第46話「公転する思惑」
教育に悪いってもんじゃないよ!
こんな大勢がいる場所で裸に剥くとか、噂の大悪魔そのものって感じじゃないか!!
沸き立つ『毒吐き』コールの真っ只中で、真っ白い聖女は頭を抱えていた。
傍らには、悩みの原因たる純黒の髪の少女。
彼女は、親愛なる姉が行った信じられない暴挙を目の当たりにし、絶句。
くりくりとした瞳からは色が抜け落ち、ただただ、困惑の波紋が広がっている。
それは、ワルトナにとって、予定調和であり予定外だった。
もともと、リリンサの性格をよく知るワルトナは、こうなる事を折り込み済みでセフィナをここに連れてきている。
……しかし、予定よりも酷すぎたのだ。
姉へ抱いている幻想が強すぎるセフィナが、真実のリリンサといきなり再会した場合、どちらも精神的な意味で戦闘不能に陥る可能があった。
故にショックを和らげようと観戦させた訳だが、まさか初戦から剥くとは思っていなかったのだ。
どうすんだよ、これ……。
いつも元気なセフィナが完全に硬直してるんだけど。
誰だよ。リリンサに『敵の心をへし折るには、剥いてしまうのが手っ取り早いねぇ』なんて吹き込んだのは。
……僕だよ、ちくしょうめ!
「セフィナ」
「……。」
「セフィナ!!」
「え。……は、はい」
「凄かったね、君のお姉さん。あんなの、この僕にしても想定外だよ」
「……おねーちゃん。酷い人なの?悪者なの?」
「……。それは違うよ」
「違うの?」
「あぁ違う。リリンサは最も平和的で、最も優しくて、最も相手の事を考慮した手段を取ったんだよ」
「そうなの?」
「そうなの。リリンサは相手を殺さなかった。相手は勝つことばかりを考えて、本気でリリンサを殺しに掛かっていたと言うのに、リリンサは服を剥くだけで相手を許したんだ」
「……でも、ちゃんとトドメを差してたよ」
「あれは……。これ以上相手に怪我をさせないように決着を付けただけさ。決して、面倒になったとかそういうもんじゃない」
「だったら、服を取らないで、先にトドメを指しちゃった方がいいと思う……。裸を見られるのは恥ずかしいよ」
くぅ!手強い!!
つーか、大前提から無理ゲーだろ!!
追い剥ぎなんてのはね、大悪魔の所業なんだよ!!
お子様に見せちゃいけないやつ!18禁なんだからね!!
若干、自棄になりつつあるワルトナは、ションボリしてしまったセフィナを元気つけるべく、思考を巡らす。
誰が聞いても納得する理由をでっち上げ、どうにかこの窮地を乗りきる為に。
「いいかい。リリンサが相手の服を剥ぎ取ったのは、相手を思いやっての事だよ」
「思いやりなの?」
「そう。リリンサは相手の弱点に気が付いて、それを教えてあげるために、あ・え・て、心を鬼にして服を剥いたんだ」
「それって?」
「相手、サウザンドソードは武器を最初から一杯持ってたよね?あれは良くないことだ」
「うん。重いもんね」
「だからリリンサは、服を剥ぐことによって「身軽になれ」と言ったんだよ。そして、新しい武器の仕入れ先も紹介している。知ってるだろ?ウリカウ総合商館」
「うん。おねーちゃんクッキーが売ってるお店」
「なんだそれ。初耳なんだけど。……じゃなくって、年下のリリンサが真っ当に話をしても、サウザンドソードは聞いてくれないだろう。でも、リリンサは優しいから、相手の弱点を見過ごすわけには行かなかった。弱点をそのままにしておくと、いざとなったときに死んでしまうからね。だからリリンサは多少過激な手段を使っても、強くなるチャンスをサウザンドソードにあげたんだよ」
これでどうだ!?とワルトナは様子を窺う。
別に、嘘は言っていない。
実際、リリンサはサウザンドソードの為にウリカウ総合商館を紹介したし、それを行うことによって強くなるのも事実だからだ。
悪い部分、リリンサが遊んでいた事や、武器を破壊しなくても問題がなかった事などを伏せた説明を聞き、セフィナの瞳に段々と光が戻って行く。
成功を感じたワルトナは、今度は未来のための布石を打った。
初戦から裸体公開処刑。
殺すこそしないと思うが、次はもっと酷いのが飛び出すかもしれないと、ものすごく警戒しての事だった。
「そうそう。だからこれからリリンサが行う暴挙は、全部、相手の事を思っての事だ。セフィナはまだ子供だからねぇ。分からないかもしれないけど」
「む?そんなことないです!私はもう立派に大人です!大人のレディです!」
……大人のレディは、弁当を五個も食べて緊急搬送されないし、ゲロ鳥と楽しく戯れたりしないんだよ。
そこんところはリリンに比べてまだ子供だねぇ。
リリンは腹を壊さないように弁当の数をセーブするし、ゲロ鳥はドラゴンに食わせるからねぇ。
「ふむセフィナ。話を聞くに、さっきのポイズンとは姉妹なのかの?」
「はい。そうです。今は理由があって会えないけど、すぐに会えるようになります!ユニクルフィンさんをやっつけたら、すぐにです!」
「ほう、あ奴をやっつける……。メルクリウスを持っていれば、それもまた可能かもしれんの」
「……メルクリウス?」
その悪喰が放った言葉に、ワルトナは身を震わせた。
それほど、悪喰がメルクリウスの存在を言い当てたのが衝撃的だったのだ。
自分のシェキナは使用するために出現させた。
しかし、セフィナの持つメルクリウスは不安定機構の安置所に保管されたままで、当然、召喚していない。
その存在を知覚できるなど、並みの人間に出来るわけがない。
再びワルトナの危機感は燃え上がり、鋭い視線を悪喰へ向けた。
そんな中、状況を良く分かっていないセフィナは空気が読めず、自らが抱いた疑問をワルトナへ向けた。
「あの、ワルトナさん。メルクリウス?って?」
「メルクリウスとは、君が持っている杖の事さ。アプリコット様が使用した、偉大なる杖の事だよ」
「あ!パパの杖のこと!?太くて長いからしまってあったのに、私が持ってるってよく分かりましたね!」
太くて長い、パパの杖ぇ……。
「くくく。アプリコットの杖は『太く』て『長い』のかの」
「悪喰!教育に悪いことを言うんじゃないよ!」
「それにしても、メルクリウスの名を知らんとはの。解放できんのなら、グラムには及ぶまい。なにせ、さっきの戦いでユニクルフィンはグラムを覚醒させたからの」
「つっ!やっぱりあれは、覚醒の光だったのか……」
思わぬ所から確認が取れたと、ワルトナは内心で喜んだ。
現在、ワルトナが組んでいる計画はグラムが未覚醒状態であることを念頭に置いたものであり、グラムの状態が変わったのであれば、計画の変更は必須だったからだ。
今現在の計画では、いきなりセフィナに再会したことにより、リリンサは泣き崩れて戦闘不能。
その隙にユニクルフィンとセフィナが一騎討ちをし、セフィナが勝利。
動けなくなったユニクルフィンを置いてリリンサを回収し、計画は第2段階、『奪われたリリンサを奪還する為に、ワルトナとユニクルフィンがチームを組む』というものだった。
しかし、グラムを覚醒させられることが確定した今、この計画は破綻した。
シェキナとメルクリウスを使用した武力制圧を行うことを決め、ワルトナは計画を練り直していく。
「ん?ちょっと失礼。電話だ」
腹が膨れて満足そうに寝転んでいるクソタヌキ達を見ながら「腹立つなぁ」……と思いつつ、計画設計を繰り返していたワルトナのポケットが、ブルブルと震え出した。
その振動の発生源が、自分の持つ小型の電話だと気が付いたワルトナは、一応の断りを入れると、電話を通話状態にする。
その声の主は、いつにも増して重厚で、あまり良い報告がされるのではないとワルトナに悟らせた。
そしてワルトナは、電話の主に向けて話し出す。
「どうしたんだい?シスター・サヴァン。何か重要な事でも掴んだのかい?」
「えぇ。飛びきりに重要すぎて、このような魔道具越しに話すわけにはいかないほどです。もう既に闘技場の観客席には来ているのですが、こうも人が多いと……」
「それほど重要な事なのかい?それじゃ、セフィナを迎えに向かわせるから、受け付けで待ってておくれ」
この忙しいときに……。
やっぱり僕は運がないねぇ。
寝転ぶどころか、鼻提灯まで出し始めたソドムに殺意が湧きながら、ワルトナは元気良く走り去っていくセフィナの背中を見送った。
**********
「ワルトナさぁん!ただいま戻りました!」
「あぁ、おかえり。そして、任務ご苦労様だったね、サヴァン」
「……。」
「サヴァン?」
「ここは、地獄ですか?……タヌキにまみれているなんて……。」
ワルトナ達を発見しだい絶句を貫き通していたサヴァンは、ようやく声をあげた。
それは、あり得ない現象を目撃したことによる思考の硬直。
究極極限の事態であり、人類存亡の危機がそこにはあったのだ。
なにせ、世界をその手に納めたタヌキ帝王が2匹も転がっている。
一目でこのタヌキが『ソドム』と『ゴモラ』だと気が付いたサヴァンは、信じられないモノを無る様な目で、ワルトナの横に座る悪喰とエルに深々と頭を下げた。
その動きは、礼儀の教本に乗せられるほど、丁寧なもの。
サヴァンの正体を知るワルトナは若干首をかしげつつも、従者になりきる彼女なら変ではないと、いつもの調子で語り掛ける。
「まぁ、サヴァン。とりあえず座りなよ。あ、お好み焼き食べるかい?クソタヌキの食いかけだけど……いて!」
そのお好み焼きはセフィナが割りばしで4等分にした後、二匹と一人で分けあって食べた残り。
悪食は1人前、ワルトナとエルは半分ずつ分けて食べた後で有り、人数配分的に余りが生じていた。
丁度いいやと思って、サヴァンに食べて貰おうと思ったワルトナは、鼻提灯を膨らませているクソタヌキの尻尾での一撃を受けて、沈黙。
食い意地張ってるねぇ……クソタヌキ!と憤ったが、そんな漫才を無視して、サヴァンが語りだした。
「かなり緊急を要する事態が起こっておりますので、真剣に話を聞いていただけますか?」
「おっと。そこまで言うのなら、相当なんだろうね。良いよ聞く。聞くんだが、悪喰が聞いても良い内容なのかい?」
「えぇ、いずれは全指導聖母に伝達されるであろう、緊急事態です」
「そうか。話してくれ」
全指導聖母に伝達されると聞いて、それが、超特級の大災害なのだと、ワルトナは理解した。
通常の任務では、指導聖母が全員徴集されることはありえない。
それぞれが系統の違う任務をこなし、それぞれの裁量によって不安定機構を支えているからだ。
しかし、それが、皇種やその眷族が引き起こす未曾有の大災害となれば話は別。
指導聖母は暗躍が仕事であり、人類の生活基盤が破壊されてしまうと、今まで取り組んできた計画が水泡に帰すのだから当然のことだ。
今回の事案は、まさにそれだと、ワルトナは当たりをつけた。
こんな人の多い場所にタヌキ帝王が二匹も顕現しているのだから、何が起こっても不思議でないとワルトナは姿勢を正して話を聞く。
「私は、悪辣様の指示で天龍嶽に赴き、何かしらの異常が無いかの確認を行ってまいりました。そして、そこでは、想像を絶する事態が起こっていました」
「冥王竜が言った『噴火』ってやつだね?」
「えぇ。それに付随して、各地で小規模なドラゴンフィーバーが起こっています。これもそれなりには問題ですが、本当の問題はそこにはありません。起こったのは自然災害における噴火などではなく、何者かによって引き起こされた災害だったからです」
「何だって?」
「結論から言います。天龍嶽を守護していた『火星竜』『水星竜』『金星竜』『地星竜』『土星竜』『海王竜』の内、火星竜、水星竜、金星竜、地星竜が死亡。その他、ドラゴンの死体が並ぶ死屍累々となっておりました」
「……確認なんて必要ないんだろうけど、一応聞いておくよ。それは、本当かい?」
「事実です」
「そんな……馬鹿な……。冥王竜とは先日、戦闘を行った。まさに、眷皇種に相応しい強さだったよ。シェキナを抜かざるを得ないくらいに。そんな冥王竜よりも上位に君臨するといわれる惑星竜達が4匹も殺されただって?どんな大災害が起こったというんだい?」
「申し訳ありませんが、原因については調査しかねました。なにぶん、ドラゴン達の気性が荒んでおり、対話は不可能。状況証拠から察するしかないですが、何者かが戦闘を行い大殺戮を行ったと思われます」
「何者か……か。恐ろしいね。蟲量大数ってことはないんだろ?奴は封印されているからね」
「えぇ。そう思い確認を行いましたところ、蟲量大数はしっかり封印地に居ました。王蟲兵という可能性も残っておりますが、ドラゴンの聖地に乗り込む意味が分かりません」
サヴァンの報告を聞いて、ワルトナは思考を巡らせた。
冥王竜が言っていた、『噴火のようなもの』とは、おそらく、何かしらの怒りを買ってしまい、報復をされたという事。
理由自体は簡単に想像が付いたが、冥王竜も含めて5匹の眷皇種と戦うとか、正気じゃない事は確かだ。
そして、そんな事が出来る存在は限られている。
無量大数は封印されているから違う。
不可思議竜は自分の配下を殺すはずが無い。
白銀比様はリリンの実家に居るはずだし、幾億蛇峰は相変わらず山に巻きついている。
魚が山に出るわけないし、鳥はこの間、ユルドさんが倒したらしい。
残ってるのは……。
「……お前の主人のせいか。クソタヌキ。何かいえよ、こら」
「俺は何も知らん。カレーを食っただけだ。カレーは美味かった。生のバナナを凌駕するほどに」
「お前をカレーの具にしてやりたいね。サヴァン……僕はタヌキの皇種『那由他』が犯人なんじゃないかと思うんだが、どう思う?」
その問いかけに、サヴァンが答える事は無かった。
その代わりにサヴァンはタヌキをぐるりと一周見渡し、深く頷く。
その頷きは、肯定とも否定ともとれる曖昧なもの。
そして、それを見ていた悪喰が、シドロモドロに答えた。
「そ、そうじゃの……。あの偉大なる那由他ならば、ドラゴンを喰い散らかす事も出来るかもしれんの……」
「……。」
「……。」
悪喰の答えに、沈黙が二つ返された。
一つは、悪喰が話に乗ってくると思っていなかったワルトナのもの。
もう一つは、何かを察したかのような、サヴァンのものだ。
そんな沈黙に耐えられなくなったのか、悪喰は自分の考えを述べる。
それは酷く控えめな、勢いの無い意見だった。
「那由他とて、理由も無しにそんな事をする訳ないと思うんじゃの……。常人から見たら別にどうでもいい小さき事でも、かの皇種にとっては重要な事だったのかもしれんの……。」
「なんだい、悪喰。まるで那由他を見た事があるみたいなもの言いだね?」
「見たことは……あるじゃの。月夜が眩しい夜の水面に、姿が映ったのを見た事がある」
「へぇ。それは相当に恐怖体験だったろうに。良く生き残ったね」
「那由他はその後、顔を洗って歯を磨いて寝床に潜っていったからの」
「流石タヌキ。妙な所で世俗にまみれているねぇ」
意外な悪喰の冒険譚を聞いて、ワルトナは一層、悪喰の評価を上げた。
エルと交渉した結果、様々な料理本の対価として、歴史ある古銭で支払って貰う事を契約したワルトナだったが、まだ評価が上がるのかと自分でも驚いている。
今日は珍しい事がいっぱい起こるねぇ。
ははは、基本的には悪いことだから、厄日で間違いなさそうだけど!
ワルトナは内心で笑うと、その視線をサヴァンに向けた。
サヴァンが先行して自分の所に話を持って来た理由を聞くためだ。
「それで、サヴァン。僕個人に言う事があるんじゃないのかい?」
「えぇ、あります。あったのですが……」
「勿体ぶらずに言っておくれよ。僕と君との仲じゃないかい」
「それでは……。私がここに来る前に、先にノウィン様の所へ赴き、報告を済ませています。事態は不安定機構の総力戦に発展する可能性があった以上、その時点では、正しい判断だったと思います」
「そうだろうね。キミは何も間違っていないさ」
「ノウィン様に報告を行った際、悪辣様の視点で見た冥王竜との一戦の話を再度、聞きたいとノウィン様は仰られました。ですので、悪辣様にはノウィン様の待つ不安定機構深淵に赴いていただき、報告をしていただきたく思います」
「それは……嫌だとは、言えない状況だよね。まいったなぁ。僕はセフィナとここで観戦をしているっていうのに」
「申し訳ありません。ですが、事態が事態だったので……」
「うーん。ま、しょうがないか。世界を守るのが聖女の役目だしね!という事でセフィナ、僕は本当に用事が出来てしまった訳だけど、キミはどうしたい?」
「えっと、できれば、まだおねーちゃんを見ていたいと思います」
「そうだよねぇ。なら見てていいよ。その代わり!」
「その代わり?」
「ユニクルフィン襲撃は、僕が戻って来てからだ。恐らく、明後日には戻って来られると思うから、一日の我慢だね」
「え。えー……。はい。分かりました。お仕事なら、しょうがないです……」
「いい子だね。美味しいお菓子をおみあげに持ってくるよ。期待しておきな」
そう言ってワルトナは、席を立って通路に身を出した。
正直に言って、セフィナをここに残していく事は不安しかない。
正体不明の悪喰もそうだが、タヌキ帝王が2匹もいるのだ。それは仕方が無い事だった。
しかし、それ以上に、サヴァンに対する信頼が上回ったのだ。
ワルトナ以上の戦力を持つ、指導聖母としての師匠『シスター・サヴァン』。
セフィナとの関係性と同じく、『サヴァン』である彼女と幼年期を過ごしたワルトナは、ユニクルフィンの次に、彼女の事を信頼していたのだ。
「それじゃ、サヴァン。セフィナの事をよろしく頼むよ」
「分かりました」
「うむ。任せておくじゃの!」
「お前には言ってないんだよ!悪喰!」
不安材料に誰がよろしく頼むか!
そんでもって、クソタヌキセカンド!おまえもこれ見よがしにセフィナの膝に乗るんじゃない!絶滅しろ!
タヌキに対する不安がぬぐえないまま、ワルトナは闘技石段の階段を下りていく。
そして、人目が少なくなってきたのを見計らって、転移陣で不安定機構・深淵へ飛んだ。
**********
「くくく。子守りを押し付けられてしまったの―。デストロイ」
「子守り自体は問題ありません。ですが、ドラゴンを葬ったと推察される大災害がいるのは手に余ります。逃げ出して良いですか?」
セフィナに聞こえないように、隠密通信で会話を行うサヴァンと悪喰。
……いや、『大教主―破滅』と『那由他』。
指導聖母を纏める立場にあるデストロイは自分の身分を隠し、将来有望な新人を育てる事を仕事としていた。
幼少期にノウィンに引き取られたワルトナは、その身柄をデストロイに預けられ現在に至る。
見事に指導聖母の地位に就いたワルトナへ、デストロイは自分の身分を明かすと、そのままの勢いでワルトナをボッコボコに痛めつけた。
精神攻撃に耐性があり、タヌキが絡まない並みの問題では精神が揺らぐ事のないワルトナは、万全の状態でデストロイと戦った。
そして、完全敗北。いままで抱いていた『自分よりも戦闘力が劣る従者』としての認識を改め、自分の上に君臨する支配階級なのだと体に覚えさせられたのだ。
そんな理由により、ワルトナは『サヴァン』に絶対の信頼を置いている。
それこそ、自分では対処不可能な事態『タヌキフィーバー』にも、対応してくれると信じていた。
「儂の正体を知るお前さんに任せた所で、どうにかできる訳ないんじゃがのー」
「それは、仕方のない事です。ワルトナは将来が有望であり、ゆくゆくは不安定機構の上位組織『超状安定化』に配属される事でしょう。しかし、現在は――」
「まぁ、良いんじゃがの。儂とて鬼畜では無い。物語の根底をブチ壊すような事はせんよ。ただ少しだけ、スパイスを加えるだけじゃ」
それはもう取り返しがつかなくなりそうなので、やめてください。
この言葉が言えたらどれだけ良かったかと、デストロイは嘆いた。
しかし、相手は世界で三番目に強き皇種。
それも、ついこの間、惑星竜を喰い散らかしてきたと自供した、トンデモナイ化物なのだから言える訳なかった。
そして、隠密会話を解除した那由他は、夢中で試合を観戦しているセフィナに語り掛ける。
丁度試合の決着が付いた所で、意味も無くはしゃぐセフィナは、元気よく那由他に笑顔を向けた。
「ワルトナさんのお友達の聖女様!なんですか?」
「儂の事は悪喰と呼ぶが良いの。それでじゃ、ワルトナの話をちゃんと聞いたお前さんに、良い物をプレゼントしてやろうかと思っての」
「プレゼントなの?あの、あんまり知らない人からそういうの貰っちゃダメって、ワルトナさんが言ってて……」
「サヴァン。どうなのかの?」
「構いませんよ。セフィナ、貰っておきなさい」
「あ、はい!えっと、プレゼントください!!」
「良い声じゃの。よし。おでこを出すのじゃ」
「おでこ?これでいいですか?」
セフィナは那由他の言った通りに、前髪を託し上げておでこを露出させた。
そんな敏感な場所に那由他は指を置くと、ボソリと一言、魔法を唱える。
セフィナのおでこに浮かび上がった精密緻密な魔法陣は数秒の時間発光すると、すぐに消えて無くなった。
それが何だったのか分からなかったのは、セフィナだけ。
そして、理解したデストロイは、頭を抱えた。
「お前さんに儂の加護を与えたんじゃの。これでスーパーパワーアップじゃの!」
「え!?なにそれすごいです!なにが変わったんですか!?」
「全知を知る儂の加護、その中にはメルクリウスの使用方法についての知識もある。時間が経ち知識が浸透すれば、自然と扱えるようになるじゃの。これで、一人でユニクルフィン退治に行っても問題ないのじゃの!ゴモラもいるしの!」
「ヴィギルーーーン!」




