第56話「バトルトーナメント⑫アルカディアVSビリオンソード」
『……勝者!タコヘッドぉぉ!太っとい剛腕で全ての攻撃をねじ伏せての、完・全・勝・利!相性が悪いかと思われた魔導師戦でしたが、蓋を開けてみたらタコヘッドが圧倒しての勝利となりました!今夜の祝杯、期待しているよ!?』
「何、ナチュラルに奢って貰おうとしてんだよ。あと、俺の登録名はタイタンヘッドだ!」
おっと、気が付いたらタコヘッドの戦いが終わっていた。
どうやら相手は魔導師だったらしいんだが、リリンの暴虐にツッコミを入れるのに忙しくて見ていなかったので、詳細は不明。
ちょっと惜しい事をしたかもと思いつつ、俺は次の試合に意識を向けた。
何を隠そう、次の試合はアルカディアさんの番なのだ。
一回戦はあんな事になったけど、そう何度も追い剥ぎをすると思えないし、非常に楽しみである。
「メナファス。一旦、リリン談義は中止だ。俺は試合に集中する!」
「お前、いい加減にしないと、ホントにリリンにブチ転がされるぞ?ま、気になるのはオレも一緒だけどよ」
「だろ?アルカディアさんの、カミナさん似な動きの正体が分かるかもしれないし」
「それな。深く考え込んでみたけど思いつかねえんだよなー。そもそも野生動物に近い筋肉の付き方が納得できん。あれじゃ、サチナにそっくりだ」
……なんで、リリンが保護しているという女の子の名前が出てきた?
それじゃまるで、その女の子も武闘派みたいに聞こえるんだけど。
ますます深まっていくリリンの自宅の謎。
現状の情報を纏めると、こんな感じになる。
『リリンの自宅は、世界で6番目に強き皇種たる白銀比が近所に住みつく、混浴ありの温泉宿。そして、森で迷子になっていた幼女サチナが保護されており、リリンの部屋の掃除や魔王シリーズを結界の中に封印する仕事をして貰っている。なお、武闘派なのかもしれない』
ほら、意味が分からん。
タヌキが出てきてないのが救いともいえるが、その代わり狐が潜伏してるっぽい。
……どう考えても、触れちゃいけない禁忌だ。
触らぬリリンに、祟りなし!
「……さて。アルカディアさんの相手は……剣士みたいだな」
「おう。アイツはまさしく剣士だぞ。なにせ、リリンがブチ転がしたサウザンドソードの師匠だからな」
「なんだって!?」
**********
『快調に進んでおりまして、2回戦も後一戦!次の戦いは……。『ビリオンソード』VS『アルカディア』!二人ともが一回戦を瞬殺し、この場にやって来ております!さ、紹介紹介……と。ビリオンソードから行くねー!』
綺麗に整地された闘技石段の上空で、ヤジリは華麗に司会を果たしている。
何事も無かったのように、悠然と、粛々と、野次を飛ばし続けて拳闘大会を盛り上げているのだ。
それは、神の奇跡とも言うべき超常現象の上に成り立っている。
なにせ、闘技石段はセブンジードとリリンサの暴虐によって、無残に荒れ果てた。
二百を超える光の竜の群れや、溶岩でできた百匹の蛇などが暴れ回ったのだから当然だろう。
客観的に見ても戦闘の継続は困難で、観客席の誰もが拳闘大会の中止を危ぶんだ。
しかし、それをヤジリは解決したのだ。
たった一回だけ指をパチリと鳴らすという、誰もができる簡単な行為。
それをヤジリが行った次の瞬間には、闘技石段は元の美しい姿へと戻っていた。
そして、何事も無かったかのようにヤジリは興味を手放して、次の試合を促したのだ。
闘技場になじみのあるものは、特に驚く事は無かった。
壊れた闘技場は館長たるヤジリが修復していると公言されており、程度の差はあれど、たまに見られる光景だったからだ。
……故に、驚いたのはVIP席に座る赤い髪の男と、一般席に座る純黒の髪の少女、それと……その傍らに座る、褐色肌の少女。
特に、褐色肌の少女はしっかりと頷き、「流石じゃの」と声に出すほどだった。
そうして直された闘技石段は、その後大きく損傷をする事もなく、現在に至っている。
そんな真っ平らな石段の上で、苦労人な顔をした三十代の男が、静かに声を上げた。
「……解説者よ、手短に頼む。拙者は語らいを望んでいない」
『えー。なんでさ!キミはさっきの、サウザンドソードの師匠だろ?こんな場で告白したくせに無残に負けるという醜態をさらした、あのサウザンドサードの師匠なんだろぉ?』
「なにゆえ、それを暴露した……!そうさせぬ為に、拙者は……」
『あれ?言って欲しくなかったの?それじゃ、キミがジャフリート出身の師範で、己を磨くとか言って国を飛び出したけど、強くなれたかどうか分からず、実感を得る為に弟子を取ったというのも秘密なのかな?』
「全部暴露してるではないか!むしろ、何で知っている!?」
『ふふふ、私を舐めて貰っちゃ困るよー。その気になれば、一瞬さ!』
ヤジリは人差し指を左右に振りながら、悪びれもなく言ってのける。
非常に腹立たしい光景なのだが、それでも、ビリオンソードは気持ちを抑え込んだ。
これくらいの煽りで心を乱していたら、剣の道を極めることなど不可能だと知っているからだ。
ビリオンソードは、剣の国ジャフリートにて師範を務めていた。
そして、ある程度門下生が育った段階で先人に習い、修行の旅に出たのだ。
剣の道しか知らぬジャフリートの剣士は、変化の無い停滞した日常を良しと出来ない。
新たな技、新たな刀、新たな戦術。
求める物に違いはあれど、欲するのは、新たな『力』。
それを求めて、未知の世界へと飛び出すのがジャフリートの師範の辿る道の一つであり、ビリオンソードもその一人となったのだ。
彼は、ある程度の研鑽を積んだ後、国に居た時と同じ『停滞』を感じていた。
そんな時にこの闘技場に辿り着いたビリオンソードは、ひっそりと町の隅に道場を建てて、門下生を募った。
……金銭と、自尊心を得る為に。
『でさ、見た所、キミのやる気は十分そうだよね?どうしてかな?』
「それは自然なことである。サウザンドソードが破れたとあれば、拙者が仇を取るしかあるまい」
ビリオンソードは揺らぎ無い決意をヤジリに告げたあと、待機場所でお茶を飲みながら談笑している毒吐き食人花へと視線を向けた。
そして、毒吐き食人花の平均的な緩み顔を見て、彼の心は怒りで燃え上がってゆく。
己の技量を闘技場で披露し広告とする事で、効率よく門下生を獲得していったビリオンソード。
しかし、順風満帆だった門下生集めは、毒吐き食人花によって暗黒期へと叩き落とされてしまった。
筆頭門下生のサウザンドソードが無残に剥かれて、ブチ転がされるという酷い光景。
それは、見学に来ていた多くの門下生に衝撃を与え、疑心を抱かせてしまったのだ。
『自分達の憧れの先輩は、あんなにも、ショボかったのか……』と。
これは決して、サウザンドソードが弱かったのではない。
リリンサが強すぎたのだ。
しかし、門下生という者は未熟であり、リリンサの技量を正しく理解する事が出来なかった。
そして、リリンサとセブンジードのランク9の魔法を使った激戦を見ても誤解が解ける事はなく……。むしろ、疑心が強まってしまうという結果になった。
『自分達の憧れだった人は、まったく本気を出していない少女に、手も足も出せずに剥かれたのか……』となってしまったのである。
ビリオンソードは許せなかった。
不甲斐無い姿を晒したサウザンドソードもそうだが、あんな暴挙を行いながらも、平然とお茶を飲んでリラックスしている毒吐き食人花が許せなかったのだ。
汚名を返上し、名誉を挽回する。
それを行うには自分が毒吐き食人花を倒す必要があるのだと、静かな使命感でビリオンソードは燃え上がり、僅かに殺意が漏れ出ている。
それを敏感に察知したヤジリは、黒い笑みを浮かべて、ビリオンソードをさらに煽った。
『ま、普通はそういう流れになるよね!でもさーぶっちゃけ聞くけど、勝てるのかな?アルカディアにさ』
ヤジリの言葉を聞いて、「何を馬鹿な。」と、ビリオンソードは鼻で笑った。
当然、ビリオンソードはアルカディアの戦いを見ている。
だが、念のためもう一度と、自分とアルカディアの戦力を比べたビリオンソードは、やはり敗北する要因が無いと、これまた鼻で笑った。
「拙者がこの様な小娘に負けるとでも?武器も持たず、鎧も着ず、攻撃魔法も扱わん小娘に、後れを取る拙者では無い」
ビリオンソードは、腰に二本の刀を吊るした着物姿だ。
一見して防御力の無さそうなその着物だが、実は鋼鉄の糸で織られた防御力の高い魔道具だった。
内側には『筋力向上』と『速度向上』の魔法陣が稼働しており、衣服として適さない重量で有りながらも、普通の服よりも数段素早く動けるという、剣士にとって非常に好ましい能力も備えている。
そんなビリオンソードは、アルカディアの服を見て、三度、鼻で笑った。
「なんだその普段着は?そんな恰好を拙者の門下生がしていたら、即日破門にしてくれるわ!」と、笑いを通り越して憤りすら感じている始末。
……それは、仕方が無い事だった。
アルカディアが着ているのは、『普段着に見える事に心血を注いだ』超一流の魔道具。
高い水準の機能はそのままに、見た目では判断が出来ないようにと偽装工作が何重にも施された服だった。
つまり、英雄ユルドルードのお気に入りの裁縫店が販売するその服は、一般の魔道具などでは比べ物にならないほどに高い防御力と耐久力を秘めている。
全裸英雄・ユルドルード。
そんな汚名を着せられているユルドルードは、絶対に破けない服を求め、とある裁縫店に辿り着いた。
その際に購入していた英雄ローレライへのご褒美は七転八倒の末、アルカディアへと受け継がれ、今に至っているのだ。
そして、ド級の装備をアルカディアが身に付けている事に、ヤジリは気が付いていた。
内心でビリオンソードの事を鼻で笑いつつ、準備運動を始めているアルカディアへ向き直り、声をかける。
『で、アルカディアのモチベーションはどうなの?ビリオンソードに勝てそう?』
「……う”ぃぎるあ?」
『……人の言葉で話してくれるかな?』
「別に思うことなんて無いし。でも、早くタコなんちゃらと戦いたいので、さっさと成仏して欲しい」
『つまり、眼中にないってことかな?』
「うん」
『これは辛辣ぅぅぅ!汚名返上に燃えるビリオンソードなんてまったく見えていない!アルカディアは次の戦いに意識を集中しています!』
「覚悟しておけ、タコなんちゃら。私が愛したオレンジの木の恨みは絶対に晴らす。う”ぃぎるあぁ~~!」
ビリオンソードを置き去りにしたアルカディアの咆哮は、遠く離れた観客席の隅々にまで響き渡った。
当然、待機場所でお茶を飲みながら談笑しているタイタンヘッドにもその声は届き、談笑のネタとなる。
何かあったっけな?と首をかしげながら必死に思い出すタイタンヘッドに、リリンサとセブンジードは興味津津な眼差しを向けている。
そして、ただでさえ燃え滾るビリオンソードの心は、爆発し大炎上。
穏やかだった表情を歪ませ、鋭い口調でアルカディアに食いかかった。
「拙者は眼中にないと?え?」
「ない。面倒だし、バナナをあげるから降参して欲しい。はい」
「はぁぁ?……よりにも寄って、拙者にバナナだと!?」
「いらない?」
「そんなくそ不味い物体、いらぬわッ!」
アルカディアは、当たり前のように空間からチョコバナナを取り出すと、ビリオンソードに差し出した。
だがそれは、様々な者の逆鱗に触れる結果を呼んでしまったのだ。
まず怒り出したのは、ビリオンソード。
彼は大のバナナ嫌いで有名であり、露店にチョコバナナの旗が出ているだけで、苛立ちが最高潮に達する。
それを知らず、昼食にバナナを持参した門下生が行方不明になったのも、つい最近の事だ。
そんなビリオンソードは嫌悪感を隠しもせず、言葉と唾を地面に吐き捨てた。
その光景を見てタヌキ帝王・ソドムは激怒した。
あの暴虐を必ず除かねばならぬと、柔らかな太ももの上で奮い立つ。
バナナをこよなく愛するソドムは、ビリオンソードの暴言と態度が許せなかったのだ。
目を見開き、雄叫びを上げながら立ち上がり、天に七重の魔法陣を展開し……ようとした所で、神の先兵の怒りに触れた。
真上から垂直に降り下ろされたチョップを受け、あえなくソドムは轟沈。
世界の平和は守られた。
『あーあ。ま、私的には戦って貰いたいからそれでいいけどね!さてさて、賭け金の結果が出たようであります!結果は……アルカディア15億エドロ!ビリオンソード25億エドロ!ちょっとだけビリオンソードが優勢ですね!』
それを聞いて、ビリオンソードは満足げに頷き、アルカディアは良く分かってなさそうに「う”ぎぃるあ?」と鳴いた。
賭け金の結果が公表された事により、それぞれが背負う懸賞金も変化。
アルカディアの懸賞金は12億5千万エドロ、ビリオンソードの懸賞金は3億5千万エドロとなる。
『ま、特に語るほど偏った訳でも無いか。ビリオンソードが優勢なのは、何気に優勝回数が過去3回と多いからだね。レベルだってアルカディアには劣るものの、63441と十分に高いし。そんなわけで、最後に二人の意気込みを聞いときましょう。ビリオンソードから、どうぞ!』
「拙者の事など眼中にないとほざき、あまつさえバナナを向けてくるとは、心中穏やかでは済まぬ。細切れにしてくれようぞ!」
『細切れ肉かー。さてさて、アルカディアはどうかな?』
「……。」
『ん?おーい。アルカディアー?』
「……。大変な事になった……」
アルカディアは震えていた。
それは、野生に居た時に磨ぎ澄ました感が、逃げ出せと警告しているからだ。
観客席から放たれる無言の殺気。
その正体を知るアルカディアは、自慢の毛並みが全部逆立ってしまったんじゃないかと、慌てて視線を落とす。
そして……。「あ、大丈夫っぽい……。人間の姿だったし」と安堵。
だが、鋭い殺気が向けられていることには変わりなく、チラリと視線を観客席に向けて確認をした。
「ひぃ。めちゃめちゃ怒ってる……。う”ぎるあーん……」
引きつった笑みを浮かべ、アルカディアは困り果てた。
その視線の先では、恐ろしき主タヌキたるソドムが鬼の形相で、「殺せッ!」と合図を送っている。




