第70話「バトルトーナメント25 決勝戦、毒吐き食人花VSアルカディア(終)」
「……私の判断は正しかった。レジェなら、絶対に何らかの仕掛けを魔導銃に施していると……そう、信じた」
両断された魔導銃が、地面に落ちて転がった。
位置関係的に無事であるはずが無く、それを肯定するように、リリンサの背後にも鋭き爪痕が深く刻まれている。
しかし、リリンサは無傷だ。
まるで、攻撃をすり抜けたとでも言うように幽然と立ち、薄ら笑みをアルカディアに向けている。
そんなリリンサを見て、毛が逆立つ程にビックリしたアルカディアは疑問の声を上げた。
「……今のは避けようが無かったはず。どうして無事?」
「この手段は二度と使えないし、説明してあげる。私が無事なのは、魔導銃のおかげ」
「銃?」
「アルカディア。あなたの攻撃は素晴らしいと言わざるを得ない程に強力だった。だから、私は回避する手段が無く、不確かな賭けにでた。それは……」
リリンサは頬を伝う汗を無視して、アルカディアに語り掛ける。
ほんの僅かな時間を稼ぐために。
「レジェによって、魔導銃に起死回生の魔法が内蔵されているという可能性を私は信じた。だからこそ、銃をワザと手放して破壊させた。……そしてその読みは、正解だった」
「魔法入ってた?」
「仕掛けられていたのは『平行確率殺害』。この魔法は、事象が辿るであろう運命の選択肢を、可能性の高い順から消し去っていく」
「……。難しすぎて、まったく分からない!」
「つまり、あなたの爪に切り裂かれた後に辿るはずだった、私の『即死』という運命は消え、『致命傷を負う』という運命も消え、『重傷』や『裂傷』、『骨折』『切り傷』などの運命も消えた。そして、一番可能性の低かった『無傷』という運命が残った」
魔導銃に込められていた魔法『平行確率殺害』は、レジェリクエが得意とするランク8の虚無魔法だ。
だが、この魔法は非常にコントロールの難しい魔法であり、戦闘で扱う事は難しい。
起こった出来事に対し、用意されている未来は、一つとは限らない。
例えば、地面に向かってガラス細工を落としたら、一体どうなるだろうか?
普通なら、地面に激突した瞬間に『砕け散る』だろう。
ただ、『ヒビが入る』だけに留まるかもしれない。
場合によっては、『欠ける』だけなるかも。
そして、極めて低い確率で、『まったくの無傷』という事も考えられる。
と、このように、考えられる運命の選択肢というものは一つでは無い。
そしてこの魔法は、運命をネジ曲げ、強制的に一番可能性の低い現象を起こさせるのだ。
銃とは、遠距離から攻撃する為の武器だ。
それが破壊されるということは、銃の所持者が致命的な傷を負う可能性が非常に高い。
だからこそ、レジェリクエは魔導銃にこの魔法を仕込んだ。
銃が破壊された瞬間に起こる、敵のあらゆる攻撃の結果を、最も低い可能性『無傷での生存』へと固定する為に。
「……。ということは、まったくダメージが入ってない?」
「そういうこと」
リリンサは、アルカディアの動きを警戒しながらも内心でレジェリクエに礼を言った。
ありがとうレジェ。おかげで助かった。
でも、どうせならもっと安全な魔法にして欲しかったと思う!
今回は、アルカディアの攻撃の威力が高かったから良かった。
けど、中途半端な攻撃で銃を破壊されてしまうと、最も可能性の低い結果として『即死』効果が出かねないと思う!
リリンサは、自分が体験した感想をレジェリクエ女王に伝えようと心に留めておく。
この主観は魔導銃の更なる品質向上に役に立ち、なにより、魔導銃を壊してしまった後ろ暗さを隠す為に。
戦闘中であるがゆえに、リリンサの瞳は泳いでいない。
しかし、ほんの少しだけ雰囲気は緩み、そんな空気にアルカディアはツッコミを入れた。
「なんか、ズルっぽい!」
「ズルくない!それを言うなら、どんな魔法だって、大概ズルいと思う!!」
アルカディアは眉間にしわを寄せ、抗議の鳴き声を上げ始めた。
う”ぃぎるあ!?ありえない!!
この『魔獣裂爪』は白いドラゴンにかすり傷を負わせた技!
それなのに無傷なんて、絶対にありえない!!
でも実際、りんなんちゃらはピンピンしている。
……しぶとい。
オレンジ農園の為に、私は勝ちたいのに。
ソドム様の立派なバナナ農園みたいな凄いのを作って、オレンジ食べ放題を実現したいのに!
アルカディアは、初めて明確な敵意を、リリンサに向けた。
今までは那由他の命令に従い、どうやってユニクルフィンに近づこうかと画策していた。
必然的に敵意を向けてはおらず、むしろ、リリンサにチョコバナナを貰っている為に、好意すら抱いていたのだ。
世界最高レベルの強者達から教えを授かってきたアルカディアは、リリンサの事を害敵として見ておらず、今夜行われる『999タヌキ委員会』の練習程度に思っている。
しかし、アルカディアは自身の必殺技の一つである魔獣裂爪を防がれ、認識を正すことにした。
自分の考えを思い直し、リリンサは『命と夢を脅かす害敵』だと、改めたのだ。
「りんなんちゃら。あなたを倒させて貰う。……オレンジの為に!」
「……そう。私も長期戦は望まないし丁度いい。殺気を感じて理解できたよ。……アルカディア、あなたは敵なんだね」
「……?《英雄の技巧・傲慢な駿馬を走り抜く》」
リリンサから敵意の返答を受けて、アルカディアはバッファの魔法を切り替えた。
『傲慢な駿馬を走り抜く』
世界を旅していたユルドルードが出会った、4対8本の足を持つ馬の皇種『スレイプニル・ヴァーナ』
世界最速を目指しているスレイプニル・ヴァーナに対し、ユルドルードは50km走で勝負を持ちかけた。
その際に、アプリコットに呆れながら作って貰ったこの魔法は、数ある上位バッファの中でも上位に食い込めるほどの速度を得る事が出来るものだ。
アルカディアは、速攻で勝負に決着を付ける事を選び、この魔法を唱えた。
……だが、もう遅かったのだ。
魔法が完成しても、アルカディアは動き出す事が出来なかった。
リリンサがいつの間にか召喚していた星丈ールナから溢れ出る魔力の波動によって、足がすくんでしまったのだ。
「それは……なに?おじさまの武器に似てる……?」
「あなたには、メナファスを倒す為に下準備していた『切り札』を使う事にした。……あっけなく、ブチ転がると良い《七つの英知、八つ目の輝き。破滅と救世は永劫に遂げる事は無い。世界の為に、遂げてはならぬのだ。魔導よ皆既し、顕現せよ。ルーンムーン》」
リリンサの主武器たる『星丈ールナ』。
それは、偽りの姿だった。
この魔導杖の本来の真名は『ルーンムーン』。
遥か古来、七賢人の長カーラレスが所持していたとされるこの杖は、後に生まれる神殺しのモデルとなった杖であり、その力は『世界を統べる』とすら謳われたものだ。
当時、世界の覇者だったカーラレスは、この杖に様々な魔法を付与し育て上げた。
魔法を収束・拡散するという機能の他に、様々な付加価値を付けて、神の代名詞を作ろうとしたのである。
それらの目論みは、おおむね成功した。
しかし、たった一つ誤算があったのだ。
それは、世界の覇者たるカーラレスを基準として作られたが為に、他者では扱う事が出来なかったのだ。
まともに使用できる状態にするだけで、使用者の魔力の殆どを奪い尽くし、魔力欠乏症を引き起こす。
強大な力があれど、結局は誰も使用する事は出来ない。
いつの時代からか、このムーンルーンには制限が掛けられるようになり、『星丈ールナ』として時代を刻んできたのだ。
そして、リリンサはアルカディアに仕掛けた舌戦で時間を稼ぎ、星丈ールナの封印を解いて『ムーンルーン』として顕現させた。
リリンサの膨大すぎる魔力を以てしても、使用できる時間は、たったの5分にも満たない。
アルカディア同様に短期決戦を狙うリリンサは、すぐに行動を開始した。
「いくよ……。《永久の西風》」
リリンサは無造作にルーンムーンを振るい、ランク9『永久の西風』を発動。
不可視、不知覚なる風の鞭をしならせて、アルカディアを吹き飛ばした。
ナインアリアと戦った時のような手加減は無く、致死の暴力を秘めた、命を刈り取る一撃。
それを真横から受けたアルカディアは、叩きつけられた衝撃に意識を飛ばされそうになりながらも耐え、辛うじて敗北を免れた。
場外アウトにならなかったのは、たまたまの偶然。
運よくアルカディアの身体が地面に向かい、闘技石段に爪を立てることで威力を殺せたからである。
アルカディアは、リリンサを睨んだ。
四つん這いという、本来の姿で。
「う”ぎぃるあ。今のは、ランク9の魔法のはず。どうして詠唱無しで唱えられた?」
「……私が勝ったら、教えてあげる《竜を撃つ一撃》」
アルカディアが疑問を抱くのも当然の事だ。
リリンサが先ほど使用した『永久の西風』はランク9であり、当然、呪文の詠唱か魔導書が必要となる。
しかし、今は魔導書を所持しておらず、長い呪文も唱えていない。
これこそが、ルーンムーンの機能の内の一つ『魔導皆既』。
24時間内に星丈ールナから発せられた魔法を記憶し、復元。
どんな魔法でもノーリスクで再使用する事が出来るようになり、魔法の威力自体も向上されるという、理不尽極まる性能なのだ。
リリンサは、メナファスとの戦いで切り札として使用する為にワザと多くの魔法を使い、コツコツと下準備をしていた。
それだけ、メナファスの戦闘力に対し、警戒と信頼を置いていたのだ。
そして、その力はアルカディアへと向けられた。
敵と断定した事によりリリンサの自制心は外れ、思うがままに暴力が吹き荒れる。
「あなたは敵。そして敵だというのなら、私はあなたを許さない!セフィナの死を嘲笑った敵に、容赦なんてしないッ!!《 四重奏魔法連・水害の王!》」
渦巻く触手の群れが四つ出現し、アルカディアを包み込んだ。
数え切れないほどの触手が蠢き、その一本一本が別の方向へと流れている。
激しい激流に巻き込まれたアルカディアは軋む体を無理やり捻り、ガントレットを振りまわして『森羅堕天』で、触手の海を飲み干してゆく。
……触手、やだ!!
ぶにょぶにょするから嫌い!!
おじさまのガントレットが凄くても、この量は困るし!
と、とにかく、片っ端から吸い込ませて、ある程度魔力が溜まったら反撃を……。
アルカディアは、目に付いた触手の一本を鷲掴みにし、森羅堕天で飲み下そうとした。
だが、それは失敗することになった。
アルカディアの目の前に突如現れたのは、触手の中を移動してきたリリンサだった。
その勢いのまま突き出されたルーンムーンは千山海を握する業腕と激突。
後ろに弾き飛ばされ無防備になったアルカディアは、そのまま、触手に取り込まれた。
ぶにょんぶにょんきしゃーと激しく掻き回されながら流されて行くアルカディア。
程なくして真っ赤な核が迫り、何となく嫌な予感がしたアルカディアは、どうにか体勢を立て直して拳を振るう。
「《模倣する目撃者・真っ黒いドラゴ……》」
「貫け!《白竜でも逃げ出す連撃!》」
「う”ぃっ!?」
リリンサは、アルカディアに続いて触手に飛び込んで、後を追っていたのだ。
雷で作り出した、光の子竜を従えて。
アルカディアの目の前には、万物をすり潰す真紅の核。
後ろから迫るのは、なんとなく見覚えのある形の、光の子竜。
そんな危険物に挟まれたアルカディアは……。一生懸命に頑張った。
一生懸命に頑張って、一つめの水害の王を破壊し、それでも……。
「う”!ぎぃるああああああああああああああああああ!」
残り3つの水害の王と、リリンサが無限に作り出してくる白竜でも逃げ出す連撃を裁き切れず、爆裂。
そして、声高らかに吹き飛ばされて、闘技石段の外の地面に激突。
三回バウンドしたのち、タイタンヘッドに頭突きを喰らわした。
『決まったぁー!本日のバトルトーナメント、優勝者は、毒吐き食人花!!毒吐き食人花が優勝を手にしましたっ!!』




