第43話「バトルトーナメント②ときめく心」
「う”ぎるあ~~!う”ぃぎるあ~~!う”ぎるるあ~~!!」
『おーい。アルカディアさーん?』
「う”ぎ……なにか用事?」
『あ、人間の言葉が通じた。よかった……。でさ、さっきからタヌキっぽい雄叫びをあげまくってるのは、何か意味があるのかな?』
「特にない」
『無いのかよ!』
……あぁ、なんという事だ。
まさか、タヌキの鳴き声を聞いて、心がトキメく時が来るなんてな。
バトルトーナメント出場者の最後の人物は、褐色肌の快活な美少女『アルカディア』。
そして、謎のタヌキ鳴きを披露し、俺の心を鷲掴みにしてしまった。
この少女に抱いている俺の気持ちは、記憶にない新たなる感情。
出会って1分と非常に短い時間でしかないが、俺は本能的な部分で、アルカディアさんの魅力に惹かれているらしいのだ。
もしや、これが初恋という奴なのだろうか……?
いや、これが初恋と言わずして、なんと言うのか。
俺の心臓はかつてない程にドキドキし、激しい動機のせいで息が切れるほど。
視界が霞む程に涙があふれ、背中は油汗でびっしょりと濡れている。
逆に口の中はカラカラに乾き、体中の水分が失われ脱水症状になりかけているのだと悟った。
やばい。見ただけで体が危機感を感じている。
こんな衝撃は、アホタヌキたるタヌキ将軍に出会った時以来、人生二度目の超体験だ。
これが、俺の初恋。
……へぇー。初恋の成分って、大半が危機感なんだな。知らなかったぜ!
「おい、大丈夫か、ユニクルフィン?顔色が悪いぜ?」
「そうなのか?ははっ!予想外に美人が出てきたもんで、体がビックリしてるのかもな」
「おいおい、別の意味で大丈夫じゃなさそうだな……。あえてもう一度聞くが、リリンの事はいいのか?」
「さっきも言った通り、俺とリリンの関係は、『恋人(虚偽)』だ。なんの問題も無い」
「……そうか。こりゃ近い将来、包丁で刺されるだろうな。寝込みを襲われてそれっきりだ」
寝込みなら、3日に一度くらいのペースで襲われてるぞ。
夢の中も入れて良いなら、連日連夜襲われているんだし、今更だ。
そんなわけで、同じタヌキでも、今はアルカディアさんを見よう。
あぁ、よく見ればよく見る程、魅力的だ。
褐色肌は色つやが良く、とても健康的。
幼げな顔立ちながらもしっかりとお洒落を学んでおり、俺やリリンには無い華やかさがある。
なにせ、服から立ち上るオーラが半端じゃない。
ぱっと見は普通の服なのに、歴戦の英雄が好むような、謎の風格があるのだ。
俺はファッションに詳しくないから多くの事を語れないが、ノースリーブのセーターとか聞いたこともないし、おそらく、俺の知らない世界を歩んできたんだろう。
「あー。失敗したなぁ。俺もバトルロイヤルじゃなくて、こっちに出れば良かったぜ……そうしたら、仲良くなるチャンスがあったのかもしれないのに」
「……。これ以上拗れようが無いと思ったのに、速攻で拗らせやがるとは。マジでビックリだよ」
そんな顔で野次を飛ばしてきても俺には効かないぜ!
その程度の暴言なら、白い方の大悪魔さんの方が数段キレがあるしな。
俺は、脳内に出現したワルトを追いだし、思考を巡らせた。
その内容は、アルカディアさんは、あんなにも可愛い顔してるのに戦えるのか?ということだ。
ヤジリさんへ向けられている笑顔からは自信が窺えるが、そんな顔した人間を嬉々としてどん底へ叩き落とす大悪魔さんを、俺は知っている。
その名も……『毒吐き食人花!』
つい昨日、二名の成人男性が被害にあったとの噂で、片方の人物は再起不能になってしまったらしい。
つーか、アレが立ちあがる姿を想像できない。
ぶっちゃけ、使用済みマッチの方が立派に見えるレベルだったからな。
今頃、白衣を着た大悪魔さんによって、タイラント・森・ヒュドラの頭が取り付けられている頃だろう。
で、そんな恐ろしき大悪魔さんがアルカディアさんの横に居る訳だが。
もし、毒吐き食人花の無慈悲な牙がアルカディアさんに向けられてしまったら……。
俺は、どうすればいいんだろうか。
助けに入ったのち、リリンの雷人王の掌が刺さって、死亡?
美少女に挟まれて死ぬとか男のロマンだが、却下で。
「なぁ、メナファス。リリンを簡単に止める方法ってないか?もしもの場合に備えて聞いておきたいんだ」
「それはあれか?リリンとアルカディアの戦闘に乱入するって事でいいのか?」
「そうに決まってるだろ。リリンは時々やり過ぎるし、俺が止めてやらねえと」
「まずは答えから言ってやる。『乱入=決死の特攻』だ。致死率はおおよそ90%ってところだな」
「……90%とか……。アルカディアさんを助け出すだけなんだし、もうちょっとどうにかならない?」
「ならねぇよ。レベルを良く見ろっつーの」
レベル……?
そうか、この世界にはレベルっていう便利なものがあったっけな。
なんとなく背徳的な気がして、無意識的に避けてたぜ!
どれどれ……?トーナメント形式はレベルの制限が無いからな……。
アレだけ美人ならいろんな経験をしているだろうし、ランク4は行ってても不思議じゃない。
俺はレベル目視を起動し、ウキウキしながらアルカディアさんのレベルを見た。
―レベル77877―
「……は?」
「は?じゃねえよ。現実を見ろ、現実を。アイツらが戦っている時に、適当に乱入なんてしようものなら、余裕で死ぬぞ」
アルカディアさん、強ぇえええええええ!?!?
ランク7とか、まさかの大悪魔クラスじゃねぇかッ!!
そりゃ、顔に自信が漲るだろうよ!
あぁ、満面のドヤ顔。可愛い!
……だが、アルカディアさんのドヤ顔具合を見ていると、何故か、毛並みを自慢しに来たアホタヌキを思い出す。
共通点は、どちらの顔も俺にとっては込み上げてくるものがあるという事だろう。
アルカディアさんの場合は、喜びの感情と動悸。
アホタヌキの場合は、苛立ちと胃酸だ。
「それにしても、アレだけ可愛くて、レベルが7万7千とか……。俺が出会った人物で最高値な気がするんだが……」
「オレらのチームも旅をしている時点じゃ、あそこまでレベルが高かった奴はいないしな」
確か、カミナさんのレベルが大体7万で、ワルトが大体7万4千、そんでメナファスが……79710。
今更ながらに気が付いたが、メナファスってこんなにレベルが高いのかよ……。
リリンはレベルが不明だし、英雄ローレライさんは英雄なので除外。そうなると、アルカディアさんは俺が出会った中では、メナファスに次いで2番目に強いという事になるな。
『腹ペコ大悪魔さんの餌食にされそうになった所を、颯爽と表れて助けだす計画』は使用できそうにないな。
そんな事をしようものなら、一番最初に俺が死ぬ。
『でさでさー。キミってなんなの!?トーナメント方式は詳細なプロフィールの登録が必須だし、受付で聞いたはずなんだけど、それを書いた紙が役に立たないんだよね。書かれた総括が「分かりませんが、タヌキです」ってどういう事!?』
「知らない。質問に答えていたら、そうなったし」
『えー?そんな事って有るのかなぁ?もう一回聞いていい?出身地は?』
「私はタヌキの集落で生まれた。30匹くらいの小さな集落」
『じゃなくって、小さな村でも名前くらいあるでしょ?近くに何があったかでもいいから、教えてくれー!』
「集落の名前なんて無い。近くにあったのは……たしか、『セフィロ・トアルテ』って町があったはず」
「……え」
仕事しないヤジリさんが、仕事をしようとしている。
一応解説者だと自覚がある様で、どうにかアルカディアさんの情報を引き出そうと頑張っているようだ。
そして、ついに情報が出てきたかと思ったら、俺とリリンにとって急展開となった。
セフィロ・トアルテ。
今は植物に汚染され、高位生物の住処となっているこの場所は、かつて、皇種『天命根樹』との戦闘があった場所。
つまり、リリンの故郷だ。
当然、その事にリリンが気が付かないはずがなく、平均的な視線をアルカディアさんに向けて声を発した。
「セフィロ・トアルテの近くに住んでいたの?」
「そう。森は食べ物がいっぱいあるし、縄張り争いも激しくない。旅に出る前は穏やかに過ごしていた」
「旅に出たの……?あ、そっか。天命根樹のせいで」
「天命なんちゃらは知らないけど、生態系が大きく変わった時期があったと思う。私が子供の時」
「そう。私の名前は、リリンサ・リンサベル。セフィロ・トアルテ出身で、思い出話を出来る相手があまりいない。できれば仲良くしたいと思う。友達になって欲しい」
「……分かった。う”ぎるあ!」
「ありがと。う”ぎるあ!」
よし!よくやったぞリリン!!
それは俺の望む最良の結果だ!今夜の食事は屋台で豪遊させてやるからな。腹いっぱい、たこ焼きを食おうぜ!!
「ふぅ。これで一安心だな。リリンと友達になったんだったら、酷い事にはならないだろうし」
「んー?それ、微妙じゃね?なんかあいつらの空気感が剣呑に見えるけどな……。アレ、お互いに牽制し合ってないか?」
「気のせいだろ?たぶん初対面なんだろうし」
「そうかなぁ?んー。それっぽい感じもしなくもないか。オレの感も鈍ったか?」
メナファスは首をかしげているが、リリンの平均的な表情を見るに、そんな感じはしない。
今のリリンの感情は、好奇心5、疑問3、警戒1、悪魔的企み1というところだ。
これはシシトやパプリと一緒に、アホタヌキと戯れていた時に近い。
この時には既にシシトやパプリの疑惑は晴れていたし、普通に友好的に接しているということを意味している。
俺は安堵し、心に余裕が出来た。
唯一、問題があるとすれば、アルカディアさんはタヌキ好きだという事だが、初恋の前では微々たる問題だ。
むしろ、俺はタヌキの話題に満ちているからな。
一緒にアホタヌキのアホさ加減を語り合えたら、さぞ楽しいひと時が過ごせるだろう。
『えー。そんなわけで、このタヌキ少女については殆どが謎のままです!というか、本人が良く分かってないとか、最早どうしようもありません!!あー、一応意気込みだけは聞いておくかな。ほら、どうぞ』
「んー。優勝して来いって言われたから、優勝する。そうしないと大変な事になるらしい?」
『おっと?なんか面白そうな事になって来ましたね。大変な事っての詳しく!』
「借金?ができるらしい?10億エドロも」
『……え?それじゃ、アルカディアの賭け金って誰かから借りた奴なの?』
「そう。なので優勝しないと大変。ご飯が食べられなくなる」
『……なんだコイツはぁぁ!?自信家なのか、ただのアホなのか!?賭け事で借金とか、よい子のみんなは真似しちゃダメだぞ!』
そんな……それじゃ、リリンと戦って負けた場合、8億エドロを失って路頭に迷う事になっちゃうじゃねぇか……。
現状、リリンが敗北する様なイメージが浮かばない。
だって、毒吐き食人花だし。『ポイズン』で、『デス』で、『フラワー』だし。
いくら友達になったとはいえ、リリンは自ら負けを選ぶような性格じゃない。
むしろ、本気で戦って戦闘を楽しむ節さえある。
……頼む!リリンと戦うのは、せめて決勝戦にしてくれ!!
『さてさて、そろそろ時間も押してきたし、ぱぱっと組み合わせを発表しちゃいますかね。1回戦の組み順は……こうだ!』
俺の心を呼んだかのように、ヤジリさんは空に手をかざしながら何かの魔法を唱え、空中に名前の書かれたプレートを出現させた。
俺は全力で集中し、その名前を凝視する。
リリンの名前は……一番左か!参加人数が16人だからシードとかはなく、ただ偶然一番端になっただけだろう。
そして……アルカディアさんの名前は……。
違う……違う……ちが、あ、あった!
右から2番目!という事は、リリンから一番遠い場所。当然、リリンと当たるのは決勝戦だ。
いよっしゃあ!これでリリンと戦うまでの間に懸賞金を稼げれば、借金を回避できる!
「よかったじゃねえか、ユニクルフィン。お前のお気に入りの女の子二人が優勝争いをするぞ」
「マジで良かった思うぜ。ひもじい生活なんてアルカディアさんに似合わないからな」
「……なぁ、お前、なんか変じゃねえか?魔法掛ってね?」
「掛ってるぜ!初恋という名の魔法がな!」
「こりゃ、優勝争いの跡が本番だな。後でワルトナとレジェに教えてやろ。あいつらなら面白がるだろうし」
言われてみれば、なんか違和感があるような気がする。が、それが初恋ってもんさ。
なにせ、アルカディアさんは俺の理想を現実にしたかのような存在だからな。
……とか、それっぽい事を思ったけど、よくよく考えたら理想の女性像って考えた事が無かったよな。
なにせ、俺は今の現状に満足している。
ずっとリリンと一緒に居る訳だし、そのリリンは、実はものすごく可愛いのだ。
ちょっと大悪魔さんだったり、食い意地張っていたり、怒るとモウゲンドしてきたりするが、それでも可愛い女の子。
そんなリリンと一緒に旅をしているばかりか、夜は同じ部屋で寝泊まりしている。
それこそ、タヌキの皮に身を包んで貰わないと我慢が大変なくらいには、リリンは可愛い。
そんなわけで、俺の中ではリリン1強状態だったわけだが、そこにアルカディアさんが参戦したというのが現状だろう。
可愛らしさは同等。そのほか、優劣を決める情報は色々とあるが、蔑ろに出来ない要因が俺に正直になれと囁いて来ている。
……今度、リリンにメロンでも与えてみるか?二つほど。
『ほんじゃま早速、第1試合といきましょうかね!第1試合、『毒吐き食人花VSサウザンドソード』!そら、関係ないお前らは退場だ。あっちいってろ!』
ヤジリさんのかけ声と共に、リリンと一人の男を残して、その他の参加者は闘技石段の外へ転移させられた。
俺が馬鹿な事を考えてるうちに、試合が始まろうとしていたらしい。
第1試合は、リリンVS剣をいっぱい持った男だ。
鋭い視線を交差させ、お互いに武器を構えた。




