第79話「夜のお食事会」
「そ……そんな……。アルカディアさんが敵、だってのか……?」
「うん?ユニクも疑ってたんじゃないの?」
「あ、い、いや……。ほら、リリンとの決勝戦は凄かっただろ?だから気になっちまってさ」
「そういうこと?ん。では、改めて言っておく。私は、アルカディアは敵の可能性があると疑っている」
そんな……。馬鹿な……。
リリンの平均的な真面目顔で語られたのは、思いもよらぬ衝撃の可能性だった。
リリンが言うには、アルカディアさんの戦闘力、行動、そして言動にも、多くの疑惑が含まれているらしい。
確かに、カミナさんやリリンの動きに似た技を持っていたし、その戦闘力も凄まじいものがあった。
これを深読みすると、『俺達を観察して知り尽くしている。う”ぎるあ!』というアピールのようにも思えてくる。
さらに、一番最初に俺達を襲撃した盗賊達は星魔法を使用して捕獲されているというのも、疑惑の一つだ。
アルカディアさん、確かに星魔法使ってた。
星魔法で、タコヘッドを爆裂させて木端微塵にしてた……。
マジで、そうなのか……?
あんな可愛い子が、俺達の、敵……?
「はは、ちょっと信じられないというか、信じたくないというか……」
「しっかりしてユニク。当初から、敵は『真っ黒い女』と言われていた。アルカディアの肌の色もどちらかと言えば黒に近い。だから、犯人!」
「褐色肌は黒ではないだろ……」
「それに、ユニクには、ものすっごく確認したい事がある」
「え?俺に確認?」
うわ!リリンの目がヤバいッ!
いつもの優しげな表情はどこえやら、不機嫌を隠す気もなく、平均的な大魔王顔だッ!!
もしやこれは、俺の恋心を見透かされたのか!?
両手に花で俺は幸せ!とか言っていたのがバレて、目標が達せられる一歩手前で、闇に葬られてしまうのかッ!?
俺は色んな覚悟と共に、この瞬間に悟る。
そうか、これが、『ヤンデリリン』か……。
ふっ。先に逝って待ってるぜ。ロイ。
「すまん、ちょっとした出来心だったんだ……。」
「出来心?……じゃあ、やっぱり、カミナと一緒にアルカディアと遊んだんだね。へぇ……。《サモンウエポン=魔――》」
「ちょっと待ってッ!?アルカディアさんと遊んだってなんだ!?そんな事してねえぞ!」
「……ホント?適当な嘘は身を滅ぼすよ?魔王な槍で、ズバズバ叩くよ?」
「尋問に慣れてる感が半端じゃねぇな。だが、嘘じゃないから問題ないぞ。で、アルカディアさんと遊んだってどういう事だ?」
やべえ。マジで危ない所だった。
もし、後一秒判断が遅ければ魔王様が降臨し、再び世界が阿鼻叫喚地獄に落される所だった。
リリンから落ち着いて話を聞いてみると、アルカディアさんは「森で一緒に遊んだ時に、かみなんちゃらに教えて貰った」と言ったらしい。
で、それは俺と一緒にタイラント森ヒュドラ狩りに行った時だというのだ。
「いや、アルカディアさんどころか、人間には誰も出会ってないんだが?アホタヌキなら出てきたけどな」
「じぃー……。本当?隠し事してない?」
「流石にリリンが病院で寝てるのに、そんな事はしないぞ。帰ってきた時に散々話をしただろ?森でカミナさんにちょっと稽古をつけて貰っただけで、それ意外は何も無かったぜ」
「……分かった信じる。だとすると、ますます怪しくなってきた。これは本当にアルカディアは敵なのかも?」
「ん?確信している訳じゃないんだな?」
「状況証拠的に限りなく敵に近いことは確か。だけど、肝心の敵意をまったく感じない。むぅ?こういう時の直感は外した事がないのに。……平和ボケ?」
ははは、平和ボケしてる人は、心無き魔人達の統括者とか呼ばれないし、魔王様を召喚したりしないぞ。
心の中でしっかりとツッコミを入れつつ、状況確認を終えて、手早く作戦を練らなければならない。
なにせ、さっきリリンが魔王様を召喚し掛けたせいで、アルカディアさんが俺達に気が付いたようだ。
食べていたお好み焼きを優雅な動きで口に放り込み、可愛らしい仕草で俺を魅了しながら、片付けを始めている。
間違いなく、間もなくこっちにやってくるだろう。
あぁ、初めての挨拶ってどうやるんだっけ?
一発芸とかして、掴みを……。
落ち着け俺。そんなことをさせて喜ぶのは、白い大悪魔だけだ。
「それで、これからどうするんだ?一緒に食事をすると言ってたけど」
「私達のホテルに連れ込む。そこで一網打尽!」
「なんだって?ホテルに連れ込む!?」
「……なんでちょっと嬉しそうなの?」
あ、やべやべ。
ここは平静を装っておかないと、両手に花大作戦を実現できないからな。
ここは一旦、深呼吸だ。
吸って、吐いて、吐いてー。ついでに魂も吐きだしてー。
「ふう。何でも無いぞ」
「……。とにかく、アルカディアから話を聞きたい。上手く誘導するから、話を合わせて欲しい」
「分かった。任せておけ!」
「やっぱり嬉しそうに見える……。むぅ……。」
**********
「待っててくれてありがと、アルカディア」
「いい。私もご飯に誘って貰って嬉しい。う”ぎるあ!」
あぁ……。俺の目の前1mの所に、天使が居る。
可愛い可愛いと思ってはいたが、近くで見ると超絶可愛すぎる……。
観客席から見た時は、快活そうな美人系かとも思ったが、そんな事は無かった。
アルカディアさんはよく見れば幼さを感じる様な、少女らしさも持ち合わせている。
リリンが、可愛いと美人の比率が、『8:2』なのに対し、アルカディアさんは『3:7』といった所だろう。
なんだかんだ、心無き魔人達の統括者は美人揃いだが、アルカディアさんもまったく見劣りしない。
ぶっちゃけ、なんかの魔法を使ってるんじゃないのかと思うくらいに、魅力でいっぱいだ。
……それに、とてつもなく良い匂いがする。
恐らくだが、その発生源は二つあるはずだ。
一つは、宝石かと見間違うくらいにキラキラと輝く髪。
どうやったらそんな髪質になるのかと聞きたくなってしまうくらいに、サラッサラのキラッキラ。
うん。サラッサラのキラッキラかつ、フローラルな良い匂いまでしていて、ドキドキと油汗が止まらない!
だが、妙な既知感があるな。
思考の中にチラつく、輝く毛並みのタヌキ将軍。
……お前は引っ込んでろ。アホタヌキ。
お前の毛並みと比べるなんて、アルカディアさんに失礼すぎるだろ。バナナでも食って寝てろ。
俺は、期待と希望に満ち溢れた目を、アルカディアさんに向けた。
もう一つの良い匂いの発生源は見ない事にする。
さっき食ったしな。たこ焼き。
「これ、買ってきた。オレンジジャムのお礼」
「ん。ありがと。たこ焼き美味しいよね。どれが一番美味しかった?」
「ねぎ塩がさっぱりしてて好き。隠し味に柑橘系の果汁を使ってるのが気にいったし」
「なるほど、好みも合うみたい。今夜は美味しいご飯を提供すると約束する。直ぐに行こう」
「楽しみ。う”ぃ~ぎるあ~ん!」
いつも思うけど、リリンの演技力は凄い。
ついさっきまで平均的な大魔王様な表情で、ご機嫌斜めっぽかったのに、今はもう薄ら笑みさえこぼして……あ、違う!この目は獲物を見定める時の目だ!
危うく俺まで騙される所だったが、ここは上手く主導権を握って、平和的に事を進めたい。
それにしても、俺が初めてお持ち帰りする女性は、アルカディアさんって事になる訳だな。
例え、敵だと疑い、捕獲する思惑が強いとしても、やっぱりドキドキが止まらない。
あぁ、結構アレな神だけど、祈りを捧げてやるぜ。
どうか、アルカディアさんは敵ではありませんように!
それと、仲良くなれますように!!
気が付いた時には、リリンとアルカディアさんは楽しげに談笑している。
若干焦りを感じつつ、俺は自己紹介をするべくアルカディアさんに視線を向けた。
「あの、俺、ユニクルフィンって言います。じゅ、16歳で、えっと、冒険者をしてます!よろしくお願いしたいです!」
「よろしく、ゆになんちゃら」
「……ねぇ。ユニク。何をよろしくしたいの?」
あ、あれ?
なんか軽くスルーされたんだけど!?
アルカディアさんの表情は、まさに「うん。知ってる」って感じだった。
緊張しておかしな言葉になった俺が馬鹿みたい思えるほど落ち着いていて、ものすごく恥ずかしい。
しかも、リリンの平均的なジト目付き。
これは、最初の一手は失敗したと言わざるを得ない。
ちくしょう。やっぱり鳴くべきだったのか……。
ぐるぐるきんぐー……。
俺は若干後悔しながら、リリンとアルカディアさんに付いて行く。
もう日も暮れているし、ひとまずホテルの部屋に移動しようとリリンが提案したためだ。
ホテルに着くまで30分くらい歩くし、時間はある。
俺は綿密に作戦を立てながら、これから起こるであろう『ホテルの部屋で、美少女二人とお食事会』に思いを馳せた。
**********
「さぁ、ここが私達の部屋。美味しい料理を出すと評判のホテルで、この町に滞在する時はいつもここを使う。ユニク、先に行ってアルカディアと座ってて」
「分かった。さ、アルカディアさん、こっちへどうぞ」
「う”ぎるあ!りんなんちゃらの縄張り……。お邪魔します」
あっという間にホテルに着き、アルカディアさんを部屋のリビングに案内する。
このホテルは当然のように高級ホテルであり、リビング、寝室、キッチン、風呂、その他ベランダなんかもあって結構広い。
昨日の夕食も、かなり豪華なメニューが出てきたし、味も大変に美味かった。
ベッドだってふわふわで、5階建ての為に夜景も綺麗。
こんなホテルに美少女二人と俺。
なんだこれ。天国かッ!?
いや……。
俺はふと思う事があり、リリンがいる入口へ振り返った。
「……《多層魔法連・第九守護天使―失楽園を覆う―次元認識領域》」
うわぁ。がっちり魔法で固めていらっしゃる……。
リリンは扉に鍵を掛けると、第九守護天使を掛けて破壊を阻止。
その後、この部屋全体を対象に失楽園を覆うを発動し、逃亡を防止。
さらに、次元認識領域を発動し、アルカディアさんの観察に徹するようだ。
なんだこれ。脱出不可能なアリ地獄か。
こんだけ厳重なら、タヌキですら簡単には逃げ出せないだろう。
「料理が来るまで少し時間が掛る。それまで、雑談でもしよう」
「う”ぎるあ!」
念入りに確認を終えたリリンが戻ってきて、ソファーに座る。
位置は俺の横。これで俺達はアルカディアさんと向かい会う格好になり、準備は整った。
料理は部屋に来る前に手配済みで、アルカディアさんの好物のオレンジをふんだんに使った料理だという。
リリンは、「ふふ、場合によってはこれが最後の晩餐になる。好きな物を食べさせてあげよう」とまさに大魔王様な事を言っていたし、不安しかない。
アルカディアさんはホテルが珍しいのか、終始キョロキョロと視線を巡らせている。
そして、先手を取ったのはリリン。
滑らかに話題を切り出し、いきなり核心を突きに行った。
「アルカディア。自己紹介の時に、セフィロ・トアルテが出身地だって言っていたよね?あの町のどこら辺に住んでいたの?」
アルカディアさんが行った自己紹介では、リリンと故郷が同じだという事だった。
もし仮に、アルカディアさんが敵ならば、これは嘘の可能性がある。
ありもしない関係性をでっちあげてリリンの興味を引き、円滑に事を進ませるためだ。
「セフィロなんちゃらの町には住んでいない。私が暮らしていたのは、その近くの森」
「森?そう言えばそんな事を言っていた気がするけど、森の中に村でもあったの?」
「村と言うか、集落。先祖代々そこに暮らしていて、共同の縄張りみたいなものがある」
「縄張り……?アルカディアはそこで生まれて、そこで暮らしていた?不便じゃ無かったの?」
「特に不便じゃ無かった。食べ物は豊富だし、みんな仲が良いし、きれいな川とかもあるし、人間に狙われることも少なかった」
「「人間に狙われることも少なかった?」」
おい最後の、「人間に狙われることも少なかった」って何ッ!?
誘拐が多発してたって事!?
セフィロトアルテって、そんな物騒な土地のなのかッ!?
「リリン、そんな殺伐とした所に住んでいたのか?」
「いや、天命根樹が現れるまでは、平和そのものだったと思う」
まぁ、普通に考えればそうだよな。
そんなに誘拐が多発しているのなら、真っ先にリリンやアルカディアさんは狙われるだろうし。
だとすると、考えられる可能性は一つしかなく、リリンもそれに気が付いたようだ。
『アルカディアさんの集落』とやらが、指名手配されてる犯罪者集団の可能性。
これなら、町に住まず森の中に潜伏していた理由にもなるし、人間……恐らくは『善良な人間』に狙われていた理由にもなる。
だが、そうすると、アルカディアさんは犯罪者集団で生まれ育ったという事に……。
あ、そうか。
アルカディアさんはきっと、そんな生活に嫌気がさして、一人で逃げ出してきたに違いない。
だとすると……そんな犯罪者集団が、身内を逃がすとは思えないな。
ちょっと確認した方が良さそうだ。
アルカディアさんの危険は、俺が取り除く!
「アルカディアさんはその集落を抜ける時に、引き止められたりしなかったのか?」
「凄く引き止められた」
「つっ!そう、だろうな。集落の長には、ちゃんと話は通せたのか?」
「……?集落の長には話していない」
「な、マジか……。どうして話をしなかったんだ?」
「話をするも何も、集落の長は私だし。う”ぎゅりおん!」
な、なんだってぇええええええ!?
そんな馬鹿な!それじゃ、アルカディアさんは、犯罪者集団の長という事になっちゃうだろ!!
衝撃の告白に驚く俺と、すっと目を細めて平均的な微笑を浮かべているリリン。
少しだけ取り乱し思考が鈍った俺とは裏腹に、リリンは冷静に言葉を発した。
「へぇ。アルカディアは集落の長だったんだね。その歳で長になるとは凄いことだと思う。どうやってなったの?」
「色々頑張ったら、いつの間にかなってた」
「色々頑張った?何をしたの?」
「害敵の殲滅。追い払うだけなんて生温い。隙あらば、獲る!」
隙あらば、殺るッ!?
殺伐とし過ぎだろッ!!
心無き大悪魔だとか言われてる連中だって、もうちっと、優しさってもんがあるぞ!!
「敵に容赦しないってのは共感できる。私も、敵を見つけたら本気でブチ転がしに行く。ね、ユニク」
「お、おう……そうだな……」
鋭い眼光をぎらつかせ、平均的な大魔王顔のリリンは、ぺろりと舌で唇を舐めた。
まさに、獲物を前にした捕食者の振る舞い。
現状、アルカディアさんの疑惑は強まってきている。
なんか話が妙に噛み合わないような気もするし、これはマジでアルカディアさんが敵の可能性もあるかもしれない。
やべえ。今更だが……。
これって、修羅場って奴じゃないだろうか。
ちくしょう、俺がなんとかしないと……。
「ははは、リリンもアルカディアさんも、冗談がきつすぎるぜ!一旦落ち着いて話を――」
「あ。来たみたい」
「すんすん……良い匂い!」
どうにか二人を落ち着かせようと、当たり障りのないことを切りだした。
……が、俺の言葉は途中でリリンに遮られ、アルカディアさんもそれに続く。
何が来たのかと思って振り返ると同時に、入口のチャイムが鳴り響き、料理が運ばれて来たのだと知らせてくれた。
そして、リリンとアルカディアさんは無言で立ち上がり、入口の方に歩いて行く。
二人の瞳は真剣そのもので、まるで飢えた獣のようにランランと輝き、全ての意識を来るであろう獲物に向けている。
そんな二人の後姿を見ながら、俺は言いようのない戦慄を感じ、頭を抱えた。
……お前ら、その細い体のどこに入れる気だよッ!!
さっきタコ焼きやらお好み焼きやら、たらふく食ってただろッッ!!!




