第58話「バトルトーナメント⑭毒吐き食人花VS挑戦者」
「…………。」
「…………。」
「なぁ、メナファス。今のってさ……」
「あぁ、間違いない。リリンの心無き乱舞だ……。」
………。
アルカディアさん……。
一回戦は何かの間違いのはずだと、俺は期待に胸を膨らませていた。
アルカディアさんが着ているのは、ガッチリした鎧ではなく普段着だし、ハプニングからの”ポロリ”もあるんじゃないかと、ちょっとだけ思ってもいたんだ……。
確かに、ポロリはあった。
というか、ボロン!って感じだけども、あった事にはあった。
あぁ……2度目ともなると、偶然だと言い張る事は出来ない。
アルカディアさんは……大悪魔だった。
それも、真正面からブン殴ってくる、パワータイプな大悪魔。
しかも、その動きは……どっからどう見ても、リリンそっくりだった。
両手に花を目指そうとした俺。
残念ながら、両手に食人花になりそうだ。
「ホント、アルカディアは何者なんだろうな?一応聞くが、アイツはリリンと顔見知りじゃねえよな?」
「違うと思うぞ?さっき友達になりたいとか言ってたし」
「だよな。なら、リリンの足技をどこで覚えてきたんだ?……第一、あの技は『天空の足跡』が無くちゃ出来ないだろうよ」
「使って無かったよな?なんか、変なバッファの『おじさまアーツ』なる物は使ってるけど」
「そんなバッファ聞いたこともねぇ……。ランクがいくつなのか、見当もつかん」
アルカディアさんが拳闘師なのは、間違いない。
だが、手甲もしてないし、バッファだって良く分からない変な奴を使うだけ。
あまりにも異質なこの感じは、俺が初恋を抱いているからってだけじゃ無さそうだ。
その正体は謎が深まるばかり。あえて前向きにとらえるのならば、『ミステリアスな雰囲気の高嶺の花』ってかんじ。
……なお、毒性が強い。
成人男性二人ぐらいなら、軽く殺せる。
「一応の仮説として、アルカディアさんが使ってる『おじさまアーツ』なるバッファが、リリンの魔法並みだったとしよう。で、リリンやカミナさんの動きを真似する事は簡単なことか?」
「難しいだろうな。リリンの動きはカミナが源泉とはいえ、同じ要領で真似は出来ない。カミナの動きは医療知識を元に肉体を最適化した末の物だし、リリンのはそれを天性的な直感でやってるからだ。オレも二人の動きを真似してみた事があるが、あいつらの動きは良い意味でも悪い意味でも、尖り過ぎてる。劣化コピーじゃ普通に動いたほうが強いって事になるんだ」
「つまり、アルカディアさんは二人の動きを高水準で真似してるってことか?」
「そういう事になる。これはいよいよ、大波乱もあるかもな」
「大波乱?」
「リリンが負けるってことさ。リリンは遠近両方を戦えるがどちらか一方に極振りしている強者相手だと攻めきれない。ちなみに、オレは遠距離攻撃が得意でな。リリンを攻略する時はいつも距離を取って戦うぞ」
「あれ?リリンの話じゃ、メナファスも前衛って話だっただろ?」
「どっちもやるぞ。だが、相手の手が届くような距離の方が狙いやすい。ま、大会のエキストラステージにリリンが出てきたら見せてやるよ。お?アルカディアの奴、今度はビリオンソードの所に行ったぞ」
「……死体蹴りじゃないと祈りたい」
「無理だろうな。手にチョコバナナを持ってるし」
……バナナぁ。
闘技石段上で成仏したビリオンソードは、斧が突き立てられた墓場で呆然と全裸で横たわっている。
どうみても死んでいるようにしか見えないが、意識はあるはずだ。
この闘技場では戦闘終了後、受けた体の傷は全回復する。
特に、成仏してしまったビリオンソードは完全回復状態で待機場所に転移されたし、今の位置まで自分で歩いて行っているのだから間違いない。
成仏される際に身につけていなかった装備品は転移されない。
つまり、そのままの姿、一糸まとわぬ穢れ無き姿で待機場所に転移してきたビリオンソードは、虚ろな目でフラフラと歩き出した。
見かねたタコヘッドが、「おい、大丈夫か?」と聞いたが、ゆっくりと頭を横に振っただけで、一言も声を発しなかったビリオンソード。
今も、自分に備わっている最後の剣を隠そうともせず横たわり、悲壮にくれた姿を5万の観衆に晒し続けている。
そんなビリオンソードにアルカディアさんは近づいて行った。
腕の中には、大量の折れた剣とチョコバナナが抱えられている。
「……バナナを馬鹿にするのはダメ。よく覚えておいて」
ビリオンソードに声をかけたアルカディアさんは、剣の残骸を地面に突き刺し始めた。
そして、三本を器用にクロスさせて三脚状にすると、その上にチョコバナナを盛り付けてゆく。
それはまるで、ビリオンソードの剣など、バナナを飾る台座に過ぎないと言っているかのようで。
そんな心を抉る光景を見せつけられ、ビリオンソードは大粒の涙を流した。
声は発せず、ただボロボロと、静かに絶望を噛みしめている。
やがて、チョコバナナの盛り付けは終わり、バナナで彩られた葬儀会場が出現。
送られ人たるビリオンソードは、バナナの甘い香りが漂う中で、ただ口を開けてぼぅっとしている。
「……食べてみて。おいしいから」
天使な頬笑みを称えたアルカディアさんは、チョコバナナを一本手に取ると、ビリオンソードの口に無理やりねじ込んだ。
これは、世界で最も酷い故人の送り方。
バナナ葬。
あ、ビリオンソードが天に召されてゆく。
どうやらショックで死んだようだ。
ビリオンソードは、バナナで、二度死ぬ。
「なんて酷い……。」
「悪ノリしてるワルトナだって、あそこまでしないぞ。目覚めろ、ユニクルフィン。お前の初恋は終わったんだ」
「……いや、きっと、アルカディアさんは人間の常識に疎いだけだ」
「は?」
「タヌキと一緒にいたらしいし、常識がタヌキで汚染されているに違いない!ここは俺が常識を教えてやらないといけないよな!?」
「オレがお前に常識を教えた方が良さそうだな……。リリン、同情するぜ。こんな奴と一緒に過ごせなんて神託を貰うとか、神に反逆した方が良いんじゃないかと聖女様に相談しに行くべきな気がする」
「そんな事になれば、真っ白い聖女様が真っ黒い笑顔を浮かべて、俺を抹殺しに掛るからやめてくれ」
「自覚があるなら、ちっとは自重しろよ……」
リリンを悲しませたらダメだという自覚はあるし、そんな不義理をすれば、リリンの事を大切にしているワルトの怒りを買う事も十分に理解している。
しかし、恋は盲目。
そして、俺とリリンは神託を行うパートナーではあるものの、人生のパートナーと言う訳ではない。
そんなわけで、俺がアルカディアさんに恋心を抱いても、セーフ。
実際、どれだけ仲良くなろうとも友達程度が限界だろうし、一線を越える気もないしな。
ただ、あの果実には魅力を感じ……痛ぇ!
「ぐおお!後頭部に激しい痛みが……」
「どうした?オリハルコンで出来た魔導銃で殴られでもしたのか?よしよし、へこんでいないみたいだな。もう一発」
「うぉ!危ねえ!?何しやがる!」
「ち。外したか。そんな事より、リリンの戦いが始まるぞ。オレ的にもこの戦いは注目の一戦だし、面白い戦いになるだろうぜ」
「ん?面白い戦い?」
「あぁ、対戦相手はオレと同業者でな、何度か殺し合ったことがある」
「何度か殺し合ったことがあるって……。保母さん、殺伐とし過ぎだろ……」
「あー違う違う。オレは保育士を失業してさ、今は『片付け屋』をしてんだよ。いつでも、なんでも、どんな者でも、片付けます!ってな」
……。
無敵殲滅さん、保母さん、辞めてた……。
知られざる真実を知ってしまった俺。
数々の暴言を知らぬとはいえ、メナファスに吐いてしまった俺。
やばい。オレも片付けられてしまうかもしれない。
じっとりとした汗が滲んでいるのを隠す為、俺は闘技石段に目を向けた。
そこでは、目を輝かせている少年がいた。
二つの純粋な目は平均的な普通顔のリリンへと向けられ、とても嬉しそう。
もしや、リリンに憧れてる……のか?
俺を虜にしたアルカディアさんといい、大悪魔さんは標準で魅了の魔法が使えるらしい。
これは……、心無き小悪魔、爆誕の予感!
**********
『いよいよ戦いも準決勝となりました!もう紹介とかいらないかなーなんて思いもしますが、一応言っときましょう!赤コーナー!『毒吐き食人花ぁ』。青コーナー!『挑戦者ぁ』』
心無き葬儀を見なかった事にするべく、観客席は一層激しく声を張り上げている。
そんな声を平均的な表情で堪能しているリリンサは、次の敵をチラリと横眼で捉えて首をかしげた。
身長はあんまり大きくなくて、170cmいかないくらい。
髪を短く切ってるから誤魔化されそうだけど、顔立ちは意外と幼く見える。
私と同じくらいの年齢?
……で、結構強そう。
装備は殆どない。素手に包帯を巻いているだ……いや、あの包帯は魔道具か。
うっすら見える魔法陣的には、たぶん痛覚無効とかそういう類の物。
……好きじゃないな。
『おぉーと!両名の選手は熱い視線を交わしております!なんか若干、温度差を感じるというか、氷河大陸と熱帯雨林ぐらい差がある気がします!意外と波乱もあるのか?』
リリンサの鋭い視線が挑戦者を射抜く。
リリンサは対戦相手を見て、不快感を表しているのだ。
それは、然りとした強さを備えているのに、自らの肉体に必要以上に負担をかける戦い方をするのが見て取れたからだった。
リリンサは先程公言したように、防御に主軸を置いている。
ダメージを受けない事は当然であるが、それは痛覚を遮断する事とはまったくの真逆。
痛覚とは、肉体が危険を知らせる警告装置。
それを無効化するということは、最後の瞬間、拳が潰れ再起不能になるなどの事態に陥るまで気が付く事が出来ない。
リリンサは、そんな戦いを自他に強いる者が嫌いだった。
体を必要以上に傷つけるとか、生理的に好きじゃない。
世界には、そういうのが好きな変態がいるというのも理解しているし、というか、筋肉フェチがそうだけど、私的には受け入れたくない。
ま、今回の相手は嗜好というより、やむを得ない事情があるっぽい?
見た感じ装備が貧相だから、お金が無いんだと思う。
なおの事、鋭い視線を向けながら、リリンサは対戦相手を観察していた。
そんなリリンサの視線を真っ直ぐと見据え、挑戦者は口を開く。
「自分は、感動しているであります……」
「感動?」
「自分は、あなたに、毒吐き食人花に憧れているのであります!会えて光栄であります!!」
「……どういうこと?」
「自分は――」
声変わりすら来ていない様な甲高い声が、感動に震えている。
その声の持ち主たる挑戦者は、リリンサへと真っ直ぐ瞳を向けて、語りだした。
孤児だった挑戦者の人生を変えた出来事。
拾い集めていたゴミの中に、リリンサに賭けた賭け札が紛れ込んでいた事。
それはお金になるものであり、換金目的で闘技場に足を運んだ事。
そんなただの幸運は、挑戦者の人生を変えた。
窓口で寝ていたやる気の無さそうな受付員が言った「せっかくだから毒吐きの戦い、見ていけばー」という、気まぐれな一言によって。
「自分はその時に見たのであります。自分と同じくらいの歳なのに、他者を圧倒するあなたの姿を!」
「つまり、前にこの闘技場で遊んでいた時に見ていたって事?」
「そうであります!その日から、自分の夢はあなたのようになる事なのであります!町のゴミを拾ってお布施を貰うだけだった自分。そんな自分でもあなたの様になれるかもしれないと、希望を見たのであります!この登録名だってあなたに挑戦するから、挑戦者なのであります!」
「へぇ、そうなんだ」
リリンサは挑戦者の声を聞いて、さらに不機嫌になった。
憧れたといいながらも、リリンサが嫌悪する戦い方をしているのだから当然だろう。
それでも、リリンサは様子を見ることにした。
挑戦者の瞳は濁っておらず、本気でリリンサに憧れていると分かったからだ。
「少しだけ会話してみよう」という気分になったリリンサは、ひとつ、挑戦者に質問を投げかけた。
「それで、私のようになって、あなたは何がしたいの?私の運命は他者に自慢できるほど優れていない。今は幸せだけど、昔はよく運命を呪った。そんな人生を辿った私に憧れてまで、何になりたいというの?」
「あなたの様になった後、何がしたいのかでありますか?そんなこと……考えたことも無かったであります。今を生き抜くので必死でありますから」
「そう。ただ漠然とした強さが欲しいというのなら、とっておきの人物を紹介してあげる。『殿堂入り、メナファス・ファント』。彼女なら色んな意味であなたの助けになってくれると思う」
「……ダメであります。詳しい事は言えませんが、あの人は悪人なのであります。あ、そうだ。東に孤児でも市民権を取得できる国があるって聞いた事があります!できればそんな平和な国で静かに暮したいでありますね」
「メナフと顔見知り?まぁいい。ちなみに、東で市民権が獲得できるとなるとレジェンダリアしかない。というか、東はほぼレジェンダリアだから絶対にそう。覚えておいて」
「そうなのでありますか!ありがとうなのであります!」
「ちなみに、私はレジェンダリアにも口利きができて、市民権を獲得させる事など容易い。今なら私に願うだけで、あなたの欲しい物がすべて手に入る。どう?」
「それも、魅力的な提案でありますね。でも、遠慮させていただくであります」
憧れの人物からの友好的な話だ。
それは当然、挑戦者にも嬉しい事だった。
だが、挑戦者はそれを名残惜しそうにしつつも断りの言葉を呟いて、首を横に振る。
そんな挑戦者の態度を見て、リリンサは誰にも聞こえない程度の小さな声で、「合格」と呟いた。
「あなたは私の誘いを断った。それはどうして?」
「なんとなく……嫌だったからであります。今まで自分が努力してきた結果が、最終的には運が良かっただけになっちゃう感じが、ちょっとだけするんであります」
「そう。それではさらに聞きたい。あなたは私と戦ってどうしたい?ここまで勝ち進んできたのだから、それなりの金額を稼いでいるはず。この戦いを辞退するのなら懸賞金は奪わない。1億エドロもあればレジェンダリアには入国できるから行ってみると良い」
「そうでありますか。自分はあなたに負けたいであります」
自分の努力を運が良かったで片付けたくないと言いきった事よって、リリンサは挑戦者の中に価値を見出していた。
しかし、その価値は水泡に帰した。
不合格……だね。
もし、私に勝ちたいという志があるのであれば、私の軍に入れても良かった。
ちょうどよくセブンジードも居るし、押しつけてしまえばいい。
まぁ、セブンジードよりも強いと思うけど。
挑戦者に興味を失ったリリンサは、適当にあしらって終りにしようと思った。
しかし、挑戦者の瞳は揺るがない。
その姿は堂々としたものであり、然りと目標を見据える冒険者のそれ。
そんな瞳に疑問を抱いたリリンサが視線を向けるのと同時に、挑戦者は口を開いた。
「負けたいんでありますよ。自分はあなたと戦って負けたいんであります。あなたと戦った人は、新しい人生が開けるという話を聞きました。その為のアドバイスもしてくれると。ですから、自分は貴方と戦ってアドバイスをして貰いたいんであります。それが自分が抱いた憧れなんであります」
「……そう。私と戦いたい理由は分かった。納得もしている。でも、あなたの願いは叶う事はない」
「な、何ででありますか!?あなたと戦った人は、みんな名のある要職について……」
「あなたには、資格が無い。戦う前から負けたいと言うあなたに、強くなる資格なんてある訳が無い」
「な……。自分は……」
「この闘技場内では、どんな攻撃を受けようとも死なない。だけれど、本番ではそうはいかない。強い敵に遭遇して死が迫る瞬間、あなたは『あぁ、負けたか』って思ってしまう。……今と同じく諦めてしまう。そんな奴は強くなれない。なぜなら、そのままあっけなく死ぬから」
リリンサの静かな鈴とした声を聞いて、挑戦者は目を見開いた。
まるで、この瞬間に目が覚めたように、頭を振り、必死になって意識を覚醒させてゆく。
そして、自ら頬を強く叩き、挑戦者は笑った。
「流石であります。自分はどうにもズレていたようで恥ずかしい限りでありますね。もう、答えを言うチャンスは無いでありますか?」
「なら、もう一度だけ聞く。あなたは私と戦ってどうしたい?」
「あなたを倒して、強さを証明したいであります。その後にはメナファスもついでに倒して、さらに、悪名高い心無き魔人達の統括者も全滅させたいであります!あ、英雄になるのも良いかなって思うであります!」
「……。目標増え過ぎ。というか、英雄に簡単になるなんて、冗談でも言ってはいけない事」
「冗談じゃないでありますよ!なんなら英雄ユルドルードも倒して、ちやほやされたいであります!」
「………。ちょっとこれは、別の意味で教育が必要になった。まぁ、いい。どの道あなたは私にボッコボコにされる。その覚悟はある?」
「無いでありますよ!自分が勝つでありますので!!」
ユルドルードをも倒すと言い放ち、挑戦者はリリンサに笑みを向け、リリンサはその笑みに、笑みを返した。
どこまでも真っ黒い、悪魔の微笑み。
心無き魔人達の統括者、統括。『無尽灰塵』たる笑み。
その笑みを見て、VIP席に座る赤い髪の男は震え上がっている。
リリンサが心中では、「評価を改めた。ギリギリ合格」という前向きな感情を抱いているという事を、その男は知らない。




