第47話「バトルトーナメント⑤タコヘッドVSクローバー」
「お!ついに出てきたか、タコヘッド!……で、強いのか?」
「そりゃ、不安定機構の支部長なんてやってるんだぜ。当たり前に強いさ」
リリンの暴虐を見た後、しばらくは平和な試合が続いていた。
まぁ、平和といっても殺し合いな訳で、それなりに血が飛んだし、場合によっては首も飛んだ。
……だが、誰ひとりとして、涙は飛ばさなかったのだ。
現在、涙を見せたのはサウザンドソードただ一人。
サウザンドソードはリリンに気絶させられる前に一泣き、目覚めてから一泣き、暫定彼女のスータ―さんと観客席越しに会話して一泣きの、計三回も泣いている。
きっと明日からは千の悲しみと呼ばれる事になるだろう。
そんな大悪魔な試合の後はボチボチ真っ当に進み、やがてタコヘッドの順番になった。
タコヘッドの狙いはリリン。
大悪魔狩りという偉大なる目標を立てた勇者であるが、それに見合った実力があるのかと、実は、少しだけ疑っている。
なにせ、どいつもこいつも、リリンの事を舐めてかかり、瞬殺される馬鹿ばかりなのだ。
というか俺の知る限り、本気のリリンと戦って瞬殺されなかったのは、アホタヌキとゲロ鳥とピエロと黒トカゲの四匹だけだ。
偉大なるゲロ鳥は、リリンの『雷人王の掌・願いと王位の債務』を無効化して生き残っている。
アホタヌキも同上。
ピエロと黒トカゲは言わずもがな。
……悲しい事に、人間がいない。
人類は、もう少し頑張った方が良いと思う。俺も含めて。
そんな訳で、タコヘッドの実力もあんまり期待していなかったんだが……意外なことに、しっかり強いらしい。
メナファスの太鼓判が押された以上、この戦いは楽しみだ。
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『はいはい。尺が無いからどんどん行くよ!次の戦いは『タコヘッド』VS『クローバー』!二人とも超有名人だから、この町で知らない奴はいないよね!なので、さっくりとした紹介で済ませるよ!』
『タコヘッドはそこの不安定機構の支部長なんてやってるね!でも脳味噌が筋肉だから仕事をしないで、机で寝てるよ。私と一緒に二日酔いだね!』
「ただの悪口で野次になってねえぞ!紹介をしろよ!!!あと、俺の登録名は『タイタンヘッド』だ!」
『おっと失礼。タコヘッドは拳で戦う拳闘師。剛腕・俊敏・耐久全てにおいて優れたステイタス。あと戦闘感も良いから、んー、一言で言うと、『みんな大好き・三頭熊』みたいなもんさ!』
「熊だとっ!?どこまでも失礼な奴だ。三頭熊なら一人で狩れるし、あの程度などと侮られたらたまらん。そして、俺の名前は『タイタンヘッド』だ!」
『おぉ!割と絶望の象徴たる三頭熊をソロで狩れるらしいです!これはすごいぞ!タコヘッド!』
「もう、タコでいいや!」
例えとして三頭熊が挙げられ、タイタンヘッドは一人で三頭熊を狩れると豪語した。
その例えは分かりやすかったようで、観客席からワーッと感嘆の声が漏れ、タイタンヘッドを包み込む。
今までとは違う、信頼が具現化したようなその声へ答えるように、タイタンヘッドは右手の拳を挙げて「いいか、俺は毒吐き食人花に勝って優勝する。俺に賭け続けときゃ、小金持ちになれるぜ!」と宣言。
再び信頼の歓声が上がり、タイタンヘッドは悪そうに笑った。
『そ・し・て!前回準優勝者、クローーーバー!前回の大会では運が悪かった!なにせクローバーは植物使い!なのに、決勝の相手の主武器は火炎放射機だったのだ!これは勝てない!あえなく遠距離から焼き殺されました!』
「嫌な思い出を、ほじくり返さないでいただきたい……」
『でもでも、今回は火炎放射機は出ていません。安心です。そんでもって、クローバーは実際の所、ちょ―強いのです!珍しい植物魔法を扱い、地の利を作りだすクローバーにタコヘッドは成す術があるのか!?植物とタコ、異種対決であります!』
「植物の強さ、お見せいたします……」
そんなざっくりとした紹介も終り、観客が賭けた金額は、タイタンヘッドに『20億』、クローバーに『25億』となった。
タイタンヘッドは最近出場しておらず、実力が衰えているのではという懸念から、敗北読みの方が多くなったのだ。
そして、相手の賭け金の10%が上乗せされ、タイタンヘッド『5億5千万エドロ』、クローバー『5億エドロ』の賭け金となる。
これは、他の試合が1億から2億の賭け金だった事を考えると、高額な部類に入る。
それだけ観客が注目している試合だという事だ。
試合前の儀式は終わり、ヤジリは投げやりな開始の合図を行う。
共にランダムにワープさせられた二人は、同時に動き出した。
「久しぶりの出場だからな、腕が鳴るぜ。《多層魔法連・剛力・怪力・怒れる一撃》」
「植物の剛性と柔軟性の前には筋力など、無意味と知れ……《震えよ巨峰、狂えよ富士、乱れよ天草―息吹き彩る森-》」
バッファを唱え、攻撃の準備を終えたタイタンヘッドに対し、自信の強化を捨てて、攻撃呪文を唱えたクローバー。
そして、速攻性があったのはクローバーの攻撃、息吹き彩る森だ。
『おぉーと!クローバーは早速、息吹き彩る森を使ってきたぁ!闘技石段は見る見るうちに深緑が芽吹く森のフィールドへと変貌していきます!』
芽吹き彩る森は、空気中に微量に混じっている植物の種子を芽吹かせ、急成長させる魔法だ。
その成長スピードは凄まじく、術者のクローバー以外の物体を飲み込んで栄養にしようと、植物自らが動きだす程だ。
あまり見慣れぬ光景に、初めて見る人は、必ず驚きの声を上げる。
当然、唐突に表れた二人目の食人花を見て、観客席の赤い髪の男も驚きの声を上げた。
なお、「ちなみにこっちは毒を吐かないぜ。獲物を剥く趣味もない。普通の食人花だ」と赤い髪の女にツッコミを入れられて冷静になり、すぐに大人しく観戦を始めている。
『触手がタコヘッドの足に絡みつく!あぁ、おっさんの触手プレイとか、誰得……にならなぁい!タコヘッド、伸びてきた触手をもろともせず爆進!これはすごい!筋力で引きちぎっています!』
「なんでですか……」
「未踏の森に入るってのはな、冒険者の醍醐味だろ!こんぐらい出来て当たり前よ!!」
「ちぃ。行かなくてはなりませんね……《瞬界加速》」
クローバーのレベルは42896。
才能の無い冒険者はこのランク4が壁となり、ランク5以上との実力差が明確に出来上がるのだが、そのルールはクローバーには当て嵌まらなかった。
実はクローバーは、剣を取ってまだ1年とちょっとの新人冒険者。
剣を持っている時間よりも、クワを持っていた時間の方がはるかに長い、生まれついての純粋な農民だった。
そんな彼を変えたのは、突然に訪れたよくある悲劇だ。
穏やかに暮らしていた村が三頭熊に襲われ、対応が後手に回ってしまったが為に壊滅。
代々受け継がれて来た田園地帯は高レベルの動物が行きかう魔境となり、村を捨てる事になったのだ。
逃げ出す冒険者が残した剣を手にしたクローバーは、自らの家族や畑を守るべく、剣を振り続けた。
祖父を喰われても、祖母を喰われても、伯父を喰われても、無念を噛み締めつつ、剣を振り続けた。
そして、両親がその牙の餌食にされそうになった瞬間、彼は『農民』から、『戦士』へと変わったのだ。
三頭熊の三つの頭を同時に切り落とし、危機を回避。
押し寄せる三頭熊の波を一人ですべて切り捨てると、残った守るべき人たちを連れて、離脱を成功させた。
未開拓村を襲った三頭熊の事件としては、村人の8割が生き残るという快挙を達成したのである。
「瞬界加速か!いいバッファだ!!お前は俺の支部の誇りだぜ!!」
「誇り?そんなものいりません。私が欲しいのは金と強さ。それは……」
「村を取り返す為だよな?……ヤジリにいわせりゃ、俺は熊みてえなもんなんだとよ。ちっと練習して行けや!《瞬界加速!》」
ゴウッっとつむじ風が渦巻き、二つの巨体が衝突した。
一つは、鋭利な剣を纏わせた『切断の疾風』。
もう一つは、剛強な鉄腕を纏わせた『瓦解の暴風』。
剣と拳、二つともが黒い鉄で出来た金属製。
硬度は同じであり、どちらが有効打になるかは、それぞれの技量によって決まる。
十数度の攻防を経て、後退を選んだのは、クローバーだった。
クローバーの剣の刃はタイタンヘッドの鉄拳にて潰され、切断武器から鈍器へとランクダウン。
近接戦闘での勝機が無くなった事により、クローバーは植物魔法主体の中距離戦へと移行すべく、距離を取ったのだ。
「手甲を装備した熊なんているもんですか……。度が過ぎます……《植物壁》」
「樹木で出来た壁か。攻防しっかりしてるのはいいことだ」
クローバーは、自身とタイタンヘッドの間にあった僅かな隙間に、植物で出来た壁を作り上げた。
横幅5mもあるこの壁を回り込むには、当然、相応に時間がかかる。
その隙に長い詠唱を必要とするランク8の魔法『怨樹の針葉』の準備を終え勝負を決しようと、クローバーは考えたのだ。
残されている勝利への道は、樹木のように無数に枝分かれしてはいない。
一縷の望みに縋るしかないクローバーは、目の前のプランだけを忠実に育てるべく、心血を注ぐ。
……しかし。
「だがな……お前が魔法を使うように、俺も魔法を使うんだぜ《隕石招来爆撃!》」
クローバーには、何が起こったのか分からなかった。
気が付いた時には、目の前に有ったはずの深緑の壁が爆炎に包まれ崩壊し、その中心をタイタンヘッドが、こじ開けていた。
次に見た光景は、炎に巻かれているタイタンヘッドが、別の炎の塊を振りかぶっている光景。
そして最後に見た光景は、苦し紛れに突き出した自分の剣が、タイタンヘッドの繰り出してきた凄まじい熱を持つ隕石に焼かれ、融解していく姿だった。
「熊は、魔法なんて、使わな……」
「悪いな。それはヤジリが言ったんであって、俺が言った訳じゃねえ。良く覚えておけ」
タイタンヘッドが魔法によって召喚した隕石が、クローバーを貫く。
ゴボリ。と肉が沸き立つ音がして、クローバーの胸部は蒸気となって消えた。
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「うおお!?なんか色々、やべえええええ!?!?」
「だろ?アイツは真っ当に強いんだ。拳闘師を名乗っている癖に魔法も難なく使いこなすし、今使った隕石の魔法は星魔法でランクも高い奴だぞ」
「いや、俺が言いたいのは、タコヘッドが強いとか、そういう事じゃない!」
「は?」
「植物VS隕石。俺はこの戦いを見た事があるんだ」
「マジで?結構レアな組み合わせだろ。植物魔法、水の派生魔法と、星魔法だぞ?どこで見たんだよそんなモン」
「植物魔法の方は、森ドラだ。触手を伸ばす様が似てる」
「あぁ、言われてみれば似てるかもな。で、星魔法の方は?」
あぁ、なんという事だ。
タコヘッドが使った『隕石を召喚し、相手に叩きつける』というあの技は、決して忘れる事の出来ないアレにそっくりだった。
まさかこんな所で、もう一度見ることになろうとはな……。
「メナファス、あれはな……いい感じに森ドラを追い詰めた俺の後ろから颯爽と登場し、良い所をすべて持っていったアホタヌキの技にそっくりなんだ!」
「またタヌキか。……お前、そんなにタヌキが好きなら、さっさとリリンを押し倒せ」




