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第16話「リリンとお勉強~不安定機構の成り立ち~」

「お勉強、第三部を始めます!」

「待ってました!」



 給事を終えたメイドさんがさりげなく混ってきたお茶の時間も過ぎ、再び勉強の時間となった。

 というか、ガッツリとサボっていたな、あのメイドさん。

 ……そんな事してるから減給されるんじゃないだろうか?


 ま、あのメイドさんが失敗する度に宿代に補填が付くらしいので、俺らとしては願ったりらしいけどね。

 そんなこんなで食器の片付けまでを終えたメイドさんが退室し、再び二人きりとなった。



「さて、次の題目は不安定機構アンバランスについて。ユニクは無知ってことでいい?」

「あぁ、全く知らない。強いて言うなら、すごく強い人が一杯いるイメージだな」


「なら、不安定機構の成り立ちから話したほうが良さそう」



 遥か昔、世界の中心と言われた人間の都での出来事。

 そう言ってリリンは、とある伝承を語りだす。



 **********



「七賢人様!不審者を捕獲しました!」

「あ?不審者じゃと?この平和な世の中に、とんでもない変人が居るもんだわい。何したんじゃ、ソイツは」



 椅子に楽に座り、なにやら作業をしていた様子の老獪老齢な男は軽い口調で言葉を返す。

 対するは、それなりに服装は整えているものの、どこにでもいるような普通の顔の若い男だ。



「はい!不法侵入者です!あろうことか、中庭で七賢人様が大切に育てている盆栽を眺めておりました!」

「む、ワシの盆栽を?それは……見所ある不審者じゃないか」


「ですが、『んーあんまり可愛くないなぁ。リボン付けちゃえ』と盆栽をデコっておりました!」

「極刑に処すべきだな。どうれ、今ソイツはどうしておる?」


「はい!拘束し衣服を剥ぎ取って見たところ、女でしたので暴行の類いは行っておりません。縄で縛って肥溜めの上に吊るしてあります!」

「はっ、盆栽の価値が分からんとは、所詮は女子か。あんなところに吊るされたのでは臭くてたまらぬだろうて。動機は吐いたのか?」


「えぇ、ですが、意味が解らないんです。暴れながらに言うんですよ。

『おいこら!私は神だぞ?七賢人に会わせろって言ってるんだ!あ、やめ、そんなところに手を入れるなって、神に対して不敬だぞ?って、服脱がすなよ!ちょ、その紐で何するつもりだ!?あ、マジやめて………』って神と名乗ってる割りには生娘みたいな反応で、笑っちゃ――」



 からん。と杖の様なものが石畳に落下し、乾いた音を立てた。


 その音に報告に来ていた従者の男『ノワル』は言葉を詰まらせる。

 杖の持ち主、七賢人の長『カーラレス』がドス青い顔色になり、絶句していたからだ。



「神って名乗ったの?」

「?えぇ。間違いなく」


「間違いないの?本当に?」

「何度も聞きましたし、間違えようが有りませんね。まぁ、態度的には神らしいかと。カーラレス様の事を呼び捨てにし、『許さぁん!』と息巻いてましたよ?」


「あばばばばば………」



 七賢人・カーラレスは声にならない声を漏らすと同時に、転移の呪法でどこかに消えた。



 **********



「やあ、カーラレス。元気してるかい?ボク()ボク()は今、最高に黙示録アポカリプスな気分だよ。」

「ひぇッ」



 もはや、土気色に変わってしまった顔色のカーラレスは嗚咽をあげるのだけで精一杯だった。

 幼き頃、一度だけ邂逅したその記憶のままの顔立ちの彼女は、吊るされたまま、うっすらと笑っている。



「ははは、どうだい?神の御身をご拝謁した感想は?一糸纏わぬこの姿、あーんな所やこーんな所まで見渡せちゃうぜ?あぁ、そうだ。是非とも画家を呼んで貰いたいね!コレが地上に降り立った神ですって記録しとこうじゃないか!!」



 なおのこと一層プラプラと揺れながら、神は笑っていた。

 ……額に青筋を立てながら。


 対する、七賢人の長カーラレスは、両の膝を降り、そのまま地面に激突。

 絶望と恐怖によって意識を失っていた。



「はっ。無言で気絶するとは良い御身分だな。ほら、そこの奴!別の七賢人()持ってこい!次だって言ってるだろッ!!」



 神が解放されたのは、騒ぎを聞き付けやって来た残りの七賢人が、顛末までまったく同じやり取りを、6回繰り返した後のことだった。



 **********



「いやー、(ボク)をひんむいて吊るすとか、一体どんな教育をしているんだい?カーラレス?」

「…………そ、それは」


「ちゃんと答えろよ。誠意を見せろ、誠意を。人間で一番偉いんだろ?」

「面目ございませぬ。私の教育不足でございました。かくなる上は、この辺り一面を火の海にして――」


「そんなもの、ボクは求めていない。てかさ、『神』を名乗ることがどういう事が教えてないの?」

「い、いぇ、そのようなことは……。ただ、この、ノワルは頭の出来が良くなく、失念していたのでは……と……」


「ったく。おい、お前、ノワルって言ったか?何か言い訳があるか?」



 神が視線を向けた先にいるのは、見事に礼服を着こなした男。

 カーラレスへ報告に来た時とはまるで違う姿で、丁寧に頭を上げる。



「はっ、偉大であらせられる御方様、先程は至極、無礼な振舞いを行ってしまったこと、誠に悔恨の極みでございます。まずは、心よりの謝辞を申し上げます」

「ん?おぉ」


「さて、弁解を御望みでございますでしょうか。誠に遺憾ながら、そこのカーラレスが教鞭を取ったことなど私が生を受けてより二十八年、一度も御座いません」

「マジかよ、給料ドロボーじゃん」


「これにより当方達は、畏くも、偉大であらせられる御方様に対する知識が欠落しておりますのです」

「なるほどぉ。お前が悪いようだね?カーラレス?」



 世界の覇者、七賢人の長・カーラレス、……絶句。


 初めて聞いたノワルの最上級敬語は、華麗なる裏切りだった。

 これ以上のドン底は無いと、カーラレスはある意味安心しながら神の前に跪いていた。

 事態は最悪を極めており、もはや、この神殿は滅ぶしかないのだと思っていたのだ。


 しかし、一蓮托生だと思っていた部下からの裏切り。

 しかも、のうのうと言葉を発しているのは、実行犯のノワルだ。

 この瞬間、諦めよりも怒りが上回った。



「くけーーぇぇぇぇぇぇぇッ!!くぇっ!き、貴様!何を申すかァ!!!」

「うっさい。黙ってろ、カーラレス」




 絶叫と共に杖を構え、高ぶる感情のまま究極殲滅魔法を撃ち込もうとしたカーラレス。

 しかし、神は苛立ちを隠しもせず、カーラレスを叱責。

 その場に、一時的な静寂が訪れた。


 もしこの叱責がなければ、辺り一面火の海になりクレーターが出来上がっていただろう。



「おい、ノワル。知らないなら教えてやろう。この世界に於いて、神の名は特別なものだ。ボク()自身か、ボクに関係有るものでしか神の名を語る事はできない」

「そのような理があるのですね」


「それは道具も同じだ。例えばこの"神殿"はボク()が建てた。だから"神"殿を名乗れる。人間が建てたのなら、拝礼堂などとしてしか名乗れないんだぜ」

「は、世界に纏わる福音を偉大であらせられる御方様からご教示戴けるとは、至極幸福の極みでございます」


「……お前、結構、肝座ってるな」

「はい。でなければ、七賢人様の介護など勤まりません」



 その言葉に静観していた他の七賢人が激怒した。

 介護してるなどと言われ、七賢人全員の血管がブチブチと音を立てる。

 そして、各々が怒りに任せて魔力を高めていると、漏れ出るような笑い声が響く。



「くくく、面白い。言うに事欠いて介護とはな。笑わして貰ったし、今回の事は不問にしてやる!」

「なっ……、なんと……」



 ま、まさか……。

 この状況からの生還……、だとぉ……。

 

 カーラレスは奇跡が起きたのだと悟る。

 この状況、『神を裸に剥いて肥溜の上に吊るす』という、人類史上最悪の不祥事を行って許されるなどと思ってもいなかったからだ。



「おおおお、お許しを頂けるのですかっ!」

「まー許すね。ボクは寛大だからさ。でも、肥溜めに突き落とされていたら無理だったかも」


「アァ有りがたき!幸せ!!」



 七賢人は天を仰ぎ、いつも通りの神に祈りを捧げるポーズを取った。

 目の前にいる神は、「何やってんだろ?コイツら。」などと思っているとも知らずに。



「ま、いいや。本題に入るねー」

「はっ、我等、七賢人。御身から授けられた神託でしたら、どの様なことでも叶えましょう」


「いや、やるのはボク()がやるよ。今回来たのは、許可を取りに来ただけさ」

「はっ、この世界は御身のモノ。如何様にされるのも自由であります」


「あ、そーお?じゃ、世界、滅ぼすねー」

「「「「「「「は?」」」」」」」



 救世からの破滅。

 七賢人は、もはや、感情が振りきれて壊れてしまった。

 一周回って平常に戻った七賢人は、普段通りの言葉遣いで話し出す。



「……世界を壊す?何故で御座いますかな?」

「左様、如何な神といえども、理由もなしに滅ぼすなどとは仰るまい」

「理由をお聞かせ願いますかな?」


「飽きた。つまんない。そんだけだよ」

「「「「「「「は?」」」」」」」


「なにを仰いますかな………、つまらない?」

「そう。見ててつまらないんだ、この世界はさ。放って置けば何も起こらず、安定したつまらない世界になってしまう。だから滅ぼして、作り直すんだ」



 七賢人は、七の賢い人と書く。

 瞬時に置かれた状況を理解し、状況を打破すべく直ぐに各々が思考を巡らせる。


 一瞬の沈黙の後、取った行動は、見るも無残な――、泣きながらの懇願だった。



「チャンスを!どどど、どうか一度だけチャンスを下さいませんか!?」

「チャンス?どーするって言うのさ?」


「必ずや、必ずやこの世界を、『見ていて楽しい世界』へと変えて見せます!我々の手で神の望む世界へと昇華させて見せましょう!」

「人間が?出来んの?」



「たとえ、幾億の人の世を乱そうとも、必ずや!」

「……どーしょっかなー。ボク()さっき吊るされたしなー」


「なッッッ!!! 先程は許すと仰ったのに!」

「だって、滅ぼすこと前提だったしー」


「くっ……」



 そんなやり取りを聞いていたのは多くの侍従。そして、ここに来て事態の悪化の原因たる、ノワルだった。



((まずい!これじゃ、世界が終わるな……。))



 くくく、と楽しげに笑う神の説得。


 有効な施策が無いかと七賢人は思考を巡らすも良い案が浮かんで来る事は無く、時間だけが過ぎていく。

 そして、その堰を切ったのは、意外なことにノワルだった。



「あの、神を吊るせと指示を出したのは俺です。ここは一つ、俺の命一つでどうにかなりゃしませんかね?」

「あん?お前、さっきと口調がずいぶん違うな?どうした?」


「はぁ、こっちが素ですよ。さっきのは言葉一つで命が助かるのなら、と、浅知恵ってもんです。ここで従者をしている理由も飯が美味いからなんですよ。なにぶん、神様を見たことが無かったもんで」

「ははは、ボク()より、飯か」


「えぇ、神様を見ても腹は膨れません。ただし、」

「ただし?」


「別の場所は膨れました」

「………………………………………………く、くく、ふ、あはは、あはははは!こんな状況で、世界を賭けた駆け引きの最中に、このタイミングで、よりにもよって下ネタ。お前、馬ッッッッッッッッ鹿じゃねぇの!?」



 そう言うと神は腹を抱えて笑いだし、そして、悶絶しながら椅子から転げ落ちた。

 明らかな緊急事態に七賢人がざわつくが、そんなことはお構いなしに神は笑い続けている。


 神は、コイツ、『ノワル』の事を気に入ってしまった。



「気に入ったぜ、ノワル!!お前の命で楽しませてくれたなら、世界を滅ぼすのを考え直そうじゃないか!」

「あー、やっぱり俺は生き残れないんですねー」


「いや、お前には可能な限り生きてもらう!ルールはそうだな。七賢人がお前を殺しに行くから、どんな手を使ってでも生き延びてみせろ!そして、ボクを楽しませて見せろ!」

「あぁ、そんな事でいいので?では、細かいルールを決めましょうか」



 **********



「こうして、世界の命運を賭けた争いが始まった。神は便宜上、ノワルの陣営を"ノワール"、七賢人の陣営を"ブラン"と名付け、二つ合わせて不安定機構アンバランスと呼んだ」



 どうやら、こんな理由で不安定機構アンバランスは出来たらしい。

 一つだけ、言いたいことがあるんだが。



「なぁ、リリン。話を聞く限り、登場人物に馬鹿しかいねぇんだが?」

「その点については、私も同意だと思う!」



 歴史なんてこんなものなんかなぁと、俺はしみじみ思った。


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