第68話「バトルトーナメント23・決勝戦、毒吐き食人花VSアルカディア」
『おっと!毒吐き食人花は友好的に話しかけたけど、アルカディアは食事中だったーー!つーかおい、アルカディア!!今から決勝戦なんだけど、緊張感なさすぎだろ!』
「運動の後の栄養補給は大事。『食べられる時に、食べられるだけ、食べておけ!』は私達の絶対的戒律。野生で生き抜く術だし!」
『だめだこれ!やんわりと注意してみたけど、やめる気が感じられない!えー、観客席の皆さん、逆にこの光景はレアですよ!この闘技石段の上でチョコバナナを喰った奴なんて、歴史上一人もおりません!』
ヤジリを呆れさせるという快挙を達成したアルカディアは、満足げな表情でチョコバナナを味わっている。
もぐもぐとマイペースに口を動かし続け、棒に刺さった最後の一切れを口に放り込むと、無言で空間に手を差しこんで追加のチョコバナナを取り出した。
それを見て、リリンサの平均的な疑惑の眼差しが怪しく光る。
異次元ポケットの魔法は決して簡単に覚えられるものではなく、それを使えるというだけで、最上位冒険者の証明になるからだ。
しかし、異次元ポケットを扱えるという事の重大さを、アルカディアは理解していなかった。
タヌキであるアルカディアにとって、人間の常識なんて知ったこっちゃない。
それこそ、自分が天才的な魔法の才能を持っていたとしても、関係が無い事だった。
アルカディアは、名もなき将軍の時代から、優れた魔法技術を持っている。
タイタンヘッドが使用した『隕石招来爆撃』を、涙目でガン見して覚え、自己流の技に昇華。
それ以外にも、飛行脚などのバッファも冒険者を観察して覚えていたりと、非常に優れたセンスを持っているのである。
そして、ソドムの下僕となった今、その魔法能力は留まる事を知らない。
アルカディアは、チョコバナナを味わいながら、遠い日の酷い出来事を思い出す。
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「アルカ、魔法次元に食いもんを保存しておくのは、基礎中の基礎だ。死ぬ気で覚えろ!」
「ヴィーギル?ギルギル?」
「あぁ、この渦巻く黒い空間の穴は、今からお前を放り込む為の穴だ。魔法次元の出口を作れないと、どうなるか分かるか?」
「ヴィギロア……?ギギルギル?」
「そうだ。一生この魔法空間から出られない。……なお、お前に与えるのは、このバナナひと房だけだ。餓死したくなかったら、死ぬ気で脱出するんだな!おらっ!」
「ヴィ、ヴィッ!!ヴィーギルアアァァァ……ァァァ……ァァ……」
そうして、アルカディアの試練は唐突に始まった。
与えられたバナナの実の部分を喰い尽くし、皮を噛んで耐え忍ぶ、アルカディア。
そして、四日間の激闘の末、見事に異次元ポケットを完成させ、脱出を成し遂げたのだ。
そんな超スパルタ教育により、アルカディアが手に入れた異次元ポケットは、非常に優れた性能を誇っている。
異次元ポケットは、内部に存在する物体を『絶対不可変』な状態にする。
内部の魔法空間では、時間と空間は動きを止めるのだ。
異次元ポケットが繋がっている空間は、そういう風にデザインされたものであり、限定的ではあるが神が定めた概念の外側にある。
つまり、異次元ポケットの中に入れておけば食物は劣化せず、術者が生きている限り、何千年でも保存をしておく事が出来るのだ。
ちなみに、この魔法空間内に生きている状態の生物を入れても、状態が固定される事はない。
これは、空間としては時間を止めているが、『生物』としての『神が定めた生命維持情報』という概念は正常に動いており、耐えずエネルギーを消費しているからだ。
すなわち、魔法空間に居ても腹は減るし、栄養補給は必要となる。
それがいらないのは、自分の概念を好きなように改変できるような、世界の超越者だけである。
**********
アルカディアは、バナナを良く味わいながら貪り食う。
よくもまぁ、生き残れたもんだ。と、自分自身を称賛しながら。
「もぐもぐ……う”ぃぎるあ~ん!」
「アルカディア。あなたは異次元ポケットを扱えるみたいだけど、誰に習ったの?」
「もぐもぐ……そど……。」
「……そど?」
「私のボスで、とても酷……すごい魔法の使い手。空が超輝く。う”ぃぎらーん!」
「空が輝く?どのくらい?」
「見渡す限り輝く。で、一撃で山を削り飛ばす光の剣をいっぱい降らせる」
「見渡す限りの空を輝かせる?山を削り飛ばす?それは、どう考えてもランク9の魔法のはず……」
リリンサの中で、アルカディアに対する疑惑が膨らんでゆく。
確かに、ランク9の魔法を扱えるのなら、ブライアンなんて片手でひねり潰せる。
問題は、ドラピエクロと本気で戦ってた私とワルトナを見て、ブライアンは私に戦いを挑む方が勝機があると判断している事。
つまり、ブライアンの目線では、私の魔法の方が劣って見えたという事になる。
これは、ワルトナと電話で相談した時に浮かび上がった信憑性の高い疑惑。
そして、アルカディアのボスなら、その条件を満たせるという事になる。
これは本当に、アルカディアは敵なのかもしれない。
ワルトナの話では、「次の襲撃は、しばらく先になるだろう」と言っていた。
ワルトナが予想を外すなんて珍しいけど、敵もそれだけ戦略に長けているのかもしれない。
リリンサは、心の中で「要注意」と呟くと、平均的な表情を少しだけ悪魔色に染めた。
とあるVIP席に座る男が言うには、「うわ!平均的に機嫌悪そう!」な目つきで、アルカディアを見やる。
「それで、アルカディアはこの町に、何をしに来たの?」
「もぐもぐ。……秘密」
リリンサの中で、アルカディアの疑惑がものすごく膨らんでいく。
秘密……ね。
それはある意味で当然。私達を狙っているのに、正直に話すわけないし。
……でも、なんか話が噛みあわない気もする?
さっきアルカディアは、『本番は今夜』と言っていた。つまり、何らかの行動を今夜起こすはず。
それなのに、私の前に姿を晒して、疑惑を抱かれる様な事をするのも変だと思う。
もう少し、慎重に話をした方が良さそう?
あ、そう言えば、気になる事があった。
アルカディアのさっきの動きは、どう見ても……。
リリンサは、平均的な声色でアルカディアに語り掛けた。
その語尾を、若干強めて。
「ねぇ。アルカディア。敵を殴って装備品を破壊したあの動き、アレは誰に教えて貰ったの?」
「……かみなんちゃら?」
「かみなんちゃら?もしかして、それって、『カミナ・ガンデ』のこと?」
「……よく知らないけど、たぶんそう。森で出会って一緒に遊んだ」
「それはいつの事?」
「ついこの間。かみなんちゃらは森ヒュドラを倒してた」
リリンサの中で、疑惑と困惑が、果てしなく広がっていく。
ついこの間、タイラント森ヒュドラを倒した?
それって、ユニクと一緒に森に入った時の事だよね?
ユニクは何も言って無かったと思うけど……。まさか……浮気!?
いや、カミナが一緒に居て、そうなるとは考えづらい。
でも、非常に目に付く大きな懸念材料がアルカディアにはある。
……どうしたら、そんなに胸が膨らむの?
とても悲しい事に、私とワルトナとレジェを足しても、アルカディアには及ばないと思う。
その大きさはカミナですら敗北を喫し、メナファスといい勝負をするっぽい。
……むぅ。これはいけない。
アルカディアをユニクに近づけては、絶対ダメだと思う!!
斜め上の方向に結論を出したリリンサは、一瞬だけ殺意を剥き出しにして、アルカディアの胸を睨む。
その殺意を敏感に感じ取ったアルカディアは、ブルリと身を震わせ、一歩後ずさった。
「胸を超見てくる……。困る……」
「困っているなら、私がもいであげてもいい。果実収穫?」
「これは着脱不可だし!」
「ち。それならせめて、大きくなる方法を教えて欲しい」
「よく食べてよく運動すること?好き嫌いをしないのが大事!」
「むぅ。私だって好き嫌いはしないのに。キノコだって美味しく食べられるようになったのに……」
リリンサの中で、疑惑と困惑と嫉妬が、限りなく広がっていく。
むぅ。カミナに教えて貰った豊胸マッサージだって、続けてるのに。
すごく理不尽だと思う!
……って、今はそんな事を考えている場合じゃない。
アルカディアの胸を前にしたら、ユニクはホイホイついて行ってしまうかもしれない。
もし、敵だったらと思うと、ゾッとする。
早急に、アルカディアの正体を暴かなくては。
リリンサは一層鋭い視線で、アルカディアを監視し始めた。
その瞳は、悪逆非道と謳われた、無尽灰塵たる者の瞳だ。
「アルカディア、あなたは私の真似をした。あの蹴りながら装備を剥ぎ取っていく技は私のオリジナルで、あなたにこの技を教えた事は無い。それなのにどうして、あの技が使える?」
「見て覚えた。ハンバーグの人と戦った時の事。私は足技が得意じゃなかったから、とても参考になった!」
「ハンバーグの人?あぁ、シュウクだね」
リリンサの中で、疑惑と困惑と嫉妬と驚きが、限界突破した。
だとすると、あの森の中から見ていたという事?
確かに、ワルトナが集めた冒険者が森の中にいっぱいいた。
けど、私達の周囲には人影は無かったはず。
まさか、私やワルトナを騙すほどの、認識錯誤の手段を持っている?
だとしたら、これはもう、確定?
いや、今はまだ決めつけるべきじゃない。
アルカディアはバッファの達人。
タイタンヘッドとの戦いで、視力の強化をしていたっぽいし、遠くから見ていたとしても不思議じゃない。
むう。どっちなのか分からない。
ワルトナが居てくれたらよかったのに。
けど、ユニクに近づけてはいけないのは、絶対に間違いない。
『疑わしきは罰せよ』。そうだよね?ワルトナ。
そして、リリンサは答えを出した。
その答えは、星丈―ルナを強く握り締める手からも明らかな……敵意だ。
「アルカディア。あなたの正体を教えて欲しい。そうでないと……」
「それは無理。ボスどころか、その上の御方に怒られるし」
「ボス?その上の御方?ふぅん。あなたは先兵ってことね」
『はいはいはーい!こっちにも尺の都合ってもんがあるんでね!お話はそれくらいにして貰いましょう!観客の賭けもとっくに済んでるしね!』
リリンサの話をぶった切って、ヤジリは主導権を取り戻した。
後は拳で語ってね!と態度で語り、尽かさず手に持っていた紙を広げて内容を確認。
そして、賭けの結果を発表した。
『さて、みんなが注目する決勝戦の賭けの金額は……毒吐き食人花、40億エドロ!それに対する、アルカディア、37億エドロ!!これはすごい!近年ではあまり見かけない程の金額が集まっています!』
「……バナナで例えると、何本分?」
「バナナ農園が買える。ついでにオレンジも育て放題」
『これにより、毒吐き食人花の懸賞金が、11億7千万エドロ。アルカディアの懸賞金が14億エドロとなりました!なんだこれ、小国の国家予算かよ!?』
「オレンジ育て放題……。なにそれ、すごい……」
「さらに、リンゴもブドウも育て放題」
『そんで、二回目の賭け金は変動なし!こんだけ賭けてりゃ、満足だろうよ!さてさて、泣いても笑っても、これは決勝戦。この一戦で本日の優勝者が決まります!』
「……。つまり、あなたに勝つと、オレンジ食べ放題?」
「それだけじゃない。優勝者には屋台の無料券が進呈される。あなたの好きなチョコバナナを浴びるほど食べられるよ」
『それでは、行ってみよう……試合、始めっ!』
「なにそれすごい、絶対に勝……う”ぃーぎるぁ!?」
「先手は貰った。あっけなく、ブチ転がって欲しい!」
リリンサは不敵に笑う。
そして、平均的な表情をちょっとだけ崩し、敵っぽいアルカディアを葬るべく、最初から全力を出した。
「《大規模個人魔導・絶対強化空間!》」




