第73話「毒吐き食人花VSメナファス・ファント」
『やあ、毒吐き食人花。話は終わったのかな?』
「うん。おおよそ私の望む結果になったと思う」
『ふぅん?毒吐きの望む結果ね……?それは良かったじゃん?』
「後はアルカディアからじっくり話を聞くだけ。白か黒、どっちだとしても徹底的に話を聞いて、懸念材料は取り除く」
『白か黒か、ね。私的には、混ざり合って茶色って可能性が一番高いと思うなー』
「……?どういうこと?」
『ふふ。特に深い意味は無いさ。ただ、まったくの第三勢力という可能性も考慮した方が良いって思っただけだよ』
「なるほど、一理ある。心に留めておくとしよう。忠告ありがと」
アルカディアをオレンジジャムで懐柔し終えたリリンサは、ゆっくりとした足取りで闘技石段の上に戻って来ていた。
その平均的な表情はひと仕事終えたという爽やかなもので、薄らと笑みすら浮かべている。
リリンサとしても、今日の大会では実に多くの収穫があったからだ。
たまたまとはいえ、レジェが遊びに来ていたのは大きい。
恐らく目的は、私の捕獲。
フィートフィルシアの戦況が良くないというし、総指揮官な私を連れ戻して一気に戦況を決めに行きたいんだと思う。
でも、ユニクはそれを望んでいない。
なので、私が取る方針は放置。
だけど別に、レジェに負けて欲しい訳じゃないし、レジェンダリアに行ったら私の軍に稽古でもつけようと思っていた。
そんな時に、登場したのがセブンジード。
彼を鍛えておけば戦況は変わるだろうし、レジェも文句は無いはず。
そして、ナインアリアの存在も大きい。
ナインアリアの『レイペンタクル家』は、確かテトラフィーア派閥の貴族で、メイと同じような立ち位置だったはず。
戦闘力もばっちりで、もしかしたらテトラの秘密の探し人かもしれないとか、都合が良すぎる程だと思う。
さらに、アルカディアの存在も気になるし、今日は凄く収穫があった。
後でまとめてワルトナに報告しよう。
きっと驚くと思う!
リリンサは再び笑みを浮かべると、ヤジリに視線を向けた。
それは、話を次に進めて良いよという催促の視線。
それを受けたヤジリは、待っていましたとばかりに腕を広げ、大仰に口を開いた。
『それでは本日のメインディッシュと行きましょうか!あえて確認するけど、毒吐き食人花はメナファス・ファントと戦う意思があるって事でいいんだよね?』
「そう。その為に来たし、久しぶりに楽しみたい」
『おっと!メナファスを前にして、戦闘を楽しむとまで言いきった毒吐き食人花!彼女の技量からすればそれも納得だが……。私達が恐れ慄いて、殿堂入りなんて肩書きを無理やり付けて分別したメナファスは、簡単じゃないぞ!』
「知ってる。その戦闘力が今日戦ったどの人物よりも高いという事も」
『そうかい!それじゃ、呼んでみましょう!さあ、コールに答えておくれ!メナファスゥゥゥ!ファントォォォ!!』
本日最大の声をあげて、ヤジリはメナファスの名を呼んだ。
キィーンと響き渡る声は、この闘技場を統べる絶対者の福音。
どんな者でも従う他なく、ましてや、呼ばれたメナファス自身がこの戦闘を望んでいる。
やがて……。すたん!という軽い足音と共に、真っ赤な髪の女が闘技石段に降り立った。
観客席のVIP席から飛び降りてきたメナファスは、沸き立つ歓声を背に歩き出す。
「よう、元気にしてたか?……毒吐き食人花」
「むぅ。メナフまでその肩書きで呼ばないで欲しい!ユニクに誤解されたら怒るなんてもんじゃない!」
「悪ぃ悪ぃ。これ以上誤解されようがないと思ったんだがよ、ありゃあ、すげえ。難攻不落の隷愛城と同じくらい陥落させるのは難しいだろうな」
「ふ。陥落は時間の問題となっている。今夜は予定が入ってしまったけど、近い日に必ず夜襲をかける!隠密性を考慮して、兵装はもちろん……タヌキ!」
「おう。がんばれよ。応援してるぜ」
そんな、誰に向けているのか分からないやり取りをしつつ、二人は視線を交差させた。
そして、ビリリとした火花が散っているかのような、鋭い雰囲気を纏わせて行く。
『おやおや?顔見知りなんだろうとは思ってたけど、結構仲が良さそうだねぇ?キミらはどんな関係性なんだい?』
疑問の声を上げたのはヤジリだ。
大げさに頭をかしげながら、ワザとらしく口元に人差し指を当てて、考えているフリをしている。
そんな演技じみた態度を見て、リリンサが関係性の説明をしようと口を開こうとした瞬間、メナファスの声が割り込む。
そしてそのまま、話の主導権はメナファスが握った。
「おっと、オレ達の関係性を暴露する前に、ちっとばかし場を盛り上げてみようじゃねえか。おい観客ども!手元に賭け札の余りはあるか?」
突然の問いかけに、観客席はざわつき始めた。
そして、乱雑に投げかけられる言葉の大抵は、『賭け札はある』というもの。
それを聞いたメナファスは満足そうに頷くと、屈託のない悪人顔で笑った。
「そうかそうか。だったらよぉ、オレと毒吐き食人花、どっちが勝つと思っているのかアンケートと行こうじゃねぇか。賭けられる金額は一人1万エドロだ。どっちか好きな方に賭けてみろ」
『ちょい待ち!それじゃ賭け札を持ってない人が参加できなくてフェアじゃないね!だからさ……特別な賭け札を用意しやるよ!《物質創成・"今日は何して遊ぼう》』
ヤジリはいつの間にか手に持ていたクリスタルを握りつぶしながら、欲した物質を想像し、創造した。
そして、観客席にいるすべての人物の手に、純白のカードが出現。
そのカードの表面には、『毒吐き食人花』or 『メナファス・ファント』と書かれており、カードの使い方は手にした人物の脳に直接刻み込まれている。
「おいおい、ヤジリよ。闘技場の管理者ってのはすげえんだな。あんなカードを一瞬で作っちまうとはよ」
『私に掛ればこんなもの朝飯前さ!で、言わなくても分かると思うけど、そのカードは賭け札の別バージョン。どっちかの名前に指を置いて念じるだけで賭けは成立!お金はかからないし、どしどし賭けてくれたまえ!」
「だってよ、観客共。オレはお前らの素直な気持ちが知りたいぜ。ほら、賭けてみろ」
メナファスの煽りに従い、観客たちは各々が勝利すると思う方に指を置いた。
そして、そこら中から虹色の光が湧きあがり、意思をヤジリに伝えていく。
『ほうほう。これは……面白い!それでは結果を発表して行きましょう!毒吐き食人花……『10987ポイント!』それに対するメナファス・ファントは……なんと『48148ポイント!』これは圧倒的!メナファスの勝利に賭けた方が圧倒的に多いという結果となりました!』
観客席から響いてくるのは、怒濤のようなメナファスコールだ。
観客は求めている。
苛烈にして可憐。
紅蓮の髪を持つ、美しき戦女の鼓舞する力。
か弱いとされる若き乙女が絶対的な力を振るう、その姿を求めているのだ。
延々と続くメナファスコールの狭間で、リリンサはちょっとだけ頬を膨らませている。
むぅぅ!と唸り、今まで観客席を湧かせていたのは自分なのに!と思っているのだ。
そんなリリンサの鋭い視線は当然メナファスに向かい……抗議の声となって飛び出す。
「むう!メナフばっかりずるい!地の利があるからって良い気にならないで欲しい!!」
「く、くくく、くくくふふはははははは!」
「な、何を笑っているの!?」
「いやーすまんすまん!確かにオレに票が集まるっつう結果になった。実際は、オレ達の実力なんざ殆ど一緒だっつうのによ!こりゃ、傑作だぜ!」
それだけ言うと、メナファスは再び笑いだした。
それに引き換え、静まり返ったのは観客席だ。
そんな馬鹿な……。ありえない……。などと呆ける顔を並べ、一斉に視線をリリンサへ向けている。
ほぼ全ての観客は、メナファス・ファントが勝つと思っている。
メナファスに賭けた4万8千人は当然の事、リリンサに賭けた1万人でさえも、リリンサを応援する為に賭けただけであり、実際はメナファスが勝利すると思っていた。
闘技場に出入りする人物の中では、殿堂入りたるメナファスは絶対の象徴であり、『メナファス=勝利』なのだ。
メナファスは最近出場した大会と、殿堂入りとして重ねた試合の全てで、一度のピンチもなく圧倒して勝利している。
人類の中で最強なのではないかとさえ囁かれるほどに、メナファスは強く、それゆえに負ける所など想像出来やしない。
しかし、それをメナファス自身が否定した。
毒吐き食人花は自分と同格であると宣言し、さらに、言葉を煽る。
「いいか観客共。オレは今日、負けるかもしれねぇ。それはなんでだか分かるか?」
その質問に答えた者は、誰も居なかった。
観客席は勿論、解説役のヤジリまでもが黙って成り行きに耳を傾けている。
「そもそも……だ。そもそも、オレが何なのかという話をしなくちゃならねえだろうな。良いか良く聞けお前ら。オレの名前はメナファス・ファント。知ってるよな?だからこそ、もっと詳しく名乗ってやろう。オレの肩書きは……『無敵殲滅』。悪名高き『心無き魔人達の統括者・無敵殲滅・メナファス・ファント』とは、オレの事だッ!」
その瞬間、観客席は阿鼻叫喚に包まれた。
尊敬すら混じっていた視線は、犯罪者を見る様な恐怖と蔑みを含んだものへと変わり果ててゆく。
そんな中、変化があったのは観客席にいる人物だけではない。
メナファスと対峙しているリリンサも、驚きと疑問で平均的な瞳を見開いた。
「いいの?隠さなくて」
「いいんだよ。もう何も困る事は無いからな」
軽い会話をする二人を無視して、観客席はどよめき続けている。
誰の目にも明らかな強さを示していたメナファスは、ユルドルードよりも身近な英雄として見られていた一面もある。
それが、悪人の最上級であり、『悪そのもの』という代名詞にすらされつつある『心無き魔人達の統括者』だと言い放ったのだから仕方がない。
そして、疑惑の目はリリンサへと伝播してゆく。
メナファスと親しく話し、レジェンダリア、いや、運命掌握の影がチラついている以上、それもまた仕方がない事だった。
しかし、リリンサ自身は、心無き魔人達の統括者だとバレても良いと思っている。
ユニクルフィンを見つけ出した今、隠す必要性は無く、醜聞なんかよりも親しき友人たちとの絆の方が遥かに大事だからだ。
混沌とする空気感の中、リリンサは成り行きに任せて名乗りをあげようと口を開こうとして、メナファスの指が唇に当てられている事に気が付いた。
「ん?」
「くくく、オレの正体は無敵殲滅だ。だとしたら、オレと敵対するコイツの正体も、おのずと分かってくるんじゃねえのか?」
「……!なるほど」
「名乗ってやれよ、リリン。オレとお前の関係性を」
「分かった。私の肩書きは……『聖なる天秤・聖鈴の魔導師!』聖なる天秤の特攻役であり、心無き魔人達の統括者を撃ち滅ぼす者!」
リリンサの鈴のような声が観客席に届き、再び、どよめきが走る。
聖なる天秤は心無き魔人達の統括者と対を成す、この大陸の善の象徴。
助けられた者は数知れず。
しかし、実績として様々なものが残っているのにもかかわらず、助けられた者たちが揃いも揃って口を閉ざすという、謎多き聖職者集団だ。
一説によると神の声を聞く不安定機構に深く関わっているとされており、誰しもが一目見てみたいと思い焦がれている。
そんな尊き人物と噂の大悪魔。
今から行われるのは歴史的戦いになるんじゃないだろうかと、観客席は息を飲んだ。
「くくく、リリンよ。よくぞオレがここに居ると嗅ぎつけたな。会いたかったぜ」
「あなたを倒す事が私の使命!どんな所に居ても必ず見つけ出してやる!」
「おお怖い!オレとお前の実力はほぼ互角。今日はどっちが勝つんだろうな?」
「ふ。私に決まっている。なにせ私達の戦績は、私の方が一勝多い。あなたでは絶対に勝てない分野というものもある!」
リリンサはとりあえず、メナファスの話に合わせることにした。
昔よくやった茶番劇を思い出しながら、確かこうだったはずと手探りで探っていく。
そして、誰にも聞こえないように小声で『第九識天使』を使用して、意識をメナファスと繋いだ。
声に出さない密談を行う為に。
「メナフ。これには何の意図があるの?」
「敵のあぶり出しだよ。言ってただろ?敵に狙われてるってさ」
「うん。ワルトナが言うには、結構手強いかもって」
「アイツが捕まえられねえんじゃ相当手強いだろうな。で、オレが名乗り出る事によって敵が寄ってくる可能がある」
「そうなの!?」
「あぁそうだ。敵の目線で見れば、オレはお前達と明らかに敵対しているし、同じくらいの戦力だと今から証明する訳だ。だからこそ、オレを雇いに来るって寸法さ」
「なるほど……でも、私が心無き魔人達の統括者だとバレていた場合はそうならないよね?」
「いや、それでも寄ってくるはずだ」
「なんでなの?」
「オレは明後日には町から出ていくと宣言するからだ。オレが敵だったら、リリンの味方の行方が分からなくなる前に、始末しておこうとするからな」
リリンサは、いつの間に作戦を立てたのかと感動しつつ、疑問を抱いた。
あえて発音し、ちょっと鋭い声で問いかける。
いつまでも黙ったままでは不自然だからだ。
「あなたは隠れている身。こんな所で身分を明かすなんて、頭でもおかしくなったの?」
「いやいや、最近はしがない清掃業をやってるよ」
「……何があった?」
「何も無かったんじゃねぇか?オレは資格を持ってなかった。そんだけさ」
「後で話を聞く。問題はないね?」
「条件を二つ付けるぞ。一つは、オレは明後日には放浪の旅に出る。だからオレを捕まえて尋問するなら明日中だな。そしてもう一つは……オレに勝てたら、だ」
「そう。その話を聞いて、ますます勝ちたくなった」
「いつも勝つ気でいる癖によ」
ふっ。っとお互いに笑みを交わして、武器を構えた。
敵同士であるという演技であるが、それでも、見る人が見れば違和感を抱く、そんな絶妙な距離感だ。
『なるほどねぇ!二人は敵同士で因縁があるんだね!正義の毒吐き食人花か、悪の無敵殲滅メナファス・ファントか……。私的にはどっちも外道に見えますが、どちらも美人さんだから許しちゃうね!』
「いや、顔で決めるなよ……。」
『とにもかくにも、この戦いは私的にも非常に楽しみです!ですが、ちょっとだけリリンサの方が不利だよね。今までずっと戦ってきた訳だし』
「確かにそうだが……こればっかりはしょうがねえだろ?」
『ふふーん!だったらこれをキミたちにあげよう!はい、疲れた体に炭酸飲料!』
いつの間にかヤジリの手には、良く冷えた瓶二本が握られていた。
ヤジリは、軽やかな足取りで二人に近づくと、一本ずつ手渡していく。
それをキラキラした瞳で受け取ったリリンサは、速攻で蓋を取ると、ごくごくと飲み始めた。
始めて見る飲み物に、若干興奮しているのだ。
「ごくごくごく……すごい!美味しい!!」
『でしょー!?蟲もタヌキもドラゴンも絶賛したからね!』
「戦う前に炭酸なんて飲ませるなよ……」
『えー。一本くらい飲んだって大丈夫だろ?第一……あ!そっか。配慮が足りなくてすまなかったね。キミはこっちの方が良いよね!』
「ん?」
『はい、ビール!』
「酒はもっとだめだろッ!!なんてもんを渡しやがる!?」
『いらないの?』
「いいや貰うけど。戦闘後の勝利の美酒は必要だしな」
そう言ってメナファスは瓶ビールと炭酸を受け取って、炭酸だけを飲み干した。
なんとなく力が湧いてくる気もするが、戦闘をしていない万全な身体では、顕著な変化は分からない。
ただリリンが美味そうに飲んでいる所を見ると、それなりに効果があるっぽいなと思った程度だ。
『よし!体力と魔力は全回復したし、これで心おきなく戦えるってもんだ!さて、そろそろ始めて貰おうかな。二人とも、準備は良いかな?』
「いいぜ」
「うん。私もおーけー」
『それでは、バトルトーナメントEX!毒吐き食人花VSメナファス・ファント。開始……ですっ!』




