第66話「バトルトーナメント21 アルカディアVSタイタンヘッド(終)」
「ん”ん”!?」
「おいどうした?ユニクルフィン。愛しのアルカディアが本気を出したんで、嬉しくなっちまったのか?」
「いや、そんな……。まさか、アレは……」
「アレ?」
俺はあのガントレットに見覚えがある……気がする。
すごーく、見覚えがある気がする!!
アルカディアさんが召喚した漆黒のガントレットは、俺の前にちょくちょく現れるアホタヌキが持っているガントレットにそっくりだった。
というか、瓜二つ……と言っても良いぐらいに似ている。
「いや、あのガントレットに見覚えがある気がしてな。そんでビックリしただけだ」
「見覚えあるってお前、あれほどのもんなら、滅多に見かけないだろ。どこで見たんだよ?」
「……アホタヌキが召喚した」
「……そのタヌキは、あれか?ベッドの上に出没するタイプのタヌキか?」
「いいや違う。森に出るタイプの普通のアホタヌキだ」
「タヌキに化かされてるってレベルじゃねえな。お前、ヤバい薬でもやってるんじゃねえだろうな?」
ははは、落ち着けよ俺。
確かに似ているが、アホタヌキの持ち物をアルカディアさんが召喚するわけないだろ。
よく見てみれば、アホタヌキの持っている方には赤い線なんて入って無かったし、大きさだって違う。
そして何より、纏ってるオーラが段違いに違う。
アルカディアさんが召喚したものは、グラムと比べても引けを取らない程の存在感を発し、対峙しているタコヘッドもブルってる。
いくらなんでもアホタヌキのガントレット比べるのは、失礼ってもんだな。
「すまん、俺の勘違いだったみたいだ」
「ふぅ、焦ったぜ。カミナの所に搬送しようかと思ったぞ」
「……だが、懸念が取り払われた今、俺のドキドキは止まらない!アルカディアさん!応援しているぜ!!」
「なんとなく、カミナですら匙を投げそうな気がしてきたな。ふ、お前は間違いなく英雄だよユニクルフィン。悪魔なオレがドン引きだ」
**********
「何だ、それは……。一目で理解できるヤバさだ……。伝説だ……。アレは伝説の武器に違いない。勝つとか負ける以前に、勝負として、成立するのかさえ……。」
タイタンヘッドは、アルカディアが召喚したガントレットを一目見て、圧倒的な力量差を理解した。
アルカディアの肩から先を覆っている、漆黒のガントレット。
複雑な形状の鋼鉄が織り合わさり、一つの芸術作品だと錯覚させる程の美しさ。
ガントレットの表面を走る真紅のラインも、命を巡らせる血潮を連想させるほどに力強い。
それらは、実用性と機能を極限まで高めた結果だった。
たった一枚の外装ですら複数の層で構成され、内部には魔導規律陣が搭載。
強度はこの世界に存在する金属の中でも最上位であり、破壊する為には、神の力さえ必要となる。
事実上、一般に出回る武器で破壊する事は、不可能だ。
そんな、このガントレットの名前は『千山海を握する業腕』。
過去の英雄が使用したとされる、至高の武器。
……それが、このガントレットの真の正体では無い。
ユルドルードがアルカディアに対し行った『過去の英雄が使用した武器』という説明は、決して間違っているものではない。
確かに、過去の英雄はこの魔道具を使い、歴史に残る戦いを繰り広げてきた。
しかし、その時代では、この魔道具の真の力を引き出す事が出来ず、いつしか真名すらも忘れ去られたこの『千山海を握する業腕』は、『海千山千』という別の魔道具として、世界の至宝だと語り継がれてきたのだ。
当然、ユルドルードも『神殺し』には及ばないという認識でアルカディアに授けており、万が一の場合に容易に対応できるという、絶対の自信があった。
しかし、それを横で見学し、千山海を握する業腕の真の価値を見抜いた那由他は、ほくそ笑んでいた。
そして後日、『希望を戴く天王竜』に敗北して悔しかったという話をアルカディアから聞き、こっそり呼び出して、ガントレットの真名を告げたのである。
*********
「アルカよ。そのガントレットの真の名は『千山海を握する業腕』。伝説の武器じゃの。その力は……同じく伝説の『神殺し』に匹敵するほどじゃの」
「う”ぎるあ!?」
「くくく、驚くのも無理は無い。どれ、エル。少し説明してやれ」
「分かりました。ほな、爆乳の可愛い子ちゃんに説明したるで!」
「う”ぃ!?ぎぎろぎあ!?どっから出てきた!?というか、どちら様!?」
「ワイの名は、エルドラド。那由他様の側近のタヌキ将軍や。同じタヌキ将軍なんやし、仲良くして―なー」
「お、同じ将軍……?全然、私とオーラが違う……」
「ほう?意外と鋭いやっちゃな。ソドムの教育のおかげか?」
「そ、ソドム様の事を、呼び捨てにした……」
「アイツとは、幼馴染って奴やで」
「……。絶対っ!ただの将軍じゃないっっ!う”ぃーぎるあぁー!!」
「帝王なんちゅう大仰な呼び方、好きじゃないねん。で、その武器についての説明だったかいな?」
薄暗い森の奥で、三人のタヌキが密かに行った会談。
その場に、ユルドルードの姿はない。
ここは、ユルドル―ドの布団からこっそり抜け出してきた那由他が、世界を隔絶させて作った疑似空間。
この三人以外の生物は存在しない、那由他の支配領域だ。
そんな中に呼び出されたと知らないアルカディアは、偽りの森の匂いを嗅いで深呼吸。
野生の本能でエルドラドが超格上であると理解し、緊張しながら向き直った。
……人間の姿で、しかも、何故か正座だ。
「教えてください。エルドラド様」
「ええで。そのガントレットはな、十の神殺しを創造する前に作られた、試作機の一つや」
「……試作機?」
「せやで。当時の技術の粋を集めて作られたもんでな、性能的には神殺しとほぼ同じや。違うとこは、それには『神の情報端末』が使われておらん。せやから、出力で若干劣るんやな」
「神の情報端末?なにそれ?」
「神の情報端末ちゅうんはな、神様が力を使った際に残る結晶の事やで。当然、膨大な力を秘めている訳やけど、そのガントレットには搭載されていない。だから神の因子が付与されておらず、神様を傷つけられないんやで」
「……。よくわからない……食べ物で例えて」
「……。嬢ちゃんのそのガントレットは、ごっつ美味い世界最高峰のオレンジや。だけど、神様は殺せない。で、ソドムの持っとるんが神様すら殺せる、世界最高のバナナ。分かったか?」
「やっぱり良く分からない!けど、オレンジだから気にいった!う”ぎるあ!」
「あかん。脳味噌に行くはずのエネルギーが、胸でつっかえとる」
「神殺しを果物に例えるとか、ユルドが聞いたら、ツッコミ不可避じゃのー」
**********
そうして、アルカディアはガントレットの正しい起源を知り、真名を理解した。
そして、真名によって正しい召喚をされたこの千山海を握する業腕は、神殺しと同等の機能を宿す、伝説の武器となったのである。
アルカディアは、精神を集中する。
『流れで狼と戯れる』によって研ぎ澄まされている感覚を十全に使い、ガントレットの力を己のモノとする為に。
たったの数秒、こくりと唾を飲み込む程度の時間が過ぎ、アルカディアはタイタンヘッドに向けて走り出した。
「私の恨みを思い知れ!《意識を握る!》」
アルカディアが放ったそれは、一見して、普通のパンチだった。
この戦いを見ている誰しもが唯のパンチだと思ったし、実際、鋼鉄のガントレットを装備している事を除けば、先程までのアルカディアのパンチと変わらない。
違うのは、拳を受け止めたタイタンヘッドの方だ。
瞳をぎらつかせ、先ほどまであった怯えの色が、跡形もなく消え去っていたのだ。
アルカディアの拳をタイタンヘッドが受けた瞬間、お互いの意識が固定され、逃亡や離脱という選択肢が封印された。
千山海を握する業腕が初期段階で備える四つの機能の内の一つ、『因果律操作』によって、アルカディアの戦闘領域に巻き込まれたのだ。
『因果律操作』は、相手と自分という二つの生命体の因果律を操作し、世界から隔離して、外部との影響を極端に減少させる。
これにより意識は互いにのみ向けられ、外部からの干渉も、外部への干渉も出来なくなるのだ。
アルカディアは、何者にも邪魔されないこの空間で、タイタンヘッドを成仏させようと思った。
万が一、空に輝く魔法陣から極大の魔法が放たれようとも、この獲物を奪われない為に。
そうして、お互いの意識は統一された。
アレが敵だと。どんな事をしてでも倒すべき敵だと吠え、二人は怒号と共に走り出す。
「ぐおおおおお!《奥義ぃ!一網打沈!》」
「う”ぃ!ぎるあぁぁぁぁ!!」
灰銀色の流星雨と、それを迎え撃つ漆黒の業腕。
一撃ごとに、タイタンヘッドのガントレットを燃料として火花が散り、空気を燃やす。
互いの頬を掠めて行くが、その熱よりもお互いの熱気の方が温度が高く、気に留める程のものではない。
「う”ぃ!……ぎる!ぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎるぎる、ぎるあッ!」
「うおぉ!……おお!おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお、おりゃぁ!」
先程の攻防では、タイタンヘッドが一方的に勝利した。
しかし、今回はアルカディアに軍配が上がる事となった。
千山海を握する業腕が持つ機能の一つ、『殴打の威力向上』。
これは、発生した衝撃を、次の殴打の時に上乗せするというものだ。
つまり、二度目に振るった拳は、一度目に振るった威力が加算され、拳二発分の威力となり、三度目に振るった拳は、二度目の威力が加算され、拳三発分となる。
殴れば殴っただけパンチの威力は累乗し、いつしかそれは、一撃で硬質化チタンを変形させる暴力となった。
そんな成長してゆく殴打を受けて、タイタンヘッドのガントレットは歪み初め、内部の腕を押し潰してゆく。
「……馬鹿な!俺のガントレットが、ぶっ壊れただと!?」
「まだまだこんなもんじゃない。私のオレンジの恨みは!こんなもんじゃないッ!」
勝敗は決したと、タイタンヘッドの理性は判断を下した。
しかし、体が、本能が、戦闘をやめることを許してくれない。
岩盤を砕き掘り進むようなアルカディアの猛攻は、タイタンヘッドの肉体を削り取ってゆく。
攻撃を受ける度にガントレットの表面は激しく損壊し、周囲に散らばるばかり。
当然、それ以外の部位で受けたのならば、その場所にあった衣服や装備も簡単に弾け飛ぶ。
タイタンヘッドは、知恵無き時代の姿となっても、引き締まった尻に力を入れ、力の限りに拳を奮った。
強制された戦闘意欲のままに激しく動き周り、痴態を晒しながらも、アルカディアの拳を受け続けている。
観客席から聞こえてくるのは、本日最大の罵倒。
奇しくも、鍛え上げたタイタンヘッドの肉体は、アルカディアの猛攻に耐えてしまっている。
戦闘を一刻も早く終わらせろと野次が飛ぶが、タイタンヘッドの体は見えない勝利を欲し、止まらない。
そして、そんなアダルトな光景にも、終りの時が訪れた。
一撃ごとに重みを増してゆくアルカディアの拳を前に、タイタンヘッドの肉体はついに限界を迎え、膝を折ったのだ。
「う”ぃ!ぎるあぁッ!!」
「ごふッ!」
腹に突き刺さったアルカディアの拳が、タイタンヘッドの肺を押しつぶし、空気を吐きださせた。
前のめりになるタイタンヘッド。
だが、強制されている闘争意欲が意地となり、アルカディアを睨みつける。
そして、振りかぶられているアルカディアの拳に、燃え盛る岩が握られていることに気が付いた。
それはタイタンヘッドがオレンジの木を燃やすのに使った魔法、『隕石招来爆撃』によく似たものだった。
「《隕石召喚》」
この灼熱の隕石は、アルカディアの絶望の象徴であり、そして、アルカディアが持つ、最大の技。
この絶望があったからこそ、アルカディアは厳しい生存闘争を生き抜く事ができ、タヌキ帝王ソドムに出会う事になった。
いわば、この技はアルカディアの原点なのだ。
様々な感情が高ぶる中で、アルカディアが最後に浮かべた表情は、笑み。
恨みを晴らす事が出来た満足感と、ほんの少しの感謝が混じった複雑な、笑みだ。
「成仏しろ!《隕石橙破爆撃!》」
「ぐおおおおおおおおおおおぉぉぉ……ぉぉ……ぉぉ…………」
灼熱の隕石の直撃を受けたタイタンヘッドは、跡形もなく消滅し、成仏。
肉体を失った魂だけが、安らかな顔で空に昇ってゆく。




