさぁー』ってやる仕草をする度に、良い匂いが俺の激情を奮い立たせそうになる。
くぅ!お前に見せてやりたいくらいだぜ、アホタヌキ!
お前とはな、クオリティが違うんだよ、クオリティがッ!!
俺の視線はアルカディアさんの華麗なるタヌキ踊りに釘付け。
心臓は激しく脈打ち、油汗がしたたり落ちる。
ここは、天国。
華麗な天使の踊る部屋――ごふっ!
「わき腹が……わき腹に激痛が……」
「目的を忘れているからそうなる。自重して欲しい。さて、アルカディアは暗劇部員の使徒ではないけど、秘密の組織に属しているという事で良い?」
「うん」
「……やっぱり、その組織、教えて?」
「それはダメ。ダメって言われてるから、ダメ!」
アルカディアさんの意思は固く、どう誘導しても話をしてくれる気は無いらしい。
一応、暗劇部員では無いという収穫はあったが、敵が雇った冒険者という線は消えていない。
リリンも怪しんでいるようで、鋭い視線のまま、次の質問を投げかけた。
「それでは、もう一つ聞きたい。なぜ、私達の事を見ていたの?……それに、カミナと遊んだというのは嘘だった。それは間違いないこと!」
「う”。遊んだというか、実は見てただけ。私が出て行く前に呼び戻されてしまったし」
「見ていただけ?じゃあ聞きたい。なんで私達の事を見ていた?それも、一度や二度じゃなさそう!」
これは、アルカディさんに問い詰めるべき最大の謎。
アルカディアさんは俺達の事を追跡していたらしく、ずっと近くで見ていたというのだ。
正直、これだけで敵だと断定しても良いくらいに重要なことだ。
現在敵対している敵でないのだとしても、他の派閥の敵という可能性もある。
レベルだって、無視できない程高い77877だし、疑惑を考えればキリが無い。
俺達の真剣な態度に圧倒されたのか、沈黙で誤魔化そうとしていたアルカディアさんの唇が少し動いた。
そして、思いもよらない事を言ったのだ。
「えっと、その……」
「ハッキリ答えて欲しい。さぁ、言って欲しい!」
「……ユニなんちゃらに、一目惚れ……?」
「「え。」」
「森で見かけたユニなんちゃらに、一目惚れ……している……?」
「「は?はぁ?………はぁぁぁっ!?!?!?!?!?」」
え。なに?えっ。え。
アルカディアさんが、お、俺に一目惚れ……?
いきなりの告白で、俺の頭の中に、お花畑が広がってゆく。




