第75話「毒吐き食人花VSメナファス・ファント③」
「《大規模個人魔導・戦争依存地帯》」
押しつぶす様な弾丸の津波を叩きつけながら、メナファスは大規模個人魔法を唱えた。
不敵に笑う表情以外に変化は無く、経験の薄い人物から見れば、ただのハッタリに見えるだろう。
しかし、その行動は、一つの結果を生み出す事となった。
「んっ!《魔導書の使用・無限壁牢獄っ!』
それは、攻撃に転じようとしていたリリンサが、全力で防御を行ったという事実。
無限に湧く石の壁に備え付けられた魔法陣が延々と重なり合うことで、どんな攻撃でさえも幽閉し無効化する絶対なる牢獄。
無限壁牢獄の防御は、術者たるリリンサが意図的に壊させない限り、そう簡単に破壊されるものではない。
だが……。
「くぅうう!削り……取られるっ!」
「はっはぁ!残り2割だ。一気に行くぜえ《第九守護天使弾》」
そして、最硬の防御手段であるはずの『無限壁牢獄』が、メナファスの物量に押し削られて崩壊した。
辛うじて弾幕の範囲外に逃れる事が出来たリリンサは、念入りに防御魔法を張り直しつつ、じっとりとした視線をメナファスに向ける。
ゆっくりと声に出し、荒くなった呼吸を元に戻す為に。
「防御魔法のはずの第九守護天使を、攻撃に転用するとか……チートだと思う!」
「悪いがな、戦闘にルールなんてもんは無い。勝者こそ正義であり、敗者は口を閉ざすのみだぜ」
複数の魔法陣が歪に絡み合った無限壁牢獄は、どんな攻撃が放たれたとしても、高い耐性を持つ。
炎には水で。
水には土で。
土には木で。
木には鉄で。
鉄には火で。
自然界に存在する事象には必ず弱点があり、様々な属性を持つ無限壁牢獄は、必ず有効的な対抗手段を持っているからだ。
無限壁牢獄は、攻略する為には世界の理を超越しなければならず、本来ならば、英雄や皇種といった超状者のみが壊す事が出来る代物のはずなのだ。
だが、メナファスは容易にそれを成した。
それは、連装重機関銃という、想像を絶する物量を叩きつけただけで成せることではない。
メナファスが仕掛けた二つの要因によって、不可能を可能とさせたが故の結果だった。
一つ目の要因は、メナファスが放った弾丸『第九守護天使弾』。
この弾丸の底には、第九守護天使の魔法陣が刻まれており、その魔法的効果を宿している。
第九守護天使は、『魔法を吸収し、無効化する』ことで、術者を実害から守る魔法だ。
つまり……その効果を宿す弾丸とは、衝突した場所に存在していた魔法を吸収し無効化することができる絶対破壊の弾丸だった。
もっとも、弾丸は小さく、刻まれた魔法陣も20mmにも満たない極小のもので、効果は小さい。
それでも、毎分600発もの暴威に晒されれば、複雑に絡み合った魔法全てを吸収し破壊する事など容易い事となるのだ。
「おっと。防御魔法を張り直したみたいだが、それじゃあ強度が足りてないぞ。破壊するのに弾丸30発、3秒も掛らねえだろうな」
「知ってる。でも、有効的な対策が無い。本当にメナフのその攻撃と、その目はすごく厄介だと思う!」
無限壁牢獄を破壊出来た二つ目の要因。
それは……メナファスが発動した大規模個人魔導『戦争依存地帯』にあった。
この魔法は、『物質の損耗率を可視化し、残命の把握』を可能とするものだ。
メナファスの瞳には、リリンサの姿が映っている。
そして、その付近には、リリンサの装備や杖、纏っている防御魔法などが『どれだけ消耗し、後どれだけの耐久力を持っているのか』が数字として浮かび上がっているのだ。
意図的に視界を切り替えることで、装備品や敵の肉体などの疲労度を見ることや、大きな戦場に於いてどちらの軍勢が有利なのかも一目瞭然。
当然、敵の弱点を把握することも容易であり、この魔法を開発してからは、まさに大悪魔と呼ぶにふさわしい戦闘力をメナファスは手に入れている。
メナファスは、この魔法を使うたびに思い出す。
過去の自分。
歪んでいるとすら気が付いていなかった、『人』になる前の自分を。
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その”戦力”は、気が付くといつも、真っ赤に汚れていた。
ちょっとだけベタベタする、血液というらしいそれを袖で拭っても、全然綺麗にならない。
その袖自体が既に血液で汚れてるからだ
「帰ろうぜ。」
そのメナファスという名の”戦力”は、知らない。
たった今殺した害敵は、人という生物であり、それぞれが思い描いた人生を歩んでいたという事を。
メナファスは知らないのだ。
自分がそうじゃないからこそ、害敵たちとは何もかもが違うメナファスは、愛も欲も、喜びも憎しみも、善も悪も、何もかもを知らない唯の”戦力”。
特別なことなんて何もない。
必死になって周りと見比べて探しても、メナファスと同じものしかないのだ。
紛争地帯にて生を受けたメナファスは、殺害こそが生なのだと、ずっとずっと思っていた。
「ただいま帰還したぜ。」
紛争地帯『キルトライフ』。
二つの小国が衝突を繰り返し、お互いに破滅。
国家という指揮者を失った国境地帯は、威力哨戒から軍事圧力、そして、小規模戦闘を経て、紛争地帯へと変貌していった。
そうして生まれたこの場所では、十数年たった今でも、戦闘が絶える事が無い。
物資は少なく、生きる為には相手から奪うしかないその場所で、メナファスは生きていた。
死んでいないから、ずっとずっと生きて、殺し、生き続け、奪い続け……殺し続け、壊し続け、潰し続け、害し続けた。
そして……気が付いた時にはいつも、敵も味方も残っていないのだ。
数週間前から静かになった休息場所に入りながらも、メナファスは必ず帰還の報告をする。
誰も居ないのに、声なんて返ってくるはずが無いのに、それでも欠かさずに続けたのは、きっと、壊れない為。
知らないはずの人間としての心が、壊れてしまわないように。
そんな何もかもが幼い少女へ、絶対に返ってくる事が無いはずの返答が贈られた。
その声の主は、紛争地帯には不釣り合いな、しょぼくれた老爺。
「……ふむ。予想はしていたが、随分と小さいのが出てきたのう」
「敵かッ!掃射準備っ!てぇい!」
「ほほほ。そんな豆鉄砲で、この儂を殺せると思うでない。放つ弾も遅過ぎて、ケツからあくびが出そうになるわい!」
この出会いこそが、運命。
その老爺のきまぐれによって人間に連れ戻されたメナファスは、世界の美しさに感嘆し、そして、この世界では戦争こそが異端なのだと知った。
『無敵』……ありもしない敵を追い求めていた自分こそ、最も強大なる敵。
それらを『殲滅』し、意味の無い人生に終止符を打つ。
「自分に打ち勝つ事こそが、最も難しく、そして、最も幸せな事なのじゃよ」
名乗らぬ老爺が持っていた全てを見通す、先見の眼。
それを欲したメナファスは、自らの戒めの意味も込めて、この魔法に『戦争依存地帯』と名付け使い続けている。
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「はっ。見る限りじゃ、本当に体力も魔力も回復してるみたいだな。ヤジリの炭酸ジュースは神薬か何かなのか?」
「少なくとも、美味しかったのは確かな事!」
「そうかいそうかい。だったら酒はもっと美味いって事になる訳だな」
「お酒だからと言って、必ずジュースよりも美味しいとは限らないと思う!」
「ふ。ちげぇよ。勝利の美酒は美味いって話だ」
「言ってくれる。敗北をつまみにして、晩酌でもするといい!!」
リリンサは呼び寄せた魔導書を手に取ると、身体の中で練っていた魔力を一気に解き放ちながら叫ぶ。
圧倒的物量には、圧倒的物量で。
そして、リリンサが持っている魔導書の中で、最も攻撃の回数が多いランク9の魔法を放った。
「《魔導書の使用・栄光を生み出す剣!》」
470本の光の剣が虚空に顕現し、羅列された。
過去の英雄が使用したとされる伝説の武器をモチーフにして作られた鋭利な切っ先は実体を持っておらず、どんな物質と相対してもそれらを破壊し、必ず直進する。
視力で知覚した瞬間に敗北を突きつけるこの魔法は、リリンサの必殺技の一つ。
一気に勝負を決するために、リリンサは杖を振るった。
ちょっと短いですが、ご容赦ください……。
今日発売のオーバーロードを読んで英気を養えば、明日は土曜日なので頑張れるから!!




