第39話「バトルロイヤル⑨決勝戦」
『さぁさぁやって来ました、バトルロイヤル決勝戦!苛烈な戦いを勝ち抜き、闘技石段へ上がってきたのは……この三人だーー!』
俺達、決勝戦の出場者は闘技石段の中央に立ち、観客席からの注目を一身に浴びている。
轟く喝采。響く反響。
蠢く観客の荒波が、ヤジリさんのマイクパフォーマンスによって、今、最高潮に達している!
……観客の反響が凄いんだけど!
剣の部もこんなんだったっけ!?
いや、ぶっちゃけあんまりよく見てなかったが、観客の数はどう見ても増えている。
観客席は当然のように満員で、通路にすら、立ち見の人だかりで溢れて暑苦しい程だ。
こんな人数、どっから湧いてきやがった?
あれか、もしかしてタヌキが召喚しやがったのか?
……そんな訳ないだろ。落ち着け、俺。
ここは闘技場と言うだけあって、闘技石段をぐるりと囲むように観客席が設置されている。
当然、観客席は何十段と積み上がり、動員数は軽く数千人規模。
そんな恐ろしい数の視線が俺を含めた三人に向けられているわけだが……。
反応に困るんだけど。
肩書きだけ英雄の息子な俺は、注目を浴びる事に慣れていない。
だからこういう時、どういう顔をしたらいいのか分からず、物凄く困る。
ちくしょう、どんな時でも平均的な表情の大悪魔さんが羨ましいぜ!
結局どうしたらいいか分からず、とりあえず観客に手を振ってみた。
……。
特に変化が無いってのは、無視されてるようで辛い。
ちょっとだけ悲しい気持ちになったが、そんな俺を救う救世主が現れた。
百戦錬磨の盛り上げ役、解説者のヤジリさんは持っていたマイクを口元に近づけ、高らかに声をあげた。
『いやはや、観客も盛り上がってるね!ではさっそく、本日の強者の紹介と行きましょう!それじゃ出場者の御三方、雄叫びをどうぞ!』
……え?雄叫び?え?え?
「うおーーーー!」
「私は勝ぁぁつ!」
「え?は?……うおーーーー!」
俺の横に立つ二人の人物は、ヤジリさんの無茶ぶりに機敏に反応し、雄叫びをあげた。
何が何だか分からないが、俺も雄叫びをあげ、変な空気を誤魔化す。
……いきなり雄叫びをしろとか無茶ぶりすぎるだろ!
せめて事前に教えてくれよ!
訂正。ヤジリさんは救世主なんかではない。
どちらかと言うと悪属性のようだ。
そんなヤジリさんは息をたっぷりと吸うと、俺の横に立つ男を指差して紹介を始めた。
『はい、脳筋な雄叫びありがとうございます。ではでは、早速紹介……。お?この人、何度か見たこと有る奴だ!というかこの前の大会で優勝してたよね!?2度の優勝経験といっぱいの敗退を繰り返しているが、何だかんだ凄い男!その剣筋はまるで歯車のようであり、精密に噛み合う両剣が敵を切り捨てるぅ!!その名も……『ギヤドック』!!』
「おう、微妙な解説ありがとう。いつの日にか褒め称えさせてやるから、覚えておけよ……」
『それは無理じゃないかなぁー。ま、今日勝てば少しその道に近づくね。それじゃ意気込みをどうぞ!』
「……1分だ!1分で片をつけてやる。魔導師風情と見知らぬひょろ男なんか敵じゃないぞ!!」
紹介されたのは、短髪の筋肉質な男。
ムッキムキという程でも無いが、しっかりと筋肉の付いている体型で、身長は180cm程。腰の左右に剣が一本ずつぶら下がっている。
剣の長さや太さ、装飾さえも同じな所を見ると、恐らくは双剣と呼ばれる武器だろう。
二刀流とか、カッコいいぜ!
……で。
もしかして、『見知らぬひょろ男』って俺のことか?
そうかそうか。1分がいいんだな?1分で終わらせればいいんだな?
『続いては、んー魔道師!いやまぁ魔法部門から来たんだから当たり前だけど、今回のは真っ当な魔道師です!相手を蹴りだけで倒したり、毒を吐いたりしません!!普通に魔導師です!』
「……蹴りも大概意味が分からないけれど、毒を吐く魔導師って何?それってそもそも、人間なの?」
『人間ですよ~たぶん。ま、あなたはそういった特殊スキルが無いから普通に戦ってね。決勝戦初出場!魔法部門を見ていた感じ堅実で地味な戦いをするが、実は一度も攻撃を外していない凄腕魔術師、その名も……『ヒットフォース』!』
「堅実で悪かったわね!いいじゃない、地味だって!」
次に紹介されたのは、いかにも地味な茶髪の女魔導師。
絵に描いたようなシンプルな魔道師で、長い魔法ローブに木の杖、フードを被ってメガネまでしている。
あえて言うなら、モブキャラ感か凄い。
もしも大悪魔さん発生イベントが起こった場合、背景と共に吹き飛ばされるような感じがする。
この二人が、それぞれ『何でもアリの部門』と『魔法部門』の優勝者。
それぞれが自分の武器を手に、観客へ向けて意気込みを語っている。
そんな二人を見て、俺はしみじみ思った。
……エルと戦った後に見ると、すごくショボイ。
200人を倒して勝ち上がって来た以上、それなりに実力があるのは間違いないんだが、イマイチ迫力に欠ける。
何でだろうな……。うん、理由なんて一つしかないな。
『はい、インタビューありがとうございました!二人ともぜひ頑張ってほしいですねーー。以上、『ギアドッグさん』と『ヒットホースさん』でした!』
「気のせいか?イントネーションに違和感があったぞ?」
「マイクのせいかしら?物凄く馬鹿にされたような気がするわ」
おい、そこの解説者!
さっきから、口が悪いにも程があるだろッ!!
ただでさえ少ない戦意を削ぐような事を言うんじゃねえよ!!
どうやら、ヤジリさんは観客を盛り上げるためなら何でもやるタイプらしい。
客を楽しませる為に適当に出場者を煽り、今も不毛な争いを、噛ませ犬や当て馬と繰り広げている。
まさに外道。
属性は悪で、聖女を名乗っていても不思議じゃない。
そして、二人の紹介が終わったという事は、次は俺の番ってことだ。
『噛ませ犬』、『当て馬』と来て、次は『弱ドラゴン狩り』。
あれ、もしかして、俺の肩書きも誘導されていた……?
これは雲行きが怪しいなと身構えつつ、ヤジリさんの紹介を待つ。
『そ・し・て!今日の真打!まさに主役なこの青年は、なんと私のイチオシ!……出ました!『ブラックドラゴンスレイヤー』だぁぁ!』
「え?は?お、おう!」
『予選では剣一本で圧倒的強さを見せつけたブラックドラゴンスレイヤー!凄いぞカッコいいぞ、ブラックドラゴンスレイヤー!行くんだ我等が、B・D・S!!』
「え?あ、あぁ……うん。頑張るぜ!」
……なんでだよッ!?
話の流れ的に、暴言を吐かれる奴だろうが!!
何故にべた褒め!?逆に困るんだけど!
イマイチ流れに乗れず、言葉切れが悪くなっちゃったじゃねえか!
ちょっと後悔しつつも、俺の紹介を黙って聞く。
そして、やはりベタ褒め。
もしかして、リリンのパートナーだという事で便宜を計ってくれているのか?
さっきは「聖女を名乗っていても不思議じゃない」なんて思ってごめん。
ヤジリさんは、良い人……ん?話の流れが変わった?
『……と、ここで、お知らせがあります。もうご存じのお方もいらっしゃるかと思いますが……なんと、午後の部では伝説の『魔法の鈴蘭』が出場するのです!愛らしい姿にキレのある技で私達を魅了した、あの魔法の鈴蘭です!』
は?なぜかリリンの紹介になったんだけど?
ヤジリさんの言葉を聞いて負け犬と当て馬も困惑しているし、この流れはおかしいはずだ。
なぜか観客席はどよめき、「魔法の鈴蘭~!きゃ~~!」と興奮しているっぽい団体も見受けられるけど、今ここでリリンの名前を出すのはどう考えてもおかしい。
これは……?
確かに今、俺の紹介をしていた。
そして、リリンは俺の……。
この瞬間、電撃的なひらめきが走った。
そう、リリンはヤジリさんに言ってしまっているのだ。
……俺達の関係性を。
『そして、悲しいお知らせがあります。実は、私が入手した裏情報によると……このブラックドラゴンスレイヤーは……』
「うわぁぁ!?ちょ、やめ――」
『……魔法の鈴蘭の恋人だそうです!!』
「「「「「「……。」」」」」」
「「「「「「……。」」」」」」
「「「「「「……。」」」」」」
「「「「「「……。」」」」」」
「「「「「「……。」」」」」」
そして、観客席は活動を停止した。
一切の物音がせず、深夜の湖のように静まり返ってしまっている。
コイツ、なんて事を言いやがるんだ!
それは個人情報だぞッ!?こんな所で暴露してるんじゃねえええええ!!
俺が気付いた時には、もう手遅れだった。
ヤジリさんは俺とリリンの関係を暴露。
そして観客席は凍り付き、冷たい眼差しが俺に降り注ぐ。
『あぁ、なんという事でしょう!我等がアイドル、魔法の鈴蘭は見知らぬひょろ男の毒牙にかかっていた!どんな手段を使ったのか?もしや、弱みを握ったのか!?それは分からないが我等の気持ちは一緒のはず!それでは、みなさんご一緒に!……ぶっ殺せ!』
「「「「「「……ぶっ殺せ!」」」」」」
『死に晒せぇ!』
「「「「「「……死に晒せぇ!」」」」」」
『爆死しろっ!』
「「「「「「……爆死しろっ!!」」」」」」
ひぃぃ!
会場全体から湧き立つ、俺への罵声。
す、数千人規模の言葉攻めとか、卑怯だぞ!
いくら俺の親が英雄全裸親父だからって、これはあんまりだ!!
ちくしょう!抗議してやる!!
俺は向けられていたマイクに向かって、ありったけの声をぶつけた。
「なんだこの仕打ち!!俺が何か悪い事をしたのか!?」
『えー。存在自体が罪です。ギルティです』
「存在が罪!?確かに……ってなると思うか?ならねぇよ!!」
『えー。だって予選突破ぐらいじゃ、魔法の鈴蘭の横に立つのは不適切かと……。で・す・の・で!さくっと優勝しちゃってください!そうしたら認めないでもありません!!ほら、意気込みをどうぞ!!』
「……いや、納得しねえけど!いいか、誰かに認めて貰わなくても、リリンは俺のパートナーだ!そこは譲れねえ!まぁ、それとは関係なく、優勝はするがな!!」
『あらやだ結構男らしい!さぁ、観客全員を敵に回してしまったブラックドラゴンスレイヤー!見事、逆境を打ち破れるのか!?』
逆境を作り上げておいて、それ言う!?
白々しすぎるこの感じ、どう考えてもワルトの同業者な気がしてならない。
ギンギンにぎらつく殺意の視線の中、俺は負け犬と当て馬へ向きあった。
コイツらだって煽られた仲間だ。俺の心境を理解してくれるだろう。
「てめぇ。魔法の鈴蘭の彼氏だと……?ふざけやがって」
「えぇ。ぶっ殺してあげるわ。爆死よ、爆死」
コイツらもそっち側!?
ダメだ、味方がいねぇ!!
こうなったら……。開き直ってやる!
「はっ。なんと言われようが、リリンは俺のもんだ!羨ましいだろ!」
「くそう。速攻でぶっ殺して、不甲斐無い姿を晒させてやる!ヒットフォース、手を貸せ!」
「そうね。協力しましょう。二人で確実に殺るわ」
「汚ねぇぞ!これはバトルロイヤルだろ!?徒党を組んでるんじゃねえよ!」
何故か、俺VS剣士と魔法使いというチーム訳が出来てしまった。
こいつら、噛ませ犬と当て馬の分際で、調子に乗りやがって……。
こうなったら、審判に抗議してやる!
「いいのかヤジリさん?ルール的に問題があるんじゃないのか!?」
『あ、面白いので是非やってくださーい。不公平?なにそれ。おいしいの?』
ヤジリィィィィィィィッッッ!!
審判、仕事しろおおおおおお!!
「ちくしょうめっ!!分かったよ!二人がかりでも、百人がかりでも掛って来い!」
「いよっしゃああああ!ぶっ殺す!!細切れにしてやるぜえええ!」
「そのあと木端微塵に爆破してやるわ!!」
「「「「「「……ぶっ殺せっ!!」」」」」」
「「「「「「……死に晒せっ!」」」」」」
「「「「「「……爆死しろっ!」」」」」」
迸る殺気が噛ませ犬と当て馬から放たれ、観客席からは俺への敗北コールが鳴り響く。
ぐううう!
どこを見渡しても360度敵ばかり。
どこだっ!?観客席のどこかに、リリンがいるはず……!
せめて一人ぐらいは俺の味方が……。
……。
爆笑してんじゃねええええええ、絶滅しろ!クソタヌキッ!!
『えー。いい感じに会場が一つになった所で、そろそろ始めたいと思います!言うまでもない事ですが、勝敗は死亡か、降参、闘技石段から出た時点で負けとなります!え?そんなこと分かってるって?よしよし、それじゃ行ってみようかね!』
『……バトルロイヤル部門、決勝戦……開始ですっ!』




