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第51話「バトルトーナメント⑨毒吐き食人花VS七騎士」

『待て待て―い!どうしてキミ等は私の段取りを無視しようとするんだ!戦うのは、お互いの賭け金が決まった後だって言ってるだろ!』



 不穏な空気を纏い始め、平均的な嘲笑顔になりつつあるリリンサと、絶望的な状況の中、か細い糸を手繰り寄せるような撤退戦を強いられる事になったセブンジード。

 そんな二人の間にヤジリは割って入り、もどかしそうな表情で、賭け金の記された紙が召喚されるのを待っている。

 時間稼ぎのチャンスを得たセブンジードは、恐ろしき上官たるリリンサへ視線を向けながら、思考を巡らし始めた。


 どうにか、俺から興味を放させないといけない……。

 嘘でもハッタリでも、何でも使って俺は、生き残る。あんな、戦闘マシーンにされてたまるか!


 第一、戦闘マシーンたる上官共が遠くを見ながら、「この程度のシゴキで根を上げるなんて、お前は幸せだな。本当の恐怖を知らんお前が総指揮官に会おうものなら、色んなもんが飛び出る事になるぞ」ってなんだよッ!?

『色んなもん』て何!?想像するに、汗とか唾液程度じゃないってことだろ?

 それ以上ってなると、まさか……。

 あぁ、人としての尊厳が危ない!!


 セブンジードは、ブルリと体を震わせて、先ほど見た戦慄の光景を思い出す。


 戦闘の結果は、半裸。

 金は奪い取られ、一世一代の告白も台無し。

 やべえ。人間の所業じゃねえ。

 大魔王様の親友も、また、魔王様だった!


 心の底から体を震わせたセブンジードは、ささやかな目標を立てた。

『心身が満足な状態での、脱出』


 勝利の可能性を捨てたセブンジードが取るべき手段はただ一つ。

 目の前の大悪魔からの逃亡は、セブンジードの全身全霊を持って取り組むべき、無謀なる挑戦だ。

 それを成し遂げる為、セブンジードは策に出る。



「総指揮官……代案があります」

「代案?なに?」


「実は、総指揮官の訓練を所望する人物は結構多いのです。上官を差しおいて、俺のような矮小なる者が総指揮官に訓練をつけていただく訳にはいきません。ですから、今度祖国にいらした時にでも、合同訓練という形でお願いします!」



 セブンジードの言った事は事実だ。

 実際、セブンジードの上官たるバルワンやトウトデンはリリンサの帰還を待ちわびており、その為に日々訓練をしていると断言している程なのだ。

 それはリリンサも知る所であり、テトラフィーアと話す機会が有った時は、大抵話題に上がる事になる。


 そして、リリンサは少しの逡巡の後、納得したような顔で口を開いた。



「分かった。確かに一理あると思う」

「……え?マジで!?総指揮官って、案外話が分かるんですね」



 ダメ元でした提案が、まさかのOK。

 うっすらと浮かべているリリンサの微笑を見てセブンジードは安堵し、肩の力を抜いた。

 逆にリリンサは、杖を握る手に力を入れたとも知らずに。



「……そう、あなたに訓練は施さない。なぜなら、あなたは私とテトラの不興を買った。なので、これからするのは暴行。訓練では無い!」

「悪化しただと!?」



 なんてこったと、セブンジードは頭を抱えた。

 一瞬だけリリンサが浮かべた微笑を見て安堵した自分が憎たらしいと思いながら、どうにか事態の悪化を防ごうと、ひたすら思考を巡らす。


 そして、だったらこれならどうだ!と瞳に光を灯した瞬間、先にヤジリが口を開いてしまった。

 ヤジリは召喚された紙を見て、ニヤリと悪い顔を浮かべている。



『あちゃー!やっぱりこういう結果になったか!賭けの結果は……毒吐き食人花40億エドロ!七騎士はなんと……5000エドロだ!』

「え……?5000エドロ?5000万の間違いじゃないのか?」


『いいや、5000エドロだね。賭けたのは二人で2500エドロずつ。あは。もし君が勝ったら、キミに賭けた人は10億エドロ以上の賞金を獲得することになるね。すごいすごーい!』



 ちくしょうふざけやがって!

 俺の勝利に掛った価値が、5000エドロだと!?

 そんなもん、女の子と飯も食えやしねえじゃねえか!


 あまりの不甲斐無さに、逆に戦闘意欲が湧きそうになるセブンジード。

 戦略を見通した計算づくの行動を得意とする彼は、自分自身に賭けた1億エドロという賭け金に4億エドロが追加された事も瞬時に気づき、リスクと実利を天秤に掛けた。


 その結果は、変わらずの逃亡。

 女王レジェリクエが全幅の信頼を置く戦闘力に勝てるわけがないと、心で涙を流す。

 そんなセブンジードにリリンサは追撃を仕掛けた。



「良かったね。あなたが私に勝てば5億エドロゲット。しかも私に勝ったのだから、総指揮官の座はあなたのもの。出世街道まっしぐら?」

「負けたら元も子もないでしょうが!出世街道で馬車に轢かれるようなもんです!」


「ん。意外と理性的。煽り耐性は中々だと思う」

「そりゃ、あなたの部隊に居るおかげですね!あなたの教育のおかげか、俺の上官共は頭がイカれているので!」



 そんな他愛もないやり取りを面白げに見ていたヤジリの手元に、2回目の賭けの結果が届いた。

 その結果を見て、『ま、当然だよね』と言葉を漏らすと、その結果を告げる。



『2回目の結果も来たよー。その結果、毒吐き食人花、変わらず40億エドロ!七騎士は、ちょっと増えての100万エドロだ。うーん。大穴狙いってやつだね。でもこの大穴は地獄に繋がってるよ』

「てめえ、解説者!俺が負けるって言いたいのか!」


『だってねえ。キミ、やる気ないでしょ?かたや毒吐きは、鼻歌交じりで杖を磨いているんだよ?力の差は明白ってもんだ』

「ちいぃ!どいつもこいつも。えぇい!分かりましたよ。俺の全力を尽くして、総指揮官を倒してやんよ!」


『マジで?できんの?』

「策はある。俺はリスク回避をする為に非戦闘を選ぶつもりでしたが、戦えない訳じゃない。今だって、鏡銀騎士団(ギン)が出て来なけりゃ、フィルシアは落せていたんだ」



 表情を鋭い眼光に切り替えた七騎士は、腰から剣を引き抜き、リリンサへ向けた。

 相対する剣士と魔導師。

 高ぶる戦気を纏わせたセブンジードは、深く息を吐きだして、体をリラックスさせる。

 危険な戦闘を行う時ほど、体は硬直し、本来の力が出せなくなる。

 それはセブンジードには当てはまらない。


 呼吸一つで精神を沈め支配下に置く、理知。

 セブンジードはまさしく強者であり、リリンサと同様だった。


 静かな呼吸音のみが潜めく中、ヤジリの開始の宣言と共に、二人は転移。

 大魔王に計画された戦闘が、静かに始まった。



「ん。隅っこに来たらしい。セブンジードはどこ……?」



 闘技石段の四隅にある一つに、リリンサは転移した。

 さて、獲物はどこ?と視線を巡らせて、セブンジードの背中を発見。

 遠ざかる背中を視認して、すぐさま走り出す。



「はっはぁ!天は俺に味方をしたッッ!!逃げるが勝ちぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃ!」



 しかし、セブンジードは、バッファ全開で逃亡を開始していた。

 一目散に逃げ出す足の速さは、流石、終末の鈴音で4番目の実力者だというべきだろう。


 セブンジードの転移した場所は、中央からやや右上寄りの場所。

 かたや、リリンサが転移した場所は左下の角だ。

 距離にして、おおよそ100m。

 リリンサの全力疾走ならば3秒かからずに走りきる距離であるが、それは当然、セブンジードにも言える事だ。

 一辺が150m程度しかない闘技石段では、リリンサやセブンジードが鬼ごっこをするには狭すぎたのだ。


 リリンサが知覚した一瞬後には、セブンジードはもう既に、闘技石段の端に迫っていた。

 勝利を確信したセブンジードは、「案外大したこと無いかったな」と、リリンサの評価を改め、そして……。



「……《失楽園を覆う(ディスピアガーデン)》」

「ごっ!!ぐっふう!?」



 見えない壁に激突し、吹き飛んだ。



「ぐあああ!痛い!今のなに!?」

「見えない壁。基本的に包囲殲滅戦を行う時などに使用する」


「壁だと!?……ちっくしょぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!あと少しだったのに!!くそ!くそ!くそ!」

「全力を出す必要がありそうかつ、気持ちよく勝てる相手とか、逃がすわけない。最近溜まっているストレスの発散に付き合って貰う。その過程で、テトラの要望にも答えておきたい!」



 セブンジードは血走った眼で、本気で地面を殴り続けている。

 これは演技ではなく、本気で悔しがっているのだ。


「俺は迂闊だった。この程度で逃げられるんなら、あの上官共が絶賛する訳なかったんだ!」と今更に気が付いた。

 セブンジードもまた、リリンサの幼く見える可愛らしい容姿に騙された被害者。

 悪魔だ魔王だと言われようとも、所詮は女子供だと舐めていたのだ。


 しかし、退路は断たれ、一縷のか細い生命線は踏みにじられた。

 セブンジードは、叩きつけ過ぎて鈍痛がし始めた手を見やり、深く息を吸う。


 皮が向けてるな。あぁ、女の子をナンパするのには綺麗な手が良いって話なのに。

 何が……総指揮官だよ。

 何が、大悪魔だよ。魔王だよ。


 こんなガキに、何が出来んだよ。

 どうせ、女王陛下みたいに椅子にふんぞり返っているだけだろ。


 お前と俺、何が違うってんだよ。

 同じだろうが。

 同じ人間で、同じ言葉を話し、同じ飯を食う。……結局のところ、同じなんだよ。


 地面に膝まずいているセブンジードは動きを止め、近づく足音に意識を向けた。

 演技では無い、本物の鋭い眼光を向けながら、ゆっくりと立ち上がる。



「ん。良い顔になったね。覚悟が出来た?」

「一つ聞かせてくれ、総指揮官。紹介の時に言ってたよな?男がいるって」


「そう。彼は私の憧れであり、恋人。彼の為なら私は、国だって落とせると思う!」

「そうか。くく。……なんだよ、同じじゃねえか。俺と同じで、色恋沙汰にうつつを抜かしてんじゃねえか」


「私はあなたとは違う。ユニク一筋!」

「そこはどうでもいいんだ。総指揮官は結局俺と同じ人間で、その実、その差なんて無い。それが分かりゃ……充分だろ」



 セブンジードは、手に持っていた剣を捨てた。

 この剣は、いわばブラフであり、本気を見せる気の無かったセブンジードがわざわざ持って来た訓練用の模擬剣なのだ。

 観客席から見れば、攻撃手段を手放すという愚かな行為だったが、そうでない事を知るリリンサは、望んだ通りの結果『全力の戦闘』が行えると確信し、笑みをこぼした。


 やがてセブンジードは、着ていた一般的な服の迷彩を解き放ち、本当の姿を晒した。

 レジェンダリア軍に属する者に与えられた、黒と金の隊服。

 様々な意匠には魔法陣が施され、堅牢な防御力を有するその服は、最早、要塞となんら変わらない。


 そしてセブンジードは、白い手袋に施された魔法陣を起動して、その手の中に鋼鉄の魔道具を出現させた。

 それは、レジェンダリア国で開発された最新鋭の魔導杖……いや、『魔導銃』と呼ぶべき、制圧兵器だった。



「国に帰ってこない総指揮官は見た事がありますか?この最新鋭の兵器を」

「……私の知る魔導銃はもっと大型のもの。そんな片手で扱えるサイズでは無い」


「確かに大きいのもありますがね。まぁ、今はこちらが主流ですよ。『50口径魔弾可変式・デザートGRD』。あなたの隊員は基本的に装備してますね」

「……。私、持ってない……」



 え。何それ。

 そんなカッコイイの持ってるなんて、ずるい……。


 リリンサはセブンジードの持っている銃に釘付けになり、視線を外せないでいる。

 ある意味で典型的な魔道師たるリリンサは、魔法と言えば杖だと思っていたのだが、かつて少しだけ聞いた最新鋭の武器を前にして興味が刺激されているのだ。


 前に一度だけ、テトラフィーアからの報告で、そういった武器が導入されたと聞いた事があった。

 しかし、この魔導銃に関してはレジェンダリア国の最重要機密であり、総指揮官とはいえ国外に居るリリンサへ教えてはならないと緘口令が敷かれていた。


 そもそも、テトラフィーアが何気ない会話を装って意図的に情報を流出させたのは、銃に興味を持って帰って来てくれればという思いからの事であり、レジェリクエの命令に反する事だった。

 レジェリクエの言葉は絶対であり「テトラ、リリンには秘匿しなさぁい。余の所に帰ってくればおのずと知る事よ。知らぬというのなら、それは敵に準ずると心得なさい」と言われてしまえば、詳細な性能について語る事は出来なかったのだ。


 仲間外れを嫌うリリンサは、自分だけが持っていないという事実と、最新鋭の装備の性能への興味、まして、すごく有能なのだとテトラフィーアから太鼓判を押されている人物(セブンジード)が所持しているという状況もあって、動きに迷いが出た。

 対話か、戦闘か。

 しかし、未知の情報が溢れる中でも、その情報の発信源たるセブンジードには関係の無いことだ。


 セブンジードは戦闘を選択し、再びバッファの出力を上げて、デザートGRDを構えた。



「行きますよ。《魔弾・雷光槍》」



 たった五文字の、短い詠唱。

 それはリリンサの常識では、魔法が一回だけ発動するという、攻撃力の乏しいものだった。


 しかし、セブンジードが起こした結果は違う。

 セブンジードは高速で5回のトリガーを引き、5本の雷光槍を出現させたのだ。



「つっ!」



 それは、リリンサにとって予期せぬなじみある攻撃(・・・・・)

 心無き魔人達の統括者(アンハートデヴィル)の全力戦闘時に使用される、慈悲なき絶死圏域スクウェア・オブ・ハードデヴィル内でのみ使う事が出来る、リリンサとワルトナの得意とするコンボ攻撃にそっくりだったのだ。


 後衛のワルトナが魔法で弾丸を作りだし、それを前衛たるリリンサが放つ。

 弾丸によって様々な効果を及ぼす事が出来るが、最も優れている点は、一回の魔法の詠唱で連射と停止を繰り返せる点にあった。


 攻撃魔法は基本的に、詠唱を終えた段階で相手に向かって飛んでいき、効果を終える。

 リリンサほどの実力を持ってしても、空中で魔法を保持し続けるのは高い労力を必要とし、それならば、一度魔法を放って身軽になってから、再度呪文を唱えた方が効率が良い。


 しかし、呪文の詠唱を封じられたりすると、途端に何もできなくなるのが魔導師だ。

 それの対処法として、心無き魔人達の統括者(アンハートデヴィル)は『魔法を改変する』という荒業で保持を可能とし、非常に有効な攻撃として使用していた。


 そして……。

 簡易的とはいえ、リリンサ一人では行えない超技術を、セブンジードは使用した。


 驚愕が瞳を彩るリリンサへ、放たれた雷光槍が襲いかかる。

 それを星丈―ルナで迎撃しながら、リリンサは称賛の言葉を口にした。



「すごい。素直に感動した。もっと実力を見せて欲しいと思う!」

「えぇ、そうさせて貰いますよ。それが俺の生き残る道!なにせっ!」



 セブンジードは、煽り駆られた衝動を隠しもせず、吐きだした。

 しかし、最後の言葉は尻切れになり、語られる事はない。


 その言葉に続く言葉はもうここには居ない、セブンジードの主たるレジェリクエの言葉だったからだ。



「ジード。この大会では必ず魔導銃を使いなさぁい。いい(ごはん)になると思うのぉ。もしかしたら、ぱっくんちょって喰らいつくわぁ」



 レジェリクエが仕掛けた、リリンサ捕獲作戦。

 その全容の一端を、知らぬ間に仰せつかっていたセブンジードは、前後を大悪魔に挟まれながらも、必死に生き残る道を模索していく。


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