第32話「バトルロイヤル⑥神壊戦刃グラムVS神縛不動ヴァジュラ」
漆黒の剣となったグラムを握り締め、エルを見据えた。
改めてグラムの姿を確認する必要はない。
体内で脈動する魔力がグラムへ流れ込み、まるで一つの体になったかのように、感覚で機能を理解したからだ。
グラムの覚醒により、俺の体に変化が起こった。
流れ込んだ魔力は増幅され、勢いを強めて俺に還る。
グラムは第二の心臓と化し、新たな力を与えてくれたのだ。
知覚が鋭角化され反応速度が超高速となった俺は、時間の流れが遅く、1秒にも満たない時間ですら、一時の休憩のように感じる。
一瞬の鍔迫り合いで勝負が決する戦いに於いて、これ程、優位なことはない。
「エル。神殺しってのは、本当にすげえな」
「そうやな。神様という存在は、全知全能、この星そのものと同意義や。そんなもんを殺さんと作った武器ならば、これくらいは当然やろ」
「すまんが、実験台になってくれるか?なにせ、今の俺としちゃ、初めて扱う訳だしな」
「ええで。好きなだけ、ワイにぶつけてこいや」
「ありがとよ。でもな……ぶつかってくるのは、お前の方なんだぜ。エル」
深淵暗黒色のグラムの中で、赤い星々が周回している。
グラムという小型の宇宙に閉じ込められた星は、世界の常識を覆し、支配下に置く事を可能にする。
俺は、周回する星のひとつに意識を集中すると、思い描いた結果を実現させた。
願ったのは、対象物を高速移動させる惑星重力軌道……ではない、新たな重力場の形成。
この世界は、グラムを中心に廻る。
「《悪化する縮退星》」
切っ先をエルへ向け、グラムの中の星の力を解放。
グラムに内蔵されている星達が共鳴し、やがて、渦巻いて光を飲み込み始めた。
『ブラックホール』
グラムはそう呼ばれる存在と同意義となり、あらゆる物質を破壊し飲み込む絶対の破壊者へと進化した。
「凄まじい引力やな。足が引き攣ってしまいそうや!」
悪化する縮退星の影響を受けた全ての物体が、グラムへと引き寄せられてゆく。
引力に従い舞いあがったのは、周囲に散らばっていた戦者たちの遺品の数々。
散乱していた物すべてが、渦巻く流れに捕らわれてグラムへ向かい……激突を繰り返す。
それらの物はたった一度の激突で粉々に破壊され、黒い粒子となり、グラムの内部へ誘われた。
星の終りとも呼ぶべき、終焉の渦潮。
グラムはエル以外の物体をすべて飲むと、いよいよ、その矛先をエルへ向けた。
自然界最強の力『重力』。
そんな抗えぬ死を恐れもせず、エルは踏み込んだ。
「光と闇、どっちが強いか勝負しようや!ユニクルフィン!」
「いいぜ、お前の光、喰らい尽くしてやるよ、エル!」
エルは、ヴァジュラを振う。
グラムの暗黒の渦を斬り裂きながら、一直線に俺目がけて進んで来た。
経験のない速度での跳躍。
重力場の影響で加速されたエルは、あろうことか、ヴァジュラの力を解き放ち、さらに加速したのだ。
発生したのは、亜光速の衝突。
ヴァジュラとグラムは激突し、空間に亀裂が走る。
「互角か!」
「そうみたいやな。ほんま、末恐ろしい奴やで!」
余波で砕けた空間を取り込みつつ、グラムを走らせる。
狙うのはエルの胴体断裂。
ヴァジュラを上空に弾き飛ばし、無防備になった腹を叩き斬るのだ。
狙いは成功し、ヴァジュラは上へ後退。
上段の構えを取るエルと、横薙ぎの構えの俺。
速度の出る姿勢の長剣と、破壊力に重きを置いた大剣。
通常ならば、エルのヴァジュラが先に俺に届き、敗北を喫するだろう。
俺と同じ意見を抱いたエルは、勝利の咆哮と共に、ヴァジュラを振り降ろした。
「貰ったで!」
「させねぇよ。《光縛》」
しかしそれは、発生している万有引力が一つの場合だ。
俺の脳天に迫ったヴァジュラは進路を変え、グラムへと向かう。
再び、亜光速の衝突が起こった。
しかし、無理やりに進路を歪められた今の状態で、グラムを抑えることなどできない。
激しく散った火花でさえ、グラムは喰らいエネルギーとする。
ごきり。と鈍い音を残して、エルは真横に吹き飛んで行った。
「今度は俺の勝ちだったな。エル、そろそろ手加減はやめて良いぞ。だんだん慣れてきたしな」
「……そうかい。それじゃ、デモンストレーションは終りにしまっせ」
土煙りが晴れたその場所で、エルは立っていた。
その顔はさっきまでと変わらず、余裕のある態度を保ち続けている。
だが、違う点もあった。
エルはヴァジュラを片手持ちに切り替え、正面で構えているのだ。
その反対の腕は力なくたれ下がり、ぶらぶらと風に揺れている。
そんな状態で、何事も無かったかのように悠然と立ち、薄ら笑みさえ浮かべているのか。
どう見ても腕は折れているし、激痛が走っているはずだが、気力で耐えている?
なぁ、”商人”だという設定はどこに行ったんだ?
俺の知る商人は、そんな、歴戦の戦士じみた表情をしないぞ。
「まいったで。一撃の重さじゃ勝てんわ。だから……《帝王の九鈷杵》」
「今度は何だ?」
「手数で勝負や」
エルはヴァジュラを、両端が花の蕾のような金属器へ変えた。
金属器の長さ自体は30cm程。しかし、先端の突起部分の先に魔法陣が浮かび上がっている。
俺達の距離は、約100m。
近接戦を行うには、あまりにも遠い距離だ。
近寄ろうと走り出す俺に対して、エルはその場でヴァジュラを構え直した。
何を企んでいるんだ?
「光の連撃や、裁いて見せろ、ユニクルフィン」
ヴァジュラの先端から光の筋が吹き上がり、世界を照らした。
天高く伸びる光の柱であるそれは、全長100mの巨大すぎる光の剣。
刹那、前後左右の四方向から、光の刃が俺目がけて迫る。
エルの動きに会わせた、四連撃。
正真正銘の光速の剣技であるそれは、通常の人体の感覚器官では反応は出来ない。
それでも俺が対応できたのは、光ですら飲み込むグラムの重力と強化された知覚があったからだ。
「喰らい尽くせ、グラム!」
四度グラムを振い、全ての光を飲み込む。
光はグラムの影響下にあり、それぞれの進路がグラムに向かっていたからこそできた技だった。
エルの攻撃は消滅し、俺達の間には何も無い。
一気に攻めるべきだな。
グラムを強く握り締め、引力の対象を絞る。
イメージは、リリンが使った『飛行杖』。
一本の道筋を作るように、エルとの空間の重力を相殺し、無重力空間を作り出す。
そして、四方に設置してあった重力流星群を使い、エルへ突撃を仕掛けた。
「《次空間移動》」
一回の瞬きの後、エルとの距離は5mまで近づいていた。
グラムの先端が届くまであと2m。
再び防御魔法を突き破る感覚を経て、グラムの先端はエルの肩に食い込んでゆく。
確かな一撃だ。
……しかし、途中で差し込まれたヴァジュラにより、威力の大半は受け流されている。
微かな傷を受けたエルはニヤリと笑い、グラムを抱きかかえるようにして固定し、鋭い眼光を俺へ向けた。
「待ってたで、この瞬間を。喰らえや!《光回折魔法乗・神伝子崩壊》」
俺とエルを中心として、銀河が形成された。
輝く光の一粒一粒が、命を奪うのに十分すぎる力を持った、殺害の意思。
前後左右……いや、360度、空や大地までもが光を掲げ、揺らめいている。
数千万にも達するであろう閃光が流れ落ちたら、俺は跡形もなく消滅するだろう。
第九守護天使ではこの攻撃に耐えられず、あっけなく朽ちるはずだからだ。
それならば、それらすべての進路を妨害すればいい。
グラムを地面に突き刺し、内蔵された星の四つに、命令を送る。
「光さえ飲み下し、糧とせよ《重力星の死滅》」
俺の意思を理解し、星々はグラムから飛びだした。
数千万の光に対するのは、たった四つの重力星。
それらは連結し、輪となり、俺の周囲を巡り始め、瞬く間に銀河を喰らい尽くす。
数千万の破砕の音を残し、その場には重力星が残った。
「これを防ぐんかい!流石に、ビックリや……」
届いたエルの声を掻き消すように、グラムへ力を込めた。
攻撃は不発に終わり、逆にグラムの刃はエルの体内に突き刺さっている。
訪れたチャンスを生かすべく、俺は、グラムの力を解き放つ。
重力星の死滅は、防御技では無い。
グラムの最強技を放つ為に必要な、予備動作だ。
ヴァジュラの膨大なエネルギーを得て、準備は整った。
後はもう……勝つだけだ。
「楽しかったぜ、エル。《終焉銀河核》」
驚きを隠さないエルは、それでもにやりと笑うと、ヴァジュラを輝かせた。
「ワイもやで、ユニクルフィン。《枢機を滅ぼす光》




