第61話「バトルトーナメント⑰毒吐き食人花VS挑戦者(終)」
「……友達?」
「そうであります!自分、友達が……居ないんであります!ボッチなんでありますよ!」
「そうなの?なんかそういう風に見えないけど」
「自分のこの性格は、やせ我慢であります。寂しいのを紛らわしているだけであります……。本当は、友達と食事したりお買いものしたりしてみたいんでありますよ……」
「ん。じゃ、友達になろう。……と言う前に、一つ疑問に答えて欲しい。あなたはそれだけの技量があるのに、どうしてパーティーを組もうとしないの?」
リリンサの言葉の前半部分を聞き、挑戦者は内心で飛び上がるほど喜んだ。
しかし、後半部分を聞いて、崖から蹴り落とされたかのような衝撃を受けて沈黙。
悲壮な表情を浮かべた挑戦者は、意を決するように、ポツリポツリと語りだした。
「自分は色んな人のパーティーの任務にご一緒させて貰ってきたであります。が、一度も「パーティーに入れてやる」って言われたこと無いであります……。一生懸命に頑張ったでありますが、それでも……ダメだったでありますよ」
「……?そうなの?なんで?」
「知らないでありますよぉ……。自分的には役に立ってたと思うんでありますが、任務が終わった後、みんなそそくさと何処かに行っちゃうであります……」
「なにそれ。”みんな”は見る目が無いんだね。まぁ、このバトルトーナメントの出場者を見る限りじゃ殆ど雑魚ばかりだし、そういう事もあるかもしれない」
「あの、そ、それで……友達になってくれるでありますか?あなたはさっき、アルカディアと友達になっていたであります!横で見てて、いいなー。って思ってたでありますよ!」
その挑戦者の仕草は、まるで餌を前にして尻尾を振るホロビノの様だと、リリンサは思った。
返答次第では今にも擦り寄ってくるかもしれないと身構えつつ、最善の結果を得るにはどうするべきか思考を巡らす。
どうにかして、私の軍に入れたい。
……控えめな表現をしたけど、こんなに優れた人材を放っておくなんて、見る目が無いなんてもんじゃない。
レジェがまだ観客席に居れば、どんな手段を使ってでも手に入れるくらいに挑戦者は優れている。
もしかしたら、能力値が高すぎたせいで、遠慮されてしまったのが真相かもしれない。
その点、私の軍は猛者ぞろいで、遠慮とか、まったく全然しない。
遠慮なんかしてたら、国盗れないし。
ふむふむと鼻を鳴らし、リリンサは考える。
そして出した答えは、平均的な黒い微笑みと共に語られた。
「一つだけ先に言っておく。友達になるのに、駆け引きをしてはダメ。だから、あなたと友達になるのに私は何も要求しない」
「え。そんな……いいでありますか!?」
「いいであります。というか、駆け引きをすると、逆に友達になれないと思う!」
リリンサは脳裏に悪辣聖母様をチラつかせつつ、あえて語尾に『あります』をつけて肯定の言葉を告げた。
それは友達に冗談を言う時のような、軽い雰囲気を纏っているもの。
それを聞いた挑戦者は、しばし呆然としていたが、言葉の意味を理解し始めると見る見るうちに赤く色付いていく。
やったであります!と元気よく跳ねるその姿は、まるで少女のような可愛らしい動き。
そんな光景をリリンサが頷きながら眺めていると、段々と冷静になってきた挑戦者は、恥ずかしそうに黙りこんでしまった。
「ということで、私達は友達同士になった。おーけー?」
「おーけーで、あります!嬉しいでありますよ!!」
「よし、それじゃ、さっきの話に戻るとしよう。あなたは何故、見てもいないのに魔法が飛んでくる位置が分かるの?教えて欲しい」
「良いでありますよ!あ、一応、戦闘中だったでありますね……。自分的にはもう、死んでも良いであります……本望であります!」
「そう?じゃ、ランク9の魔法でドカーンとやっとく?」
「例え話だったでありますよ!?戦いを投げ捨てる気は無いであります!」
軽い言葉の裏に闘争心が消えていないと悟ったリリンサは、良い心がけだと思って頷いた。
どんな状況にあれど、すぐに目標を変えるのは良くないこと。
言葉一つで誘導されてると、ワルトナとかが出てきて搾取される事になるし。
うん。やっぱり、私の軍にすごく欲しい。
挑戦者が居るだけで戦略に多様性が生まれるのは間違いないし、場合によっては、指揮官要因として配属されるかも?
レジェの所に行く前の良いお土産になりそうだと、リリンサは平均的な黒い笑みを浮かべながら、策を組み立て始めた。
「あなたの気持ちは分かった。何も見返り無しで秘密を教えて貰うのも悪いし、さっき言ってたあなたの夢を叶えてあげようと思う」
「自分の夢でありますか?」
「そう。あなたはさっき、レジェンダリアで暮らしたいと言っていた。実は私が戦っていたセブンジードはレジェンダリアの貴族。融通を聞かせることなんて簡単」
「そうだったでありますか!友達に続いて住処まで貰えるであります!?」
「貰える貰える。あなたの秘密を私に教えてくれれば、ね」
リリンサは内心で、「こんな感じでいいよね?ワルトナ」と呟いた。
リリンサが行っているのは、懐かしき思い出の中でワルトナがやってきた、『破綻会話術』の真似ごとだった。
相手に親身になるふりをして近寄り、友情と仲間意識を積み上げた後、利益をチラつかせて興味を引く。
この手法でワルトナは巨万の富を集め、リリンサはお腹いっぱいご飯を食べた。
リリンサは、一人で旅をするようになってから要所要所でこの破綻会話術を使用している。
結果は上々。
黙ってれば可愛らしい少女なリリンサが、打算と悪徳さを持って接してくるなど、初見では見破れるはずが無かった。
そして、挑戦者も華麗に騙された。
今にも尻尾をブンブン振り回しながら擦り寄って来そうな態度で、リリンサに視線を向けている。
「じゃ、秘密を教えて?」
「分かりましたであります!実は自分は……敏感肌なんであります!」
「……ごめん。言っている意味がよく分からない」
「あ、いや、表現が悪かったであります。実は自分は魔法を肌で感じる事が出来るであります。魔法が近づくと、体がビクンビクン!ってなるであります」
「……。つまり、魔法が接近してくると肌に刺激があるという事?」
「そうであります。大きな魔法ほど、ビクンビクンも強くなりますし、ランク9の魔法だと凄いことになるでありますよ!」
リリンサは、挑戦者がビクンビクンしている姿を想像して、今夜はお魚が食べたいと思った。
そして、そんな事はどうでもいいと思考を切り変える。
リリンサにはどうしても気になることがあり、それを確かめておくべきだと判断したからだ。
「ねぇ、そのビクンビクン、いつからそうなったの?」
「覚えていないであります。もの心ついた時には、ビクンビクンいってたであります!」
「生まれつき……?もしかして、『神の因子者』なの?」
リリンサが口にした『神の因子者』とは、『全知全能たる神の能力の一部を宿した人間』の事を差す言葉だ。
伝説では、あらゆる能力を持つ神がこの地上で死んだ際に、世界に全能が降り注いだとされている。
そしてその全能は、数え切れないほどに細分化した後、人間に宿った。
秀でた才能を持つ人物は、何らかの神の因子を宿していると真しやかに言われているのだ。
しかし、リリンサが言っているのは、もっと高位の存在の事だった。
神の因子は、特別な才能を呼び起こす事がある。
それは、人間という生物では手に入れる事が出来ない過ぎたる力。
例えば、声だけが届く離れた位置で、魔法を顕現させる力。
例えば、思考を加速させ、一冊の魔導書を超短時間で理解する力。
例えば、人の声を聞くだけで、感情を読み取る力。
特殊能力とも呼ぶべきその力は、万の軍勢をも簡単にひれ伏せさせる。
リリンサは「レジェやカミナ、テトラと同じ?」と呟くと、平均的な驚き顔で挑戦者に声をかけた。
「もしかしたら、あなたは特別な人間かもしれない。魔法の存在を肌で感じる事が出来るなんて、すごい才能だと思う!」
「そ、そうなのでありますか!?確かに便利ではありますけど、たまにビクンビクンが強すぎて困るであります!」
「感度抜群?鈍いよりいいと思う!」
「いやーそうでもないでありますよ。自分が包帯を巻いているのも、それが原因であります。痛覚鈍化の包帯を巻いていないと、ビクンビクンいいすぎて疲れちゃうであります!ちょっとの事でビクンビクンしちゃうであります!」
リリンサは再び、ビクンビクンしている挑戦者の想い浮かべ、今夜はお刺身が食べたいと思った。
そして、ユニクを誘って食べに行こうかなと計画しつつ、一旦思考を停止。
再起動させた思考で、なんとしてでも挑戦者を手に入れようと、画策する。
「あなたは私に秘密を打ち明けてくれた。ならば、私もあなたの望みに答えたいと思う。この戦いの後、あなたの未来を話し合いたい。絶対に損はさせない!美味しいご飯も食べ放題!」
「食べ放題でありますか!?もしかして、友達を誘ってご飯やショッピングもできちゃうであります!?」
「できる。それは、すごく簡単な事!」
「マジで!?であります!……友達100人、できるでありますっ!?」
「それもできる。というか、2000人まで保障された様なもの!」
「20倍でありますぅ!?!?」
そんな夢物語に興奮する挑戦者と、思わぬ収穫に平均的な興奮顔のリリンサ。
二人は和気あいあいと夢を語り合った後、ふと、今は試合中だった事を思い出した。
そして、一応の区切りは必要だよねと、リリンサが一歩前に出る。
「さて、一度戦いに区切りをつけてしまおう。せっかくだから、あなたも本気の本気、最高の本気を見せて欲しい。私もランク9の魔法を使うから」
「分かりましたであります!実は、練習している魔法があるでありますよ!この魔法を使うと、世界の全てが遅く見えるであります!」
「世界の全てが遅く見える?高位バッファなの?」
「そうであります!いくでありますよ《天翔の竜すら容易く葬る、狩人の破魔の矢。しかりて射抜くは、甘き恋心。発動、天海を射かけた者!》」
その変化は顕著なものだった。
抑えきれぬ怒りを灯したかのような青白いオーラが、挑戦者を包み込んでいる。
挑戦者は、足元に浮かんだ7つの魔法陣から発せられた『一斉射撃』を受けて、光の衣を纏ったのだ。
それを見たリリンサは「すごい」と感嘆の声を上げた。
リリンサは直感で、自分が持つ高位バッファ『天空の足跡』と同等の力があるという事を悟り、こくり。と唾を飲む。
うん。間違いなくセブンジードより強いね。
いくら魔導銃が優れていようとも、魔陣詠唱でランク9の魔法を呼び出せても、この戦力差は埋まらない。
銃なんか構えている隙に、ボッコボコにされると思う。
これはきっと、レジェも大喜び。
というか、私が留守の時の総指揮官は挑戦者になるかもしれない。
第九守護天使も破壊した事があるみたいだし、ロイはもうダメだと思う。
しれっと友を弔いつつ、リリンサも『天空の足跡』の魔導書を手に取り、唱える。
それに目を剥いた挑戦者は、「ぐう!ずるいであります!」と抗議の声を上げた。
「ちゃっかりバッファを掛けているであります!?しかも、肌で感じた感じ凄そうな奴であります!」
「あなたのレベルに合わせるのなら、これくらいは当たり前に必要となる。さぁ、私を倒すんでしょ?頑張ってみて欲しい」
「いいでありますよ!友達としての初めての喧嘩でありますね!だったら……《錬磨の包帯、解放!》」
「包帯を取った?」
「魔法の知覚を全開にして、お相手するであります!」
「いいね。すごくいいと思う!」
二つの閃光が激しくぶつかり合い、甲高い金属音が炸裂した。
リリンサの手には『殲刀一閃・桜華』が握られ、挑戦者の手には『鋭すぎるナイフ』が握られている。
それらは、瞬速とも言うべき速度で打ちつけられているものの、火花を散らしていない。
そのどちらともが高位の魔道具であり、簡単には傷つく事が無いからだ。
数十度の撃戦の末、一歩引いたのはリリンサだった。
長い刀と短いナイフとでは、どうしても攻撃の回転速度に違いが出る。
ましてや、お互いに高位のバッファを纏った状態であるのならば、尚更の事だ。
その撃戦に勝利をした挑戦者は、本来ならば逃げに走ったリリンサに、追撃を仕掛けるべきだろう。
しかし、それは失策であると、挑戦者の肌が警告を鳴らす。
『鈴令の魔導師』
それは、リリンサの本来の肩書きであり、『毒吐き食人花』というのはワルトナの悪ノリの果てに付けられた異名でしかない。
本質的な意味で魔導師であるリリンサが剣撃を仕掛けた理由は、複数のランク9の魔法を発動する為の準備時間を稼ぐ事だった。
リリンサは、空中に鎮座していた『ランク8、9の魔導書群』全てに、均一に魔力を注いでいた。
これにより、準備時間が短い魔法から、順次、発動可能状態となったのだ。
離脱をしたリリンサの背後で光り輝いている魔導書は8冊。
そのほとんどがランク9であると悟った挑戦者は、ビクビクと震える体を隠しもせず、ほう。と息を漏らした。
「こんなの、初めてでありますよ。ビクンビクンが治まらないであります!」
「この8つの魔法を全て防ぐか、先に私に一撃を与えられたら、あなたの勝ちでいい」
「分かったであります!」
「そう。それじゃ、最初はこれ《魔導書の使用・水害の王》」
魔法名を唱えるだけの簡単な詠唱の末に、空に災いの水禍が出現した。
深紅の核を持つ、刺胞生物。
直系10mほどの巨大なクラゲのような何かは悠然と空を浮遊し、猛然と触手を伸ばす。
激しい水流で構築された数えるのが困難なほどの数の触手が、本体から這い出て挑戦者を狙う。
たったの一本でも絡め取られてしまえば、後は、真紅の核に噛み砕かれるのみ。
肌を伝う感覚でそれを理解した挑戦者は、生理的な気持ち悪さを覚え、ひぃい!と声を漏らした。
「これ、なんでありますかっ!?」
「……ぶにょんぶにょんきしゃー」
「ぶにょんぶにょんきしゃぁ!?!?」
自分、こういうの嫌いでありますぅぅぅ!っと叫びながらも、挑戦者はすべての触手を回避してゆく。
決して触手には触れることなく、場合によっては闘技石段を切り取って盾や足場にしながら、好機を待っているのだ。
その好機とは、触手の隙間からリリンサの姿が見える場所に移動する事。
そしてその好機は訪れ、ぎらりとした視線を挑戦者はリリンサに向けた。
「《苦痛すら殺す一矢》」
挑戦者は、腰に付けたポシェットから矢の形の魔道具を取り出すと、指の間に挟んで投げつけた。
この矢は、射る為の弓を使用せずとも、投げるだけで機能するという古き魔導具。
そして、投げる瞬間に唱えた魔法は、天海を射かけた者を発動している時のみ使用できる、特殊なバッファの呪文だ。
天海を射かけた者は術者のみを強化するのではない。
術者が使用した武器や魔法にまで強化を施し、威力の向上や特殊な能力を授けるという、バッファの常識を覆すランク8の魔法だった。
矢は放たれた。
付与されているのは、『絶対直進』『超高速化』『一撃死』という3つの効果。
挑戦者の持つ最強の攻撃手段であるこの矢は、未だかつて一度たりとも防がれた事は無い。
矢の先端がリリンサの5m先まで接近し、勝利を感じ始めた瞬間、例えようのない怖気が挑戦者を襲った。
そしてリリンサは、まるで砂ホコリでも払うかのように軽く手を振るうと、第二の魔法を唱えた。
「《魔導書の使用・無限壁牢獄》」
湧き出たのは、石の壁。
しかも、ただの石の壁では無い。
一つ一つが別種の魔法陣を浮かび上がらせた、魔道具とも言うべき、最硬の壁だ。
その一枚は、炎を無効化する。
また違う一枚は、風を無効化する。
さらに違う一枚は、光を無効化する。
そして重なりあえば、全ての万象を幽閉する、地獄の牢獄となるのだ。
僅かな空間に湧き出た石の壁に阻まれ、挑戦者の苦痛すら殺す一矢は潰えた。
突き刺さった矢を飲み込んだ殺意の壁は、もっと良い獲物を取り込むべく、挑戦者に迫ってゆく。
「くぅ!力技で、突破で、ありますぅぅぅぅ!」
無謀と知りながらも、挑戦者は壁を殴りつけた。
自分の最強の技が通じなかった以上、突破できる可能性は低い。
それでも拳を向けたのは、リリンサ、初めての友達に自分を認めて貰う為だ。
「根性でも何でもいいから、力を貸すでありますよぉぉぉ!」
そんな挑戦者の叫びは、結果を出した。
連続で数十度、拳を打ち付けた段階で石の壁に亀裂が走り、そのまま殴り続けたらバキリと大きく軋んで、無限壁牢獄が壊れたのだ。
拳一つ分の穴から見えるのは、勝機。
……リリンサにとっての、揺るがない勝機だった。
「《魔導書の使用・永久の西風》」
とすん。っと軽い衝撃を受けた挑戦者は、遥か彼方の闘技石段を超えた外周、観客席の真下の壁に激突した。
まるで見えなかった。
まるで、感じる事が出来なかったであります……。
そう思いながら視線を闘技石段の上に立つリリンサへ向けてれば、挑戦者の肌が遅れて危機を唱えた。
それは、例え神の因子など無くても感じる事が出来るほどに強烈なもの。
まさに、何者も寄せ付けぬ魔導の王たる風格だった。
リリンサから溢れ出る支配者のオーラを肌で感じた挑戦者は、そんな人物と友達になれたのだと笑みをこぼす。
本人ですら気が付かない内に握った拳は、様々な感情を掴んでいた。




