第44話「バトルトーナメント③毒吐き食人花VSサウザンドソード」
観客席からの響く地鳴りのような大歓声を聞きながら、リリンサは目の前の対戦相手を眺めている。
そして、頭の上から足の先まで眺め終えて下した判断は「なるほど。これは弱そう」だ。
対峙している相手である『サウザンドソード』は腰に4本、背中に2本、両腕に1本ずつの合計8本の剣を所持している。
それぞれが形状の異なる剣だが、どれもこれも細身であり、速度を重視した攻撃をしてくる事が予想できる。
逆にそれ以外は特出するべき事のない、平凡な男。
身長も170cmそこそこ、体格も鍛えている事は分かるが、膨れ上がる程の筋肉質という訳でも無い。
服だって、一般的な冒険者が着るような平凡な皮鎧だ。
そんな外見をリリンサは、『30点』だと評価した。
武器は数を持てばいいというものではない。
使い勝手の良い主武器と、別系統の副武器。
それと、緊急時に使用する切り札、予想外の事態に出くわした場合の対抗手段があればいいのだ。
リリンサの武器に当て嵌めるのならば、主武器は『星丈―ルナ』、副武器は『殲刀一閃・桜華』。後者の様々な事態に対応する武器が『魔王シリーズ』だ。
これは、「このくらいの数を準備して、使い分けるのが最も効率が良い」という、戦闘力においては信用できる師匠達の教え。
ランク9の魔法『幻想武人軍』で複数の武器を同時に操る澪騎士は例外中の例外であり、途方もない実力と才能が無ければ不可能な事だと、リリンサは理解している。
そういった知識を持つリリンサの目の前で、サウザンドソードは8本もの剣を所持している。
馬鹿の極みだと思ったリリンサであったが、それでも30点もの高得点をつけたのは、その8本の剣が全て魔道具であると見抜いた為だ。
じっくり観察しながら、どう料理してやろうかと吟味しているリリンサへ声が掛けられたのは、『全部、へし折る』とリリンサが作戦を決めたのと同時だった。
『さぁさぁ、目線での攻防はもうお終い!これから二人の詳細な紹介をしていくよ!その後で賭け金のベットタイムと発表。二人のコメントを挟んで、また賭け金のベット。そして戦うっていう段取りで行くからね!いいかな二人とも?』
「問題ない」
「あぁ、俺も問題ないな。しいていうなら、賭け金が俺に偏っちまう事くらいか。俺に賭け金が集まっちまうと、俺も観客も、全然稼げねぇってことだ。こんな子供を倒して名誉もねえし」
『おや?サウザンドソードは知らないんだねぇ。それじゃ、キミの紹介から行くとするよ』
ヤジリの声を聞いて、サウザンドソードは首をかしげた。
彼としては特にひねりもなく、ただ思った事を言っただけだったからだ。
サウザンドソードの目線で見たリリンサは、『ランク4の成長の壁に突き当たり、己が才能に疑問を持って、腕試しのつもりでバトルトーナメントに参加した若年冒険者』だ。
確かに、こういった事情を持つ冒険者はそこそこの頻度で現れる。
事実、サウザンドソードも中々ランク5に成れず、闘技場で技能を磨く為に出場した経歴がある。
そこで経験を積んだ結果、剣の扱いに精彩が加わり、ドラゴン討伐に代表される高位難易度の依頼もこなせる様になったという過去を持つのだ。
レベル58320となった今では優勝も経験し、高位難易度の依頼をこなす為にチームも作った。
そして、チームメンバーの一人と良い関係を築きつつあり、今回稼いだ資金でプロポーズをしようと思っている。
結婚資金を賭けた、大事な戦い。
しかも、どういう訳か、相手の懸賞金は8億エドロもある。
サウザンドソードが賭けた賞金は1億エドロであり、勝てば資金が倍。
綺麗な花嫁衣装どころか、その花嫁衣装でドラゴン狩りが出来るくらい強力な防御服が作れると、サウザンドソードは内心で浮かれ上がっていた。
そんな時に、まるで自分が格下かのような発言を、歴戦の戦いを見てきたであろうヤジリから浴びせられたのだ。
疑問は困惑を呼び、そして、大人しく紹介を聞くという静観を選んだ。
『えー。サウザンドソードの出場回数はなんと30回超え!お馴染になりつつありますね。一定の勝利数を維持しており、その割合は勝率63%と中々のものであります。大体3回戦辺りまでは順調に勝ち進むのがパターンです』
「そうだろ。今回は楽に1回戦が突破できそうでラッキーだが、俺は実力でも勝ってきた実績があるんだ」
『そうだねそうだね。ん?今回はいつもと違って、賭けた懸賞金が多いね?いつもは2000万程なのに、今回は5倍の1億エドロだ。どうしたの?』
「ちょっと訳があって金が欲しくてな。最大の利幅を狙わせてもらったんだが……俺からも質問して良いか?どうして紹介が俺からなんだ?いつもはレベルの低い方から紹介するだろ?」
『そりゃ簡単さ。キミの方が弱いからだよ』
「……は?」
『公平な立場である私が言うのもなんだけど、盛り上げる為に言わせてもらうね!キミの方が、まったく、手も足も出ないくらいに、圧倒的に、弱ぁぁぁい!』
「は?は?……それは何の冗談だ?そういう嘘は、場の空気を盛り下げるぞ?」
『いいね、いいね。その反応、いいね!知らぬが仏って言葉もあるけど、実際、知らなかったらそんな顔するもんね。神様も大好きなマヌケ面だ!』
「おま、ふざけんなよ!?おかしな事を言われて抗議するのは当たり前だ!マヌケ面っての撤回しろ!」
『撤回ぃ?いいよ、してやろうじゃん。毒吐き食人花の紹介を聞いても、その態度を貫き通せたら撤回してやんよ!』
これは何かあるのか?と、サウザンドソードは警戒している。
何か少しでも情報はないものかと、相対しているリリンサへ視線を向けてみれば、観客席に向けて手を振っている最中だった。
ほんのりと嬉しそうな表情を見るかぎり、どう考えても同じパーティーメンバーへ「頑張るからね」と意気込んでいる姿にしか見えない。
つまり、サウザンドソードの予想どおり、同じランク同士で組んだ若年冒険者パーティーが存在するように見えるのだ。
サウザンドソードは、リリンサの行動を見て、徐々に警戒を解いていった。
リリンサがその手を振っている相手は、バトルロイヤル決勝戦を1分という超短時間で終わらせた『ブラックドラゴンスレイヤー』と、殿堂入り『メナファス・ファント』だと知る由もないのだから、仕方が無いことだった。
俺は間違っていないと心を強く持ったサウザンドソードは、これから行われる毒吐き食人花の紹介を気楽に待ち構えた。
『さて、最近この闘技場に来た人に向けて、毒吐き食人花の紹介をしなくちゃね!サウザンドソードも良く聞いておけよ!』
「うるせえ!分かってるよ!」
『そうなん?じゃ遠慮なく、行くよ~ん……。毒吐き食人花、彼女はかつて、この闘技場を震撼させた。なんでってそりゃそうだろ。彼女の勝率は、100%なんだから』
「ひゃく……?」
『負け無しって事だよ。過去5回出場し、その全てで優勝。一回だけの出場で優勝した奴は過去に何人か居たけど、5回も出場して勝率100%は彼女だけだ。所詮、勝率60%程度のキミとは、格が違うのだよ。格が』
よく分からない事を言われ、サウザンドソードは硬直した。
解説者のヤジリは、出場者を煽る事はあれど嘘をつく事はないと知っているサウザンドソードは、ゆっくりと時間を掛けてから、やがて、言われた言葉の内容を理解した。
理解して、狼狽し、受け入れられず、絶望したのだ。
「勝率……100%……?そんなの聞いた事が無いぞ……?あの殿堂入りだって、ずっと昔に負けた事があるって話だろ。それなのに、なんで……」
『ちょうどその頃だったかな?毒吐き食人花が猛威を振るったのは。とにもかくにも、昔にそんな事があったのは事実!事実だからしょうがないよねー!』
「な、なんだそりゃ……。昔っていつだよ……?今よりも子供、いや、ランク4なのを見ても、今だって子供みたいなもんだろ……?俺達のようなランク5以上とは、明確な差があるはずだ」
『いいね、いいね。そのマヌケ面、いいね!ちなみに、レベルを偽るのは難しい事だが、絶対に出来ない事じゃないのであしからず。認識錯誤の魔法とかあるしね』
「レベルを……?そんな、何でそんな面倒な事を……レベルを低く見せても良い事なんて無いだろ……」
『ちっちっち。そんな事は無いんだよ。その理由については、毒吐き食人花の口から語って貰いましょう。はい、よろしく!』
観客席へ手を振るのに夢中で話を聞いていなかったリリンサは、事情が分からずに首をかしげた。
そして、簡潔な説明をヤジリから聞いて、「うん。分かった」と、納得した微笑を浮かべる。
その瞳の奥に、かつてワルトナが立てた戦略『まず第一に、言葉で心をへし折れ』を宿しながら。
「私がレベルを偽っているのは、あなたのような、身の程を知らない雑魚を騙す為」
「ざ、雑魚だとっ!」
「雑魚……うん。その例えは雑魚に失礼だった。雑魚はテンプラにすると美味しく食べられるけど、あなたは食べられない。タヌキにすら見向きもされないと思う」
「タヌキにまで!?いや、俺のどこが雑魚だって言うんだ!こんなに強い剣を揃えて!同時に扱う技術も身につけて!あの偉大なるエンシェント・森・ドラゴンだって倒したことがあるんだぞ!」
「森ドラ程度、私は5秒で倒せる。魔法一発、着弾で終了。というか、タヌキが森ドラゴンを倒す所も見た事があるし、何の自慢にもならないと思う」
「5秒っ!?いち、にい、さん、しぃ、ごびょう!?今の一瞬でエンシェント森ドラゴンを倒せるって?話を盛るんじゃねえよ!」
「盛ってない。あなたには出来なくても、私には出来る。この杖のとおり私は魔導師。『鈴令の魔導師』の名前は割と有名であるはず」
「ふぉあっ!?鈴令の魔導師だと!?あの、理不尽の塊だとかいう噂の、あの鈴令の魔導師か!?」
「理不尽の塊かどうかは知らないけど、その鈴令の魔導師だと思う。最近だと、飛んできたドラゴンの群れ200匹の内、100匹ほどは撃ち落とした」
「理不尽すぎるだろぉぉぉっ!」
リリンサは、過去にワルトナから伝授された『対戦相手の心をへし折るスマートな方法』を実行し、見事に成功した。
それは、リリンサ自身が行った経歴を嘘偽りなく、明確な数量を提示しながら語るという事だ。
「いいかい?リリン。キミは深く考えなくていい。自分のやった事を自慢すれば、それで相手の心は木端微塵さ。クッキーよりも脆く砕け散るねぇ」
「そうなの?なんでそうなるの?」
「それはね……キミの存在が、理不尽だからさ!」
そう言えば、ワルトナにも散々理不尽だと言われたなと思いだし、リリンサは少しだけ眉間にシワを寄せた。
『お~と、鋭い睨み合いが続いております!まるで、蛇に睨まれたカエル!いや、キングコブラに噛みつかれたオタマジャクシか!?もうこれ以上の紹介は不要でしょう!早速、賭けの時間といきましょう!』
闘技石段の上で食物連鎖ヒエラルキーが形成されていくのを放置し、ヤジリは空間から1枚の金属プレートを取り出して、そのプレートの解説を始めた。
手の平サイズのそれは、この闘技場内で使用される『賭け札』と呼ばれる魔道具だ。
1枚、1万エドロで闘技場内の受付で販売している賭け札は、午後の部の醍醐味である賭博を行う為のもので、これを使用することで賭けに参加できる。
使用方法は簡単だ。
バトルトーナメントの試合が始まると、その対戦内容がカードに記載される。
今回の場合であるならば、表面に『毒吐き食人花VSサウザンドソード』と記載されるのだ。
そして、賭けたい金額を記入欄に書き、勝利者の名前を丸で囲む事によって、あらかじめ登録してあるカード所持者の預金口座から自動で決済されて、賭けのベットが完了となる。
これも、神の力で作られたとされる闘技場にある管理システムの内の一つであり、カード自体も無限に製造できる。
それどころか、その存在を無効にすることも、闘技場の管理権限を持つヤジリには可能だ。
余談だが、リリンサの登録名が『魔法の鈴蘭』ではなく、『毒吐き食人花』と表示されるのは、表示内容を書き換えることができるからであり、ヤジリの犯行である。
『お?きたきたきたった!1回目の賭け金の集計が出たよ!これはなんというか、予想外というべきか、予想通りというべきか……』
登録された賭けの金額は自動で集計され、瞬時にヤジリの元へ結果が送られる。
ヤジリは、結果が書かれた紙が目の前に召喚されるや否や、すぐに手に取って内容を黙読し始めた。
そして、なんとも複雑そうな顔で、結果を告げる。
「1回目の賭けの金額は……毒吐き食人花、50億エドロ!対するサウザンドソードは、なんとぉ、1081万エドロだぁ!」
「ご、50億VS1081万だと……。そんな……馬鹿な……。殆どの奴が、俺が負けると思ってんのか……?」
『はいそうです。サウザンドソードに賭けられた1081万エドロ。これは、たったの10人で賭けた金額であります!動員数が5万人もいて、サウザンドソードに賭けたのは、たったの10人。くす。……ごめん、笑っちゃった!』
ただでさえ絶望しているというのに、観客席からの無慈悲な追い打ちを受けたサウザンドソードは、膝から崩れ落ちた。
小さく、「くそう……」と呟き、意味もなく闘技石段の床に視線を走らせている。
そしてその視界の端に、小さな足が映った。
てくてくと遠慮なく近寄ってくる足の持ち主はリリンサだ。
「いいかい、リリン。心を効率よくへし折るには、上げてから落とすと良いんだ」
久々に思いだしたワルトナの戦略を忠実に行うべく、リリンサはメンタルケアを開始した。
「ん。でも、10人もあなたを応援する人物がいるということ。よかったね」
「……10人だと?……10人、そうか、俺の仲間、来てやがるのか……。あいつら、今日は休みだって言ったのによ。つるみやがって……」
圧倒的な金額差に絶望していたサウザンドソードだったが、リリンサの呟きを聞いて立ち直った。
10人という人数は、サウザンドソードの率いるチームメンバーと同じ数だ。
そして、お互いに恋心を抱きながらも決心がつかず、もじもじとした関係を続けているサウザンドソードの想い人『スーター・レイネダン』を含めたこの10人は、サウザンドソードの予想通りに観客席に居る。
その事実を察した事により、サウザンドソードのやる気が物凄く上昇した。
サウザンドソードは、なんだかんだと喧騒が絶えないチームメンバーと上手くやれていると、胸を張る自信が無かった。
それなのに、強大な敵を前にしているサウザンドソードの勝利に、仲間は私財を賭けてくれたのだ。
俺は、仲間から、勝利すると信頼されている。
そして。スーターだってその中に居るはずだ!と、サウザンドソードは奮い立つと、鋭い視線をリリンサとヤジリに向けた。
『お?元気が出たっぽい?まぁ、そうだよね。毒吐き食人花側に50億エドロ集まったって事は、サウザンドソードの懸賞金が5億エドロアップするってこと。ということは、もし勝利できれば、6億エドロも毒吐き食人花から奪えちゃうしね!』
「んな……。俺が勝てば、6億エドロ……だと……。」
30回を超える出場経験のあるサウザンドソードは、当然、闘技場のシステムを理解している。
しかし、サウザンドソードが知る限りでは、賭け金がこんなにも片方に偏った事例はなく、自分の懸賞金が5億エドロも増えるということに思い到らなかったのだ。
それをヤジリから告げられ、滾る感情がさらに激しく燃え上がったサウザンドソードは、「負けられん。絶対に、この戦いは負けられん!」と拳を握りしめる。
サウザンドソードが抱いている勝利への渇望は限界値を超え、彼を新たな境地へと至らせた。
人間が限界を超えるのに必要なカギの一つ、『心』。
それを手にしたサウザンドソードは、絶対に負けられない戦に必ず勝利すると、スーターと仲間に誓った。
「スーターぁぁぁ!みんな!見ているんだろ!?俺は勝つ!絶対に勝つ!!応援していてくれ!!」
『いい咆哮だね!そんじゃま、毒吐き食人花、キミも何かコメントをどうぞ』
「……。全部、へし折って勝つ」
『これは手厳しい!なにが折られてしまうのか!?剣は勿論、心までへし折られてしまうのか!?さて、2回目の賭け金の集計は……と。51億エドロに増えてるね。毒吐き食人花の方は。それで、サウザンドソードの方は……うん、変化なしだね。10人の仲間に支えられているんだし、頑張れよ、サウザンドソード!』
時に、現実とは、かくも残酷なものである。
ヤジリから与えられた情報は、『賭け金1081万エドロ』と『賭けた人数が10人』だという事のみ。
他に情報はなく、足りていない内容の大部分が、サウザンドソードの妄想で補われていた。
それゆえの、悲劇。
その賭け金1081万エドロの内、1000万エドロはスーターが一人で賭けたという事。
そして、その1000万エドロというのは、スータ―が頑張って貯めていた結婚資金の全額だという事。
残りはサウザンドソードのチームメイトが、スータ―をここに連れて来てしまった罪悪感の為に掛けた10万エドロと、現実主義者魔導師の「賭けになっていない。1万エドロで十分」という裏切りにも似た行為によって算出された81万エドロ。
チームの資金を管理している現実主義者の彼女は、間違いなく負けるであろうサウザンドソードに賭けたくなかったのだが、自分の教示に反するとして、一応賭けただけに過ぎない。
負けた側に賭けた賭け金は、当然、戻ってこない。
つまり、サウザンドソードが負けた場合、二人の想い人が貯めていた結婚資金は奪われ、毒吐き食人花のものとなるのだ。
奥手な二人の想い人が行った、人生最大級の賭け。
もし負けてしまった場合、告白どころか破談になる可能性すらある、分の悪い賭け。
真の意味で負けられない戦いになっている事を、サウザンドソードは、まだ知らない。