第59話「バトルトーナメント⑮毒吐き食人花VS挑戦者」
『なんと、挑戦者は毒吐き食人花のファンだった!数年越しに実現した憧れの対決は、一体どんな波乱を呼ぶのか!?私も非常に楽しみです!』
リリンサは改めて、挑戦者を観察し始めた。
先程は倒すべき敵としての観察だったが、今行っているのは、興味を存分に含んだじっくりとした観察だ。
ふむ?
近接戦闘職なのは間違いなさそう。
そして、体はバッファ慣れしてるっぽい?
少し体が前のめりになってる。これは、ランク4以上のバッファを扱う人に見られる症状だし、意図的に治そうとしない限り、前傾姿勢が癖になる。高ランクの冒険者は大体そう。
誰かとチームを組んでいるか、自分でバッファが使えるかの二択。
もし自分でバッファが使えるというのならば、魔法の才能があるということ。
強くなりたいと言っていたし、ちょっと鍛えてみると、面白いかも?
リリンサは、挑戦者の評価を好意的なものへと改めている。
理由の大部分が先ほど会話をした事によるものだが、リリンサはほんの少しだけ、挑戦者に共感を覚えていた。
リリンサにとって『他者への憧れ』というものは特別なもの。
英雄の息子に憧れ続けた、リリンサ。
毒吐き食人花に憧れ続けた、挑戦者。
無意識的に自分の境遇と重ね合わせているリリンサは、大会中という事も忘れ、さっそく教育的指導を開始した。
「あなたは、見た感じ前衛職っぽい。バッファは扱えるの?」
「おっと、勝負の前に情報を話す気は無いであります!自分はあなたに勝つ気でいますので!」
リリンサの頬が、ほんの少し膨らんだ。
そして、若干、目を細めながらも言葉を続ける。
「……。そう。じゃあ、一方的に話しておく。私はあなたに完全勝利するつもりでいる。なので、開始直後の不意打ちとかはしない。存分にバッファを使って準備を整えてから戦ってほしい」
「それは……自分が有利過ぎるでありますよ?さっきの戦いや装備を見る限り、あなたは遠距離型の魔導師だと思っているでありますので」
「あなたは私の事を過小評価している。その程度のハンデなど無いに等しい。それほど、私達の実力差は離れている」
「ちっこいのに、デカイ態度であります!ですが、バッファは使わせて貰うでありますよ!そしてその余裕、叩き割ってやるであります!」
挑戦者の返答を聞いて、リリンサは更にちょっとだけ「むぅ」っと頬を膨らませた。
一度教育をすると決めたからには、しっかり実力を見定めてから効率的に訓練を行おうと思ったが失敗。
ならばと言葉で煽ってみたが、平然と煽り返されてしまったからだ。
先程のやり取りでは、挑戦者の言う事の方が正しい。
それを理解しているリリンサは、反論する事ができなかった。
だからこそ、あえて相手を煽るような事を言って、一手目から最高の状態になる様に誘導したのだ。
その時に使用されたバッファから逆算して、どのくらいの技量があるか見定める為に。
幸いにして、挑戦者はリリンサの案に乗った。
内心で、よし。と喜んだリリンサは、膨らんだ頬を元に戻して、進行を促す視線をヤジリに向ける。
その意図を敏感に感じ取ったヤジリは微笑むと、辛辣なマイクパフォーマンスに戻った。
『いいね!憧れの存在に試されている感が凄く……いい!ぶっちゃけ悪行三昧を繰り返している毒吐きのどこに憧れるんだよ!?と問い詰めたいけどま、憧れなんて理屈じゃないしね!挑戦者、キミは大会に出るの初めてだったよね?そこん所も踏まえて、抱負を一つどうぞ!』
「自分は……色んな冒険者の人と一緒に色んな任務をして来たんであります。その時に得た技能を使って、毒吐き食人花を倒すんでありますよ。見ていて欲しいんであります!」
『なるほど、確かにキミには十分その資格がありそうだ。レベルは51505と若干低めなものの、一回戦も二回戦も相手を瞬殺しているしね!優勝常連者をぶっ飛ばしていく様はスカッとさせられたよ!』
「実は……今までの相手は顔見知りだったんであります。なので対策は万全だったんでありますよ。でも毒吐き食人花は未知の敵!ドキドキが止まらないであります!」
『未知の敵に挑むにしちゃ、瞳がキラキラしているねー!乙女かな!?さて、逆に毒吐き食人花は負けられなくなった。アレだけ豪語しておいて負けたら恥ずかしいもんね!』
「大丈夫。負けると思っていない」
『こっちも自信に満ち溢れている!これは、今までの一方的な蹂躙とは違う結果が待っていそうだぞ!?』
そんなヤジリのマイクパフォーマンスを受けて、観客席も一層、盛り上がりを見せた。
各々が、賭け札を握りしめて熱い議論を繰り広げていく。
『そうこうしている内に、一回目の賭けの結果が出ました!毒吐き食人花、35億エドロ!挑戦者、5億エドロ!んー、賭け金では結構な差がつきましたね。これにより、毒吐き食人花の懸賞金が8億5千万エドロ、挑戦者の懸賞金が3億6千万エドロとなりました!』
その結果を聞いても、リリンサと挑戦者は反応を示さない。
もう、二人ともが賭け金に対し興味を失っていたからだ。
リリンサは、憧れの眼差しを向けてくる挑戦者を、どう教育するかという事に。
挑戦者は、憧れの存在を、どうやって攻略するかという事に。
それぞれ抱いている感情は違うものの、二人ともが嬉しそうに微笑んでいる。
『そして2回目の結果は……ん!挑戦者の賭け金が少し増えましたね!挑戦者は意外と顔が広い。応援する人もそれなりに居るのでしょう!ということで、野暮な野次はこれでお終い!思う存分、戦って貰いましょう!……始め!』
その声に従い、闘技石段のシステムはリリンサと挑戦者を転移させた。
しかし、二人の立ち位置はそれほど変化が無い。
二人ともが先程まで立っていた場所から数歩ずつ後退した位置に転移し、すぐに視線を交差させた。
「さっきも言ったけど、先手は譲る。思う存分、好きなだけバッファを掛けると良い」
「それじゃ、お言葉に甘えるであります!《多層魔法連・瞬界加速―飛翔脚―閃光の敵対者》」
「ん。詠唱破棄してスムーズにバッファを掛けている。相当使いこんでいるっぽい。それじゃ、私もバッファを使おう《多層魔法連・瞬界加速―飛翔脚―第九守護天使》」
「えっ。第九守護天使でありますか!?それ、堅いんで嫌いなんでありますよぉ……」
「堅いんで嫌い?なるほど。堅いと知っているって事は、壊した事があるということ」
「あ。しまったであります……」
挑戦者は口舌戦に不慣れだった。
もともと家庭を知らぬ孤児であり、会話が弾む環境で育っていない。語尾がたどたどしいのもそれが理由だ。
そんな挑戦者は、冒険者になった後も色々なパーティーを渡り歩いたが、親しい友人が出来る事は無かった。
……だが、それは不思議な事でもある。
少なからず口の上手さが必要になってくる冒険者稼業で、挑戦者が様々なパーティーを渡り歩けた理由。
それは、挑戦者の代わりに、その行いを宣伝して回る者が居たからだ。
挑戦者と依頼を共にした誰もが、その技量の高さに驚いた。
豊富な知識と、非常に高い利便性。
生命線となる優れたバッファに加え、前衛に配置すれば、あっという間に獲物は解体されて並べられる。
挑戦者は、天才的な野戦工作員の技能を有していた。
そんな人物が、なぜ、依頼を共にしたパーティーから勧誘を受けなかったのか。
それは、一言で言うなら『便利すぎたから』である。
冒険者チームというものは、当然、様々な役割を持つ人間の集まりだ。
そして、挑戦者の持つ多くのスキルは、元々パーティーに備わっていたものと重複してしまうのだ。
冒険者は、自分の領分を侵害される事を極端に嫌う。
ましてや、自分よりも優れた技能を持つ人間を、容易に受け入れることなどできない。
そんな人間的な感情によって、挑戦者は様々なパーティーを流れて行ったのだ。
『俺達なんかよりも良いチームに入って、大事にして貰え』という、願いと共に。
「……こうなったら、自分の得意な戦い方でいくでありますよ!《サモンウエポン=鋭すぎるナイフ》」
「いい。来て」
リリンサは腕を広げて、『いつでもどうぞ』という挑発をした。
これは、挑戦者の事を格下に見ているのではない。
自分と同等の技量を持つ存在と認めて警戒し、リリンサの得意な状況を作る為の戦線掌握術を開始したのだ。
ん。油断できない。
使ってきたバッファは、瞬界加速―飛翔脚だった。
私はこの二つのバッファを揃えて持っている人物に、殆ど出会ったことが無い。
並みの冒険者は、片方のバッファを覚えた段階で満足し、他のバッファを求めようとしないから。
……だから、相当の経験を積んでいる事が確定。
そういえばさっき、メナフと顔見知りだとか言ってた。
罵倒してたから友達って事は無いと思うけど、どこかでメナフの戦いを見ている可能性は高いと思う。
メナフの模倣とかされたら厄介。
ここはあえて近接戦闘で応戦しよう。
まずナイフを持つ手に一撃。体勢を崩した所に蹴りで連撃。
少し揉んだ後、あえて吹き飛ばして息継ぎをさせる。
最初に教えるのは、痛覚無効はダメだということ。痛覚が無いと攻撃を受けた時の反射が鈍り、抜け出せなくなるから。
星丈―ルナを強く握り、リリンサは挑戦者を待ちかまえる。
そして、高速で走り寄る挑戦者の動きを予測し、最高のタイミングで星丈―ルナを振り抜いた。
……その瞬間、妙な違和感を抱く。
「……?《対滅精霊八式》」
そして、空気の爆裂が起こる……はずだった。
しかし、勢いよく振った星丈―ルナは空振りし、空を切ってゆく。
「あれ!?」
「貰ったであります!」
肩すかしを喰らったリリンサは、「なぜ!?」と驚きながらも、本能的に上半身を起して身体を後退させた。
それが、生死を分けたのだ。
リリンサの目の前1cmの場所を通り過ぎてゆく、挑戦者の鋭すぎるナイフ。
その刃の輝きから、防御魔法破壊がその刃に込められている事を悟ったリリンサは、ワザと地面に星丈―ルナを叩きつけて砂塵を巻き上げ、距離を取る。
一連の流れの後、リリンサの頬から一筋の汗が流れて落ちた。
「うー。惜しかったであります。悔しいであります!」
「今のは認識錯誤?そんな魔法使われ……。そういうことか」
「仕掛けが分かっちゃったであります?」
「あなたは、光の影響を受けなくなる魔法『閃光の敵対者』で太陽光をネジ曲げた。人の目は可視光線を捉える。光を曲げる事が出来るのなら、目に映る可視光線を曲げることも理論的には可能なのかもしれない」
「やっぱり凄いでありますね。これを見破られたのは、メナファスについで二人目であります!」
リリンサは先ほどよりも大きく、むぅ。と頬を膨らませた。
自分が魔法を使って翻弄しようと思ったのに、逆に翻弄されてしまったからだ。
しかも、リリンサの得意とする魔法を、リリンサの知らない方法を使ってである。
……教えようとしたのに教えられるとか、ちょっと屈辱的。
しかも、結構便利そうだし。
こうなったら……割と本気出す!
「《多層魔法連・第九識天使―次元認識領域―失楽園を覆う》」
「聞いたこと無いバッファでありま……すっ!?」
リリンサは魔法を唱え終った瞬間、消えて、現れた。
『失楽園を覆う』で見えない足場を作りだし、『次元認識領域』で最短距離を計測し、『第九識天使』で挑戦者の視界を読み取った、完全な死角からの一撃。
これはリリンサが、本気で近接戦闘を行う際に使用する、とっておきの魔法群。
特に強い個体と戦う際に多用するこの魔法は、絶対的な有利をリリンサに与えるのだ。
予め空間に足場があるという事は、飛行脚での移動に全力を出せるという事。
敵との最短距離が把握できるという事は、最短時間で攻撃する事が出来るという事。
そして、敵と視界が共有できるという事は、敵の未来を読むに等しい事だった。
万全の状態になったリリンサは、挑戦者の腕を狙う。
リリンサはどうしても、その痛覚無効の魔道具を使わせたくなかった。
自分が共感を抱いている人物が、筋肉フェチっぽい事をするのが許せなかったのだ。
「……燃えてしまえ《獄炎殺!》」
「ちよぉぉお!?そい!」
「……え?」
リリンサの杖の先から炎が噴き出したのを見て、挑戦者は腰のポーチから小瓶を取り出して中身を空中にぶちまけた。
そして、その液体の先端がリリンサの杖から噴き出す炎に接触した瞬間に、有爆が起きたのだ。
挑戦者がばら撒いたのは、高純度の油だった。
揮発性が高く、一度火がつけばその温度によって爆発的に気化し、さらなる有爆を呼ぶ。
そんな、着弾する前に爆発させてしまうという強引な回避の仕方は、以外にも有効的なもの。
意表を突かれた事と、ねっとりとした油をぶっかけられた事により、リリンサの頬は「むうぅ!」としっかりと膨らんだ。
「……。なにこれ」
「あ、油であります……」
「こんな物を使うなんて、いい度胸している」
「怒らないで欲しいでありますよ!?これもちゃんとした戦略であります!技って奴なのであります!」
「技?技が見たいの?なら見せてあげる……《魔導書の閲覧》」
「それは、さっきのずるい奴でありますね!?」
「ずるく無い。油がありなら、これも有りだと思う!」




