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第18話「リリンとお勉強~英雄伝説~」

「……英雄を知らないなんて、ユニクは一体どんな本を読んできたの?今日日、英雄の凄さが解らないとか、言葉を喋れない乳幼児にも劣る!」

「急にどうしたッ!?すっげぇ辛辣なんだけどッ!」


「どうした?とはこちらが聞きたい。ユニク御用達のホウライ文庫とやらには英雄に関する書物が無かったの?」

「いや、無かった………かな?作り物のファンタジーな小説は有ったけど、実史に元づく英雄の本は無かったはずだ」


「……これはもう、お説教するしかない」

「お説教ッ!?」


「そう、英雄の凄さを語らないなんて、ユニクの村の村長はどうかしている。今から殴り込みに入って、朝までお説教してあげたい気分」

「待て待て待て!そんなになのか?英雄を知らなくちゃ、そんなにヤバイのか?」


「言葉を話せるようになった幼児が、「ママー」と「パパー」の次に覚えるのが「えいゆー」だと言われているくらいにはヤバイ。それこそ、人類全ての憧れであり、神に近しいほどの力を持つとさえ言われている。それをユニクは知らないと?」

「うへぇ。だんだんヤバそうな感じは伝わってきた。でも、知らないもんは知らない!」


「本当に理解に苦しむ。村長を名乗るのなら教育にも力を入れろと文句を言いたい!」



 リリンは本当に呆れたという態度で、溜め息まで吐く有り様。

 どうやら、ホウライ文庫には決定的な致命傷があったようだ。

 しっかし、英雄ってそんなに凄いのか……。


 ……。あれ?俺の父親って英雄なんじゃなかったか?



「リリンすまない。でも知らないもんは知らないんだ。もしかしたら昔は知っていたのかもしれないけれど、今は記憶もないしな。教えてくれないか?」

「勿論そうするし、そうするべき。英雄の話を知らないなんて不憫すぎて、涙が出そう」



 どんだけだよ!

 村長じじぃの野郎、わざと抜いておいたんじゃないだろうな?

 すごく疑わしいんだけど?



「こほん。英雄について説明する。真剣に聞いて欲しい。『英雄とは、人から成りし、福音を越えし者。智を極め、武を極め、幸を極めし時、神の福音ですら測れぬ領域に達するば、人身を捨て人命を救うだろう』これは全ての英雄を語る本に必ず記載される一文であり、英雄の成り立ちを表している」

「すっげぇ強くて、すっげぇ頭良くて、すっげぇ幸運なら成れるってことか?」


「ざっくりと理解するならそう。しかし、歴史上でも英雄を名乗ることが出来たのは数える程しかいない」

「そうなのか?リリンの師匠達なら英雄っぽい感じするけどなー。アマタノ討伐でも凄い魔法を連続で使ったんだろ?」


師匠達あんなのを英雄だなんて、間違っても言わないで欲しい。英雄への憧れが穢れてしまう」

「お、おう。師匠達でもダメなのか………」


「凄くダメ。師匠達あんなのは変態とでも読んでおけば良い。本人たちも喜ぶだろう」

「いや!?変態って呼ばれても喜ばないだろッ!?」



 どんなんだよ……。変態って呼ばれて喜ぶとか。

 …………あ、だから変態なのか。



師匠達へんたいの話しはもういい。ユニクには至急読んで貰わなければならない本がある」



 キュイッと短い音がしたかと思ったら机の上には20冊を越える本の山。

 いきなり表れた本達はどれも精密な刺繍があしらわれたブックカバーで手厚く保護されていた。



「これは………?重要な歴史書か何かか?すっごく厳重に保護されているけど………」



 重苦しさすら感じる程のその本達を手に取れば、ズッシリとした皮の重さと手触り。

 普通の本にしてはあり得ないほどの待遇に、価値ある本だというのが見てとれた。



「いや、ちがう。この本自体の価値は薄い。それこそ、そこらの書店に行けば必ず売っている、大衆向けの文芸書」

「価値の薄い文芸書?にしては、凄く大切にしているように見えるけど?」



 リリンは、その一冊を手に取り、優しく撫でた。

 慈しむような儚い表情で、そのままペラリと表紙をめくる。



「そう、ただの文芸書とされている。しかし、私は人生をこの本と共に歩んできた。楽しいときや嬉しいときは、この本で夢を膨らませた。悲しいときや辛いときは、この本が慰めてくれた。この本は私にとっての聖書。とある一人の英雄が綴る、史実と真実の物語」

「英雄、その真実がその本には記されているのか?」



 リリンは、真剣な眼差しの奥に確かな強い意思で頷いた。



「そう、誰もが知っていて、誰もが知り得ない。歴史に名を残していないがゆえ、その者が語られることは無いとされていた真否しんぴの書物、この書籍の名は――」



 リリンは一瞬だけ含みを持たせて言葉を切った後、静かに書籍の名を告げた。



「『英雄・ホーライ伝説』」



 ……ホーライ?……ホウライッ!?

 

 一瞬、村長じじぃがピースサインをしている映像が頭に浮かぶ。愛するべき憎たらしさの、我が村の村長、ホウライのじじぃ。

 今は大切な話をしているんだ。引っ込んでろ。


 しかし、村長じじぃは執拗に頭の中に居座っている。

 結局、俺は村長じじぃと、この本を切り離す事が出来なかった。



「ホーライ?なんか村長じじぃを思い浮かべちまうタイトルだな」

「全然違う!こっちはホーライ。ユニクの村のホウライとは発音の偉大さがまるで違う!」



 ふんす!と息を荒くしながらリリンはホウライの発音について熱く語っている。

 やっべぇ、逆鱗に触れてしまったかもしれない。

 変なスイッチが入る前に話を元に戻そう。



「あぁ、すまない。んで、その本には何が書かれているんだ?」

「……この本には、歴史に名だたる英雄たちが如何様にして生まれ、如何様にして英雄となり得たのかが、物語形式で記されている。その語り部たる人物こそ、ホーライ。いつの時代の英雄も彼の存在が無ければ成り立たない」


「それは凄いけど……その英雄達はそれこそ、同じ時代に生きていた訳じゃないだろ?それを一人の人物が語るなんておかしいんじゃないか?第一、その本は文芸書なんだろ?」

「そう、それこそ、世論ではこの本は作られた物語(フィクション)だと言われ、文芸書扱いされている原因。不安定機構の奥深くに眠る歴史教典。それに記載されている秘匿記述とも完全に一致しているというのに」



 リリンはこの本について、熱く語る気、満々な様子。

 いまだ冷めやらぬ声色で、楽しげに語る。



「私はこの、英雄・ホーライ伝説はフィクションなんかではないと確信している。時代が異なるという点も、たいした問題ではない」

「ん?流石に英雄でも、何百年も生きてないだろ?」


「ふふ、ユニク。その問題点はある仮説によって容易く崩れる。それは、『英雄・ホーライ』と言うのは肩書きだということ」

「……肩書き、か」


「そう、この「ホーライ」というのは脈々と語り継がれていた肩書きで、きっと名だたる英雄に贈られてきた称号だと、私は思う。これならば、書物を直接執筆した"このホーライ"が今も生きていることに不思議はない。この人物こそ、私が最も尊敬する英雄の中の英雄であり、ユニクに出会えた今となっては、最も憧れる人物」



 なるほど、リリンはこのホーライに憧れているわけだな。

 瞳がいつもの三割増しにキラキラしている。


 そうだよなぁ……うん。

 英雄の息子がこんな雑魚だったわけで、物語の主人公に憧れるのも仕方がない。

 ………………。あれ、なんか泣きそう。


 

「それで、英雄・ホーライは何をしたんだ?」

「あ。ネタバレになることは言いたくない。ユニクにも、この本で興奮と感動を味わって欲しい。そして読み終えたら内容を熱く語りたい」



 そういってリリンは、胸に抱いていた英雄・ホーライ伝説をこちらに差し出した。

 読めということだろう。



「お、おう。どれどれ。『英雄・ホーライ伝説第一巻、放浪する老爺と、光の賢者ーアポストルー」



 さて、重厚な表紙を捲ると直ぐ様に目次。

 どうやら何章かに別れているらしく、一章は謎の老爺の戦闘シーンだ。



 **********



「穿て。我が雷鳴よ。眼前を塞ぐ邪魔な雑多など、消してしまえ」



 老爺の立つ崖の下には数千は下らない動物の群れ。この崖は老爺『ホーライ』が好きだった場所だ。

 ここから町を見下ろすのが、彼の幼き頃の日課。この景色の何もかもを共有した片割れが失われてから数十年経った今でも、時々となってしまったが、ここを訪れては想いにふけっていた。



「ワシの思い出には、お前らは居ないのでな。すまんが、消えてくれ。《十二奏魔法連デュオデクテット・マジック・雷墜》」



 閃光は一度きり。しかし、遅れてやってきた雷鳴はしかと12回轟いた。



 その跡形には、風景のみが残されていた。

 ホーライの中にしっかりと残されている、古い記憶のままの景色は何もなかったかのようにそこに有り続ける。

 今まさに居た雑多の生物など、欠片ほども残さずに。



 **********



「なんだこれ!?ホーライめっちゃ強ぇぇな!」

「ふふ、それが英雄ホーライの魅力、さあ、とりあえず一巻分を読んでしまおう」



 リリンに促されるまま、俺は読書に埋没していった。



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