第31話「バトルロイヤル⑤神の名を冠する武器」
「あり得ない……ユニクと互角の戦いをしているなんて……」
「そうだろうともよ。ありゃあ、マジなオレと同等だ。お前だってそうだろ?リリン」
「今のユニクの速さは、私と同等。もちろん、魔王の心臓核や慈悲なき絶命圏域内であれば私の方が早いと思うけど、それらが無い場合はどちらに軍配が上がるか分からない」
「身体能力はカミナレベルか。やるじゃねえかユニクルフィン。それにしても、相手もすげえなこりゃ、どう考えてもレベルを偽ってるし、本当に誰だ?」
「分からない……不安定機構・深部でも見たこと無い」
「アレが敵だとしたら、厄介なこと極まりないな」
「私とユニクの二人掛りな……《二重奏魔法連・閃光の敵対者!》」
闘技石段を見つめ、各々が現状の考察をしていたリリンサとメナファス。
そんな二人を襲ったのは、視界を塗り潰す、白き壁だった。
純白の津波とも言うべき実態のない何かが、卓越した経験を持つ二人に迫り、リリンサは即座に対応を示した。
一見して光に見えないそれの正体を、光系統の魔法に属する何かだと判断し、完全無効の魔法を使用。
効果を殺すべく、自身とメナファスに魔法を掛けた。
そして、行動を起こしたのはリリンサだけではない。
赤い刀を召喚し、リリンサを後ろに下がらせつつ、メナファスは滾り声を荒げた。
「《魔導弾!》」
そしてメナファスは、迫っていた白き津波を撃ち抜いた。
無数の穴を開けた白き津波は、脆く崩れていく豆腐のように、ボロボロになって消滅。
その残滓の欠片すら、リリンサとメナファスに触れる事は無かった。
そして……。
「なんだったんだ今のは?体に異変は無いよな?」
「特に無い。ユニク達も先までと同じように戦っている。めくらましの魔法だった?何か違和感がある様な気もするけど……」
「あの武器は魔道具だったようだな。それにしても、至近距離で閃光を浴びてユニクルフィンはよく生き残ったな」
「ユニクは英雄の息子。故に、生まれた時から最強だと思う!!」
「散々、鍛えてるって言ってたじゃねえか……。」
そして二人は、変わらぬ光景に視線を送った。
抵抗に失敗し、受けた光によって幻視させられている偽りの現実を、ただただ、見守り続けてゆく。
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「なんだい!あれはっ!?」
「どーしたの?ワルトナさん」
白き津波を破壊し身を守ったワルトナの視界には、歪な球体が写っていた。
闘技石段を覆う半円状のドームは、黒い本体の上を虹色の膜が蠢く、異様な物体。
それに視線を預けたまま、ワルトナは思考を始めた。
黒い……。魔法次元に関わる何かだね。
しかし、表面を覆う膜はなんだ?
七色の虹色……、可視光線の色彩?まさか……?
「セフィナ。あれは何に見えるんだい?」
「あれ?ユニクルフィンさんと知らない人が戦ってますよ」
「そう、見えるんだね?」
セフィナの話を聞いて、ワルトナは答えに辿り着いた。
認識誤認を受けているのか。
ここにいる全員、恐らくは僕以外の全ての人間が影響下にあるだろう。
セフィナに掛けていたランク8の魔法で抵抗に失敗している以上、ロクなもんじゃないことは確かだね。
僕が無事なのは……シェキナを所持しているから?
あらゆる偽りを射抜くシェキナでのみ、抵抗できるのか。
それとも、創生魔法なら抵抗できるのか。
どちらにせよ。放っておくわけにはいかないね。
……まったく、やってくれる。
この僕が見ている目の前でユニを襲うなんて、いい度胸してるじゃないか。
ワルトナは、横に立て掛けていた杖を手に取りながら、セフィナに話しかけた。
瞬きの間でさえ魔法で補助して、視線を歪な球体に向け続けながら。
「セフィナ。僕はちょっと用事ができた」
「……え?」
「少しここで待っててくれるかい?」
「はい、それは大丈夫ですけど……あ。」
会話が変な風に途切れ、ワルトナはいつものように心の中でツッコミを入れる。
……なんだい、マヌケな声を出して。
今は大事な話をしているんだから、僕の膝の上に手なんか置くんじゃないよ。
まったく、随分とモフモフしているもんだ。
そんな毛、どこで生やしてき……え。
何かがおかしいと、ワルトナは自分の膝の上に視線を落とす。
そして向けた視線の先には、割と艶やかな毛並みの茶色い物体が鎮座していた。
その茶色い物体は、もの凄くいい笑顔をワルトナに向けた後、「ヴィギュルーン!」と高らかに鳴いた。
「ぎにゃあああ!?タヌキが!!僕の膝の上に、タヌキがっ!!」
「ヴィギュリルルーン?」
「ひぃ!?擦り寄るな!あっちいけ!!」
「ヴィーギル、ギルルン!」
「ちょ、潜り込むな!あ、やめ……」
「ヴィーギールーーヴィギル!」
「ゴモラ、ワルトナさんにすっごく懐いてますね!」
そんなこと無いから!
タヌキ帝王に絡まれるとか、絶体絶命のピンチだからっ!!
ワルトナは、ユニクルフィンを助けに行こうと思っていた。
しかし、状況は一変し、心の中で本気で叫ぶ。
助けておくれよっ!!ユニぃ!
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「今のは何だ?エル」
「そう身構えなくても、光自体に殺傷能力は無いで。この闘技場の性質も相まって、観客に与えた影響はそう強いもんじゃないしな」
「それでも、影響は与えたんだろ?何の影響だ?」
「ちぃと、これからの戦いは見せるわけにはいかんのや。だから、外から見れば『穏便に戦っている』ように細工したんやで。いうなれば、狸に化かされたって奴や」
狸に化かされた……?
それは比喩的な表現だろうが、タヌキが登場した以上、穏やかでは済まされないんだよ。俺の中では。
俺は視線を下げて、状況を確認する。
今、エルが手に持つ物は、黄金の神具とも呼ぶべき武器だ。
黄金一色で構築されている長さ30cm程の金属器は、両端が三つに分かれた三又状になっている。
さっきまでエルが手に持っていた短剣は、もうどこにもない。
どこへ行ったのか?
それに対する答えは恐らく、『どこにも行っていない』が正しいはずだ。
たぶん、エルが手にしている金属器は短剣が変化したものだ。
漏れ出ている……いや、発せられている波動は同じ物のような感じがするしな。
その気配が『暖かな陽光』から、『万物を焼き尽くす太陽』に変化していても、魂の底で同じものだと理解させられた。
「俺の質問と重なっちまうかもしれないが、聞かせてくれ。……それは何だ?」
「サービスで教えてやるで。これは金剛杵と呼ばれる武器の一種やで。ま、聞きたいのはそこじゃあらへんやろ?」
「あぁ。問題はそれがグラムと同等、『神殺し』の一つだという事だ。グラムは絶対破壊の機能を持つが、それの機能は何なんだ?」
「普通は教えへん事なんやけどなぁ……ええか。コイツの名前は『神縛不動・ヴァジュラ』。十ある神殺しの内の2番目に当たる武器や」
「2番目……?」
「数字は、生み出された順とも、神を殺す時の手順とも言われているが、強さの優劣はあらへんから気にせんでいいで。で、秘められた効果の話やが……光系統の最上位や」
「光系統の最上位?」
「せやで。そもそも、”ヴァジュラ”に聞き覚えがあるんちゃうか?」
「ヴァジュラ……。リリンが使う、ランク8の魔法に似たようなのがあるな」
「雷霆戦軍の雷霆の鏃やな。それもそうやし、最近生まれて速攻で死んだ皇種に『ヴァジュラ・コック』つう奴もおった。それらは、このヴァジュラが知識として後世に伝わり、それにあやかって名付けられた模造品なんやで」
……いきなり皇種とか出されても、困るんだが?
というか、ここで謎を盛ってくるんじゃねえよ!
お前の正体が、ますます分かんなくなるだろうが!
「それで、そんな伝説級の武器は何ができるんだ?」
「光とは、物質であるが概念でもあるんや。分かりやすく言うとな、このヴァジュラは光を操る事が出来る。そんでもって、光とは色であり、色とはこの世界のありとあらゆる物質の存在を証明する概念な訳やな」
「おう、さっぱり分からん」
「つまりは、ヴァジュラは物質が存在しているという証明書を操れる。一方的に、破壊したり作ったり出来るちゅう事や」
「それは……そのヴァジュラが短剣だったのと関係があるよな?たぶん、そのヴァジュラに短剣としての証明を与えて、誤認させていたとかか?」
「意外と物分かりがええんやな。感心したで!」
感で言ったんだが、どうやら当たったらしい。
だとすると、存在の証明を操るというのは、物体に別の存在を付与するという事なのか?
例えば、木の板に『剣』という証明を与えたとする。
すると、木の板は剣のように見えるし扱える。
問答無用で大きさや重量まで変えられるなら利便性が高いが、エルが使っていた短剣はヴァジュラと同じ大きさだった。
なら、10cmしかない木の板は、剣という証明を与えても10cmの剣にしかならないということだ。
この能力自体には、攻撃力を感じない。
認識を変える魔法と、何が違うんだ?
「まぁ、普通の認識阻害と何が違うのか、さっぱり分からないけどな」
「誤認させるのと、新しく性質を加えるのはまったく違うで。そうする事によって、上位たる神様の存在を弱体化させ、致命傷を与える事が出来るようになる訳や。ま、神様殺しなんてやる気せえへんし置いとくで」
「だな。で、結局何ができるんだ?……いや、今からお前は何をするんだ?」
「あえて言うなら……おっと、そこから先は、ワイに勝てたらちゅう話やで」
ちっ。情報を得るのもここまでか。
これから先を手に入れる為には、エルに勝つしかない。
だが、エルの持つ武器は、光を操るらしい。
光と言えば、リリンが得意とする魔法だ。
それを自在に操る?
そんな武器を相手にして、勝ち目があるのか……?
いや、勝ち目があるかどうかは問題じゃないな。
現状、この戦いは負けられなくなってしまった。
いくら命に保証があると言えど、エルの正体が分からない以上、敗北は一度では済まされない可能性があるからだ。
それに……。あの武器、ヴァジュラはヤバい。
リリンの持つ魔王シリーズと比べても明らかに高次元の存在だと、俺の直感が警笛を鳴らす。
通常の冒険者ならば、一目散に逃げ出すだろう。
だが、ヴァジュラと同じ階級の武器は俺の手の中にもある。
エルに勝てる可能性があるのは、現状、グラムを持つ俺か、神が直接創造した武器を持つ親父くらいなもんだ。
ここで、負けるわけにはいかない。
俺は、リリンを守る。
「さっきの言葉を取り下げるぜ。胸を貸すんじゃなくて、胸を借りるつもりで行かせてもらう」
「謙虚なのは好きやで。ほな、行くか!」
エルは、ヴァジュラを両手で持ちながら、何かの詠唱を始めた。
両手で持っている為に、手から出ている部分は先端の三又の部分のみ。
5cmにも満たないそんな小さい面積で、グラムを受け止められるはずがない。
何をするつもりなのか知らねえが、先手は貰うぞ。
直立するエルに向かって、俺は駆け抜ける。
グラムを腰の位置に構えての突撃。
一撃で心臓を抉り勝負を決めるべくバッファとグラムの重力変化、さらに惑星重力軌道を行使し、命を狙う。
風を斬る音すら聞こえない速度でエルに近づき、絶対破壊を起動させながら、グラムを突き出す。
グラム越しに感じた防御魔法を突き破る感触。
それは俺に勝利を――。
「甘いで」
コフィイイイイイン。という甲高い音を立てて、グラムは空中で塞き止められた。
確かに俺は、防御魔法を突き破った。
それはたぶん、エルが事前に掛けていた防御魔法の筈で、その後ろには狙うべき心臓があるはずだった。
しかし現実は異なり、グラムは動きを止めてビクともせず、反対にエルは滑らかに動き出している。
そして大ぶりの大剣を振うように、両手でヴァジュラを奮った。
大盾を叩きつけられたかのように、俺の体は後ろに押し戻されていく。
5mの距離を吹き飛ばされつつも、エルから視線を放さない。
一瞬の油断が死を招くのは間違いないからだ。
「今のは、見えない壁?」
「大した事してないで。空気に第九守護天使の証明を与えただけや。つまり、詠唱無しで魔法を使ったちゅう事やな」
「なんだと……?」
「このヴァジュラは、『神殺し』やで?ついでに言えば、起動式を唱えて覚醒体にもしてある。基本的に、神の領域に存在する代物や」
「魔法を詠唱無しで……?じゃあ、さっきの詠唱みたいのは何だ?」
「ヴァジュラの形態を変化させる為のものや。……見てみぃ。これがヴァジュラの戦闘形態や
《ヴァジュラ=魔邪を打ち砕く独鈷杵》」
「さっきから驚かされてばかりだな。それは……剣か?」
エルの持つヴァジュラの先端が鋭く変化した。
三つに分かれていた切っ先は一つとなり、鋭く長く伸びてゆく。
黄金の長剣。
美しい金色の輝きの中に秘められた禍々しい殺意。それは、さっきまでとは用途が違うという事を俺に教えてくれた。
「あぁ、剣や。そんでもってこの剣はな……」
ユラリとエルの体が揺れて、存在がブレた。
攻撃が来る。
目で追えない程速い動きだが、それでも、迫る圧力は隠しきれない程に大きく、存在を知覚させた。
グラムで受けるしかない。防御魔法は役に立ちそうもねぇ!
迫る剣に合わせるように、グラムを振う。
間もなく起こる衝突に備えて、俺は腰を落として――。
訪れるはずの衝撃は、来る事は無かった。
グラムは抵抗なく宙を進み、そして黄金の剣もまた、抵抗なく俺目がけて進んでくる。
エルの剣は、グラムを通り抜けた。
まるで煙で出来ていたかのごとく、何事もなく、ただそれが当り前であるかのようにスルリと、簡単に。
額に剣の先端が刺さり、血が流れて。
「つっ!」
無理やりに、惑星重力軌道で体を引き戻した。
予備動作無しの無理な軌道は、首を始めとする関節に負担をかけ、ギシギシと軋しませる。
割られた額は熱く、ドクドクと血が流れてゆく。
体中が痛い。それでも。
「……ヴァジュラ自身の証明を書き換え、物体を透過する。ヴァジュラの前では、防御なんて完全無視や」
「はっ。死んだかと思ったぜ」
「流石やな。戦闘感が衰えていないのは、素晴らしいと思うで」
……それでも、俺は生きている。
未だ手も足も無事に動くし、視力も正常だ。
流れる血だけが邪魔で、ゴシゴシと無理やり擦りつけたら止まった。どうやら軽傷だったらしい。
戦闘を続けられる事に安堵し、俺は焦りを覚え始めていた。
防御やグラムを貫通する武器。
詠唱を行わずに唱えられる魔法。
今のグラムでは、勝ち目が……見当たらない。
「……すげえな。神殺しって奴は」
「せやろ。ワイも色んな物を持っとるが、神殺し以上の魔道具となると、そうそうは思いつかんで」
「そうか。それはつまり、同じ神殺しであるグラムなら、どうにか出来るってことだよな?」
「そうやで。神殺しに優劣なんて無い。全てが至高であり極限や。だからこそ、兄ちゃんにも一縷の望みがある」
「一縷の望みか。確かにちっぽけな希望だよ。俺にはグラムを覚醒させる知識も技術もない。……今の俺には、な」
そうだ。思い出せ。
俺は幾度となく、このグラムの力を目にして来たはずじゃねえか。
あの時だって、俺達を助けたのは……。
空を覆い尽くす樹木。
幼く未熟だった俺の後ろには、守るべき幼い命が二つもあった。
その片方を取りこぼした俺は、灼熱の後悔を抱き、冷淡になってゆく命を抱え、空を仰いだ。
どこまでも果てしなく続く、深緑の絶望。
それを切り開いたのは、親父の持つ『神壊戦刃・グラム』だ。
「……《永劫に続く命など無い。それは、神でさえも同じだ》」
「なんや?」
「《我が剣よ、破壊を成す者よ。理さえ滅する神壊の刃よ。真価を、示せ。
神壊戦刃・グラム=神への反逆星命》」
真紅のフレームと純銀の刃を持つグラムから、色が抜け落ちた。
暗黒の刀身に、赤き星が輝く剣。
新たな姿となったグラムを手に、俺はエルに向き直る。
「待たせたな、エル。これで同等だろ?」
「せやな。それでこそ、神をも殺す剣や」




