第77話「毒吐き食人花VSメナファス・ファント⑤(終)」
「ひぃぃぃぃぃ!」
「た、たす、たすけっ」
「スータァアアアー!!」
「うぎゃあああ!死ぬの?オレっち死ぬの?」
「きぇええ!俺の剣がッッ!剣がッ!」
「来るッ!バナナがッ!来るぅううう!」
「何でありますか!?あれ、何でありますかッ!?」
「知らねえよッ!!大魔王なんじゃねえのッ!?」
「う”ぎるあっ!?ぎぎろぎあっ!?」
「こいつぁあ……やべえ!おい、支部長命令だ!逃げるぞッ!!」
阿鼻叫喚地獄が出現し、狂騒が闘技場を支配した。
穏やかな日常に身を置いている観客は勿論、死と隣り合わせの冒険者までもが恐慌状態に陥り、必死に命を繋ぐべく逃げ惑う。
そんな中、闘技石段の上に残っている人物が二人いた。
底無き恐怖の発生源を持つ、リリンサ。
そして、その敵対者、メナファスだ。
「なんつうもんを召喚してんだよッ!このお馬鹿!!」
「馬鹿とはひどい!勝ったものが正義だと言ったのはメナフの方!!」
メナファスは持っていた機銃掃射銃を砕かれ、武器を持っていない。
かたや、リリンサの手には最凶の槍たる魔王の右腕が召喚されている。
当然、立場は入れ変わり、リリンサの圧倒的有利となった。
だがそれでも、勝負が決したわけではない。
「《サモンウエポン=敵踊る弾奏!》」
メナファスは尽かさず、最も愛用している銃を召喚し構えた。
心無き訓練を楽しんだ、懐かしきあの頃のように。
「《魔弾・静寂の夜想曲!》」
メナファスは弾丸を放つ前に、愛銃の側面に付いているスイッチを引き、銃の発射口を変形させた。
そして、実弾を発射する銃から、セブンジードが所持していた魔法を発射する魔導銃へと機能が切り替わったのだ。
たったの一動作でそれを終えたメナファスは素早くトリガーを引き狙いを定めて、魔法を放つ。
『静寂の夜想曲』
繋がっている原子の結合を解いて崩壊させるというランク9の魔法であり、魔導銃から発せられた場合、可視光線のように閃光が空気中を走る。
射出速度は並みの魔法の比ではなく、鎧や魔導服すら貫通する為に防御が難しい。
この静寂の夜想曲はメナファスの切り札の一つであり、滅多なことでは人に見せず、ましてや、5万人もの観客がいるこんな場所で使用する気は無かった。
しかし、刺激された危機本能が、自制心を軽々と破壊。
生き残る手段として、迷うことなく解き放たれた。
「悪っぽい私が命ずる!《あの攻撃を、完全に、防いで!》」
リリンサは慌てることなく、魔王の右腕に命令を下した。
そして、リリンサの手から離れた魔王の右腕は、その場で高速回転し、向かって来ていた静寂の夜想曲を飲み込んでゆく。
まるでブラックホールのように衝突した光を飲み込んだ槍は、命令を遂行し終えたことにより、再びリリンサの右側に寄り添った。
そして、未だ二人は動きを止めておらず、攻防は続いている。
メナファスは危機本能に駆られリリンサと距離を取るべく走り、リリンサもメナファスを追うべく走り出す。
メナファスが魔王の右腕の恐怖機構の影響を受けている以上、接近戦は本能が拒否を示すからだ。
「離れさせない。もっと仲良くしよう?メナフ」
「こんなときばっかり近寄ってくるんじゃねえ!」
「ふふふ。行け。《メナフを、10回、ブチ転がして!》」
「ちょ、おまっ!?、ちぃ!《召喚償還・全弾発射!》」
闘技石段に撃ちこまれていた、数千発の召喚弾。
それら全てがメナファスの声に反応し光を発生させ、そして……。
メナファスが魔法次元に格納している、あらゆる重火器が解放された。
空から降り注ぐ、『対空ミサイル』『投下弾』『傷痍爆弾』『迫撃砲』『無反動砲』。
地を埋め尽くす、『軽機関銃』『重機関銃』『手榴弾』『火炎瓶』『地雷』『機雷』『ダイナマイト』。
あらゆる重火器が召喚され、それらすべての殺意が、リリンサの所持する魔王の右腕に向く。
轟く閃光と爆発音。そして、鼻を突く硝煙と火薬の匂いが充満した。
古来より世界を支配していた大魔王と、歴史の最先端、科学の粋を集めて作った現代兵器の戦い。
言葉に表せない程の激しい衝突が続く最中、それぞれの陣営で最も攻撃力を秘めている存在、リリンサとメナファスは、一気に距離を詰める。
近寄ってきているリリンサは勿論、逃げに回っていたメナファスも恐怖を押さえつけて進路を反転、短期決戦を狙いに来たのだ。
まともに喰らってしまえば、たったの一撃で第九守護天使を破壊するであろう炎の中、互いの距離は5m。
僅かながらにスピードを緩めた二人は、それぞれの武器『星丈―ルナ』と『敵踊る弾奏』を構え、同時に声を放った。
「《五十重奏魔法連・成層圏を駆ける雷!」
「《二丁魔弾連装・永久流氷!》」
メナファスが撃ち放った100個の巨雹に、リリンサの50本の青い雷が喰らいつく。
耐久力に重きを置いた巨雹と、破壊力に重きを置いた雷。
それぞれがランク7の魔法であり、ぶつかりあえば、当然相撃ちとなる。
ならばこそ数での勝負となり、倍の数を用意したメナファスが勝利を収める……はずだった。
だが、現実はそうはならなかったのだ。
リリンサの放った雷が、一つまた一つと、巨雹を噛み砕き蒸発させてゆく。
あり得ない!と目を見開くメナファスと、ふふふ。と不敵に笑うリリンサ。
最後の巨雹が砕けた瞬間に残された雷は、12本。
人間一人を戦闘不能にするには十分すぎる数だ。
「ちぃ!《第九守護天使弾!》」
ギリギリの距離で魔法の打ち消しに成功したメナファスは悪態をつき、リリンサを睨み付ける。
物量で負けるはずがない攻防で負けた事に納得がいかず、その原因を考えているのだ。
何で、競り負けた?
同じランクの魔法なら、数が多い方が有利なはずだ。
ましてや、オレが撃ったのは氷。
電気は通さず、雷にとって相性は最悪なんだがな?
待てよ?もしや、ありったけの魔力を注いで……?
そして、未だ続く恐怖に身を縮みこませながらも、メナファスは一筋の光明を見出した。
「はっはぁ!失敗したなリリンッ!魔力が切れてるぜ!」
メナファスの瞳が捕らえた光明。
それは、リリンサの魔力残量であり、その数字はほぼゼロとなっている事だ。
リリンサの膨大な魔力は底を付いており、最早ランク9の魔法どころか、ランク5の魔法さえ放つのは難しい状態。
いくら直接的な攻撃手段である魔王の右腕が召喚されていようとも、リリンサからの魔力の供給が途絶えてしまえば、自律して動くこと無い。
あと数分で魔王の右腕も活動限界となり、唯の杖となる。
なんとか勝てたか。と安堵しながら、メナファスは最終通告をリリンサへ突き付けた。
「碌な魔法ですら使えねえほど、魔力が少ないぜ?」
「そう、確かに私の魔力は尽きてしまった」
「は。だったら、これで終わりだな。《魔弾・永久の西―」
「そう。これで終わりになる。……私の勝ちだよ」
「なん、だと?」
「《魔導よ皆既し、顕現せよ。ルーンムーンッ!!》」」
リリンサが天にかざした星丈―ルナが輝き、光が収束してゆく。
それは、あり得ない奇跡。
魔力が枯渇したリリンサが出来るはずの無い、信じ難き、暴挙。
理由は分からない。しかし、確たる結果としてルーンムーンは顕現し、その姿と威光を撒き散らしているのだ。
メナファスは手を止めてしまう程に困惑し、頭をかしげる事しかできなかった。
「なんでだ?なんで、魔力の無い状態でムーンルーンを顕現出来た?」
「ヤジリのジュースのおかげ。私の魔力は度重なる戦いによって、半分以下にまで減っていた。そして、貰ったジュースを飲んだ事により全回復している」
「あぁ、そうだろうともよ。オレも戦闘中に見て確認したぜ。だか、その魔力も使いきり、枯渇したはずだ」
「そう、確かに、戦闘開始時には私の魔力は全快だったし、今は魔力が枯渇している。だけど、魔力で満たされていたのは私だけじゃない」
「どういうことだ?」
「ヤジリのジュースは驚くべきことに、たったの一口で私の魔力を全回復させてしまった。だから私は、最初と最後の一口を除いた3口分、つまり、私3人分の魔力をすべて、星丈―ルナに注いで溜めこんだ。ルーンムーンを顕現させるのに必要な魔力を、予め確保する為に」
「なんだって!?」
そんなんありかよっ!?っとメナファスは歯を見せて笑う。
これから先に起こるであろう暴虐を、そして、勝負の結果を察したが故の行動だ。
例え勝敗が決していようとも、負け方というものがある。
心無き魔人達の統括者たる無敵殲滅は、最後の矜持を見せるべく、銃のトリガーに指を掛けた。
「くく!さぁて。決着の時だ、リリン!!」
「分かった。遠慮無く行かせて貰う!《十重奏魔法連・凝結せし古代怪魚!》」
凝結の力を持った古代怪魚が群れを成し、メナファスに迫る。
一匹一匹の力は大したことは無くとも、これほどの数があれば、底しれぬ暴力と化す。
メナファスは、数千にも上るであろう怪魚の核を第九守護天使弾で撃ち抜き、消し去っていった。
一呼吸の時間を経て、古代怪魚は絶滅。
かかった時間は僅か数秒。
だが、それはすなわち、次の魔法が来るという事を示していた。
「行け、《五十重奏魔法連・白き竜も逃げ出す一撃!》」
「くっ!《召喚弾!》」
「させない!悪っぽい私が命ずる!《30秒間、全ての火器を、無効化せよ!》」
数千の怪魚の次は、数万は優に超えるであろう光の子竜の群れ。
流石に手数が追い付かないと判断したメナファスは、爆風による防御を行うべく、手榴弾と機雷を召喚した。
雷光は、塵や埃などがあると真っ直ぐに直進出来ない。
ましてや、有爆した機雷に含まれる鉄分が伝導体となり、避雷針の役割を果たしてしまえば、殺傷能力は無くなってしまうのだ。
だが、リリンサはそれを阻止するべく、魔王の右腕へ全ての攻撃を無効化するように命令を下して、排除した。
光の子竜がメナファスを穿ち、纏っていた防御魔法を破壊。
それと同時に、着ている服の魔法効果も停止させ、メナファスの身体は雷撃を受けた後遺症により麻痺している。
そして、リリンサとメナファスの間を遮るものは、もう何も残っていない。
あるのは、チリリとした肌を差す空気のみだ。
「強くなったじゃねえか。リリン」
「メナフも。昔よりも戦いづらく感じた」
「そうか。それは……」
「決着を付ける。《雷陣の下に集いし、諸兄の者共よ。貴殿らの矮小な叫びと慟哭では、何も勝ち取ることなど出来やしないのだ。我が初の閃光にて穿たれ、終の雷鳴と共に消えるが良い――》」
「は。悔しい……な」
「《雷人王の掌!!》」
空気が炸裂し、閃光が水平を薙ぐ。
まるで巨大な竜を幻視させる様な雷がメナファスを飲み込み、遥か遠くの闘技石段を超えた先の壁に向かって翔けた。
いくらランク7の大悪魔であろうとも、無傷では済まされない一撃だ。
それをまともに食らったメナファスは、よろよろとふら付き壁に手を付いて、視線を地面に落した。
そこは、闘技石段を超えた先の待機場所。
弱者が立つべき、敗北の陣地だ。
『決まったぁあああああ!バトルトーナメントEXッ!果てしない戦いの末に勝利を勝ち取ったのは、『毒吐き食人花』、いや、リリンサ・リンサベルッ!!攻略不可能、鮮血の英雄とまで言われ始めていた殿堂入りを下し、見事に勝利を奪い取りましたッ!!』




