第64話「バトルトーナメント⑲アルカディアVSタイタンヘッド」
『なるほどねー!つまりアルカディアのエサ……おほん!大事に育てていたオレンジがタコヘッドによって燃やされたって事だね?』
「そうみたいだ。今になって言えることだが、その時の俺は浅慮だったと言わざるをえない。皇種出現後の環境調査は致死率高めな依頼で、俺も余裕がなかったんだ。すまない」
タイタンヘッドは、アルカディアの真正面に立つと、深々と頭を下げた。
しっかりと気持ちを込めた大人の謝罪。
それを見たアルカディアは、ふっ。と笑みを溢すと、軽快なステップで近づいて、タイタンへッドへ拳を振り抜いた。
「う”ぎるあ!」
「うお!危ねえな!」
「ち。成仏すればよかったのに。……どう謝罪されようと、許さない!オレンジの木と同じ運命を辿らせてやる!」
「オレンジの木と同じ……?」
「木と同じように、お前の枝を全部へし折って、燃やしてやる!その煙で料理もしてやる!」
「俺の枝……枝ねぇー。それは止めておいたほうがいいだろうな。食えたもんじゃない」
アルカディアの熱い視線を受けて、タイタンヘッドは大事な部分をきゅ。っとさせた。
なんだこの、言い表し用の無い妙な焦燥感は?
森の中で、レベル99999に出会っちまった時ような恐れと焦り。
こんな20歳にも満たないガキに出せる殺気じゃねえ。
これは……リリンサと同じ、特別な理不尽って奴か。
タイタンヘッドは超一流の冒険者だ。
その活躍は長きに渡り、あらゆる地で様々な依頼をこなしてきた彼は、普通の人間を越えた鑑定力を備えている。
冒険者時代の経験と、不安定機構の支部長としての経験も合わさり、その鑑定力は正当率が非常に高いものだ。
その鑑定力が初めて出会った理不尽は、英雄ユルドルード。
若き日のタイタンヘッドは未熟な経験と、無謀と蛮勇を履き違える愚かさにより、皇種討伐に参加した。
結果は、凄惨の一言だ。
皇種本体どころか、その取り巻きの狼にすら歯が立たなかったのだ。
むしろ、狼たちが突き立てた牙によって、3000人を超える冒険者チームは壊滅。
そんな死の迫る瞬間に現れたのが、若き日のユルドルード達だった。
その三人はただ真っ直ぐ、狼の皇種の前に歩み出た。
取り巻きの狼たちは襲いかかることも、逃亡する事も無い。
ユルドルード達との力量差に怯え、自分等の運命を、皇に託したのである。
この戦いを経て、タイタンヘッドは、本当の理不尽というものを知った。
人間でありながら、人間を超えた存在。
そんな存在に近づくべく、タイタンヘッドは慎重な鍛錬を積み、見事に結果を出した。
あれから十数年。
様々な依頼、時には皇種と疑わしき存在の後始末や事前偵察も行い、並みならぬ技能と知識を得たタイタンヘッド。
そんな鑑定力が導きだしたアルカディアに対する評価は、リリンサやユルドルードと同じ『ランク外の理不尽』だった。
野生動物では表すことのできない強さに、タイタンヘッドはどうするべきかと思考を巡らす。
『へー。じゃ、タコヘッドはオレンジの木を折ったせいで恨まれてるって訳ね。……理由がっ!しょうもない!……けど、アルカディアならしょうがないよね!』
「食べ物の恨みは恐ろしい!八代先まで祟ってやる!」
「おい!さっきよりも、増えてんぞ!?」
『おっと、そうこうしている内に、賭けの結果が出ました!タコヘッド、25億エドロ!アルカディア、18億エドロ!タコヘッドは顔馴染みが多いものの、あんまり賭け金が伸びません!かたやアルカディアは、圧倒的武力を見せつけたことにより、ファンを獲得していってるぞ!』
この町でタイタンヘッドを知らない者はいない。
不安定機構の支部長でありながら、大酒飲みで有名。
三日に一度はどこかの酒場に出没し、地元民や冒険者の間で親しみをこめて『茹でダコ』と呼ばれているほどだ。
しかし、その実力を知る者は、上位の冒険者の中でも一握り。
この地に赴任するようになってからは大きな討伐戦もなく、気まぐれで闘技場に参加したのが数回ある程度。
その数回も、たったの一回を除いた全てで優勝しているタイタンヘッドは、実力を出し切って戦ってはいなかった。
……たった一回の、毒吐き食人花と呼ばれる少女に敗北した以外では、余力を残した戦いだったのだ。
『それでは、二人に今の気持ちを聞いてみましょうかね!ほら、タコヘッド。優勝して私に美味い酒を飲ましてくれるんだろ?ん?』
「だから、事あるごとに酒をせびってくるんじゃねえよ!まぁ、優勝できたら、たらふく飲ませてやるよ。……優勝できたらな」
『あれ?弱気じゃん。どうした?』
「俺は元々、リリンサと戦う為にここに来た。で、他の連中に対する対策なんかまったくしてねえ。殆どの奴と顔見知りで戦い方や武器の性能を熟知してるし、対策なんかするまでもねえからな」
『ほう?リリンサと戦うまで勝ち残る自信があったって事だね?』
「そうだ。だが、まさか同じくらい強い奴が隠れているなんてな。しかも、俺に対し因縁があり、戦意が漲ってる。油断も隙もありゃしねえ」
冗談交じりに肩をすくませて、タイタンヘッドはアルカディアを見やる。
筋肉が引き締まってやがるな。薄らと前傾姿勢なのを見るに、高位のバッファも扱えるのは確定的。
恐らく、さっきの『おじさま・アーツ』なるバッファは相当に性能の良い魔法のはずだ。
だが、腑に落ちん事がある。
なぜ、チョコバナナは召喚するのに、装備を取り出そうとしない?
無言で空間に手を突っ込んでバナナを取り出したし、アレは『異次元ポケット』で間違いないだろう。
そんな超高位の空間魔法が扱えるのなら、武器の召喚は出来るはずだ。
武器をあえて使わないのか、使えない理由があるのか。
武器を持っていないという選択肢はあり得ない。なにせアルカディアの手は、綺麗すぎる。
拳で戦う格闘家ならば、素手で戦闘をする事もあるだろう。
しかし、その場合はまず間違いなく手の皮膚は堅くなり、岩石のようなゴツゴツした拳になる。
自分の手を見やり、こうなるはずだと納得したタイタンヘッドは、アルカディアに問いかけた。
敵意を相手に感じさせない、柔らかな物言いで。
「アルカディア、お前は何で武器を使わないんだ?使った方がもっと楽に戦えるだろ?」
「……ガントレットの使用は禁止されている。リンなんちゃらと戦う時まで使ってはダメ」
「ほう?ガントレットね。こういう奴か?《サモンウエポン=巨人族の腕》」
タイタンヘッドは、銀灰色の光沢が輝くガントレットを召喚した。
それは、タイタンヘッドの本気の装備であり、決戦兵器でもあるものだ。
同種の金属の中でも、高い破壊耐性をもつチタン。
それを十分に使用し魔法陣を組み込む事によって、絶対に破壊される事の無い強靭性を実現させたものが、このガントレットだ。
そして、このガントレットの機能はそれだけではない。
様々な状況に対応する事が出来るこのガントレットと対峙した敵は、「アレは魔導師と同じ」だと、こぞって口にする。
まるで格闘家と魔導師を同時に相手にしているようだと表現されるほどに、そのガントレットは便利なものだった。
魔法の発動をサポートし、使用者の戦略を大きく広げてくれるのだ。
灰銀色の腕をアルカディアに見せつけながら、タイタンヘッドはニヤリと笑う。
このガントレットを超える物など無いと、一辺の曇りなく信じている為の笑顔だった。
「どうだ?このガントレットと同じくらいの一品じゃなきゃ、隠す意味がねえぞ?」
「……。同じくらいじゃない」
「はっ。そうだろうとも!」
「お前のガントレットよりも、私の持ってる奴の方が遥かに優れている。そんなのと比べて欲しくない」
「なんだとっ!?」
そんな馬鹿な話があるかと、タイタンヘッドは憤る。
このガントレットは、正真正銘、最高のガントレットだ。
俺は武器屋に行くと必ずガントレットを見るし、オークションにも進んで参加するが、これを超える一品に出会ったことは無い。
それは、不安定機構の深部に行ってもそうだ。
このガントレットを超える装備をしている奴に出会ったことは無いし、これ以上の一品なんて存在しない。
タイタンヘッドは瞳に怪しい光を灯し、アルカディアと視線を交差させた。
そして、強者のみが纏う事が出来る独特のオーラが放出され、観客席から喧騒が消える。
二人から出ている覇気に当てられ、観客は皆、ごくりと唾を飲んでいるからだ。
「これ以上のガントレットがあるというのなら、使えよ。アルカディア」
「ダメ。禁止されてるし」
「ほう?じゃあ、使わざるを得ない状況を作ればいいんだな?」
「……言いつけを破るとお仕置きが怖い。なので、使わないであなたをボコる!」
『本気を見せろと言うタコヘッドに対し、本気を見せずに勝利すると言いきったアルカディア!果たしてどちらに軍配が上がるのか!?私も非常に楽しみです!そして、二回目の賭け金の集計が出ました!最終的にタコヘッド28億エドロ!アルカディア、変わらず18億エドロ!タコヘッドの本気が見られるとあってか、観客席の期待も高まっている様です!それでは……』
タイタンヘッドは腰を落とし、拳を構えた。
そしてアルカディアも同様に拳を構え、臨戦態勢を取る。
『……始め!』
二人の間にピリリとした空気が広がった瞬間、ヤジリの掛け声と共に、二人はランダムに転移した。




