第72話「恋慕と親愛と敬愛」
「リリンの勝利だな」
「んん?何でちょっと残念そうなんだぁ?おいユニクルフィーン?恋人の勝利を喜ばなくて良いのかなぁ?」
「い、いや、別にリリンの勝利を喜んでいない訳じゃないぞ!?リリンがピンチの時、思わず、「リリン!」って叫んでたろ!?」
「そうだな叫んでたなー。それはもう必死な感じでよ?『俺のリリンがッ!!』って感じだったぞ」
「お、俺のとか思ってないし……ただ、神に選ばれてパートナーやってるだけだし……」
「ところで、リリンの婚約者の件なんだけどさーー」
「なんだって!?婚約者ッ!?!?」
「めちゃくちゃ『俺の』って思ってるじゃねえか……青春だねぇ、胸やけがするねえ……て感じだなー」
いやそんな、え、、だって、リリンに婚約者ッ!?
そんな話、聞いた事が無いんだけどッッ!?
待て待て待て……え、あ、その……え?
ダメだ、ちょっと混乱してきた!
いや待て早まるな、ユニクルフィン!
ピンチの時こそ落ち着いて行動するんだッ!
第一相手は、心無き魔人達の統括者とか呼ばれている、大悪魔。
嘘の一つや二つ、簡単に吐……
「一緒の風呂に入るくらい仲が良いんだってよ、そいつとは。そりゃあもう、あの平均的な顔を綻ばせて、「ずっと一緒にいられるよう、毎日頑張っている!」って言っちゃうくらいにな」
「一緒に風呂ぉぉぉぉッ!?混浴ッ!?!?実家の温泉宿で混浴なのかッ!?」
「あ、そうそう。一緒に添い寝もするらしいぜ。あんなパジャマはちょっと恥ずかしかったけど、我慢している内に慣れたってさ」
「添い寝ッ!?恥ずかしいパジャマを着て添い寝ッ!?!?」
「リリンは、無防備に寝ている頭を撫でるのが好きなんだと。そうしていると、ちょっと乱雑に扱われても許しちまうらしいぜ?」
「それって事後なの!?俺の知らない、大人の世界なのッ!?」
「ちなみに、そいつは良く鳴く。声高らかに鳴き声を上げるって言ってたな」
「鳴き声までッ!?って、は……?鳴く?涙を流して泣くじゃなくて、動物的な鳴く?」
「その背中に初めて乗った時の感動と興奮は忘れられないってさ」
「……。もしかして、その婚約者って、きゅあららら~とか鳴いたりしない?」
「ふっ。ご想像にお任せするぜ!」
「ふざけんなぁぁぁぁぁぁ!!悪質な嘘を吐きやがってぇえええええッ!!」
滅茶苦茶、焦ったじゃねえかッ!!
あんだけ可愛いリリンとそんなイチャラブしている幸せな奴がいるなら、見つけ次第ブチ転がしてやる!と本気で思ったんだけど!
俺なんてなぁ!タヌキと添い寝してるんだぞッ!!
頭を優しく撫でて貰う?俺の頭を撫でるのは、リリンの放つ雷撃の魔法だぞッ!?
あぁ、怒りの感情が沸き上がる。
メナファスが言っていたのは恋人的スキンシップではなく、ペットと飼い主のじゃれ合いだと気づいても、なかなかこの感情は治まらない。
ホロビノの野郎が連れていた子竜はホロビノ自身の子供じゃないっぽいが、だからと言って、メスドラゴンとよろしくやってない証拠は無い。
飼い主に愛でられて、各地のドラゴンと仲良くして、可愛らしい子竜と黒トカゲを従えている。
ち。リア充しやがって。
爆発しろ!タヌキに噛まれて、爆発しろ!!
「あーもー。せっかくリリンが勝ったのに。アルカディアさんも怪我をしていないようで、安心した良い気分だったのに……」
「優柔不断な事を言ってた罰だよ。二股を掛けられるのは面白くねえだろ?」
「まぁ、そうだけどさ……」
「せっかく、パートナーに選ばれたんだ。リリンを大事にしてやれよ。さてと……そろそろオレの出番だな」
そう言いながらメナファスは立ち上がり、闘技石段に目を向けた。
どうやらリリンは一時的に離脱して、アルカディアさんと話をしに行っていたらしく、マイクパーフォーマンスでヤジリさんが時間を稼いでいた。
そして、用事を済ましたリリンが闘技石段に戻ってきて、ヤジリさんと何やら相談している。
何を話しているのか非常に気になるが、マイクのスイッチが切られている為に会話は聞こえてこない。
確か、ヤジリさんはワルトと仲の良い準指導聖母だって聞いたっけな。
なんか妙な事になってないと良いんだが……。
「なぁ、メナファス。リリン達は何を話しているんだろうな?」
「この後の段取りだろ?今から行われるのは、誰も勝てないと言われた伝説の『メナファス・ファント』との戦いだ。盛り上げる為ならば、ヤジリは何でもするからな」
「自分で伝説とか言ってて虚しくならないか?」
「なるさ。虚しさで胸がはち切れそうだぜ」
確かにはち切れそうだな。
明らかに胸を止めている部分のボタンに無理が生じている。
俺がすげえなぁーと感心していると、メナファスは話題を変えてきた。
話に乗ってやるから、魔導銃っぽいものに弾を込めるのをやめてくれ。そんな実弾で何をするつもりだ。
「なぁ、ユニクルフィン。リリンの本気って見たことあるか?」
「ん?リリンの本気?一応、ピエロドラゴンや冥王竜と戦った時は本気だったと思うけど……」
「そうか。でもそれは、人外相手の暴力的な戦いだよな?対人戦での本気はどうだ?見たことあるのか?」
対人戦での本気か……。
一応、モウゲンドをモウゲンドした時は本気を出したと言っていたし、今日の戦いだってそれなりに本気を出してただろ?
最後とか、対メナファス用の切り札まで使っていたしな。
「さっきの戦いは本気だっただろ?」
「あぁ、本気だっただろうな。初めて戦う相手に見事に対応した、いい戦いだった。そんでよ……お互いに持ちうる手札の殆どを理解しあっているオレとリリンの戦いはどうなると思う?」
「……ごくり。」
「見せてやるよ。この大陸中を恐怖のどん底へ叩き落とした、心無き魔人達の統括者の戦いをよ」
「ひ。ひぇぇぇ!これはヤバい!考えないようにしてたんだけど、考えなくても、恐ろしいッ!」
俺が震え上がっていると、ヤジリさんのパイクパフォーマンスが最高潮に達し始めた。
ヤジリさんの視線は俺達……いや、メナファスに向けられている。
程なくして、メナファス・ファントの名前が呼ばれた。
沸き立つ観客席。興奮の波が全方向から押し寄せ、俺達を包み込む。
そんな歓声を受けてメナファスはニヤリと笑うと、おもむろに座席の上に立ち、そして……跳んだ。
闘技石段の上で対峙する、青い少女と赤い悪女。
お互いに微笑んでいるが、俺はその笑顔が、大変に恐ろしい。
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「おねーちゃん優勝したね!すごいね!!ねーソドムー、ゴモラー!」
「ヴィギル―ン!」
純黒の髪を揺らし、セフィナはリリンサの勝利を身体で表した。
暖かな安息の場所でダベッていたゴモラと、抵抗が許されない死地から帰還したソドムを抱きしめて、歓喜に身をよじらせている。
非力な少女にギュッとされながら、二匹のタヌキは今の戦いの感想を呟く。
ゴモラは鳴き声を上げただけだったが、人間の言葉を話すソドムは、辛辣なコメントを吐いた。
ポップコーンキャラメルバナナ味がゴモラに食い尽くされていたので、大変にご機嫌ナナメなのである。
「負けたか、アルカ。もうちっと厳しく鍛えてやる必要がありそうだな……」
「ま、善戦したとは思うがの。千山海を握する業腕を完全に扱えるようになればと思うたが、ふむ、リリンサも良い杖を持っておるの」
「あの杖はね、ママの杖だよ!ママはあの杖はもう使わないからって、おねーちゃんにあげたんだー」
「ほう?あの杖を手放したのか。思い切った事をするもんじゃの」
「あれ?ママの杖に何かあるんですか?」
「あの杖は、この儂ですら凄まじいと評価するほどのものじゃからの。カーラレス……。遊んでいたとはいえ、儂相手に3日間も戦い続けられた人間など、奴以外おらん」
「カーラレスさん?えっと……聖女様な悪喰さんの敵って事は、悪い人なんですか?」
「悪という程でも無い。ただお互いに立場が違った故に、戦いになっただけじゃの。セフィナとリリンサ、姉妹でありながらも戦う運命になっているお主ならば、理解できるじゃの?」
「はい!分かります!!」
セフィナは、大変にご満悦な笑顔で、リリンサの戦いの余韻に浸っている。
大好きなおねーちゃんであるリリンサが、自分と同じかそれ以上の魔導師であることが嬉しくて仕方がないのだ。
セフィナの中のリリンサは、『凄い魔法をいっぱい使える、凄く完璧な、凄いおねーちゃん』であり、昔のまま何も変わっていない。
新しい魔法を一つ覚える度に、おねーちゃんなら3つ覚えているはずと憧れ続けた日々を送ってきたセフィナの抱いている夢は、『おねーちゃんに再会して、また色んな魔法を教えて貰う』ことだ。
そして、いざリリンサの動向を知るようになって、その夢は実現可能なんだと知ったセフィナは、嬉しくてたまらないのだ。
あと少し、そう、あと2日待ってワルトナが帰ってくれば、思い続けた願いが叶うのだと、そう信じている。
「早くワルトナさん帰って来ないかな!目の前におねーちゃんがいるのになー!早く会いに行って、ユニクルフィンさんからおねーちゃんを奪い返したいなー」
「ほう?ユニクルフィンから奪い返す?先ほども言っておったが、どういう事なのか、詳しく教えてくれんかの?」
「えっと、ですね。おねーちゃんは神様に言われて、ユニクルフィンさんと一緒に居なくちゃいけないんです。でもね、それは間違いだったって神様が言ってて、私に神託でおねーちゃんとユニクルフィンさんを別れさせてねってお願いされてるんです!」
「ほうほう。これはかな~り面白いことになってるっぽいの!本当に神が言ったのならば、正義はセフィナにあるはずじゃしの」
那由他と会話をしている内に、セフィナは少しだけ頬を「むう」と膨らませ始めた。
やっと姉に会えると楽しみにしていたのに、突然のお預け。
頭の中ではワルトナに非は無いと分かってはいても、感情的な部分で納得できていないのだ。
大人びているとはいえど、セフィナはまだ13歳。子供の域から出ていない。
そんな幼いセフィナに、数千年以上の時を重ねてきた老獪なる那由他は、笑顔で語り掛けた。
「すぐにでも姉に会いたいと、顔に書いてある様じゃの。どうして会いに行かないじゃの?」
「ホントはね、明日おねーちゃんに会いに行くはずだったんです。でも、ワルトナさんがお仕事になっちゃったから、二日間も我慢しなくちゃダメなんです……」
「別に、ワルトナを待つ必要は無いんじゃないのかの?」
「え?」
「その神託には、『ワルトナ・バレンシアと共にリリンサ・リンサベルを奪還せよ』と書かれておったのかの?恐らくじゃが、書かれておらんじゃの?」
「確かに、書いてないですけど……でも、危ないから一人じゃダメって、ワルトナさんが」
「それは戦力的な話じゃの?確かにワルトナはおらんが、儂もサヴァンも、ソドムもゴモラもおるではないか。戦力的には、ワルトナ一人よりも強いじゃの」
それは悪魔の囁き。
いや、大悪魔の計画をブチ壊そうとする、悪神の囁きなのかもしれない。
幼い笑顔を振りまいて、那由他は無邪気を装いながら笑う。
そんな笑顔に騙されたセフィナは、ポツリと呟いた。
自分の願いを、呟いてしまった。
「私、おねーちゃんに早く会いたいです。どうしたらいいですか?」
「そうじゃの。すこしだけ稽古を付けてやろう。儂の加護とメリクリウスの使い方についてじゃ。そうすれば、明日、リリンサを奪い返すことができるの。どうじゃ?やってみるかの?」
「……お願いします、稽古を付けてください。私、おねーちゃんに早く会いたいんです!ずっと待ってたんです!!もう、待つのは嫌なんです!!」
セフィナは子供だ。
その純粋すぎる心から来るその願いは、家族に会いたいという優しすぎるワガママ。
姉と再会するのに理由なんていらないとの感情が、普段は言わないワガママを決心させてしまったのだ。
セフィナは決心を付け、真っ直ぐな瞳で、突き進んでゆく。
たとえそれが、姉と妹という関係性を破壊してしまうかもしれない事だとしても。
「任せておくのじゃの。さぁセフィナ。善は急げ、早速稽古をつけてやろう。ソドム、ゴモラ、エルドラド、サヴァンも一緒に来るのじゃの!」
「分かりました!」
「ヴィギュリオン!」
「ヴィギル―ン!」
「了解しましたで!」
「………………。はい……。」
そうして、観客席にいたタヌキまみれな集団は姿を消した。
それぞれが空間に作ったドアに身を潜らせて行った最後尾。
シスターサヴァンはなんとなく振り返ると、ここにはいない自分の教え子に向かって、心からの謝罪をした。
「ごめんなさいね。ワルトナ」
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「へくちっ!……くしゃみとか……。誰だい僕の噂をしているのは?……ユニだと良いなぁ……。さてと」
不安的機構・最奥深淵、虚構礼拝堂の扉の前で、ワルトナは衣服を正していた。
着ている服は、真っ白い聖母衣装。
リリンサに焼かれたものではなく、式典用の最高峰の礼服だ。
ふう。緊張するなんて僕らしくもない。
いくらノウィン様が不安定機構の最上位に君臨する御方だと言っても、僕の保護者って事になってるだろ。書類上は。
無理やりに自分を納得させ、ワルトナは扉のドアノブに手を掛けた。
この『虚構礼拝堂』は実質的に、ノウィンの執務室と化している。
当然中にいるのはノウィン一人だけのはずであり、ノックをした後、返事をしたノウィンがドアを開こうと立ちあがる前に、速やかに入室しなければならない。
礼儀的には内側から扉が開かれるのを待っている方が正しいと知りながらも、ノウィンに席を立たせて扉を開かせるというのをワルトナは良しとしていない。
速やかに事を成せるように準備しつつ、ドアを優しくノックし礼儀正しく挨拶をして、返事を待つ。
「失礼いたします。ワルトナ・バレンシア、召致命令に従い、参堂致しました」
「来たみたいだな」
「そのようですね。入ってきていいですよ。ワルトナ」
「……?失礼いたします」
あれ?誰かいるんだけど!?
つーか、今、ノウィン様に向かって敬語じゃなかったよね!?
どういうこと!?どんな奴がいるんだよ!?
ワルトナはちょっとだけ混乱しながらも、素早く思考を回してゆく。
そして、その答えに辿り着いたワルトナは、驚きと嬉しさのあまり、勢いよくドアを開けた。
「……ユルドおじさん……!」
「よう!元気にしてたか?ワルト」




