第69話「バトルトーナメント24 決勝戦、毒吐き食人花VSアルカディア」
走り出した一筋の青い閃光。
言葉巧みにアルカディアを誘導し、虚を突いたリリンサは、一呼吸の間に距離を詰めて言葉を吐く。
それは、勝利後に突きつける為の、一方的な口約束。
「私が勝ったら、あなたの正体を白状して貰う!《五十重奏魔法連・対滅精霊八式!》」
「う”ぎるあ!?」
リリンサは理解している。
奇襲を仕掛けている最中に声を発するなど、愚かすぎる行いなのだと、十分に理解している。
それでもアルカディアに声をかけたのは、『友達』になったから。
たとえそれが、お互いに含みのある上での協定であったとしても、リリンサにとって『友達』とはかけがえのない、尊き”者”。
だからこそ、声を発した。
今から決別する友達への、手向けの言葉として。
「《多層魔法連・瞬界加速―飛行脚―第九識天使―失楽園を覆う》」
「う”っ!?ぎぎろぎあ!?」
速度上昇、空中移動、認識共有、害敵拘束。
そして、その手に握る星丈ールナには、400発の炸裂魔法が装填されている。
リリンサは星丈―ルナを振るう。
自身の大規模個人魔導も含めれば三重となっているバッファの魔法効果を十全に引きだし、共有している視覚を覗いて、死角となっている方向から、連なる砲弾の様に。
足首から先を固定され、その場から動けないアルカディアに向かって、星丈ールナを振ったのだ。
轟いた爆発音は、400発。
リリンサは星丈―ルナに装填していた対滅精霊八式をすべて撃ち切った。
すべて撃ち切って、なお、アルカディアを倒すことが出来なかったのだ。
「つっ!全部、防がれたっ!」
「その技はすでに攻略済み。数が多くても問題ないし!」
アルカディアは、知っていた。
杖に装填されている対滅精霊八式は、衝撃によって有爆する魔法だということを。
だからこそ、自身の体に着弾する前に叩き込んだのだ。400発の黒い弾丸を。
アルカディアは漆黒のガントレットを纏う己の拳を、視野の外側から迫る星丈―ルナに叩き込み、全ての対滅精霊八式を有爆させて、無意味に浪費させた。
残されたのは、空気が焦げた鼻を突く匂いだけ。
……この瞬間、攻守は逆転した。
「ん!《第九守護天使!》」
「今度は私の反撃。《英雄の戦技・力技で獅子皇を泣かす》」
バキリとアルカディアの足元が爆ぜ、砕けた『失楽園を覆う』の残滓が散らばり、リリンサの目が見開かれた。
アルカディアが使用したバッファ、『英雄の戦技・力技で獅子皇を泣かす』。
百万獣の皇と呼ばれた、気高き獅子皇・『マンティゴア』。
膨大なる筋力を持つマンティゴアに真っ向勝負を挑んだユルドルードが欲したのは、技術を必要としない純粋な筋力だった。
目には目を、筋肉には筋肉を。
そんな子供じみたユルドルードの願いをアプリコットは叶え、圧倒的な力を行使できるバッファを作りだし、それがアルカディアに受け継がれていたのだ。
アルカディアは、踏み出す。
野生動物特有の一切の無駄のない、連動する筋肉を滾らせ。
一切ぶれる事の無い鋼鉄の正拳突きを、リリンサへ放つ。
「うぃ”……ぎるあっ!!」
「《五重奏魔法連・空盾!》」
砕け散る空盾に巻かれながら、リリンサは吹き飛んだ。
そして、空中で身を返し、軽い足取りで地面に着地して……。
けほっ。っという小さい嗚咽を漏らす。
「良いパンチだった。対応が間に合わなければ死んでいた……。《第九守護天使》」
「あれ?倒したと思ったのに」
「惜しかったね。第九守護天使にもヒビが入っていた。もし、ガントレットの性能を見て警戒していなかったら、私の敗北になったと思う」
「う”ぎるあ……。タコなんちゃらのせい……。後でもう一回、叩いてやる!」
憤るアルカディアに対し、リリンサは冷静に思考を回す。
アルカディア……。強いね。
レベルが77000もあるのなら当然そうだと思っていたけど、初撃を防いで反撃、しかも、五重の空盾を突き破って第九守護天使にもヒビを入れる程なんて予想外。
敵かどうかはまだ確定していない。
だけど、もし敵だった場合、事態は一気に悪い方へ持っていかれる。
冥王竜と戦った時点のユニクでは、アルカディアに勝てない。
希望的楽観視をするのなら、ユニクはエルと戦って新しい力を手にしているという。
それでも、アルカディア相手に勝てる見込みは薄いと思う。
だって、アルカディアは、まだ本気を出していないから。
短く息を吐いて精神を整えながら、リリンサはアルカディアに問いかけた。
考えていた事を、そのまま包み隠さずに。
「アルカディア。あなたは本気を出していない。そうだよね?」
「何でそう思う?」
「そのガントレットが要因。それからは理不尽すぎる力を感じる。私の持つ魔王シリーズと同じかそれ以上の強い力を感じているのに、あなたはその力をほとんど使っていない」
「確かに、私はこのガントレットの力を全部出していない。というか、練習中だし!」
「練習中?」
「今夜の本番は、負けられない戦い!……あ。また言ってしまった!う”ぎるあ!!」
「こんなにボケ倒しているのに、カミナを出し抜けたというの?……まぁいい。今夜、何かがあるというのは分かったから」
「……忘れて!」
「無理!!」
はたから見たら漫才のような軽いやり取りでも、本人たちは真剣そのものだ。
リリンサは、アルカディアの目論みにほんの少し触れる事が出来たと頷いて、再び星丈ールナを構えた。
今度は不用意に近づこうとはせず、静かにアルカディアが動くのを待つ。
それは、先手を取ることや不意を突いた奇襲が本領の魔導師にとって、異例中の異例。
アルカディアもその事に疑問を思ったが、それでも足を踏み出した。
リリンサに勝利し、『夢のオレンジ農園』を手に入れる為に。
「あなたを倒して、オレンジ食べ放題!!う”ぃぎるあ”ぁ”ーー!」
「……。」
振りかぶった漆黒の拳が、真っ直ぐにリリンサへと伸びて行く。
アルカディアの狙いは、リリンサの胸。
心臓を打ち抜き意識を奪いながら、場外まで吹き飛ばすつもりなのだ。
それを第九識天使からの視野を見て認識したリリンサは、拳の進路上に星丈―ルナを潜り込ませ、迎撃。
しかし、何の魔法も纏っていない今の星丈―ルナでは、アルカディアの拳を押し戻すほどの力は無かった。
星丈―ルナは無理やりに押し込まれ、その尖った先端がリリンサに迫る。
このままぶつかれば、手痛いダメージを負うのは間違いないだろう。
そして、迫るスピード速く、魔法詠唱も既に間に合わない。
近接戦闘に弱いという、魔導師の弱点を露見したリリンサ。
その瞳は……敵が罠に掛ったという『歓喜』に満ち溢れていた。
「放て!」
「う”ぃ!?」
リリンサが魔導服の内ポケットから取り出したそれは、『50口径魔弾可変式・デザートGRD 』。
リリンサはセブンジードと”屈託のない笑顔”で談笑をして、魔導銃を借り受けていた。
「セブンジード。魔導銃を、貸、し、て!」と、お強請りしていたのだ。
カチリという金属音と共に、魔導銃のトリガーが引かれた。
そして、放たれた5発の『超高層雷放電』はリリンサの眼前にあった星丈ールナへと衝突。
星丈ールナの魔法拡散の影響を受けた超高層雷電は、激しい火花のように枝分かれし、アルカディアを穿った。
「う”ぃ!ぎるあああああああああ!」
「チャンス。追加する!《魔弾・超高層雷電!》」
目の前の星丈ールナを素早く回収し、空間に放り投げて収納したリリンサは、魔導銃に魔法を装填しアルカディアに突きつけた。
再度放たれた超高層雷電は、5発の雷鳴を轟かせ、アルカディアを貫通。
アルカディアは闘技石段に崩れ落ちて沈黙し、数秒の時間が経つ。
そしてアルカディアは、チカチカと点滅する視線をリリンサへ向けて、抗議の言葉を吐いた。
「すごくびっくりした!う”ぃ-ぎるあ!」
「……。そんな程度で、済まさないで欲しいと思う!」
リリンサが、アルカディアの抗議を抗議で返したのも、仕方がないことだ。
リリンサが放った超高層雷電は、決して威力の低い魔法では無い。
普通の生物が一発でも受ければ、基本的に即死。
当たり所が悪かったとしても、神経を焼き、着弾部分が使用不能になるのは必至だ。
当然、防御魔法を使用していればその限りではないが、アルカディアは防御魔法を使用していない。
リリンサの視点で見れば、生身で魔法を受けたはずであり、必殺の一撃となるはずだった。
そうならなかったのは、アルカディアの肉体は魔法によって構築されているものであり、人間の肉体と比べて耐久力が高かったからだ。
そして、着ている服が優れた魔法耐性を持っていたからでもある。
この服に使用されている布は、魔法の伝導性が非常に高く、魔法を受けた場合は吸収し、服全体に巡らせて大気中に再放出する。
つまり、リリンサが放った超高層雷電も例に漏れず、大気中へと受け流されてしまったのだ。
アルカディアはぶんぶんと頭を振り、気分をリフレッシュ。
軽やかに立ちあがり、ガントレットを構えた。
「いくよ。りんなんちゃら!」
「受けて立つ。アルカディア!」
激しい白と黒の攻防。
青白い閃光は、リリンサの魔導銃から放たれる魔法で、雷系と氷系を中心としたものだ。
鋭く速い雷魔法を牽制に使い、質量を持つ氷系魔法で有効打と防御を行う。
黒い閃光は、アルカディアが高速で放つ、漆黒の拳の軌跡。
唯の殴打であるはずの拳が、すべて一撃必殺の致命傷。それらがリリンサの攻撃を処理し、隙を狙う。
動きが速い一撃必殺のアルカディアの拳を、リリンサは魔導銃の連射性能を巧みに使い迎撃。
攻撃と防御を互いに繰り返し続け、砕けた氷の残骸が周囲一面に散らばった頃、唐突に変化が訪れた。
「喰らえ!《魔陣詠唱・主雷撃!》」
リリンサは、アルカディアに向かって放っていた氷の弾丸の中に、魔法陣を忍ばせていた。
それらはアルカディアの周囲に散らばり、360度、完全に包囲。
そして、散らばった100を超える氷の残骸から、主雷撃が一斉に放たれたのだ。
「握り潰せ!《森羅堕天!》」
しかし、アルカディアは慌てることなく対処を行った。
アルカディアは天高く腕を突きあげ、ガントレットに備わっている第二の機能を解放させたのだ。
千山海を握する業腕・第二機能《森羅堕天》。
これは、神の情報端末を持たず、内包するエネルギーの少ない千山海を握する業腕が、神殺しと同等の出力を発揮する為に付けられた『エネルギー補給装置』。
それをアルカディは解放し、周囲へ無差別に叩きつけたのだ。
アルカディアを中心とする直径5mに存在した非生命物体は、すべてガントレット内部に取り込まれて消失。
消失した主雷撃は100発を超え、その意味を直感で理解したリリンサは、咄嗟に魔導銃の引き金を引いた。
目の前に氷で出来た壁を出現させ、一秒の時間を稼ぐために。
「斬り裂けっ!《魔獣裂爪!》」
十の亀裂が走り、氷の壁は擦り下ろされた。
そして、その鋭き斬撃は、壁の向こう側で身を引いていたリリンサへと届いていて。
真っ二つに切り裂かれた魔導銃が、地面に落ちて転がってゆく。
「リリンッ!!」
静まりかえる観客席から、悲痛な叫び声が響いた。




