第60話「バトルトーナメント⑯毒吐き食人花VS挑戦者」
「小道具と魔導書を同じにしないで欲しいであります!どう考えても、ずるいでありますよ!」
「……。これが、私とあなたの間に広がる実力差というもの。諦めて」
「開き直りやがったであります!?」
131冊の魔導書を召喚し、リリンサは不敵に笑う。
ちょっとだけぬるぬるする服を水の初級魔法を使って洗い流しながら、額に青筋が浮かぶ平均的な表情で、不敵に笑う。
むぅ。……油を投げて来た事にも、思う事はある。
けど、それを回避できなかった私自身に、腹が立つ。
挑戦者の視界は私とリンクされていて、どこに視線を向けて注意を払っているのかが私には分かる。
それなのに回避に失敗したのは、挑戦者の視線と行動が別の動きをしていたから。
驚くべき事に、挑戦者は持っていたナイフで星丈―ルナを迎撃しようとしていた。
というか、体のモーションは完璧にその通りに動いていた。
けど、左の手首から先だけが別の動きをしていて、死角から油を投げつけてくるとは予想外にも程がある。
あまりにも器用すぎる。
というか、常人には不可能。
カミナなら出来るかも?というレベルで、私にも真似できそうにない。
これは、いよいよ油断ならなくなってきた。
さっさと魔導書を使った物量戦で押し潰した方が良さそう?
なお、訓練は出来たらするという事にする!
リリンサは素早く目標の下方修正を行いつつ、召喚した魔導書を5つのグルーブに分けた。
『ランク1~3の魔導書』『ランク4,5の魔導書』『ランク6,7の魔導書』『ランク8,9の魔導書』『ランク不明の魔導書』
の5つだ。
これらを空間に整列させた後、一番数が多いランク1~3のグループを消滅。
次に数の多いランク4,5の魔導書を手の届く範囲に羅列し、手短にあった3冊を手に取る。
そして、リリンサは挑戦者に語り掛けた。
「今から私は、一般的な冒険者が切り札として使うような魔法を、連続で使用する。だいたいランク5くらいの奴」
「ランク5でありますか……。それは結構ヤバそうでありますね」
「……意外と余裕がありそう?普通の人はランク5の魔法が連発されると知ったら、尻尾を巻いて逃げだすのに」
「怖がってちゃ、あなたに勝てないであります!」
「言ってくれる。それじゃ……始めるよ。《五十重奏多層魔法連・巨鉄弾―水葬波―主雷撃》」
ふらりと軽い足取りで踏み出したリリンサは、徐々にスピードを上げながら走りだした。
リリンサの進路は、挑戦者の存在を無視した不規則なもので、縦横無尽に闘技石段の上を駆け巡ってゆく。
何をしているんであります?と首をかしげた挑戦者だったが、闘技石段の上に極薄の影を見つけ悟り、瞬時に視界を天空へと向けて、そこに殺意がある事を認知する。
「アレは、何でありますか!?巨大な鉄の塊がバチバチ言いながら、渦を巻いているであります!?」
「ちょっと大きい、流れるプール的なもの?……致死率高めだけど」
「最後のいらないでありますよ!?」
「あなたの運命は、感電か、轢殺か、溺死。それが嫌なら、頑張って防いで?……行け」
あんまりでありますよぉおぉぉ!
そう言いながらも、挑戦者は冷静だった。
年若い叫び声を上げながら、腰に備え付けているポーチに手を突っ込み、両手に一本ずつ魔道具を握り取りだす。
それは、刃渡り20cmほどの鎌だった。
鮮やかな青色をしているその鎌の先端には魔法陣が輝いており、リリンサは一目で魔道具だと理解。
しかし、攻撃は続行。
今、発動中している属性を掛け合わせた魔法群は対処する事が非常に難しく、並大抵の冒険者では一つ目の波さえ超える事は出来ないものだからだ。
さぁ、どう対処する?
物理的な破壊力を持つ鉄球。これは普通に超重量級であり、物理ダメージ無効があっても吹き飛ばされる程のもの。
当然、破壊してしまうのが手っ取り早いけど、実は鉄球の周りには強力な電磁界が出来あがっていて、魔法が直進しない。
壊すには直接攻撃を行うしかないけど、鉄球に触れた瞬間、電気でバチバチドッカーン。
鉄球が合計50個。そんな危険物が土砂たっぷりの土石流に乗って流れてくる。
大体の人は鉄球に不用意に近づいて感電。
それか、そもそも反応できなくて轢殺。
さぁ、挑戦者。どんな手で攻略するのか、私に見せて欲しい!
平均的な興味津々顔で、リリンサは挑戦者へ鉄球を飛ばした。
そして挑戦者は両腕に持つ鎌で、闘技石段を切り裂く。
「起きろ!《鎌居太刀!》」
スパァンと小気味良い音と共に闘技石段に亀裂が走り、真下から噴き出した暴風によって、切り取った石が捲り上げられた。
挑戦者が両腕に持っているこの鎌の名前は、『風裂鎌』。
込めた魔力を見えない斬撃として飛ばすという魔道具であり、比較的よく見かける魔道具だ。
もともと農作業の効率化を図る為に作られたものであり、冒険になじみの無い農民でも所持していたりする。
しかし、挑戦者の風裂鎌は、異常な切れ味を広範囲に渡らせた。
確かに、挑戦者の持つ風裂鎌は最高品質だ。
だが、それだけでこの様な結果を出す事は到底できない。
卓越した技術と天才的な直感を使い、それらを組み合わせて、闘技石段の脆弱な部分を突いたからこそ出来る技。
挑戦者の身長よりも高く、2枚の闘技石段が反り返る。
それは、分厚い石でできた大盾。
そして、その盾に鉄球が連続でぶつかりだし、けたたましい破壊音が、挑戦者を押しつぶそうと響く。
「……圧死コース?」
「そう簡単にはいかないでありますよ!《三重奏魔法連・空気圧縮》」
挑戦者の両サイドに出現した石の盾は、あと数秒もしない内に決壊するだろう。
そんな極限状態で挑戦者が起こした行動は、自分の居る現在位置に、周囲の物体を引き寄せる事だった。
ただ引き寄せたのでは、挑戦者もろとも闘技石段に押しつぶされる。
そんな結末を望まない挑戦者は、発動した魔法に小細工を仕掛けていた。
発生させた空気圧縮の威力に強弱をつけ、歯車の様に回転させたのだ。
それによって、闘技石段の壁は渦巻きながら、凄まじい速さで引き寄せられてゆく。
そして、その時に発生した激しい空気の流れに押し出されるような格好で、挑戦者は走り去る。
狙うのは勝利であり、リリンサの命。
外部からの力を得た挑戦者は、通常のバッファだけではあり得ないスピードで、リリンサに突撃を仕掛けた。
「《奥義・木枯らし鎌居太刀!》」
それは、巨木すら容易く倒木に変える、斬撃の連撃。
ランク5程度の動物なら一刀両断に伏す事が出来る、ドラゴンでさえ無視できない風の太刀を重ね合わせた無数の刃が、リリンサを襲う。
この技は、あまりにも殺傷能力が高すぎる為に、挑戦者ですらあまり使用することはない。
数年前にサウザンドソードのチームと共に任務に出向いた際、この技を見たチームメイトが、「サウザンドソードの居合いとか、これに比べたらハナクソじゃん」と言い放ち、肩身の狭くなったサウザンドソードが行方をくらますという事件があった。
その事に責任を感じ、挑戦者はチームを抜けたという事があったのだ。
そんな精神的抵抗がある技を使用したもの、当然、リリンサに勝つ為だ。
しかし、リリンサはこの斬撃を、平然と全弾回避。
髪の毛の一本ですら斬られる事は無く、平均的な普通の顔で立っていた。
「今のを回避できるでありますか!?あなたには見えてないはずでありますよ!?」
「確かに私の目では、どのタイミングで攻撃が来るのか映らない。けど、あなたの視線が教えてくれた」
「自分の、でありますか?」
「そう。視野を共有する為の魔法、『第九識天使』。これを使うと、あなたの目が何を見ているのかが分かるようになる。……周囲を見ても仕掛けなんて無いよ?」
リリンサの言葉を理解した挑戦者は、何かトリックがあるのではと周囲に視線を走らせた。
当然、トリックのタネらしきものは見当たらず、逆にリリンサに視線が動いたことを指摘されてしまっては、信じるしかなかった。
「うっわ!ずるいであります!!凄くずるいでありますよ!!」
「ずるじゃない。実力」
「いや、魔法の性能もそうですけど、何食わぬ顔でアンチバッファを掛けているとか、ゾッとするであります!サギ師でありますか!?」
「サギ師じゃない。でう”ぃる」
「デヴィル!?詐欺師の方がマシでありますっ!?」
そんなアンチバッファ聞いたこともないし、悪魔と自ら名乗るなんて……。と、挑戦者は狼狽した。
あまりの慌てっぷりに、「落ち着いて」と諭される始末であり、休憩もかねて少しレクチャーしようとリリンサは微笑んだ。
「確かに第九識天使はずるい程の性能を持っている。けど、魔法を掛けられたのに気が付かなかったのは、あなたのせいでもある」
「自分のせい、でありますか?」
「そう。その手に巻いている包帯、痛覚無効や体のリミッターを外すような魔法が込められてるよね?そういうのはダメ。アンチバッファを受けた時に感覚で分からなくなるから」
リリンサは丁度よいと思って、挑戦者の包帯にダメ出しを与えた。
肉体が持つ痛みを感じる機能は生命を維持する上で必要なものであり、これを阻害してしまうと様々な弊害を呼ぶ。
苦痛を感じない事に慣れ、体の反応が鈍るのもその一つだ。
冒険にとって致命的であるそれは、カミナの教えを受けているリリンサにとって、決して許容できるものではない。
「この包帯のせいでありますか……。なるほど、確かに言われてみれば、そうだと思うであります」
「分かったのなら、その包帯をすぐに外して欲しい。それを付けていいのは変態のみ。私達のような普通の人間が使ってはダメなもの!」
「でも、この包帯がないと、ダメなんであります……」
「え?」
「自分はこの包帯がないと、ダメなんでありますよぉー!」
挑戦者は、両手に持っていた鎌を手放してリリンサに拳を向けた。
何の変哲もない、ただのパンチ。
そんな攻撃当たるはずがないと、リリンサは余裕を持って回避しようとして……魔法で防壁を張った。
「つ!《幽玄の衝盾!》」
「《魔力殴打》」
バキリ。と簡単な音を発生させて、リリンサが使用した幽玄の衝盾が砕け散る。
リリンサは驚きながらも、稼いだ時間で氷の槍を作りだし、そのまま挑戦者へ向かって叩きつけた。
当然、挑戦者の視界を覗いて死角を狙っている。
並みの冒険者では反応を示すことすらできないはずの攻撃。
それを挑戦者は、潜り込ませた右手で受け止めた。
「……。あり得ない。どうやって知覚した?今のは絶対に見えていないはず」
「ネタを教えても良いであります。でも、どんな理屈なのか教えたら、お願いを聞いて欲しいであります」
「お願い?言うだけ言ってみて」
「いいでありますか!?」
「話を聞いてから判断する。だから言ってみて」
「それじゃ……えっと……」
挑戦者は赤面しながらも、しっかりとした声を出した。
それは長年欲しいと思っていた、もう一つの憧れ。
「自分と……友達になって欲しいであります!」




