第17話「リリンとお勉強~不安定機構と神託~」
「こうして、雑な理由ながらも、不安定機構は誕生した」
「ホントに雑だったな!」
リリンは見るからに、やるせなさそうな声で「雑」と切り捨てた。
まぁ、自分が属する組織がこんな理由で誕生したなんて知ったら、「雑」と笑い飛ばしたくもなるか。
神、テキトー過ぎるし。
「しかし、成り立ちがアレとは言え、現代において、不安定機構の役割は非常に大きい」
「冒険者を雇ってるんだったか?」
「そう、不安定機構の根本的な真意は、一つ、『世界を存続させ続ける』為。つまり、神と約束した『世界に物語を発生させ続け、神を楽しませる』ことと、『世界が不安定になりすぎないよう、調整する』ことの二つが、大きな役割」
「そうやって聞くと、スケールがデカい話だよな」
「冒険者を雇うのも、事象を動かす手足として必要な為で、皇種を筆頭とする自然災害や被害などにも迅速に対応する為」
「なるほど、アマタノ討伐も不安定機構が指示を出していたわけか。ん?でも、そんなに頻繁に皇種と戦う訳じゃないだろ?いつもは何をしてるんだ?」
「それこそ、色々」
「色々?」
「そもそも私がナユタ村に行ったのは、あのウナギの討伐"依頼"があってのこと。その依頼というのは、実は不安定機構に登録している者ならば誰でも出すことが出来る。通常これを『冒険者依頼』と呼び、解決した人には依頼者から報奨が支払われる」
「へぇ、それじゃリリンが依頼を出すことも出来るんだな?」
「出来る。ここ最近出した依頼だと、魔道具店に徹夜で並び、初回限定生産のランプを買ってきて貰ったり、美味しいと評判のお店のレポートをしてきて貰ったり」
「なんか、思ってたのと、結構、違う………」
「こほん。とまあ、依頼者によって内容は様々で、それに必要な報奨などは不安定機構が基本値を決めている。簡単なお使いなら、経費+20,000エドロ、討伐依頼だと対象のランク×依頼受注経過日数とか」
「ん?最後のはなんだ?」
「討伐依頼報奨のこと?討伐依頼はその難易度が判断しづらく、基準が無いと言ってもいい。そこで、支払われる報奨は依頼受付日から何日経過したかで支払われる金額が変動する仕組み」
「なるほど、難しい依頼は達成されずに時間が経つから、そこで判断してるんだな。因みに、あのウナギ、報奨はどのくらいだったんだ?」
「確か……。100万エドロくらいだったはず……?」
「ひゃ、、、100万エドロ!?!」
ちょっと待って!あの短時間で100万エドロも稼いだのか!?!
「え?あの一瞬で100万エドロ!?貰い過ぎじゃないか?」
「100万エドロはランク3の生物討伐依頼なら、大体相場くらいだと思う。そもそも一人で狩りをするはずもなく、あの位だと普通の冒険者なら10人は欲しい」
「え、でもリリンは一人で狩ろうとしてたんだよな?」
「ランク3程度の討伐、本来ならば私が出向く方がおかしい。ただ、あのウナギは私が処理をして正解だったと思う。明らかにランク3の強さを越えていて、実力のない人が出向いたなら命の危険があっただろう。そして、なにより………」
「なにより?」
「油が乗っていて、とても美味しかった!」
「味に満足してるのかよ!確かに美味かったけどね!?」
「くす、冗談。本当はユニクに出会えた事が何よりも嬉しい」
凄く、凄く、満足そうにリリンは言った。
聞いている俺の方が歯痒くなりそうなほどに。
リリンは一口だけジュースを飲んだ後、再び話し出した。
「不安定機構では冒険者の他に、『使徒』という階級が存在する。この階級は冒険者として、高い功績を上げたものに資格が与えられ、その時、『白』か『黒』に自動で選別され、どちらかに属すこととなる」
「ここで、あの雑な逸話の組分けが出てくるんだな。ちなみに、違いはあるのか?」
「違いは、あるにはある。おおよそ善とされる行為を主に行うのが、白。倫理観や人道を度外視して、目的のためなら手段を選ばないのが黒」
「手段を選ばないだって?」
「そう、例えば、危険"動物"の駆除が白で、危険"人物"の駆除が黒」
危険人物の駆除?
それってつまり、犯罪なんじゃ………?
ここで、涌き出る疑問。
"リリンはどっちだろうか?"
この、俺の目の前に座る可憐な少女は、正義の白か、はたまた、悪の黒か。
いやいや、こんな優しくて可愛い少女が悪はない!きっと白だな!!
ここで、ふと、記憶が甦る。
「私の肩書きは、『無尽灰塵ーリンサベル』。そしてこうも呼ばれていた。『心無き魔人達の統括者』」
あぁ!!駄目だ!
黒な気がしてならない!
俺は恐る恐る、禁断の質問を投げかけた。
「リリンはどっちに属しているんだ?」
「私?私は――」
ごくり。
「白」
やったー!良かった!!
旅の相方が悪の組織の使徒なんていう、恐ろしい未来は回避された!
「そう、私は白に属している。しかし、白に属しているからと言って、黒の仕事が出来ないわけではない」
「……え?そうなのか?」
まだ、喜ぶには早すぎたようだな。
段々と雲行きが怪しくなってきたぞ?
「そう、私も金策が苦しくなってくると、黒の受付に行き依頼を受けて来る。黒はその性質上、報酬額が高くなっている事が多いから」
俺の願いも虚しく、どうやら、リリンは黒の仕事も受けているらしい。
……ま、まぁ、なんとなくそうじゃないかと思ってたしね?
無塵灰塵って名乗っちゃうくらいだし?
というか、ウナギを倒して100万エドロも貰っといて金策が苦しくなるって、どういう生活してるんだろうか?
…………………あ。ここ、高級ホテルだったな。
「そんな具合に組分けされているものの、依頼に関してはどちらに属していようとあまり関係がない。大切なのは、使徒に与えられる強制任務、『勅令』と人生を賭けて行わなければならない、『神託』」
「勅令と神託?それってたしか、」
ここで、非常に大事そうなキーワードが出てきた。
そう、リリンは『神託』により、俺と旅をすることを運命付けられていると言っていた。
ここは重要なポイントのはず。
一字一句聞き漏らさないように耳を傾けよう。
「世界を維持し、安定化させる役割を持つ、『勅令』は、非常に重要な事案の解決を主な内容となる。具体的には、皇種の討伐や、戦争の決着、変わったところでは、新しい魔道具の作成や魔法の開発なども、勅令として采配されることも」
「リリンが昔参加したアマタノ討伐も、勅令を出して参加者を募ったわけだな」
「まぁ、アマタノ討伐は巨大すぎるために冒険者からも参加者を募っていたらしいけど、少なくとも師匠達は勅令書を持っていた」
「なるほど」
「さて、勅令の方は比較的短期間で終了することが多い。しかし、『神託』の場合はそうはいかない」
「あぁ、神を楽しませる事が目的だったっけ?」
「今はその事そのものが目的ではなく、『神が直接望んだ事を人生を賭けて挑む』、これこそが、神託の本質だと言われている」
「神が望んだこと?」
「そう、例えば私に与えられた神託は以下のような内容だった。
『英雄の実子、ユニクルフィンとこの世界を旅し、いずれ来る厄災に備えよ』
この神託を裏返せば、いずれ厄災が発生するからそれを阻止しろということ。神託として私に天与された以上、私の人生を使ってでも達成させなければならず、失敗すれば世界を揺るがすような厄災のみが、残ってしまうかも知れない」
「なぁ、なんていうか力不足というか、リリンの強さに対して俺が弱すぎると思うんだが………?」
「うーん。正直なところ、ユニクは私よりも遥かに強い存在だと思っていた」
「どういう事だ?」
「私は、いや、私にとって英雄の実子、ユニクルフィンの隣に立つことは、ずっと憧れだった。伝説に名を連ねたユルドルードの実の息子はどれだけ強いのだろう?と。それだけ英雄の名は偉大なもの」
「…………なぁ、そもそも英雄ってさ、何なんだ?」
俺の質問にリリンは目を見開いて、
「え、英雄を知らない?……信じられない」
リリンはこれだけいうと絶句してしまった。