第41話「休憩時間に潜む影」
「よくよく考えてみても、優勝者を罵倒するって意味が分かんねえな……。なんかこれ、ワルトの奴が一枚噛んでいる気する。ヤジリさんも指導聖母だとか言ってたし」
一時間くらい野次やら罵倒やらを受けて、もうヘトヘトな俺は、疲れ切った足取りで闘技場の受付を目指している。
ああいう大会って、優勝したら褒め称えられるんじゃねえのかよ!?
なんで敵と司会と観客が一体となって俺を攻撃してきやがった!?おかしいだろッ!
……まぁいいか。
最後の最後でヤジリさんは、「あんまりにも早く決着がついちゃったから、時間が余っちゃってさ。ごめんね!」と謝罪してきている。
どうやら、決勝戦が1分強というのは短すぎたらしい。
いつもなら1時間くらい戦っているとも言ってたし、原因の一つは俺にあると言えなくもない。
リリンの身を守る為に、変な情報を流しやがった疑惑のあるワルトには、後で苦情を入れるけどな。
「さて、優勝賞金の1億エドロの受け取りは……っと」
俺の手に握られているのは、野次と罵倒の最中に「はいこれ、賞金の引換券ね。」と軽ーい感じで渡された一枚の紙切れ。
表には『100,000,000エドロ』と書かれ、タヌキがトロフィーを持っているという謎の挿絵が描かれている。
状況的にあり得ないが、タヌキが書かれている以上、偽札という事も視野に入れた方が良いだろう。
確認しようにもリリンは午後のトーナメント方式に出場する為、ここにはいない。
結局、確かめるには速やかに換金するのが一番速そうだ。
……タヌキが描かれた札なんて持っていても、ろくな事にならないと思うし。
そう思って裏面に描かれた換金方法を見ながら、受付を目指して歩いてきた訳だが……。
「すみませーん!誰かいませんかーー?」
換金は、受付の端にある『VIP受付』で行うらしい。
特に難しい事は無く、この引換券を出して「換金して欲しい」と言えばいいと書いてあるんだが、そもそも受付員が居ないってどういう事だよ?
四つあるうちの3つはもう既に回り終え、受付員の不在を確認している。
なので、ここでも受付員がいなければ、換金不可能という事に……。
これは間違いない。タヌキの挿絵のせいだ。
恐らく呪いか何かだろう。
「おーーい!誰もいないのかーー!?」
「あ、ごめんなさい!こちらに移動して貰ってもいですか?」
「ん?」
俺に声を掛けてきたのは、隣の受付で書類整理をしていた受付員さんだ。
何気に慣れた雰囲気で、手早くカウンターの上を片づけると、俺を手招いて呼び寄せた。
良かった。とりあえずこれで換金できる。
タヌキの絵が書かれた呪いの札なんて所持していると運気が下がるからな。
「すみません、本日は受付が混雑していまして、VIP受付の方は業務を停止して、通常の受付にいるんです」
「あぁ、そうだったのか。それでも、四か所全て閉めるのはやり過ぎな気もするけどな」
「……いえ、私の隣のそこは開いているはずだったんですよね」
受付員さんは呆れた顔で、隣のVIP席を指差した。
よくわからんが、苦労がにじみ出ているような気がする。
そして露骨な溜息と共に、受付員さんは原因を説明してくれた。
「そこには館長……、あの口の悪い解説者のヤジリがですね、対応する事になっていたのですが……」
「……。逃げたのか?」
「はい、逃げました。なんでも、『闘技石段を修復するのにエネルギーを使ったから補給してくるよ!飯だ、飯!』だそうです。補修に使う魔力は膨大な量が貯蓄されているのに、一体、何にエネルギーを使ったんでしょうね」
「おそらく、俺を罵倒する為に使ったんじゃないか?」
あの聖母め。とことんまで仕事しないやつだ。
つーか、受付する気が無いのなら先に言ってくれよ!
俺の非難の視線を感じたようで、受付員さんはぺこりと頭を下げてきた。
鋭い視線ながらも礼儀正しく、百戦錬磨感が半端じゃない。
年齢的に20代前半といった所だろうが、どことなく哀愁的な物を感じるし、相当に苦労してそうだ。
「誠に申し訳ありません……。ヤジリの方にはきつく叱責しておきますので、どうかご容赦ください」
「そう言ってもらえるなら許す他ないな。でもさ、相手は指導聖母で館長なんだろ?叱責なんてできるのか?」
「ふ。御冗談を。表面上はヤジリが責任者ですが、実は私が取り仕切っております。不祥事をやらかしまくるヤジリに与える給料など、差し引き過ぎて初任給よりも低いですよ」
「それでいいのか……?」
「本人は高給取りだと思ってますから。知らないのですよ、業務をまったくしないので!」
あ、これは不安定機構の闇に触れそう。
これ以上の追及はやめた方が良さそうだな。
もし、白い聖母様と結託していた場合、勝てる気がしないし。
「で、換金はできるのか?」
「もちろん受け付けております。それでは、換金致しましょうか?」
「あぁ、頼む」
「はい、それでは引換券をお預かりいたしますね」
百戦錬磨の受付員さんに引換券を渡し、しばらく処理を眺める。
慣れた手つきで帳簿に記載をつけ、一緒に提示した登録カードを機械にかざし、何かの照合らしき事をした。
そして、カードを両手持ちにして俺に差し出し、「はい、これで処理はお終いです。カードをご返却いたしますね」と事務的な笑顔を向けてくる。
「それで、優勝賞金のお受け取りはいかがいたしますか?それなりの重量になってしまいますし、優勝者であるブラックドラゴンスレイヤー様に言うのもなんですが、所持するのは防犯上の問題もあります。ですので預金口座を開設していただければ、すぐにでもお作りして当闘技場でお預かりしておくことも可能ですよ」
「んーいや、全額渡してもらえるか?俺は魔法空間に繋がってるバックも持ってるし、持ち歩くのは苦にならないからな」
「なるほど。了承いたしました。こちらが一億エドロの現金となります。お確かめ下さい」
そう言って受付員さんはチャイムを鳴らし、裏から大男が現金を乗せたキャリーを押してきた。
厚さ一センチでまとめられた紙の束。
それが山のように積み上がられており、その数はえーっと、100……かな?
これはなんというか、ツンだけメイドが持ってきたケース入り現金とはまた違った良さがある。
後ろで見ていた観客が、ザワザワとどよめくのも気持ちいいな。
……おい、今、リア充は爆発しろとか言った奴、出てこいよ。
グラムの餌食にしてやるぜ!
「……すげえな!これだけあれば串焼きがどれだけ食えることか……」
「あはは、串焼きですか?それはもう、いっぱい……あ。魔法の鈴蘭様のご友人なのでしたね。そうですね、3日分……くらいになりますよね?」
「いくらなんでも、3日で1億エドロは食い尽くさないと思うぞ!?」
「あぁ違います、屋台の経済効果の話ですよ。先程、報告を受けましたが、本日の屋台の総売り上げのペースは昨日の約4倍、午前中だけで2000万エドロを超える売り上げだそうで」
「え”?2000万?そんなに食ってないぞ!?」
「リリン様のお陰で屋台の売り上げが上がっていまして。ああいった可愛らしい少女が美味しいと言いながら屋台を食べ歩くと、周りを引きつけてしまうものですから」
「え?でも、屋台の人たちはみんな渋い顔をしていたぞ?」
「それはそうでしょう。食品を扱う以上、必要以上に材料を仕入れるはずがありません。したがって売り切れが続出しているのです。儲け損なったという残念な感情と、売りきったという晴れやかな感情がぶつかり合って、まさにカオスだと報告を受けています」
うわぁ。
食い意地張ってる大悪魔さんの影響力が半端じゃない!!
まさか、知らない間に周囲の人をも眷属と化し、断続的に屋台村へ飽和攻撃を仕掛けていたとは……。
実際、リリンは凄く美味そうに飯を食うからな。
俺もリリンに触発されて、食う量が増えつつあるし。
「なんか、すみません。リリンが迷惑を掛けているようで」
「いえ、儲けさせて貰っているのは私達の方です。受付業務が忙しいのも、リリン様が出場なされると噂話が広がったからで、ものすごい勢いで観客が増えていってます。観客の重さに耐えかねて、闘技場が崩落するかもしれないくらいですよ」
「重ね重ね、すみません……。」
「冗談ですよ!そんな簡単には壊れませんから。それに、屋台の方ではもう一人、盛り上げてくださった方がいるそうですし」
「……なんだって?リリンみたいのがいるってことか?」
「はい。詳細は不明ですが、頭に星マークのある珍しいタヌキをペットとして連れている女の子らしいです」
なにしてんだよッ!!クソタヌキィィィィ!
**********
「どこにもいねぇし……。どこ行きやがった?クソタヌキ」
さっさと1億エドロを受け取り、俺は屋台村へ来た。
なにせ緊急事態が起こっている。
世界を揺るがす大魔獣が、なんと、屋台村に出没するらしいのだ。
受付員さんの話では、その女の子はタヌキを連れており、屋台を回ってはタヌキと一緒に商品を選んで買っていくそうだ。
色々商品がある所では、試食と称して一人前購入し、タヌキと一緒に店の前で食べる。
そして、タヌキがぐっ!と前足を立てると、お持ち帰り分を追加購入。
その後、タヌキの先導で、次の屋台を目指すらしい。
おい、もう一度言うぞ、クソタヌキ。
何してんだよッッッッ!!当たり前に屋台を満喫している事にも文句があるが、その少女はどこで攫ってきたッ!?
強盗よりも、誘拐の方が罪は重い。
俺はタヌキを打ち首獄門に処すべく捜索を開始した……んだが、まったく見当たらねえ。
屋台で聞き込みした方が良さそうだな。よし、あそこから行くか。
「すみません、少し聞きたい事があるんですが……」
「ん”。……さっきは湿気た面して悪かったな。あの少女は、魔法の鈴蘭だって聞いたぞ。にいちゃんも優勝したってこともな。ほら、俺からの祝いだ、食っとけ」
そう言って、たこ焼き屋のおじさんは鉄板の上の美味そうなたこ焼きを船に乗せて、俺に寄越してきた。
熱々のたこ焼きの上で鰹節が踊り、濃厚な黒と白のソースが華やかさを引き立てている。
このたこ焼き、滅茶苦茶、美味いんだよな。
さっきもリリンが購入し、くじ引きで大吉を引き当てたので、オマケ分は俺が貰って食べている。
さくとろふわ~り!で俺も大悪魔さんも大満足だった。
「ありがとうございます。このたこ焼き、ファンになりそうなくらい美味いんで、マジでうれしい!」
「おう。だが買った訳じゃねえから、くじは引かせねえぞ?」
「その節はホントすまん。俺もリリンが3回連続大吉を引き当てるとは思ってなかった」
「ホントにな。十分の一なんだぜ?大吉が出る確率。ありえんだろ」
この店には3種類の味のたこ焼きがある。
『濃厚ソース』と『ねぎ塩』と『鰹出し風味』の三つで、リリンは迷わず一個ずつ購入した。
そして、このお店では一つ購入するごとにおみくじが引けて、大吉を出したらもう一つたこ焼きが貰えるというサービスをやっていたのだ。
食い意地の張った大悪魔さんが意気込んでおみくじを引くと、3回連続で全て大吉。そうなる確率、僅か0.1%。
こうして俺達は、3つ分の値段で6人前のたこ焼きをゲット。
なお、たこ焼き自体はサイズが小さめに設定されており、美味しくいただく事が出来た。
そんな訳で、俺達から見たら超優良店なんだが、相手から見たらいい客だったとは言い難い。
その上、俺の質問に答えてくれというのは申し訳ない気もするが……どうやら答えてくれるらしい。
「んで、俺に聞きたい事ってのはなんだ?」
「あぁ、さっきここに、タヌキを連れた少女がこなかったか?」
「……来たぞ。なんだい。あの子もお前達の仲間だったのか?まったく、とんだ客だな!はは!」
「……え?どういうことだ?」
「あの子もおみくじ2連続大吉だったぞ。なお、最後の一回はタヌキが引いて、見事に大凶だったがな」
……タヌキ、ざまぁ!
「そうか。ちなみに、その子はどんな感じだった?タヌキに脅されていなかったか?」
「脅すも何も、すごく仲が良さそうだったぞ?自分もたこ焼きを食いつつ、タヌキにも食わせて、「おいしいね!幸せだね!」って儚げな顔してさぁ」
「お?顔を見たのか?」
「そりゃ見るに決まってるだろ。えーっと、あれ?どんな顔だったっけ?だめだ。タヌキのインパクトが強くて思い出せん」
あのクソタヌキ、どれだけ俺の邪魔すれば気が済むんだ。
たこ焼き食ってねえで絶滅しろ。
……いや、ねぎ塩味を喰って、腹を壊して絶滅しろッ!
「そうか、教えてくれてありがとうな」
「おうよ。もし、魔法の鈴蘭が優勝したらまた来いよ!今度は3種類食わせてやる」
ありがとう、たこ焼き屋のおやじ。
すぐに会いに来るからな。3種類、焼いて待っててくれ。
**********
「ちっ、やっぱりどこにもいねぇ。さっきは観客席に居たっぽいし、もうそっちに行っているのか。なんて厄介な……」
思わず声が漏れてしまう程に、厄介極まりない。
そのタヌキに取り憑かれた少女は、リリンとは別の少女なのは間違いない。
だとすると、クソタヌキに対抗する手段を持ち合わせていない可能性が、非常に高い。
つーか、人類で対抗できる存在なんているのか疑問だが、リリンならば勝てはしなくても逃亡は出来るはず。
リリンレベルの魔導師なんてそこら辺に居る訳ないし、導き出される答えは一つだ。
その少女は、タヌキ帝王に脅迫されている!
人間の金を持っていないクソタヌキは、か弱そうな少女を捕獲し、脅しているのだろう。
色んな屋台で聞き込み調査をした所、一見して仲が良さそうだったという話だが、そんな事はあり得ない。
その証拠に、クソタヌキが屋台を選んでいたという目撃情報も聞いたし、間違いないだろう。
一応、英雄の息子として、見過ごすわけにはいかない。
どうにか捜索し、クソタヌキの魔の手から、その少女を救出しなければ!
「おーい。タヌキー。出てこいー。たーぬーきー。」
……何が嬉しくて、タヌキなんぞを捜索しなければならないのか。
いつもなら呼ばなくても出てくるくせに、探している時は見当たらないって、やはりクソタヌキで間違いないだろう。
ん?なんだあの人だかりは?
壁に向かって集まっている謎の集団がいた。
そいつらは、それぞれ真剣な眼差しで指を差したり、隣の人と議論を交わしたりしている。
関係ないとは思うが、一応確認しておくか。
俺は人だかりに近づき、耳を澄ました。
聞こえてきたのは、低いオジサン共の声だ。
「おい……面白いもんが見れるって言うから来たが、いつもの闘技場じゃねえか」
「馬っ鹿。おまえ、今日は歴史が動く日だぜ?」
「歴史ぃ?何だよそれ」
「アイツがでるんだ、ほら見ろ。右から二番目だ。アイツはな、『毒吐き食人花』だ。この大会は……荒れるぜ!』
へぇー。そんな奴がいるのか。
出場者の殆どがランク4以上だというし、いくらリリンといえども油断できない。
明らかな危険人物だし、確認しておいた方が良さそうだな。
周囲の人から得た情報では、人だかりの先には、午後の部に出場する人の顔写真と簡単な経歴が書かれているボードがあるらしい。
実際、チラリとボードが見えたが、滅茶苦茶可愛い女の子の写真が見えた。
その可愛さたるやリリンに匹敵するほどで、健康的な色の肌と快活そうな笑顔に、ぶちゃけ少し、ときめいた。
せっかくなのでもう少し近くで見ようと前に進もうとしたが、混雑が酷くてなかなか進まない。
無理やりにでも入り込んでやろうと、バッファを使――そんな時に、俺の肩を叩く人物が現れた。
「よぉ。見てたぜ決勝戦。余裕が残りまくった圧勝だったな」
その女性は、それはもうすごく……大きかった。
身長的な話ではない。
女性のみが持つ、夢の詰まった膨らみの話だ。
赤い髪がかかるそのダイナマイトボディは、まさに、高級メロンといった感じ。
はち切れんばかりのその膨らみは、白衣を着た大悪魔すら凌駕し、人生初遭遇。まさに天衣無縫である。
「おい。少しは遠慮しろ。ガン見してんじゃねえよ」
「あ。いや、すまんそのつい……。で、俺に何の用だ?」
「優勝者がそこらに居れば、声ぐらいかけるのが普通だろ?」
「誰にも声なんて掛けられていないんだが?突き刺すような視線は感じるけどな」
「お前はさっき、解説者の嫌がらせで反感を買ったから、誰も来なかっただけさ。そこんところへ行くと、オレはお前に嫌悪感を抱いちゃいない。ともすれば、声をかけるのは普通だって事だろ?」
この女性の笑みは優しげではなく、むしろその逆で、自信に満ち溢れた覇気のあるものだ。
俺よりも明るい赤い髪のせいなのか、整った顔がさらに際立て見えて、絶世の美人と言っても不思議じゃない。
リリンとはまた違う美しさ。
なお、胸部の兵力的には3倍くらいの差があると思われる。
「つまり、優勝者の俺に声をかけに来たってことか?なんか、そういうの慣れてないし、どうしたらいいのか分からなくて困っちまうな」
「別に何か特別な事をしようってんじゃねえよ。これから午後の部があるだろ?せっかくだから一緒に見ようぜ?」
「一緒に?」
「さっきからの行動を見るに、この闘技場に来たのは初めてなんだろ?色々案内してやるよ。ほら、いくぞ」
そういって、俺の手を取って人だかりとは反対方向に歩きだした見知らぬ人。
悪い気がしないどころか、こんな美人に案内してもらえるのなら願ったりだが、俺にはクソタヌキから少女を救うという大事な任務がある。
……。まぁいいか。
タヌキは食いものを与えておけば比較的大人しいし、そもそも、リリン無しで戦っても勝機は薄い。
あいつはクソタヌキだから、そう簡単に少女を手放すとは思えないし、今すぐにどうこうという事でも無いはずだ。
若干言い訳じみた事を考えつつ、手を引かれるがままに、見知らぬ人について行く。
敵意は感じないが、一応、名前くらいは確認しておかないとな。
「なぁ、名前はなんていうんだ?」
「ん?そうだな。『無敵殲滅・メナファス・ファント』……とでも名乗れば、分かるよな」
……。
…………。
………………。え”。




